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第31話:概念としての帰還

 帰還標が壊れたという事実は、想像以上に速く広まった。


 管理課は公式発表をしない。

 だが、冒険者同士の噂は、境界よりも軽やかに越えていく。


「久遠の装備、ついに逝ったらしい」

「何人引き戻したんだっけ」

「……数えない方がいい」


 それは、称賛ではない。

 恐れに近い。


 壊れるまで使った装備を持つ冒険者は、“正常な判断をしない者”と見なされる。

 久遠 恒一は、それを否定しなかった。


 工房。


 新しい装備は、作っていない。


 帰還標の代替品――

 機構としての再現は、可能だ。


 だが、同じ結末になる。

 条件外を引き戻せば、必ず壊れる。


「……なら」


 久遠は、剣を手に取った。

 剣は、変わらない。

 振れば斬れる。

 届かなければ、終わる。


 だが。


 境界では、斬れるかどうかが問題ではない。


 久遠は、ダンジョンに入った。


 単独。

 低層でも、中層でもない。

 侵食境界、その縁。


 ここでは、帰還率という概念が、意味を持たない。


 前方。

 若い冒険者。

 一人。

 座り込んでいる。

 武器はある。

 傷も、致命ではない。


 だが――


 動かない。


「……帰れるぞ」


 久遠が言う。

 返事はない。

 近づく。

 冒険者の目は、虚ろだ。


「……帰り道が、分からない」


 それが、理由だった。

 条件外。

 意識はある。

 体も動く。

 だが、判断ができない。

 久遠は、剣を鞘に戻した。

 代わりに、その場に座る。


 侵食境界の縁。

 時間が、歪む。


「名前は?」

「……分からない」

「じゃあ、俺の名前を呼べ」


 冒険者が、首を傾げる。


「……く、くお……」

「それでいい」


 久遠は、立ち上がる。


「立て。俺の後ろに立て」


 剣を、逆手に持つ。

 刃を、進行方向に向けない。

 帰還標は、ない。

 だが、指標はある。

 久遠自身が。


 一歩、進む。

 二歩。

 三歩。


 振り返らない。

 後ろに、人の気配。

 消えていない。

 ゲートが、見えた。


「……帰れる」


 冒険者が、震える声で言う。


「帰れ」


 久遠は、振り返らずに言った。

 ゲートが、光る。

 一人、帰還。

 久遠は、境界に残る。


 数分後、自分も戻る。

 管理課の医療室。

 呼び止める声は、ない。

 記録も、ない。


 夜。


 久遠は、記録板に、一行だけ刻んだ。


 「同行帰還:1」


 名前は、書かない。


 救ったかどうかも、判断しない。


 ただ、帰ったという事実だけ。


 帰還標は、壊れた。


 だが。

 帰還という概念は、まだ、使える。


 境界に立つ者は、道具にならなくてもいい。

 目印になればいい。


 名前を呼ばれる存在であれば、それでいい。

第31話は、

「装備から思想へ」の完全移行回です。


帰還標は、

・引き戻す道具

でしたが、今や久遠自身が帰還の基準点になり始めています。


これは英雄的行為ではありません。

むしろ、最も危険で、最も消えやすい立ち位置です。

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