第28話:境界外行動
出動通知は、来なかった。
それが、答えだった。
久遠 恒一は、スーツ姿のまま自宅に戻り、
ネクタイを外し、シャツの袖をまくる。
金曜の夜。
翌日は休日。
――だが、休むつもりはない。
管理課の正式編成に名前はない。
選択制。
自己責任。
つまり、止める者はいない。
久遠は、装備を身に着ける。
剣。
最低限の防具。
帰還標。
管理課の管理室は使わない。
武器の貸与記録が残るからだ。
ダンジョン入口。
深夜にもかかわらず、人影はある。
非公式。
週末限定。
黙認された個人冒険者。
久遠は、教習番号を提示しない。
代わりに、古い臨時許可証を使う。
期限切れ。
だが、システムは弾かない。
――管理は、追いついていない。
ゲートをくぐる。
低層。
静かすぎる。
久遠は、あえて侵食境界に近づく。
正式ルートから外れた、誰も記録しない通路。
鑑定眼が、警告を出す。
・存在安定度、低下
・時間歪曲、発生
・帰還標、反応不安定
それでも、進む。
足音が、自分のものか分からなくなる。
前方。
人影。
「……誰だ?」
声をかける。
返事はない。
近づく。
それは、冒険者だった。
装備は古い。
管理課発足前の型。
倒れている。
だが、死体ではない。
呼吸は、ある。
久遠は、膝をつく。
帰還標を当てる。
――反応、なし。
「条件外……」
だが。
鑑定眼が、微細な違和感を捉える。
存在安定度、ゼロではない。
ほんの、わずか。
久遠は、剣を地面に突き立てた。
自分の存在を、固定する。
その上で、帰還標を再起動する。
条件を、満たすのではない。
引き上げる。
魔力が、逆流する。
帰還標が、軋む。
金属が、熱を持つ。
「……名前を」
久遠は、低く言う。
「今の名前を、言え」
男の唇が、わずかに動く。
「……佐倉……」
次の瞬間。
帰還標が、光った。
強制発動。
視界が、引き裂かれる。
――転移。
久遠は、管理課の医療室で目を覚ました。
警報。
複数の職員。
「誰が運び込んだ!?」
「記録がない!」
ストレッチャーの上。
あの男が、呼吸している。
生存。
久遠は、帰還標を見る。
表面に、新しい亀裂。
だが、
名前が――
刻まれている。
「佐倉 恒一」
久遠は、小さく息を吐いた。
――できた。
条件外でも、ゼロでなければ。
境界の外から、引き戻せる。
管理課の職員が、震える声で言った。
「……君、何をした?」
久遠は、答えなかった。
答えれば、止められる。
だから、黙ったまま、目を閉じた。
これは、正しい行為ではない。
だが。
死ぬはずだった命が、ここにある。
それだけで、十分だった。
第28話は、
久遠が完全に「管理される冒険者」から「境界外行動者」へ移行する回です。
ここから先、彼の行動は
・記録されない
・評価されない
・守られない
・守られない
それでも、救える可能性が生まれる。
帰還標は、道具ではなく「思想」を帯び始めました。




