第50話:存在未確定との接触
侵食区画は、
静かすぎた。
音が、
反響しない。
足音が、
返ってこない。
久遠は、
一歩ずつ進む。
鑑定眼は、
最大稼働。
だが――
何も、確定しない。
壁。
床。
天井。
見た目は、
通常のダンジョンと
変わらない。
それなのに、
情報が
“張り付かない”。
久遠は、
立ち止まった。
「……いるな」
返事は、
ない。
だが、
空間が
わずかに歪む。
そこに、
“何か”が
いた。
形が、
定まらない。
輪郭が、
揺れている。
鑑定眼が、
警告を出す。
解析不能
存在定義:失敗
久遠は、
剣を構えた。
「名前は」
無意味だと
分かっていても、
聞いた。
答えは、
返らない。
代わりに、
空間が削れる。
久遠の
左腕を、
何かが
掠めた。
痛み。
遅れて、
血が出る。
「……斬られた?」
違う。
“削られた”。
久遠は、
反射的に
剣を振るう。
手応えは、
ない。
だが――
空間が、
一瞬だけ
固まった。
鑑定眼が、
反応する。
存在:仮定状態
固定可能:一時
「……なるほど」
久遠は、
理解した。
これは、
敵ではない。
現象だ。
倒す対象ではない。
だが――
固定すれば、
斬れる。
久遠は、
アイテムボックスを
開く。
時間経過のない空間。
そこから、
“重り”を
取り出す。
考える。
ここに、
留まれ。
次の瞬間。
重りが、
空間を
押さえつける。
世界が、
軋む。
存在が、
定まった。
鑑定眼。
名称:侵食体(仮)
状態:固定
久遠は、
躊躇しなかった。
一閃。
剣が、
空間ごと
切り裂く。
侵食体が、
消える。
音もなく。
久遠は、
膝をついた。
息が、
荒い。
「……これを、
“討伐”って
呼んでいいのか」
ダンジョンカードは、
出なかった。
コアも、
落ちない。
ただ、
区画の歪みが
一部、
戻る。
通信が、
入る。
『今の反応は……』
「一時的な
固定と排除だ」
「倒してはいない」
沈黙。
「だが――」
久遠は、
立ち上がる。
「対処は、
できる」
その言葉は、
希望ではない。
労役の宣告だ。
侵食は、
終わらない。
だが、
久遠がいる限り、
“その場では”
止められる。
それが、
何を意味するか。
久遠は、
もう分かっていた。
――これは、
英雄の仕事じゃない。
――杭だ。
世界に打ち込まれる、
抜けない杭。
第50話は、
「敵ではなく、現象と戦う」段階への突入回です。
侵食体は
倒せません。
終わりません。
固定して、切り取るだけです。
久遠はここで、
“最前線の戦力”から
世界の補修材へ
役割が変わりました。
次は――
同様の侵食が同時多発する
久遠一人では追いつかない現実
「代替可能な存在」を
管理課が本気で探し始める
へ進みます。




