第3話:週末冒険者
ダンジョン出現から一週間で、世界は一応の秩序を取り戻した。
警察による封鎖は長く続かず、代わりに発足したのがダンジョン管理課だった。
各国で名称は多少異なるが、日本では内閣府直轄の組織として設立され、ダンジョンの管理、調査、冒険者制度の運用を担うことになった。
ダンジョン内部の初期調査は自衛隊が担当した。
だが銃火器の効果が階層を進むごとに著しく低下すること、
逆に弓やボウガンの有効性が高いことが判明すると、
「人の力が直接介在する戦闘」が重要視されるようになった。
やがて、一般人向けの制度が整う。
――教習制度。
一定期間の講習と試験を経て合格すれば、
個人は「ダンジョン冒険者」として登録され、
ダンジョンへの立ち入りが許可される。
久遠 恒一は、その案内を何度も読み返していた。
平日は会社員。
責任ある立場にあり、簡単に仕事を放り出すことはできない。
だが、ダンジョンは現実だった。
そして自分が、そこに適応できる側の人間であることも、どこかで理解していた。
久遠は、有給を使い教習に申し込んだ。
教習施設は、元自衛隊駐屯地を改修したものだった。
厳重な管理の中、集められた受講者は年齢も職業も様々だ。
最初に叩き込まれたのは、戦闘ではなかった。
モラル教育だった。
「ダンジョンで得た技能は、外でも使えます」
講師は淡々と告げる。
「だからこそ、冒険者の刑事罰は一般人より重くなります。
力を持つ者は、法の外に立つのではない。
法の内側で、より厳しく裁かれる」
スキルによる暴力、脅迫、殺人。
それらはすべて、ダンジョンカードに記録される。
久遠は、その説明に強い現実感を覚えた。
――剣と同じだ。
――振るえるからこそ、律しなければならない。
実技訓練では、模擬武器を使った戦闘訓練が行われた。
久遠は目立たなかったが、無駄のない動きで評価を得た。
「経験者?」
「はい。剣道と、居合を少し」
それだけ答えた。
数週間の教習を終え、久遠は正式に冒険者登録を受けた。
職業欄には「会社員」。
活動区分は「週末限定」。
初ダンジョンの日。
都内に出現した中規模ダンジョン。
入口脇の管理室で、武器を受け取る。
久遠が選んだのは、ダンジョン産の片手剣だった。
見た目は量産品だが、管理課の説明によれば、
「モンスターに対してのみ異常な切れ味を発揮する」という。
足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
世界が、静かに切り替わる。
その時だった。
視界の端に、見慣れない文字列が浮かぶ。
――技能付与を確認。
久遠は歩みを止めた。
鑑定眼。
アイテムボックス。
剣術。
理解した瞬間、身体が軽くなる。
視界は澄み、剣の重さが手に馴染む。
最初のモンスターは、小型のゴブリンだった。
醜い顔で、棍棒を振り上げてくる。
久遠は、構えた。
迷いはなかった。
一歩、踏み込む。
最小限の動きで、斬る。
ゴブリンは、倒れた。
その瞬間、カードが宙に現れ、久遠の手に収まった。
――ダンジョンカード。
倒したモンスターの情報が、克明に記されている。
同時に、身体の奥が熱を持つ。
ステータスの上昇を直感的に理解した。
STR、AGI、VIT、INT、LUK。
ポイントは、自分で割り振れる。
久遠は、迷わず剣に関わる項目へ配分した。
――剣は、裏切らない。
管理室に戻った久遠は、静かに思った。
平日は会社員。
週末は冒険者。
この二重生活は、しばらく続けられる。
まだ、剣を納める時ではない。
第3話では、教習制度と初ダンジョンを描きました。
久遠が力を得ても暴走しない理由は、ここまでの人生とモラル教育にあります。
次話からは、冒険者としての収入が現実的になり、会社を辞めるかどうかの葛藤が本格化します。




