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第20話:帰還者報告書

 帰還ゲートを抜けた瞬間、世界は色を取り戻した。


 空白区画の中では曖昧だった輪郭が、

 管理棟の照明の下では、残酷なほど明瞭になる。


 血の色。

 擦り切れた装備。

 減った人数。


 久遠 恒一は、剣を収めたまま、無言で立っていた。


 医療班が駆け寄る。


「負傷者はこちら!」


「精神ショックが強い、鎮静を――」


 作業は迅速で、感情が介在する余地はない。

 それが、正しい。


 だが。


 人が一人消えたという事実は、処理の流れの中に埋もれていく。


 数時間後。


 再調査班は、管理課の会議室に集められた。


 着替えも、十分な休息もない。

 だが誰も文句は言わなかった。


 壁のモニターに、文字が映し出される。


 中層再調査・帰還者報告会


 進行役は、見覚えのある課長代理だった。

 淡々とした声で、言う。


「本件は、重大インシデントとして扱います」


 久遠は、視線を下げた。


 重大。

 だが、想定内。


 それが、管理課の判断だった。


「まず、空白区画の存在を確認。

 未知個体の実在を確認。

 空間不安定性は、特定条件下で顕著になる――」


 言葉が、続く。


 成果。

 有用性。

 今後の対策。


 久遠は、途中で理解した。


 この報告は、生還者のためのものではない。


 次に行く人間のための資料だ。


「次に、人的被害について」


 画面が切り替わる。


 名前。

 年齢。

 登録番号。


 あの負傷者の名前が、表示された。


 横に、簡潔な文。


 『空間崩落により行方不明。生存可能性:低』


 久遠の胸が、わずかに軋んだ。


 “死亡”ではない。

 だが、“生きている”とも書かれていない。


 便利な表現だ。


「当該状況における判断について、問題点は確認されませんでした」


 課長代理が、はっきりと言う。


「撤退判断は適切。

 久遠技術協力員の対応も、

 被害拡大を防いだと評価します」


 評価。


 その言葉が、久遠には異物のように感じられた。


 評価されるほど、誇れることをした覚えはない。


 質疑応答。


 一人の職員が、手を挙げる。


「座標錨の使用判断ですが、固定対象を選別した理由は?」


 久遠は、ゆっくりと立ち上がった。


「空間固定の限界を考慮しました。

 全員を固定することは、不可能でした」


「つまり?」


「……助けられる人数を、最大化する判断です」


 室内が、静まる。


 誰もが理解している。

 だが、口に出すと、重い。


「その結果、一名が――」


「行方不明になりました」


 久遠は、言葉を切った。


 “犠牲”とは、言わなかった。


 会議は、それで終わった。


 結論は、すでに出ている。


 久遠たちは、正しい行動を取った。


 だから、責任は問われない。


 部屋を出ると、夜だった。


 管理棟の外は、静かだ。


 久遠は、しばらく立ち尽くす。


 胸の奥に、説明のつかない重さが残っている。


 報告書は、完璧だった。


 判断も、正しかった。


 それでも。


 名前が、一つ消えた。


 書類の中では、「想定内の損失」として。


 久遠は、剣に手を置いた。


 この剣は、人を守るために使うと誓った。


 だが現実では、守れない人数を計算する道具にもなる。


 それが、ダンジョンに関わるということだ。


 久遠は、理解してしまった。


 剣を振るう者ではなく、判断を下す者になった時点で、

 戻れない場所がある。


 そして、その場所は――

 もう、空白区画よりも深い。

第20話は

「戦闘が終わった後に、本当の痛みが来る」回です。


制度は正しく、判断も正しい。

それでも消えた名前は戻らない。


ここから久遠は、

・もっと“帰れる戦い”を作ろうとする

・あるいは、判断を引き受ける側へ進む

その分岐に立ちます。


次話では、

第21話(切り捨てた名前)

――行方不明者の個人記録と、久遠の私的行動を描きます。

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