第33話:教えないという選択
久遠の元に、人が来るようになった。
依頼ではない。
同行要請でもない。
質問だ。
「どうすれば、境界で人を帰せますか」
「帰還標がなくても、戻れる条件は何ですか」
「久遠さんと同じように、立つには何が必要ですか」
久遠は、すべてに答えなかった。
否定もしない。
肯定もしない。
ただ、言う。
「俺は、教えない」
それは、拒絶に近かった。
「なぜですか」
若い冒険者が、食い下がる。
「あなたは、知っている」
「知っているのに、教えないのは……」
久遠は、視線を上げた。
「死ぬからだ」
即答だった。
「俺のやり方は、再現性がない」
「条件は、毎回違う」
「判断は、一秒遅れれば終わる」
「それを、言葉にした瞬間、“できる気がする”奴が出る」
冒険者は、言葉を失う。
「教えるという行為は、責任を分散する」
「だが、境界では分散できない」
久遠は、静かに続ける。
「立つのは、一人だ」
「後ろに人がいても、判断するのは一人」
「それを、教えられると思うな」
沈黙。
別の日。
管理課内部で、議論が起きる。
「久遠を、講師にすべきだ」
「帰還率の底上げになる」
「いや、模倣事故が増える」
「だったら、体系化すればいい」
反論。
「体系化できるなら、最初から帰還標だけで済んでいる」
久遠は、その会議に呼ばれなかった。
だが、結論だけは届いた。
「久遠に対し、指導義務を課さない」
代わりに。
「久遠の行動を、教材として記録する」
久遠は、それを聞いて笑った。
「……観測か」
記録される。
分析される。
だが、再現はされない。
夜。
久遠は、境界に入る。
単独。
条件外。
奥で、声がする。
「……誰か……」
久遠は、前に立つ。
「名前を呼べ」
震える声。
「……く、久遠……」
それでいい。
一歩、進む。
境界が、揺れる。
後ろの気配が、消えない。
ゲートが、現れる。
「帰れ」
久遠は、振り返らない。
帰還後。
記録板。
同行帰還:1
久遠は、その数字を見て、少しだけ目を伏せた。
教えない。
だが、立つ。
それは、最も非効率で、最も人を選ぶ方法だ。
だからこそ。
境界は、まだ久遠を拒まない。
第33話は、
「善意を体系化しない残酷さ」を描きました。
教えれば救える命が増える。
それは事実です。
同時に、教えたことで死ぬ命も増える。
久遠は、その責任を“背負わない”ことを選びました。




