心の声 ~瑞穂~
・・・にやけてる。
鏡なんか見なくても自分でわかる。
昨日の電話からずっとにやけっぱなしだって事。
「目の前でへらへら思い出し笑いしんといてよ」
美弥が缶ビール片手にあたしをからかう。
「そんなにへらへらしてる?」
あたしは美弥が持ってきてくれた鳥のから揚げに箸を伸ばしながら言った。
「・・・まあ自覚してるけどね」
「自覚してるんやん」
1本目の缶ビールを飲み干してそう言う美弥もニヤニヤ笑う。
そして冷蔵庫から2本目のビールを取り出した。
「まあね」
「そりゃあ、えーと1年だっけ?ず~っと誘い続けて、やっと向こうからお誘いがあったんだもんね。浮かれもするやんなぁ」
「正確に言うと向こうが誘ったってわけじゃないかも知れんけどな」
「まあ物事は良い方にとったもん勝ちやで」
そういうと美弥はうんうんと頷いて見せた。
昨日。修也と電話したあと。
美弥から飲みに行こうとメールで誘われたあたしは、その方がゆっくりできるからとうちへ誘ったのだ。
高校を出てすぐに主婦になった美弥と飲めることはあんまりない。
年に2,3回が良い方だ。
「理紗ちゃんは今度中学やっけ?」
理沙ちゃんというのは美弥の一人娘ちゃんで、春休みだというので旦那さんの実家に泊まりに行ったらしい。
そのおかげで、ママである美弥はあたしとゆっくり飲もうというわけだ。
「そうそう。もうな、あたしが一緒に行くとおばあちゃんに色々買って貰えへんから一人で向こう行ってあまえたい放題してるねん。ま、こっちは瑞穂とゆっくりできてありがたいけどな」
「そうやね」
「恋愛話なんか自分ではもう何年前?って言う話やもんね。ワクワクするわ」
・・・ん?
「・・・美弥面白がってるやろ?」
思わず眉をひそめながらそう言うと、美弥は緩やかに笑いながら言った。
「面白がってるというより・・・羨ましいんかな」
「・・・羨ましい?何で?」
「あたしはな、何て言うのかなぁ・・・そんな風に誰かのことを思って浮かれたり、誰かを誘うのにどきどきしたりって、そういうことからはなれて長いからさ」
そう言いながら美弥は、何となく遠くを見るような目をした。
「だから、瑞穂が羨ましいんかも知れんわ」
「・・・羨ましい、なぁ」
あたしは高校時代に大好きと言って憚らなかった彼氏を、旦那にしている美弥の方がよっぽど羨ましい・・・ぞ。
「瑞穂にとったらそりゃあもう羨ましがられるどころか大変なんやで!って話やろけどな」
また缶ビールを一口あおって、ふぅと美弥派ため息をつく。
「どきどきできるうちが華なんやで。一番楽しいねんで」
・・・そんなもんなんかもなぁ。
「・・・なるほど」
「大体一緒に暮らしたらドキドキもワクワクも無くなるねん。嫌やな~って思うことなんかどんなに惚れた相手でもあるねんから」
「・・・そ、そうなんや」
「当たり前やん!」
美弥・・・お酒強くなったなぁ。
さらにぐいっとビールをあおる美弥に、あたしは気圧されながら。
「うちの旦那だってそうやで。付き合ってた頃は頼りになるって思ってたのに、いざ結婚してみたら只のはったりヤローでさ」
「・・・う、うん」
「あたしには偉そうに言うくせに、お義母さんには口答え一つもできへんしさ」
「・・・そ、そうなん?」
ビールの酔いも手伝ったのか、美弥の思い出し怒りは収まらない。
「付き合ってる時は王子様でも家族になっちゃうと見えてくるものが・・・」
「ちょ、ちょっと待って、美弥。独身者の夢を壊さんといて~」
・・・あたしだって、夢は夢、現実は現実ってわかってるけどな。
さすがに経験者に語られるときついわぁ。
「・・・あ」
思い出し怒りも収まったのか、照れ笑いを浮かべると美弥は「こほん」と咳払いを一つして。
「瑞穂の夢を壊そうと思ったわけじゃないんよ。ごめんな」
「も~結婚するのが怖くなったら美弥のせいやで~」
あたしは笑いながら自分のビールに口をつけた。
まだ夢は見ていたい、とは思う。
あたしは一緒に暮らした人はおらんから理想ばっかりになってるかもしれんけど。
「でもなぁ瑞穂。夢を壊したら悪いけど」
美弥がいつになく真剣な目であたしを見た。
「・・・石橋叩いてるばっかりやったら、いつまでも渡られへんで」
「・・・・」
「石橋叩いているうちに、叩き壊さんようにな」
・・・ずきっときた。
石橋・・・叩いてるだけなんやろか、あたし。
「石橋を叩き壊す・・・」
「待ってるだけじゃ進まんで」
「待ってるだけのつもりは無いねんけど・・・」
そう言いながらも視線が下を向いていく自分が自分を一番わかってるのかも知れへん。
そんなあたしに、美弥は優しく言った。
「瑞穂、人にはテレパシーなんか無いやん?」
・・・へ?てれぱしい??
唐突に出てきた単語に、脳内変換が間に合わず思わずきょとんと美弥を見つめる。
「テレパシーなんか無いから、心の声はちゃんと相手に言わないとあかんで」
心の声はちゃんと言わないと・・・テレパシーなんて無い・・・。
美弥の言った言葉が、頭の中でリフレインする。
「・・・なるほどなぁ」
素直に納得してしまったあたしを見て、美弥が美味しそうにビールを飲んだ。
「ほんまにどっちが恋愛本の作家かわからんわ」
「・・・あたしが作家や」
「瑞穂、なんやったら今のうちがうまいこと言うた奴、次の本に使ってもいいで。貸したるわ」
そういうと美弥は笑いながらまたビール一缶空けた。
「さあ、腹を決める為にも今日はたっぷり飲んでたっぷり食べるねんで!」
冷蔵庫をあけて新しいビールを取り出しながら美弥が言う。
・・・まったく。この酔っ払いめ。
「せっかくこの美弥さんが、美味しいお料理を持って来てんからね。食べてや」
元気付けようとしてくれてるのがわかって。
だけどあえてお礼なんて言わなくて良い。
それが美弥とあたしの20年の繋がりやから。
「よし!食べるでっ」
「あ。でも」
気合を入れたあたしを美弥の右手が制した。
「明日王子様とデートの人は美弥さん特製餃子はやめといた方がいいなぁ」
・・・あ。
目の前の美弥特製餃子はうちに来てから焼いてくれた・・・あたしの大好物で・・・。
食べるとじゅわっって肉汁が出ちゃう、美味しい餃子で・・・。
「な~んてねっ」
指を咥えそうなぐらい悲しく餃子を見つめたあたしに、いたずらっぽく美弥は笑った。
「明日デートなんてものを控えた人に持ってくるのに、この美弥さんがお預けくらわせるわけないじゃん」
・・・?
「本日の美弥さん特製餃子はにんにく抜きバージョンなので、安心して召し上がれ♪」
そう言うと美弥はあたしに右手でピースサインをして見せた。