第41話:引いた位置から見えるもの
久遠は、前に立たなかった。
一歩、
確実に下がった位置。
そこからなら、
全体が見える。
戦列。
退路。
判断の遅れ。
そして――
崩れる瞬間。
「……押しすぎだ」
声に出しても、
誰にも届かない。
中層第八区画。
編成は、
経験者中心。
問題はない。
少なくとも、
表面上は。
だが、
一人が倒れた。
致命ではない。
だが、
フォローが遅れた。
「後退――!」
誰かが叫ぶ。
遅い。
モンスターが、
踏み込む。
連鎖。
一人が助けに入り、
位置が崩れ、
背後が空く。
久遠は、
拳を握りしめた。
分かっている。
ここで前に出れば、
状況は変わる。
だが、
それは
“選ぶ”ことだ。
久遠は、
動かなかった。
結果。
死者は、
出なかった。
だが。
二人が、
重傷。
一人が、
冒険者生命を失った。
帰還後。
医療室。
「……見てたんですよね」
重傷者の一人が、
久遠に言う。
「全部」
久遠は、
頷いた。
「分かってたんですよね」
「……はい」
「じゃあ、
なんで」
久遠は、
答えなかった。
答えは、
何度言っても
同じだ。
管理課の廊下。
課長代理が、
久遠を呼び止める。
「……数字が、
悪化している」
「はい」
「君が引いてから、
致死率は下がったが……」
「後遺症が、
増えている」
久遠は、
黙って聞いた。
「誰も、
決定打を打たない」
「結果、
生きて帰るが、
壊れる」
久遠は、
小さく息を吐いた。
「それが、
俺の選んだ
世界です」
夜。
久遠は、
装備を外し、
床に座る。
剣に、
触れない。
手は、
まだ動く。
力も、
ある。
それでも、
使わない。
「……立たないだけで、
こんなに壊れるのか」
境界は、
静かだ。
呼ぶ声は、
ない。
だが、
見える。
迷い。
躊躇。
判断を恐れる背中。
久遠は、
初めて理解した。
前に立つことは、
導くことではない。
迷いを、
終わらせることだ。
そして、
それを失った現場は、
必ず壊れる。
記録板。
戦闘非介入:1
重傷:2
廃業:1
数字は、
正直だった。
久遠は、
板を閉じ、
立ち上がる。
次に立つ場所は、
前でも、
後ろでもない。
決断そのものの前だ。
それが何を意味するか、
まだ、
誰も知らない。
第41話では、
「英雄がいない現場の現実」を描きました。
久遠が引いたことで、
死亡は減りました。
しかし、
迷いが常態化し、
壊れる人が増えました。
次は――
判断を恐れる現場が限界に達する
久遠に“決断だけを請け負え”という依頼が来る
久遠自身が、再び剣を取る理由
へ進みます。




