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第25話:境界に立つ者

 報告書の提出は、無言で終わった。


 管理課の会議室。

 ホワイトボードに貼られた地図には、赤い線が引かれている。


 侵食警戒ライン。


 それは、立ち入り禁止区域ではない。

 ――「立ち入っても、生存を保証しない線」だ。


「帰還標の反応断絶、二件目だな」


 課長代理が、淡々と言う。


 責める口調ではない。

 評価でもない。


 事実確認だ。


「はい」


 久遠 恒一は、肯定だけを返した。


「装備の欠陥か?」


「いいえ。

 仕様です」


 会議室が、静まる。


 久遠は、続ける。


「条件外では、機能しません。

 生存判定が成立しない以上、

 帰還は“違反”になります」


「……違反?」


「この世界のルールに対する、です」


 誰も反論しなかった。


 それが真実だからだ。


 ダンジョンは、

 人を守るために存在していない。


 適応した者だけを、

 残す場所だ。


「君は、どうするつもりだ」


 課長代理が、聞く。


 久遠は、少しだけ考えた。


 そして答えた。


「境界に立ちます」


「……」


「条件を満たす前に、

 条件外に落ちる前に、

 引き戻す役です」


 誰かが、息を呑む。


「危険すぎる」


「はい」


「それでも?」


「それでも、

 剣だけ振るうよりは、

 意味があります」


 会議は、それで終わった。


 命令は、出なかった。

 禁止も、されなかった。


 ――黙認。


 それが、管理課の答えだった。


 その夜。


 久遠は、帰還標を分解していた。


 完全な解体ではない。

 構造の再確認。


 鑑定眼を、

 限界まで使う。


 刻まれた名前。

 魔力の残滓。

 傷。


 そこに、

 微細な歪みがある。


 空間に、

 引き裂かれた痕跡。


「……戻れなかった、わけじゃない」


 久遠は、呟く。


 戻れなかったのは、

 “場所”ではなく、“時間”だ。


 条件は、生死だけではない。


 侵食が進むと、

 存在が“現在”から外れる。


 帰還標は、

 “現在に存在する者”しか

 掴めない。


「なら……」


 久遠は、メモを取る。


 ・存在安定度

 ・時間遅延

 ・意識保持


 剣では、どうにもならない領域。


 だが、

 無視はできない。


 週末。


 久遠は、個人でダンジョンに入った。


 調査ではない。

 戦闘でもない。


 検証だ。


 低層。


 単独行動。


 侵食の兆候が薄い場所。


 モンスターを、倒す。


 ステータスを、上げる。


 STRでも、AGIでもない。


 VITとINT。


 耐えるため。

 考えるため。


 帰還標を、装着する。


 わざと、

 侵食境界に近づく。


 空気が、歪む。


 時間が、遅れる。


 久遠は、

 自分に帰還標を使った。


 光る。


 だが、

 発動しない。


「……やはり」


 自分自身ですら、

 条件に引っかかる。


 久遠は、剣を鞘に戻した。


 境界に立つということは、

 いつでも条件外に落ちうる

 ということだ。


 それでも。


 帰還標を外さない。


 刻まれた名前を、

 増やさないために。


 次に失うのが、

 自分だったとしても。


 久遠は、

 境界を一歩、踏み越えた。


 それが、

 英雄の選択ではないことを、

 よく理解した上で。

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