第23話:帰還標、初実戦
出発は、平日の深夜だった。
管理課・再調査班第三編成。
人数は五名。
久遠 恒一は、最後尾に立つ。
空白区画――正確には、
侵食が始まった低層境界エリア。
前回の撤退戦で、
地形情報はほぼ無効になっていた。
「十五分。
異変がなければ撤収」
指揮官が言う。
その声には、
期待も希望もない。
全員が理解している。
ここは“長居する場所ではない”。
ゲートを抜けた瞬間、
空気が変わった。
重い。
湿度がないのに、
肺が詰まる感覚。
久遠は、胸元に手をやる。
帰還標。
金属が、微かに震えた。
――反応している。
「……来るぞ」
久遠が言った直後、
地面が、裂けた。
黒い肢体。
獣でも、人でもない。
侵食個体・タイプβ。
「接敵!」
前衛が動く。
銃声は、意味をなさない。
一階層以上では威力が落ちる。
牽制にしかならない。
久遠は、剣を抜いた。
踏み込む。
一閃。
断った感触はあるが、
致命には至らない。
――硬い。
背後。
「ぐっ……!」
後衛の一人が、
触手に弾かれ、壁に叩きつけられる。
骨の音。
久遠は、迷わなかった。
「退路確保!」
叫びながら、
帰還標に魔力を流す。
条件は厳しい。
・装着者が生存
・意識がある
・空間歪曲が一定以下
だが――
帰還標が、
光った。
床に、
淡い円が浮かぶ。
「なに――」
「帰還補助だ!
今すぐ入れ!」
負傷者を引きずり込む。
円が、歪む。
侵食個体が、
反応する。
触手が伸びる。
久遠は、間に入った。
斬る。
斬る。
斬る。
剣術スキルが、
限界まで補正をかける。
体力が削られる。
被弾。
脇腹。
鈍い痛み。
それでも、
退かない。
「早く!」
円が、
閉じた。
一人、帰還。
成功。
だが。
「……もう一体、出る!」
地面が、再び歪む。
今度は、
より大きい。
侵食が、進んでいる。
「撤退!
全員――」
言葉は、途中で切れた。
前衛の一人が、
足を取られた。
引きずられる。
「待て!」
久遠が、手を伸ばす。
だが、
空間が、拒絶する。
帰還標が、
反応しない。
条件を、満たしていない。
――意識喪失。
久遠は、
歯を食いしばる。
剣を、投げる。
無意味。
侵食個体が、
飲み込む。
名前が、
頭をよぎる。
刻んだ文字。
帰還標が、
静かになった。
「……撤退完了」
ゲート前。
生存者、四名。
数字だけ見れば、
成功だ。
だが、
誰も口を開かない。
帰還後。
医療班が動く。
負傷者は、助かった。
帰還標のおかげだ。
報告書には、
こう記される。
「新型補助装備、一定条件下で有効」
久遠は、
一人で装備を外す。
帰還標を、見つめる。
刻まれた名前。
増えなかった。
だが、
減ったわけでもない。
――救えた命は、確かにある。
それでも。
条件を満たさなければ、
助からない。
選別は、
続く。
久遠は、
装備を握りしめた。
もっと条件を、緩める。
もっと、早く。
次は、
迷わないために。
剣を持つ理由が、
また一つ、重くなった。




