第39話:選ばなかった死
報告書は、短かった。
中層第七区画
編成:四名
帰還者:二名
死亡:一名
消失:一名
備考欄。
「久遠一等冒険者は、同区画に存在していたが、判断には関与せず」
それだけ。
だが、それだけで十分だった。
久遠は、紙の端を指でなぞる。
選ばなかった。
助言しなかった。
前に立たなかった。
名前も、使わせなかった。
――結果、死者が出た。
医療室。
帰還者の一人が、久遠を見つけるなり、立ち上がった。
「……なんで」
声が、割れる。
「なんで、あんたがいたのに……」
久遠は、逃げなかった。
「……聞かれなかった」
それが、事実だ。
「聞いたら、答えたんだろ!」
「分からない」
久遠は、正直に言った。
「答えても、正しかったかは分からない」
拳が、震える。
「じゃあ、俺たちは……」
「自分で決めた」
その言葉は、刃だった。
だが、引かなかった。
「俺が選べば、お前たちは楽だった」
「だが、それは生き延びる保証じゃない」
沈黙。
「……死んだのは、あんたのせいだ」
久遠は、ゆっくりと頷いた。
「そう思っていい」
その返事に、相手は言葉を失った。
夜。
境界。
久遠は、一人で立つ。
今日は、誰も呼ばない。
呼ばれても、応えない。
剣を、地面に突き立てる。
名前も、役割も、すべて外した場所。
「……俺は、何を守っている」
答えは、返らない。
だが、心臓は動いている。
死んだ者の分まで、重く。
記録板。
久遠は、一行だけ刻む。
選択拒否後死亡:1
それは、免罪符ではない。
責任の否定でもない。
ただの、事実だ。
久遠は、板を閉じる。
選ばないことも、選択だ。
それが、人を殺すこともある。
それでも。
誰かが、自分で選ぶ限り。
久遠は、その選択を奪わない。
たとえ、憎まれるとしても。
第39話は、
「何もしなかった罪」を描きました。
久遠は、人を救うことも、人を殺すこともできます。
そして――
救わなかったことも、確かな結果として残る。




