第6話:選ばないという選択
久遠 恒一は、自分が「選ばないこと」を選んでいるのだと、はっきり自覚していた。
会社を辞める理由は揃っている。
冒険者としての収入は安定し、身体は若返り、戦闘技術も確実に向上している。
それでも彼は、あえて決断を先延ばしにしていた。
それは逃げではなかった。
判断材料が、まだ足りなかった。
ダンジョンは、日々変化している。
低階層は安定したが、中層の情報は断片的で、
モンスターの行動パターンにも差異が出始めていた。
久遠は、週末の潜行回数を増やさなかった。
あくまで「生活を壊さない範囲」を守る。
その姿勢は、管理課にも伝わっていた。
「相変わらず慎重ですね」
管理室の職員が、苦笑混じりに言う。
「長く続けたいので」
久遠は、それ以上説明しなかった。
ダンジョン内での戦闘は、洗練されてきていた。
無駄な動きはなく、鑑定眼で弱点を見抜き、
剣術スキルに裏打ちされた一撃で仕留める。
ステータスは、すでに低階層の冒険者の域を超えている。
STR、AGI、VITはオリンピック選手を凌ぎ、
INTとLUKも平均以上を維持していた。
それでも、久遠は驕らなかった。
ある日、ダンジョン内で負傷者を見つけた。
無謀な単独行動の結果だった。
回復アイテムを使い、管理課に連絡する。
救助が来るまで、久遠はその場を離れなかった。
「……どうして、そこまで?」
意識を取り戻した冒険者が、かすれた声で聞いた。
「剣は、人を守るために使うものなので」
久遠は、それだけ答えた。
会社でも、変化はあった。
ダンジョン関連の新規事業が立ち上がり、
久遠はその調査チームに名を連ねることになった。
ダンジョンコアのエネルギー利用。
法規制と安全基準。
冒険者との契約モデル。
それらは、久遠にとって「分かる」世界だった。
現場を知り、制度を理解し、
両方の視点を持てる人材は少ない。
上司は言った。
「君は、どちらの世界にも足を置ける」
それは、評価であり、同時に枷でもあった。
夜、久遠は一人で剣を振る。
部屋の中、鞘から抜かずに型をなぞる。
剣を取る理由。
剣を納める理由。
どちらも、まだ失われていない。
ダンジョンで得た金は、生活を変えなかった。
贅沢はせず、装備と備えに回す。
物を大切にする癖は、今も変わらない。
――選ばないという選択は、いつまで許される?
久遠は、自分に問い続ける。
だが答えは、まだ出ない。
剣は静かに鞘の中にあり、
世界は、次の段階へ進もうとしていた。
第6話では、「決断しないこと」自体をテーマにしました。
久遠は状況を見極め、橋を架ける側の人間へ近づいています。
次話からはいよいよ生産系スキルの取得編に入り、物語の性質が変わっていきます。




