変わらぬ日々と、異変
「……出来た…!」
耳は少し縫いなおす程度のものだったが、足は一からなので綿や布を探してつめ、何度も何度も指を針で刺しながらもなんとか作り上げた。完成したテディベアは左足のみ素材が市販の物で違和感が半端ないが、前のように痛々しくは見えない。ついでに首もとのリボンが汚れまくっていたので、100均で買った青いリボンに結びなおした。
「つかれたぁっ……!!」
集中が切れ一気にどっと疲れが襲い掛かり、どさりと床に寝転がりクッションに後頭部を埋める。低反発なクッションの感触が頭ごしに僕の疲れを吸い取っていく感覚になりながら、あらためて手の中に収まるテディベアを見る。
相変わらずテディベアの瞳は宝石のようにキラキラと輝いているが、苦戦して直した後なので愛着がわきなんだかその輝きが「元に戻れて嬉しい」というふうに見える。
「……ふふ、嬉しい? 元に戻せてよかったよ…」
寝転んだまま、縫った事でなお愛着がわいたテディベアに微笑みかける。やはり綺麗な目だ…心なしか、嬉しそうに見えてくる。青い目に青いリボンで統一感もあってとても良い。集中して体力を使ったからか、ぐるるとお腹の虫が唸る。
「……商店街でコロッケでも買おうかな」
母は少し買い出しでお留守番中だが、僕は鍵も持ってるし小学五年生なんだ……11歳、近くの仲良しな商店街にコロッケを買いに出かけるくらいいいだろうと思い鍵とテディベアを持ち早速出掛けることにした。
―――★―――
夕暮れの商店街も中々風情だな……と思いながらテディベアを片手に歩く。ここの商店街のコロッケはサクサク、カリッとしていて、かつじゃがいもが美味しくとても美味しい。揚げたてだとなおジューシーさが増し、さっぱりした油を使っているから3個でも余裕で食べられるけども……晩御飯もある、一つだけ買って食べよう。
「すみません、コロッケ一つ」
いつものお肉屋さんでコロッケを頼むと「はいよ!」とおじさんが奥から返事をして出てきてくれた。
「おっ、ハルくんじゃねぇの! おやつにコロッケかい? ずいぶんかわいいお友達もいるなぁ!」
明るくハツラツとしたおじさんに微笑み「ゴミ捨て場に捨てられてたんだ。可愛いでしょ?」とテディベアを見せる。
「そうなのかい? …綺麗なのに捨てるなんぞ勿体ねぇなぁ! なんか目もキラキラしてるな……ハルくんに拾ってもらったからか! はは!」
おじさんの言葉に思わず照れ臭くなってうつ向くと「あぁそうだった、コロッケな! すまんすまん、おじさん忘れっぽくてよ」と言って奥へ消える。
戻ってきたおじさんの手には銀網に乗った沢山のコロッケ…揚げたてみたいでツヤツヤとした衣が見える。運良く揚げたてでよかった、すごく美味しそう!
「ぬいぐるみを拾うなんざ、ハルくんは相変わらず優しいなぁ! よし、一つサービスしてやるよ!」
おじさんはニコニコして袋にコロッケを二つ入れてくれた。え、揚げたてを二つも? 嬉しい!
「いいんですか? ありがとうございます!」
財布を出してレジに現れた一つ分のコロッケの金額を丁度で払う。
「丁度ね、まいど! いいんだよ。最近は物を大事にするっていう習慣さえもねぇからな……ハルくんが物を大事にしてるのを見れて嬉しいんだよ! この前なんてよぉ、小さい子が買ってもらったオモチャ即興味なさそうにお母さんに渡してたからなぁ」
あれは悲しくなるぜ、と眉を下げるおじさんからコロッケが入った袋を受け取り苦笑する。小さい子どもの興味なんて五秒でうつろうこともある、そこが可愛くも面倒だよな…。
「さすがに使えなくなるまで、使わなくなるまでは使いたいですよね」
けれど。このテディベアも、ボロボロだっただけでまだ愛されていい物だった。飽きたのか、趣味じゃなくなったのか…中古で売れるだろう上物の布と綺麗な目を使ってるのに、捨てられていた。……なら、直すくらいは自由だろうと思いたい。
「そんな優しいハルくんへの、おじさんの気持ちだ。うちのコロッケしょっちゅう買ってくれてありがとな!」
ハツラツとしたおじさんの笑顔につられて微笑み、もう一度「ありがとうございます」と伝え肉屋を去る。
夕暮れの商店街は何時もより賑やかなような、静かなような気がして歩いてるだけでもセンチメンタルな気分になってくる。
僕は左手にテディベアを、右手にコロッケを持ち歩きながら食べる。歯をたてるとカリッと軽い音が鳴りジューシーで熱々なジャガイモ達が僕の口を一瞬にして暖める。
「つ、あっつっ…!」
はふはふして口の中へ外の少し冷えた空気を取り入れ冷まそうとするが、その程度では揚げたてのコロッケはびくともせずしばらく熱さと苦戦する。
涙目になりながら格闘しているとそれなりに食べれる温度になってきたので噛んでいくと味がほんのりついたサクサクの衣とジューシーかつ柔らかいジャガイモの優しい美味しさが広がる。
「んん~!」
美味しい! けど熱い! とうなっていると、真正面の離れた所に立つ真っ黒なパーカーを着た男性をふと見つける。
「……?」
まばらな人が歩く中、その人は道のど真ん中で立ち止まって居て……なんとなく違和感を覚えながらも進んでいくと、その黒いパーカーのお腹部分に赤黒い模様が付いている事に気付く。
「……」
……まさか。まさか、という想像が体の動きを停止させる。駄目なのに、立ち止まったら「認識した」と同じことだから駄目なのに……膝が笑って、動けない。
「―――速報です。資産家一家惨殺事件の容疑者とされる人物の特徴の情報が公開されました。犯人は細身で中背、男性。真っ黒なパーカーを着用しており、腹部に血痕のようなものが付着して……」
……近くにある中小屋のショーケースにあるテレビから、目の前の男としか思えない速報が流れてくる。
真っ黒な、パーカー。腹部に血……の、ようなものがついてる。男性。細身だし、中背だ。
「……っ……!」
ヤバい。
……ヤバい、ヤバいヤバい! 本物だとしたら!? 偽物だとしたら!? どっちにしろ僕は立ち止まってしまった……まばらな人はほとんどが歩いてるか立ち止まっていても会話している、そんな中一人立ち止まってる僕は相手から見ても明らかに「怪しい人」になっている!
どっちにしろ誤解しても僕は周りの目とその勘違いした人のなかで嫌われ、本物なら正体を知った僕は……殺される可能性が高い!
どうする、どうすればある程度の事を避けられる!?
「っ……」
混乱していると犯人?が僕の方へと歩きだした。っ~……!! 考えろ、考えろ! 何かある、何とかなる方法が……!
集団パニックを起こさず、かつ自分が殺されず、勘違いを起こさないような、魔法の何かが!
犯人?が一歩、また一歩と確実に進んでくる。あぁ、本当に……僕は、こんな事で……。
恐怖からうつむくと、キラリ、と光る何かが目の端に入る。
……あれ……は……?
つい釣られてその方向へ顔を向けると、500円が落ちていた。……500円? こんな時に?
「……。……っ!!」
……そうか、その手があった! と僕は前へ進む。
「っ、500円が落ちてる~! ……もっ、持ち主が困るよね! 交番に届けるか~! 善は必ず帰ってくる……なんてね!! はは!」
口の中がカラカラに渇き、裏返る声をなんとか絞りだし大袈裟に説明するようにそう言って交番のある方へと道をUターンする。
そう、交番。もっともらしい理由を付けて行ける場所であり、本物の犯人ならば怪しい僕が交番に向かうのに後を付けるのは悪手だ。逃げる口実かつ、交番に無事行ければ犯人の事を伝えられる。一人で帰るのが怖いと子供のように駄々をこねれば母が迎えにくるか、警察が家まで送り届けてくれるかもしれない。
そう、これが、僕に思い付く一番良い案。
後は振り向かず、恐怖に耐え、普通の日常のように交番に向かう。……それだけ、それだけなんだ。
あぁぁ、でも怖い! 怖くない訳がない! 相手はもしかすると三人も殺した殺人鬼かもしれないんだよ!? 刃物もまだ持ってる可能性は大いにある、となると後ろからグサッ!みたいな展開もぜんっっぜんあり得る!! いやだ、痛いのはいやだ! しぬ? 死んでしまう? それはもっと嫌だ!
「~……!!!」
振り向くな、歩け! 膝がガクガクしまくって上手く歩けなくても、恐怖で呼吸がおかしくても!! 歩かないと、普通ではないと分かられてしまえば……そこで最悪僕は終わる!
「見つけた」
恐ろしいほど落ち着いた声だった。大人の、男性の声が上から聞こえて一瞬頭が真っ白になる。次に気がついた時には犯人らしき人物が僕に背を向けて歩き去ろうとしていた。…その右手に、僕の拾ったテディベア。……盗まれた!?
「……っ!? …!!?」
大混乱した。犯人らしき人物がただのぬいぐるみをひったくった。え、何で? なん……てかそれ僕の!! 僕のじゃないけど、僕のになったの!! とさっきまでの恐怖心も忘れて背中を遠くから必死に追いかける。夕飯時で買い物に来た主婦が多い人混みをかきわけながら後を追いかけていく。
―――★―――
ひったくり犯を追いかけてたどり着いたのは、森の中の豪邸。Keepoutの文字がある黄色い規制線のテープが誰かによって引きちぎられている。しかも引きちぎられたテープの先は赤い液体で濡れていた。明らかにさっきの男が入っていった後だ。
「……ここっ……て……」
……そう、ここはニュースになっていた資産家一家惨殺事件の現場だ。ひったくり犯がここに来る意味など、僕には検討もつかない。
可能性があるとしたら、それは……資産家一家惨殺事件の犯人だから、だが……ひったくり犯と惨殺事件の殺人鬼が同じだとは思えない。
「……?」
結局よく分からない、という結論になってしまう。おどろおどろしい雰囲気の中に一人たたずんでいると洋館の中から資産家一家惨殺事件の犯人かもしれないアイツに見られているかもしれない、というもしもの緊張感から肌と体がピリつく。
……そう、ここにひったくり犯人が居るんだ。でもその人は、三人も人を殺した人かもしれない。今も僕をどこからか見てるかもしれない。アイツがここに居るという以外は証拠も確証もないが、怖じ気づくには十分の要素。
「……。……行かないと…」
それでも、あのテディベアを取り返したいと思う。縫いなおした後のテディベアの姿と、あの宝石のような瞳。……なにより、ボロボロになっていて僕がなおしたばかりなのに……あのよくわからない男に、盗られてしまった。
「……大事なものは」
大事なものは、守るもの。これも、母から教わった大事な事。…僕は、物や人を大事にしないやつが大嫌いだ。それにあのひったくり犯が惨殺事件の殺人鬼と同一人物とも限らない。
それに、大事なものを守らないという事は……。
「……それは、命や時間を粗末にするに等しい事だから」
そうして僕は、洋館へと重たい一歩を踏み出した。
まだまだ子供なので危機感も語彙力もあまりないハルくん。少し賢めで大人な小学生ですが、これでもただの子供。ぬいぐるみを取り返すというので頭が一杯で、きっと500円を交番に届ける事は忘れてますね。可愛らしいです。
皆さんは現実ではひったくりにあっても交番に行き500円も届けましょうね。
拙い文章で育っていきます故、何か変な箇所や字抜け、感想やリアクション、レビューをお付けしていただけると作者が喜びますし助かるのでお待ちしております。
↓の星だけでもつけていただけると励みになります。




