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言葉の彼方へ  作者: 美憂
7/10

過去への思い ~修也~

17年って長いんかな、短いんかな。


金曜日の居酒屋。少し多い客の喧騒の中。

俺は目の前に座ってる相手を見ながら考える。


17年分大人になってる安川は、ほんまの所、携帯がなかったら見つけられんかったと思う。

10代だった頃のイメージで探してたんやから、当たり前やけど。


俺の目の前にいるのは30代半ばのジャケット姿の男。


「お前は変わらんなぁ」


そういって安川は笑ったが、17年前の俺なんて俺自身も覚えてへんから肯定も否定もできへん。


「税理士なんや。お前昔から計算早かったもんな」


35歳になった俺たちは、その年代にふさわしく名刺交換をする。

それもなんだかくすぐったいような気がして。落ちつかへん。


「安川は鉄工所継いだんか。まだ若いのに社長なんてすごいやん」


安川の親父さんは鉄工所を営んでいたっけ。名刺には「安川精工 代表取締役」とある。


「まぁ俺一人っ子やったしな。社長言うてもちっさい会社やで」


そう言いながら照れくさそうに安川は笑う。その安川の笑顔に少し昔の面影を感じた。



安川とは高校3年間いつも一緒にいた。偶然毎年同じクラスやった。

あんまり目立たない俺とは対照的に、安川はクラスのムードメーカー的な奴やった。


今となっては何でつるむようになったんかも忘れてしもた。


ただ、高校時代を思い出せば隣にこいつが居た事は確かや。


「なんかあれやな、吉岡がスーツ姿でおるんが不思議な感じやわ」

「それは俺かて同じや。学ランやない安川にまだ慣れへんわ」


敬語を使うような相手ではないのに、使ってないことに違和感がある。

それが・・・17年の時間ってもんなんかな。


オーダーを取りに来たバイトの店員に、安川は生中を、俺はウーロン茶を頼んだ。


「あ、吉岡は飲まれへんのか?車か?」

「いや・・・車やないねんけど。俺飲まれへんねん」


・・・本当は飲まれへんのやなく飲まへんのやけど。

その辺の事情はあえて今説明するべきことでもないと俺は思った。


「・・・そうか」


そう答えた安川は、ほんの少し何か言いたげにしたような気がした。


「ああ。ノリがわるぅてごめんやで?気にせんと飲んでや?」


いつも酒の席で俺が断るといわれる台詞を先回りして言ってみる。

まだ世の中には「男が酒も飲めんとは付き合いが悪い」と思う人間もいるから。


「あったり前やん。17年ぶりの連れとの再会やで。嬉しぃて飲まずにおれるかいな」


連れ、か。

いともたやすく俺を「連れ」と言い切って安川はビールジョッキを取り上げた。


「ほら、乾杯っ!」


・・・まだ、俺はその響きに居心地の悪さを感じていたんやけど。



そこからは、同じクラスやった奴の近況なんかを話してくれた。


俺は大学が関東だったこともあり参加してなかったが、何年かに一度くらいは数人で集まっていたらしい。

実家をそのまま継いだ安川は、さすがに地元だけあって、その後も同級生たちと交流があるようやった。


とはいえ、俺が思い出せへん奴の名前もあったが。


俺自分から話しかけるほうじゃなかったしな。

おそらく安川だって向こうからかまってけえへんかったら、付き合いもなかったかもな。


そんな俺に安川は、いろんな高校時代のエピソードと共に、クラスのやつらを思い出させようとしてくれる。


こいつ昔からなんか面倒見の良い奴やった。

俺はそんなことを思い出す。


人って見かけは年食っても、中身は基本的に変わらんもんなんかも知れんな。



安川のジョッキが3杯目になる頃。

少し顔の赤くなった安川が、申し訳なさそうに言った。


「吉岡悪いねんけど、煙草吸わせてもろてええかなぁ?」

「ああ。勿論気にせんと吸ってや?」


煙草を吸わない俺に気遣っていたのだろう。

ポケットから煙草を取り出すと、火をつけ、心からうまそうに煙を吐いた。


「やっぱり酒飲んでの一服は最高や。嫁はんに怒られるけどなぁ」

「奥さんは禁煙しろって言いはるんか?」

「俺とこ去年子供産まれてん。だから嫁はんが妊娠した時から家では吸わへんのや」


そう照れくさそうに安川は言った。


まあ、それもそうだよな。

俺も35になるんやから、安川に子供がいてもおかしい話やない。


でも自分がまだそんな年になっていることに自覚がなかった、というか。


・・・ある意味、俺は軽く衝撃を受けていた。


「・・・子供が居るってどんな感じなん?」


思わず、そんな馬鹿げた質問をしてしまう。


「そうやなぁ。何ていうんやろな。なんとも可愛いな。うん。守ったらなあかんとも思うし・・・子供おるから頑張れることもあるし・・・そういう意味では俺が守られてる気もするしなぁ」


そういう安川が何とも大人に見えて、俺は少し怯んでしまう。


同じ年やのに俺には追いつけない所に居るような気になる。


「そうかぁ。俺にはまだまだ考えられんわ」


そういった俺に安川は少し遠くを見ていた視線を戻した。


「・・・あのな。俺吉岡に会えたら言いたいなぁ思てたことがあるねん」

「俺に言いたいこと?」


安川は俺を見つめたまま続ける。


「俺のとこの子が生まれたときな、あ、うちの子男の子やねんけど。こいつが生まれた時、俺吉岡の親父さんの話し思い出したんよ」


・・・俺の親父の話?


「俺なぁ、子供が産まれた時大きぃなったらこいつとキャッチボールしたい、もっと大きぃなったら酒飲みたい思てん。んでな。吉岡が高校の時話してくれた事があったやん。お前の親父さんが亡くなってあんまり話したことないって」


「そんな話したような気もする・・・」


「うん。んでな、俺その話思い出してな、お前の親父さん残念やったやろなぁって思ったんよ」


「残念?」


「そうや。多分お前の親父さんも俺と同じ様な思い持ったと思うねん。お前が産まれた時にな」


・・・そうなんやろか・・・・。

俺は今では顔すらうろ覚えになってしまった親父を思い浮かべた。


いつも酒ばっかり飲んでる親父やった。

酒飲んでは俺らにちょっかいかけて母さんに叱られてた。


そんな親父を恥ずかしいと思ったことさえあった。


酒を飲む親父が嫌いだった。飲んで浮かれる親父が嫌だった。


・・・だから酒は絶対に飲まないと思ってきた。


「・・・キャッチボールなんかしたことあれへんかったで」


そう呟く俺に安川はうなづいて見せた。


「でもな、多分吉岡が産まれた時親父さんは俺みたいに思ったと思うで。それでな、俺が残念やって言うたのはそれができへんかった事やないねん」


もう一度うまそうに煙を吐きながら、親父の表情をした同級生は言った。


「お前が産まれた時に思ったことを、お前に伝えられんと亡くならはったんちゃうかな、それが残念やったやろうなって俺は思うねん」


・・・そうなんやろか。

親父も俺が産まれた時にそんな夢をもっていたんやろか。


「それをな・・・お前に会えたら言いたいなって思ってた」


そう言うと安川はにっこり笑ってジョッキを持ち上げた。


うまそうにビールを傾ける光景を、俺はなんだか懐かしいような気持ちで見つめていた。












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