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第11話:刃が生き残る場所

 中層に入った瞬間、空気が変わった。


 久遠 恒一は、足を止めずにそれを理解した。

 湿り気を含んだ空気。

 わずかに甘い腐臭。

 そして――静かすぎる。


 低層では、モンスターは自己主張をする。

 鳴き、吠え、動き回る。

 だが中層は違う。


 待っている。


 鑑定眼が自動的に走る。

 壁、床、天井。

 反応は、ない。


 それが一番危険だった。


 久遠は、剣の柄に指をかけたまま、歩調を落とす。

 剣は抜かない。

 抜けば、こちらの位置と意図を晒す。


 ――来る。


 床が、沈んだ。


 瞬間、久遠は跳ねた。

 床が崩れ、下から爪が突き出る。


 《ミドルクロウ・ワーム》

 中層性・待ち伏せ型。


 着地と同時に剣を抜く。

 横薙ぎ一閃。


 硬い。


 低層の感覚で斬れば、刃が止まる。

 久遠は、即座に斬撃角度を変え、関節部を狙った。


 ギィ、と嫌な音。

 モンスターが身をくねらせる。


 その背後。


 来た。


 天井から、落ちる影。

 別個体。


 久遠は後ろに跳ね、剣先を下げる。

 防御ではない。


 迎撃。


 突き上げるように剣を走らせ、顎下を貫く。

 血と体液が降りかかる。


 息を吐く暇はない。


 左右。

 三体目、四体目。


 ――群れだ。


 中層の基本。

 単体で来ない。


 久遠は後退しながら、位置を調整する。

 壁際。

 挟まれない場所。


 斬る。

 かわす。

 刺す。


 動きは最小限。

 無駄な力は使わない。


 それでも、確実に削られていく。


 体力ではない。

 集中力だ。


 最後の一体を斬り伏せたとき、久遠はその場に膝をついた。


 浅い呼吸。

 汗が、背中を伝う。


 ――これが、中層。


 「強い」だけでは足りない。

 続けられるかどうか。


 剣を鞘に戻し、周囲を確認する。

 死体は、すでに薄く霧散し始めていた。


 ダンジョンカードが、足元に落ちる。


 拾い上げる。


 そこには、いつもより詳細な記述があった。


 《戦闘評価:生存優先》

 《不要な追撃なし》


 久遠は、視線を落としたまま、しばらく動かなかった。


 ――評価、か。


 誰に向けたものなのか。

 ダンジョンか。

 それとも、自分自身か。


 立ち上がり、歩き出す。


 だが数分後、異変に気づいた。


 血痕。


 新しい。

 自分のものではない。


 慎重に進むと、そこにいた。


 冒険者。

 二人。


 一人は、すでに動かない。

 もう一人は、壁にもたれ、浅く呼吸している。


 装備を見る。

 粗悪な模倣品。


 闇市場製だ。


「……助けて、くれ」


 声は弱い。

 だが、久遠はすぐに近づかなかった。


 鑑定眼を使う。


 ――敵対意志:残存。


 罠。


 久遠は剣を抜かないまま、距離を取る。


「仲間は?」


「……死んだ」


「殺したのは?」


 沈黙。


 その瞬間、久遠は確信した。


 この男は、

 モンスターに殺されたのではない。


 人だ。


 久遠は、一歩下がった。


「管理課を呼ぶ」


「やめろ!」


 男が手を伸ばす。

 だが、その動きは遅い。


 久遠は、最小の動きで男の手首を踏み、体重をかけた。


 悲鳴。


 剣は、最後まで抜かなかった。


 管理課の回収を待つ間、久遠は壁にもたれた。


 中層は、強い者を選ばない。

 壊れない者を残す。


 剣が強いかどうかは、問題ではない。


 折れず、迷わず、

 必要なら引き返せるか。


 久遠は、静かに目を閉じた。


 ――この階層は、優しくない。


 だが、自分もまた、

 もう優しいだけではいられない。


 そう理解してしまったことが、

 今日一番の戦闘だった。

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