第27話:数字が示す正解
会議室の温度は、一定だった。
空調は正確で、
感情の入る余地がない。
壁面モニターに、
数字が並ぶ。
・出動回数
・帰還率
・死亡数
・消失数
久遠 恒一の名前は、
すべての項目に関わっていた。
「帰還率は、確かに上がっている」
管理課の分析官が言う。
「だが同時に、
“単独生存率”が下がっている」
久遠は、黙って聞いていた。
反論は、簡単だ。
だが、それは意味を持たない。
「君が境界に立つことで、
救われた例はある」
「しかし、
君が境界に立たなかった場合、
撤退判断が早まり、
全体の損耗が減る可能性もある」
モニターに、
シミュレーション結果が表示される。
久遠が前に出ない。
条件外に踏み込まない。
――その場合。
死亡数は、減っている。
消失数も、減っている。
生存者は、
より多い。
「……正しいですね」
久遠は、静かに言った。
分析官が、少し驚いた顔をする。
「否定しないのか?」
「数字は、嘘をつきません」
久遠は、
帰還標を見下ろす。
「ただし」
言葉を、続ける。
「その正解は、
条件を満たせる人間だけを、
最初から選んだ結果です」
沈黙。
「境界に落ちかけた者は、
最初から数に入っていない」
「それを、
“救えなかった”とは言いません」
分析官が、口を開く。
「それが、
管理の論理だ」
「承知しています」
久遠は、頷いた。
「だから――
私を、切る判断も、
合理的です」
会議室の空気が、
わずかに動く。
「久遠一等冒険者」
課長代理が、口を開いた。
「次回以降、
君の出動は“選択制”にする」
「強制はしない。
だが――」
「境界行動は、
自己責任扱いだ」
つまり。
救っても、評価されない。
失っても、補償されない。
久遠は、
ゆっくりと立ち上がった。
「了解しました」
それだけ言って、
会議室を出る。
廊下は、静かだった。
帰還標が、
胸元で重い。
その夜。
久遠は、
自分の装備を並べた。
剣。
防具。
帰還標。
そして、
名前の刻まれていない金属片。
刻むべき名前は、
増えている。
だが、
刻む資格が、
与えられていない。
「……数字が正しいなら」
久遠は、呟く。
「数字の外で、
やるしかない」
それは、
管理課の冒険者ではない。
国家の英雄でもない。
境界に残る者。
次に出るとき、
久遠は、
編成にいない。
それでも。
ダンジョンは、
彼を拒まない。
条件外に立つ者を、
待ち続けている。
第27話では、
「正しさが人を救わない瞬間」を描きました。
数字は合理的で、
管理は正確です。
だからこそ、
こぼれ落ちる命が確実に存在する。
久遠は、
正義でも反逆でもなく、
“制度の外”に立つ選択をしました。




