第15話:行方不明者の記録
管理課から届いたファイルは、思ったよりも軽かった。
データ容量は、わずか数メガバイト。
一人の人間が消えるには、あまりにも小さい。
行方不明者調査報告書(暫定)
久遠 恒一は、机に端末を置き、椅子に深く座った。
立ったままでは読めないと思った。
画面を開く。
名前。
年齢。
冒険者登録番号。
――やはり、あの若い冒険者だった。
所属は、週末限定・管理課準協力枠。
ダンジョン歴、九か月。
スキル構成。
防御系二種、索敵一種、補助魔法一種。
悪くない。むしろ、堅実だ。
久遠は、眉をひそめる。
無茶をするタイプではない。
突っ込む人間でもない。
だからこそ、違和感があった。
ページを進める。
時系列ログ。
・中層第七区画進入
・モンスター群確認
・迎撃準備
・戦闘開始
ここまでは、普通だ。
次の行で、久遠の視線が止まる。
・未知個体の出現を確認
識別不能。
ダンジョンカード未登録。
鑑定情報なし。
――まだ、そんな段階か。
久遠は、静かに息を吐いた。
管理課は「ダンジョンを理解しているつもり」でいる。
だが実際には、
理解できる範囲でしか、調査していない。
戦闘ログは、途中から荒れていた。
記録者の手が、明らかに乱れている。
・防御陣形崩壊
・後退指示
・通信断続
そして、最後。
・対象、後衛より逸脱
逸脱。
その言葉が、胸に刺さる。
誰かが突き飛ばしたのか。
自分で判断したのか。
足を取られたのか。
書類は、答えない。
次のページ。
発見物一覧
・破損した盾
・防具の一部
・ダンジョンカード(破損)
カードの画像が表示される。
久遠は、思わず目を細めた。
カードは、途中で焼けたように欠けている。
だが――
「死亡」判定欄が、空白のままだった。
つまり。
殺されたのではない。
少なくとも、カードがそれを記録できる形では。
久遠は、背もたれに深く身を預けた。
ダンジョンカードは、残酷だ。
人が人を殺せば、必ず記す。
だが――
人がダンジョンに消される場合、書けないことがある。
管理課の結論は、簡潔だった。
・現時点での生死不明
・救助の優先度は低
・再調査は中層安定後
合理的。
正しい。
それでも、久遠は納得できなかった。
彼は、もう一度ログを読み返す。
未知個体出現の直前。
隊列の配置。
戦闘判断。
――違う。
判断は、間違っていない。
撤退も、正しい。
それでも、一人だけ消えた。
久遠は、ノートを開いた。
自分用の記録帳。
誰にも提出しない、
誰にも責任を押し付けないための帳面。
書く。
・未知個体の出現位置
・攻撃パターンの推測
・空間の歪みの可能性
剣術スキルの派生情報。
鑑定眼で見た中層の「異常」。
――あれに、似ている。
久遠は、以前中層で感じた違和感を思い出す。
敵ではない。
罠でもない。
ダンジョンそのものが、選別している感覚。
ふと、思う。
あの若い冒険者は、
「生き残る側」ではなかったのか。
夜更け。
管理課から、短い追記が届く。
行方不明者の私物整理を、近日実施予定
久遠は、画面を閉じた。
整理される。
片付けられる。
記録にされる。
それで、終わりだ。
剣を持てない今、
久遠にできることは一つしかない。
忘れないこと。
行方不明者の記録を、
「なかったこと」にしない。
戦えない週末の次に来たのは、
戦場の外での戦いだった。
久遠は、静かに決める。
――次に中層へ行けるようになったら。
――あの場所を、必ず見る。
それが、
生き残った者に許された、最低限の義務だと。
第15話は「死んだとも、生きているとも言えない」話です。
ダンジョンカードが万能ではないこと、
管理課の合理性と限界、
そして久遠の**“責任感の向き先”**が明確になります。
次話では、
・再調査の前段
・生産・装備・対未知個体への備え
・久遠の判断が「個人」を超え始める




