第16話:空白区画への備え
空白区画――。
管理課の内部資料で、そう呼ばれている場所がある。
地図上では存在している。
だが、詳細情報がない。
モンスターの分布が記録されない。
戦闘ログが途中で途切れる。
ダンジョンカードに「異常」とだけ残る。
理解できない場所。
久遠 恒一は、管理課の閲覧室で資料を読み込んでいた。
怪我による行動制限は解除された。
だが、正式な調査参加は、まだ許可されていない。
だからこそ、
準備に時間を使える。
机の上には、三つの物が並んでいる。
・中層区画図(最新版)
・未知個体遭遇報告の抜粋
・自分のノート
鑑定眼で見た異常。
過去の戦闘で感じた空気の歪み。
それらを、線で結ぶ。
「……やっぱり、ここだ」
空白区画は、偶然ではない。
一定の条件で発生している。
久遠は、ダンジョンコアの分析結果を呼び出す。
中層で回収されたコア。
サイズは不揃いだが、
エネルギー放出量が、ほぼ同一。
普通はあり得ない。
モンスターの強さ、数、環境で変わるはずだ。
だが、空白区画付近のコアだけは違う。
「制限されている……?」
エネルギーではない。
存在そのものが、均されている。
久遠は、アイテムボックスを開いた。
時間経過のない空間。
そこに、これまで集めた素材が整然と並んでいる。
モンスター素材。
ダンジョン産武器。
壊れた装備。
鑑定眼を最大にして、見渡す。
素材の“向き”が見える。
これは防具向き。
これは武器にすると、歪む。
これは――
久遠の手が止まる。
以前、空白区画近くで拾った、
性質不明の骨片。
鑑定眼でも、表示が不完全だった。
だが今は、違う。
「空間固定材」
そう、表示された。
「……なるほど」
空白区画は、
敵が強いのではない。
空間が、壊れやすい。
人が消える理由。
カードが記録できない理由。
すべて、繋がった。
久遠は、鍛冶スキルを開く。
まだ低レベル。
だが、やることは決まっている。
――壊れない装備を作る。
防御力ではない。
位置を固定する装備。
骨片を核に、
中層素材を組み合わせる。
失敗。
歪む。
もう一度。
今度は、魔力の流れを抑える。
――成功。
小さな金属片が、淡く光った。
鑑定。
《装備補助具:座標錨(試作)》
・使用者の位置情報を一定時間固定
・強制移動耐性(低)
・耐久性:低
低い。
だが、意味はある。
「……これなら」
久遠は、ノートに書き込む。
・空白区画=空間不安定領域
・未知個体=原因ではなく“兆候”
・対策=位置固定・魔力流制御
戦う準備ではない。
帰ってくるための準備だ。
夜。
管理課から、連絡が入る。
中層再調査班、編成検討中
久遠 恒一、技術協力枠での参加を打診
久遠は、しばらく画面を見つめた。
剣を握る日が、近づいている。
だが今回は、
ただ斬るためではない。
消えないために、備える。
空白区画は、
人を殺す場所ではない。
人を、いなかったことにする場所だ。
だからこそ、
久遠は、そこへ行く。
第16話は「戦う前の覚悟と設計」の回です。
敵の正体を「強さ」ではなく
環境・構造・ダンジョンの性質として描いています。
次話から、
・再調査班参加
・実戦投入される試作装備
・空白区画への実地侵入




