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第26話:条件を満たさない者たち

 その区域は、

 地図上ではまだ「調査可能」とされていた。


 だが、現場に立った瞬間、

 久遠 恒一は理解した。


 ――ここは、数字が嘘をついている。


 空気が、薄い。

 魔力ではない。


 存在そのものが希薄だ。


「……生きてるか?」


 前方を行く冒険者が、

 冗談めかして言った。


 誰も、笑わない。


 再調査班ではない。

 今回は、混成の臨時編成だった。


 管理課の要請で集められた、

 週末冒険者たち。


 経験はある。

 低層も、中層も越えてきた。


 ――だが。


 この区域では、

 それが意味を持たない。


 最初の異変は、

 音だった。


 足音が、

 一人分、遅れて響く。


「……今、何人いる?」


 久遠が聞く。


「七人だろ」


「……六人です」


 久遠は、静かに言った。


 振り返る。


 誰も、いない。


 慌てていない。

 叫びもない。


 ただ、

 最初から存在しなかったように、消えている。


「条件外だ……」


 誰かが、呟く。


 帰還標が、

 震えもしない。


 存在が、

 すでに“外”に落ちている。


「撤退――」


 言葉は、途中で遮られた。


 侵食個体が、

 湧いたのではない。


 重なった。


 空間と。


 影と。


 人の形をした何かが、

 隊列の中に“重なる”。


「離れろ!」


 久遠は、剣を抜く。


 斬る。


 感触が、ない。


 刃が、

 通り抜ける。


「物理干渉、不可!」


「魔法も通らない!」


 条件が、違う。


 ここでは、

 “攻撃できる存在”だけが、

 生き残る。


 久遠は、鑑定眼を最大にする。


 ――見える。


 侵食個体の核。

 現在時刻からズレた位置に。


「……そこか」


 踏み込む。


 時間差を読んで、

 一瞬先を斬る。


 断った。


 だが――


「ぐっ……!」


 背後。


 仲間が、

 倒れる。


 血は、出ていない。


 体が、

 薄くなっている。


 存在安定度、低下。


 帰還標を、押し当てる。


 光らない。


「……まだだ」


 久遠は、必死に呼びかける。


「名前を言え!

 今の名前を!」


「……わから、ない」


 それが、答えだった。


 自分が誰かを、認識できない。


 条件外。


 久遠は、

 その手を、離した。


 侵食個体が、

 重なる。


 音もなく、

 仲間は消えた。


 残り、四人。


「撤退!

 今すぐ!」


 全員が、走る。


 だが、

 ゲートが、遠い。


 空間が、

 伸びている。


 帰還標が、

 一度だけ光った。


 一人、帰還。


 次。


 もう一度――


 光らない。


「……終わりだ」


 誰かが、呟いた。


 久遠は、歯を食いしばる。


 剣を、地面に突き立てる。


 存在を、固定する。


 自分自身を、

 “今ここ”に縫い止める。


 無茶だ。


 だが、

 久遠は、立っている。


「動くな!

 名前を考えるな!

 今を見ろ!」


 声が、届く。


 一人、

 戻る。


 もう一人。


 久遠は、

 最後まで残った。


 帰還標を、

 自分に向ける。


 発動。


 視界が、白くなる。


 ――次の瞬間。


 管理課の医療室。


 生存者、三名。


 報告書には、

 こう書かれた。


 「条件を満たさない者、多数消失」


 久遠は、

 ベッドの上で、目を閉じた。


 帰還標を、握る。


 名前は、

 刻めなかった。


 刻める条件すら、

 残らなかった。


 ――それでも。


 条件外に、

 立ち続ける。


 それが、

 久遠の選択だった。

第26話では、

「努力・経験・勇気」では

どうにもならない死を描きました。


ダンジョンは、

残酷ですが平等です。

条件を満たさない者は、

存在ごと排除される。


久遠は、

それを理解した上で、

なお境界に立ち続けています。

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