囚われる ~瑞穂~
気がつかない振りをしてたのは、あたしも同じやわ。
酔いに任せて感情を晒してみたら、その後妙に冷静になっている自分を感じた。
涙はふた筋流れてしまったけど。
成すがままに流したことで、かえって落ち着いたような気がした。
・・・やっぱり修也も気づいていたんやね。
あたしが修也に惹かれていた事も、それを確かめる勇気も無い事も。
修也に掴まれた左手を振りほどく事も出来ず。
まるで何かのワンシーンのようやわ、とあたしは思った。
「・・・気づいてた」
搾り出すように修也が呟いた。
それと同時にゆっくりと修也の右手があたしから離れた。
・・・それが答えなん?その離れた右手が。
心には浮かぶのにやっぱり言葉に載せて確かめることは出来なくて。
「気づいてたのに答えを出されへんかった」
「それは・・・あたしの気持ちに応える事が出来へんから?」
そういった自分の声が震えているのに驚く。
確かめるってこんなに怖い事だったっけ。
「瑞穂の気持ちに応える事で、俺の中で大切な物が出来るのが」
一つ一つの言葉を自分自身に確認するように。
「それがいつか」
ゆっくりと、修也は言った。
「無くなってしまう事が、怖かったんや」
・・・無くしてしまう時の悲しみを知っているから大切だと認めたくない。
なんて寂しい言葉なんだろう。
あたしは修也の言葉に寂しさと、そして一種の甘い痛みを感じる。
それはあたしを大切だと思ってくれていることの裏返しだと気づいて。
「・・・修也は寂しくないん?」
やっと出た言葉は、これだけ。
どう言えば伝わるんやろ。
無くしてしまう事を考えるんじゃなくて、無くさないでいることを考えようって。
・・・無くした悲しみを、おそらく知っているだろう人に。
修也はあたしが知っている優しげな笑顔を、やっといつものように浮かべた。
「寂しいなんて思わへんよ」
でもそれは、あたしは一番見たくない修也の笑顔だった。
「でもな。自分でも嫌になるくらいやから、瑞穂も呆れるやろ?こんな俺」
やっと少しバリアの向こうに入れたと思ったのに。
そうやってまた、さらりと笑顔のバリアを張ってしまうんやね。
「修也は嘘吐きやわ」
「嘘吐き?」
「だって、そんなん寂しくない筈ないやん。バリア張って一人でそっちへ行ってしまうなんて」
そう言うと修也の笑顔が少し変わった。
悲しみが目に浮かぶような・・・まるで泣き出すような表情に見えた。
でも勿論泣き出す事は無くて。
そして、修也はテーブルの上で両手の手のひらを握り締めるように組んで、あたしを見つめた。
「皆独りやん」
心が痛かった。
あたしを受け入れてくれなくても良いから。
そんな目をして笑って欲しくは無かった。
見え透いた嘘を吐いて、あなたは何から何を守ろうとしてるの。
本当は寂しいんやん。
だからそうやって笑うんやん。
・・・相手からは離れていかないように。
嫌われないように。
「一人やないよ」
「独りやねん。たとえ家族がいても、いつかは独りになるんや」
そういうと修也は自分に何かを叩き付けるように、次の言葉を吐いた。
「俺の・・・親父みたいにな」
「・・・修也のお父さん?」
修也のお父さん。
お父さんだけじゃなくて、修也が家族のことを口にするのは初めてだ。
なんとなく。
修也自身も自分が「親父」と発した言葉に少し驚いたように見えた。
「何で今親父のことなんか言うてんねやろ、俺」
「・・・聞かせて」
修也のお父さんが何かの縛りになっているのだとしたら。
またバリアを張ってしまいそうな修也を、こちらに留めて置きたい。
あたしは今聞いておかないと、後悔しそうな気がする。
「え?」
「修也のお父さんに、何か思うことがあるんやろ?聞かせて」
「聞いたって面白い話じゃあらへんよ」
「知りたいねん。修也の思ってること」
そしてあたしは、笑顔まで浮かべて修也を見つめた。
「知っておきたいねん。あたしが好きになった人はどんな人なんかを」
・・・言っちゃった。
多分まだ少し酔いは残っているんだと思う。そうでなきゃ言えなかった事。
でも。
ここまで来たらうやむやにしたくは無かった。
・・・あたしは修也が好きなんやもん。
どれくらいの時間だったか。
修也は躊躇するように黙り込んでいたが、やがて諦めたように笑った。
「・・・瑞穂は言い出したらきかへんからな」
そう言うと、すっかり氷の解けたウーロン茶を飲み干し。
修也は話し始めた。