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番だというけれど

俺なら婚約破棄だけだなんて生ぬるいことしないと彼は言った。

作者: あかね

 がたごとがたごと荷馬車は揺れる。

 売られていく花嫁は私。

 まあ、金を払ったのは私の家なので、売られてというのは違う。ただの気分だ。


 はぁ。ため息が出る。


「まあ、運が悪かったよね」


 御者席に座る花婿は笑う。田舎の男爵と名乗っていた。ロディ・D・アークライトと名乗ったが、私の記憶にはない名前だった。国内の貴族の名前を叩き込まれた私でも知らない名ということで身分についてはかなり怪しい。

 怪しいのだが、父がこの人の嫁になれと送り出したのだ。ある程度真っ当な人であると信じたいものである。


 18の成人を待って王太子妃となるはずが、その直前の17歳11か月で婚約破棄になった。理由は他者に対する殺害未遂。殺されそうになったという本人はぴんぴんとして王太子の後ろに隠れていた。

 私、怯えちゃってますという態度にイラッとしたが、それ以上に周囲の冷ややかな態度に腹が立った。


 そして、それを覆せない私自身にも。

 こんな場で庇ってくれたのは、このいきなりできた花婿だけだった。

 じゃあ、私がもらいますねと言ってその場から連れ出し、家まで連れて行ってくれた。それから、私は家族と話をしてそのまますぐに家族の縁を切られた。そして、多額の持参金と共に朝からごとごとと荷馬車に揺られている。

 家族がごめんなさいと言っていたのがつらい。長く続く伯爵家と言っても王家の裁定に異を唱えることはできない。それが、王太子の独断であろうと思っていても国王陛下が外遊に出られている間は王太子殿下が一番の権力者なのだ。その母である王妃は王太子をかわいがり過ぎている。

 端的に言って、めんどくさい嫁姑戦争がありそうなので結婚しなくてよかったかもとは思う。別に好きじゃなかったし……。いや、昔は憧れたこともあったのだけど、色々あって幻滅するというのはよくあることだ。これはある程度お互い様ではあったとは思うが。


 それにしても、父がこの人のことを見てびくついたのは驚いた。何事にも動じない人だと思っていたのに。

 それでも、連れて行ってもいいけど、どうする? という気軽な言葉に父は即決した。


「王妃様候補を持って帰れるなんて釣果は上々」


「あなた、釣りしますの?」


「するよ。釣れないけど。でも、今回は大物を拾った」


「拾ったとか釣ったとか、あなた、人をなんだと」


「じゃあ、君を守った」


「……え?」


「俺なら婚約破棄だけだなんて生ぬるいことしない」


 うちの馬、賢いから手綱を握っているだけで平気だからと彼は私に手綱を押し付けてきた。


「え? なに!?」


 軽い身のこなしで、彼は荷馬車から降りた。

 後ろを振り返れば、いくつかの影が見えた。それがすごい勢いで迫ってくることもわかる。


「騎兵って!」


「野盗に襲われたと体裁を繕う気もないなんて必死だな。君は、殺人未遂以外なんかしたの?」


「しらないわよっ! 王妃教育に必死についていっただけで」


「ああ、なるほど。

 じゃあ、外に出せない」


「どうして?」


「君の頭には、国家機密がいっぱい詰まってる。俺に使われると思ったかな。

 全く、ばからしいなぁ」


 呆れたように呟いて、彼は馬に何か話していた。賢いというだけあってなんだか頷き合っているように見えた。


「ちょっと先行ってて。

 君へのご用事は俺を通してもらわないとね」


「一人で騎兵を?」


「あのくらいならね。

 運が良ければ馬が増える。軍馬欲しかったんだよね。鎧も剣も使い勝手がいいし」


 なぜだろう。追いはぎはこちらのような気がしてきた。強がりでもなく、わぁい、カモネギ、とでも言いだしそうだ。


「だいじょうぶ」


 笑う彼に任せて私は先に行くことになった。強制的に。

 荷馬車なのでそんな速さでいけるはずがないと思っていたが、爆走し始めたので余裕は全くない。

 舌を噛まず落下せずにいるだけで精一杯。荷物、荷物は無事!? と頭の片隅にあったが、そういえば荷台に厳重に括り付けてあったことを思い出した。

 つまりは、想定していたということだ。


 悲鳴さえ上げられない時間にも終わりは来る。辛うじて意識はあるもののぐったりした状態の私は吐く、死ぬとか虚ろに呟く生物になった。ゆっくりした荷馬車の動きにも無理。

 ぱたりと馬が足をとめた。


「こんな遠くまでくる必要なかったよ。

 巻き込まれたくないって、多少は加減する。ああ、彼女生きてる?」


「いきてますぅ」


 でも、死にそう。

 彼を見れば、血まみれ……。ぴんぴんして馬に乗ってるから多分、無傷。ほぼ返り血。

 騎兵って精鋭のはずなんだけどな。やっぱり、田舎の普通の男爵、なんてのじゃないな、この人。うちの父もビビるわけである。父、血を見ただけで卒倒するタイプ。ガタイはいいのに文官中の文官を極めたようなインドア派。そして、口下手の社交下手。勝手に周囲が怖がるような容姿でよかった。


 彼は手ぬぐいに水を浸して血をぬぐっていた。うわぁと呟きながらなので自分で思った以上だったのかもしれない。

 休んでいる間に少しはしゃんとしてきた。でも、やっぱり気持ち悪い。


「気分悪いところさらに悪くなる話するけどさ」


「なんですか」


「第二弾もくるって」


「はぁ!?」


「国王陛下が戻って来る前に証拠隠滅したいっぽい。君、王様のお気に入りだったんだって?」


「会うたびにあれもできぬ、これもできぬ、努力が足りんということを気に入られたと言うならそうでしょうね」


 ただ、あの人、無能は視界にすら入れないという能力主義者なので、視界に入っているだけでお気に入りという可能性はなくもない。

 息子もそれなりに気にはかけているようだが、それは親としてであって評価対象ですらなかったようだ。

 陛下から言われた、できぬことは他人に任せればよいという言葉は、王太子にとって屈辱ではあったのだろうなと思い返す。あれは王太子が12、3のころのことで泣きそうではあった。アレを見たら、恋情はなくとも支えてやろうかなという気になったのだけど……。

 まったく。世の中は思いもよらぬことばかりである。


「面倒そうな人に好かれたものだね」


「陛下お気に入りの娘と婚約破棄して、殺そうとすると言うのはなんでしょうかね?

 先に殺しておけばいいのでは? 王城のほうが自分のテリトリーですし」


 証拠隠滅も容易い。手足になる部下も多いはずだし、忠誠はそれなりにあるだろうからいろんなことを黙っているはずだ。それにその実行者もきちんと処分しやすい。

 私についている護衛は王家からやってきた者ばかりで、言ってはなんだが、殺し放題である。


「婚約破棄をしたという事実が先に欲しかったんじゃない? それから殺したい。

 まあ、俺でも殺すかな」


「殺しますか……」


 表情が引きつるのは仕方ないだろう。


「彼の立場ならねという話。

 自分が王太子で、他の人と結婚したいけど、今の婚約者に非はなく婚約破棄は難しい。破棄した後の処理も面倒になるのが目に見えている。王様が戻ってきたら婚約破棄が無効と言われる可能性はあるわけだし、怒られ損だ」


「ああ、なるほど。

 陛下が戻ってくる前に、無効になるかもしれない婚約破棄を真に受けて、世を儚んでという流れにしたいわけですか。どう言ったって死人は戻ってこない」


「そういうこと。

 君ならすぐに思いつきそうだけど、やっぱり動転してるんだね」


「……私をご存じで?」


「ご存じでって。君、王妃候補のお嬢様だよ。目立たないわけないだろ」


「え、まあ、そうですけど」


 煙に巻かれた気がする。しかし、私は追及しないことにした。余計なことを言って捨てられるのは困る。次回予告があるならなおさら。


「話を戻すけど、即、家を出て、王都も出ていくなんて思ってなかったんじゃないかな」


「私一人だけであったなら、数日は家に逗留したでしょう。

 婚約破棄を受け入れるにしても受け入れないにしても」


「普通はそうだと思って出てきて正解だった。王都の門を閉鎖されたらもうお手上げだ」


「意外とよく考えられているのですね」


「褒められた気はしないけど……。

 ま、次はすぐには来ないと思うよ」


「彼らをどうしたんですか?」


「そこそこの傷でほっといた。しばらく放置されても死なないくらい。鎧を剥ぐかなと思ったけど、家紋が入ってたからやめた。鎧は重いし、馬なしでは困るんじゃないかな」


 ……次に誰が来るにしても、同僚を放っておくことはできない。結果的に追っ手の数が減るだろう。そこまで見込んでいるに違いない。


「さて、もうちょい進もうか。

 あと一週間は馬車旅。ああ、そうそう。登山したことある?」


「ございませんけど、どうしてですか?」


「新築の家がいるなぁ。俺、あんまり平地好きじゃないんだよ」


「どこに住んでらっしゃるの?」


「洞窟。意外と快適だよ。大きいし」


 前途多難な新婚生活が待ち受けているようだ。

 私はため息をつく。


 がたごとと荷馬車は揺れる。

 売られていく花嫁は私。


 いや、売りつけられた花嫁かと思い直した。別に彼にはなにも利がなかった。田舎というのは逆に金銭のやり取りが少ないと言うし、金があればよいというものでもないだろう。


「なんで、助けようなんて思ったんですか?」


「かわいそ、かわいかったから」


「……変態ですか?」


「気丈に立ちながらも涙がこらえきれてない時点でかわいそうだなと思ったんだよ。

 それで、思わずね。

 君がほっとしたように笑ったときに、ああ、運命だなと思った」


「……運命とまで言われると大げさのような」


「ま、いいよ。君の運命が、君を連れ去るまで、俺のものになっておきなよ」


 いつもならば反発しそうな言葉だ。

 しかし、今は。


「そうしておきます。ちゃんとお役に立ちますよ」


「じゃあ、税金の計算とか、申請書とかかいてくれる!? 俺、計算苦手でなんか違うとか差し戻されることある」


「お任せください。領地改革もいたします」


「いや、それはちょっと」


 少し困ったような彼を見て私は笑った。

 こうして、私は田舎の男爵家に嫁いだ。


 なお、名前の記憶がなかったというのは、ここ数代、まともに代替わりの申請をしていなかったことによるものと判明。

 数代前の当主が今も当主とされている。生きていれば200歳を超える長寿だが、普通にもう死んでいる。


 彼はというと、当主であった兄の失踪のため急遽1年ほど前に当主になったばかりらしい。失踪の理由はしっかり判明している。旅芸人に恋しちゃったから一緒に行くね、探さないでくださいと置手紙があったそうだ。

 自由過ぎないか。

 あいつ、俺が成人するの待っていたに違いないと彼は言っていた。

 その当主となる前にどこにいたかと言えば、近衛だそうだ。だから、私の顔は知っていたと。お嬢様頑張ってるなと思っていたらしい。

 なお、自力で近衛まで上がっちゃったといってた。血縁でほぼ決まると言われる近衛に実力で殴り込み。騎兵なんて目じゃないと思うくらいだ。

 つまりは、彼も陛下のお気に入りだったんじゃないかと。


 その後の王太子については、陛下がお戻りになり、激怒の末、謹慎処分一年。みっちり王太子としての心得を仕込まれているそうだ。今まで甘やかしていたと国王陛下から詫びの手紙が来た。甘くないかと彼は言っていたが、私は何とも言えない顔で甘くはないですねと告げた。

 陛下というのは、優秀過ぎて、その他大勢がそれについていけないという事実をあまり認識してない。周囲がものすごく頑張ってついていっている、という感覚もあるかどうか怪しい。という人に再教育されるのである。ぞっとする。

 悪気もなく、こんなこともできないのかと困惑され、普通はできるだろうと追い詰められていくのは、心が壊れるんじゃないかと思う。しかし、壊したところで首をかしげそうである。


 恋人(仮)についてはみっちり逃げ場なく、王妃教育をしているらしい。王妃候補を追い出したんだからそれ以上の結果出せよ? 出さなきゃ死ね。くらいの感じらしい……。死ねというくらいには優しいなと思うのは、私がひどいのだろうか。たぶん、殿下は壊れたところで死なせてもらえない。


 私の家はといえば、いろいろ返上して田舎に越してきた。元々、小さな領地で、お隣さんとも仲良くしておりそちらに吸収合併する形となった。


 なぜそうなったのかと言えば、彼の領地は悪名高いかららしい。書類出さないという文官にとっては悪夢の領地。しかも、当人たちは悪気がない。ごめんなさい、はしてくれるが、直らないんじゃ意味ねぇんだよっ! と切れた担当者が何年かに一回は領地に訪れて書類の始末をつけていくらしい。何年かに一度なのは遠いし不便だからだ。

 こんなことをしていたら普通なら取り潰されそうだが、この家系、かなりの武力特化。領地の位置や特性の微妙さもあって取り潰しはできない。しかし問題児である。

 私との縁をとっかかりに文官たちはこの領地に完全なてこ入れをすることにしたらしい。誰かが赴任して直接書類作成して提出するという暴挙に出ることにしたのだ。自治権に抵触しそうなの詭弁でごまかして。


 誰が行くかでもめたそうだが、もういい、儂が行くと父が単身赴任でやってくる予定が、あら、田舎いいわねと家族ともども移住となった。妹と弟もやってきたが、もう少し大人になれば王都住まいの伯母のところに下宿予定だ。


 国王陛下からは、息子の不始末の詫びとして何か一つお願いごとを聞いてもらえることになっている。今はまだ検討中だ。

 もう一度王都に戻ってこないかとも言われたが、断った。ここでの平和な暮らしは気に入っているし、彼がいなければ意味はない。

 もし、運命がやってきても、追い返すつもりだ。


 あるいはこういうべきかもしれない。

 きっとここにいる運命なのだと。

おまけ


「これが家なんだけど」


 と紹介されたのは、洞窟ではあった。確かに。


「それ、砦と言うのよ?」


 岩をくりぬいて作った天然要塞。戦歴を物語るように、あちこちに傷跡はあるが本格的にまずいところはなさそうだった。

 彼はきょとんとした顔で見返してきた。嘘をついたわけではなく、本気でそう思っていたらしい。


「昔、ドラゴンが住んでたって話だから、まあ、洞窟かなと思って」


「あなたね。……まって、ドラゴン?」


「今はいないよ。トカゲならいるけど」


「トカゲってサイズは?」


「俺の両手伸ばしたくらい」


「……地走りじゃないのっ! まさか、飛竜も飼ってないでしょうね?」


「あれ? なんでバレた?」


「ちゃんと管理してるんでしょうね?」


「え? 勝手にしてるよ」


 私は頭がくらくらしてきた。

 この男、危機管理能力がどうかしている。

 地走り、というのはドラゴンではないが、ドラゴンに極めて近い巨大なトカゲだ。全長2mならば体高は1mを超えるだろう。調教済みのものが運搬として使われるが、それは生まれたときから育てられたもので、野生のものではない。

 飛竜はドラゴンではあるが小型のもので人を載せたりもするが、やはり野生ではあちこちを襲う害獣だ。


「俺が呼んだら来るし、危ないことしないように言ってあるから大丈夫」


「話せるんですの?」


「え、あ、しまった。秘密だったんだ」


 駄々洩れである。そういえば馬とも話していたなと思い出した。


「でも、奥さんだし、いっか。秘密だよ?」


「……あとどのくらい秘密がありますの?」


「うーん。ほかにね。

 この洞窟に住んでたドラゴンがうちの祖先に惚れて、婿になった、くらいかな。だからか、ぴかぴかしたもの好きだし、番とか言う概念はある」


「……あと出しにしてはひどい話ですし、玄関先で話すことでもございませんね」


「深刻ぶることでもないよ。

 あまり強制力のあるものでもないし」


「番が見つかったら離婚ですね」


「……そこで、どうして自分だと思わないのかな」


 彼は困ったように笑った。


「まさか、昔から好きだったなんて言いませんよね?」


「あの日、初めて気がついた。

 あれだけ近くに行ってようやく分かるくらいだから、ほんと、強制力はほとんどないよ。好きになってくれたら嬉しいなってくらい」


「考えておきますわ」


 そう答えておくことにした。だって、番として選ばれるより、普通に好きになってもらいたいから。

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