第4話:値段のつく力
久遠 恒一は、自分が「稼げてしまう側」に足を踏み入れたことを、少し遅れて理解した。
初ダンジョンから三週間。
週末ごとに潜り、平日は会社で仕事をこなす生活が定着し始めていた。
ダンジョンの低階層は、すでに整備が進んでいた。
管理課による区画整理、案内表示、監視カメラ。
それでも中に入れば、そこは人の世界ではない。
久遠は、無理をしなかった。
一度の潜行は二時間まで。
深追いはしない。
回復アイテムは必ず余らせて帰る。
剣を振る回数は少なく、だが確実だった。
鑑定眼は常に稼働している。
モンスターの個体差、武器の摩耗、素材の質。
他の冒険者が「運」や「勘」で判断することを、久遠は情報で処理した。
その結果は、はっきりと数字に出た。
ある日、管理課併設の買取窓口で、担当者が目を丸くした。
「……このダンジョンコア、質がいいですね」
小ぶりだが澄んだ光を放つコア。
鑑定眼で見れば、エネルギー効率が高い個体だった。
「このサイズで、この価格ですか?」
「はい。今はエネルギー需要が高くて」
提示された金額は、久遠の月給に迫るものだった。
思わず、喉が鳴る。
――週末だけで、これか。
ダンジョン産武器も同様だった。
拾った短剣は、一般流通品と見分けがつかない。
だがモンスターに対する切断力は段違いで、
結果として高値で引き取られた。
金が増えても、久遠は浮かれなかった。
むしろ、強い警戒心が芽生えた。
――これは、危険だ。
力に値段がつく。
しかも、その力は法の外でも使える。
教習で叩き込まれたモラルが、現実味を帯びて迫ってきた。
会社では、変化はなかった。
久遠は相変わらず、淡々と仕事をこなしている。
だが同僚の一人が、昼休みに言った。
「久遠さん、冒険者やってるんですよね?」
噂は、もう回っている。
「週末だけですが」
「すごいですよね。副業どころじゃない」
その言葉に、久遠は曖昧に笑った。
副業。
だがこれは、単なる収入源ではない。
命がかかっている。
帰宅後、ワンルームの部屋で、久遠はノートを開いた。
学生時代から使っている、罫線の揃ったもの。
ダンジョンでの収支、戦闘回数、消耗。
ステータスの成長率。
すべてを書き出す。
STR、AGI、VIT。
成人平均の100を、すでに超え始めている。
身体は、明らかに若返っていた。
疲労の抜けが早く、視力も冴える。
だが、それは同時に「戻れない」ことを意味する。
――この力を持って、普通の人生は送れない。
週末のダンジョンで、久遠は一人の冒険者と組むことになった。
即席のパーティだ。
相手は若い男性で、力任せの戦い方をしていた。
「もっと前に出ますよ!」
「無理はしないでください」
忠告は聞かれなかった。
結果、久遠がフォローに回り、被弾を防いだ。
事なきを得たが、戦闘後、久遠ははっきりと言った。
「命を賭けるなら、計画を」
相手は気まずそうに頷いた。
その夜、久遠は思った。
――会社は、命までは要求しない。
だが、ダンジョンは違う。
金は稼げる。
だがそれ以上に、責任が増える。
剣を振るうたび、選択肢は狭まっていく。
それでも、久遠は会社を辞めなかった。
まだ、決断するには早い。
剣は鞘に収めたまま、
もう少し、この二つの世界を見極める必要があった。
第4話では、「冒険者が稼げる」という現実を描きつつ、それに伴う危険と倫理を前面に出しました。
次話では、収入と成長がさらに加速し、「会社を続ける意味」そのものが揺らぎ始めます。




