表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/50

第21話:切り捨てた名前

 名前は、簡単に消える。


 久遠 恒一は、それを知っていた。

 書類の中で。

 統計の中で。

 「想定内」の文字の裏側で。


 だが、あの夜から、頭の中に残り続けている。


 ――行方不明者、登録番号***。


 数字ではなく、声と、動きと、癖。


 会議室で読み上げられた名前は、あまりにも整っていて、現場の人間ではなかった。


 久遠は、管理棟の一角にある閲覧制限付き端末の前に立っていた。


 技術協力枠としての権限。

 ギリギリ、

 「個人記録」に触れられる範囲。


 画面を開く。


 行方不明者個人ファイル。


 写真。

 登録時の簡易プロフィール。


 真面目そうな顔。

 少し緊張した笑み。


 久遠は、視線を逸らさなかった。


 逃げないと、決めた。


 戦闘履歴。

 参加ダンジョン。

 報告書の端に、手書きの補足。


 ――「久遠さんの判断、勉強になります」


 胸の奥が、ひりついた。


 次のページ。


 個人メモ。

 提出義務はない、私的記録。


 ・空白区画、気配が薄い

 ・音が遅れて聞こえる

 ・嫌な感じがする


 最後の一文で、久遠の指が止まる。


 ・もし戻れなかったら、装備は処分していい


 静かすぎる言葉だった。


 覚悟とも、諦めとも違う。


 久遠は、画面を閉じた。


 これ以上、管理課の中では見つからない。


 夜。


 久遠は、自宅で剣を手入れしていた。


 布で刃を拭く。

 無駄な動きはない。


 だが、心は別だった。


 ――自分は、正しいことをした。


 何度も、そう言い聞かせた。


 それでも、切り捨てた名前が、戻ってくることはない。


 久遠は、ノートを開いた。


 戦闘ログではない。

 設計図でもない。


 個人の記録帳。


 彼の名前を書く。


 行方不明者の名前を、自分の字で。


 そこに、あの日の状況を書き足す。


 ・空間不安定

 ・救出不能

 ・判断者:久遠


 逃げ道は作らない。


 その時、端末が震えた。


 非公式回線。

 管理課ではない。


 表示された名前に、久遠は目を細める。


 ――後衛の女性だ。


『久遠さん、少し話せますか』


『今?』


『はい。

 ……個人的なことです』


 久遠は、短く返した。


『場所は?』


 指定されたのは、管理棟近くの小さな喫茶店。


 夜遅く、人はいない。


 彼女は、先に来ていた。


「……ありがとうございました」


 席に着くなり、彼女は言った。


「私、生きてます。

 あれ、座標錨がなかったら――」


 言葉が、途切れる。


 久遠は、首を振った。


「生き残ったのは、あなたが後退判断を守ったからです」


「それでも」


 彼女は、視線を落とした。


「助けられなかった人がいる」


 久遠は、肯定も否定もしなかった。


 代わりに、言う。


「名前を、忘れないでください」


 彼女は、顔を上げた。


「管理課は、次に進みます」


「ええ」


「でも、私たちは」


 久遠は、静かに続ける。


「次に行く前に、切り捨てた名前を、覚えていないといけない」


 彼女は、しばらく黙っていたが、やがて、頷いた。


「……私も、記録を取ります」


 別れ際。


 久遠は、初めて言った。


「次に行く時、“帰れる装備”を、必ず作ります」


 約束ではない。

 誓いだ。


 剣で斬る前に、判断で人を殺さないための。


 切り捨てた名前は、戻らない。


 だが、無かったことにはしない。


 それが、久遠が選んだ、次の戦い方だった。

第21話は

「制度の外で、個人が何を背負うか」の話です。


久遠はもう、ただ強くなるだけの主人公ではありません。

判断の責任を、私的にも引き受け始めた段階です。


次話では、

・装備設計の方向性が変わる

・“帰還率”を最優先にする思想

・管理課との微妙なズレ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ