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それは牢獄へ向かう物語

 そこは薄暗く湿気が籠るコンクリートと石に囲まれた灰色の無機質さを前面に出した圧迫感のある地下室である。


 場所の目的としては罪人に反省を促す為の物。そんな頑健で気味の悪い牢獄の中に一人の少女が囚われていた。


 ハルーシュ国王都貴族学園の煌びやかなオリーブブルーを基調にした制服、上はブレザーで下にはスカート。普段は清潔に整えられているがこの時に関しては煤け濡れ、泥を付着させ汚れたままになっている。


 制服は彼女がこの学園に通う事を許されている高貴な身分である事を示す制服で、それを着用したまま少が興味深げに牢獄の中を見やりながらどこか楽し気に口角にゆるい弧を描く角度に上げながら興味深げに牢獄の中で視線を彷徨わせていた。


「イリアージュ・マニュート。一体君は何を考えているんだ?」


 牢獄はコンクリートと石材で構成された天井と床と壁にがっちりとはめ込まれ、施錠された牢獄は彼女の細い腕では破壊する事は不可能である。だが、それだというのに貴族生まれにあるのに彼女が取り乱す素振りは皆無であった。


 そんな静かな地下に作られた牢獄の中の少女に向けて、投げかけられた敵意に満ちた言葉が響く。


壁に囲まれた空間に耳に残るテノールの響き、それは音楽的に優れた声色であると聴く者が聴けばには理解できる事だろう、そこに明瞭に込められた苛立ちと敵意さえ取り除く事が出来れば。


 それを理解しているのはしていないのか、実にふてぶてしく満面の笑みを浮かべながら少女はその問いかけを投げられた事に反応する。今の今まで腰かけていた粗末なベッドから立ち上がり実に優雅な足取りで三歩程歩いてから彼の瞳をまっすぐと見据える。


 鉄格子を挟み彼女に言葉を投げかけた彼はこの国の王子、エルング・ハルーシュその人であった。


 オレンジサファイアの髪と瞳、体質的に付きにくい筋肉と鉄格子越しに向き合う少女より頭二つ分高い背丈も相まり、華奢とまでは行かぬものの細いという印象を受ける。背後には豪奢に着飾り彼よりも大柄で武装している近衛兵を伴う。


 豪奢で煌びやかな装飾を纏い拳銃とサーベル、ライフルを背負う近衛兵と彼の身分とは不釣り合いな白いシャツと緑色の丈夫な生地で作られたズボン、肩に黒い外套を羽織るというシンプルな装いであるがよくよく見れば腰には鞣した革製ホルスターベルトが巻いてあり、右側には近衛兵と同じ自動式の拳銃が収まるホルスターが吊ってある。


 ほんの僅かにあどけなさの残滓を残す整っている顔立ちに、普段ならば王子らしい微笑のひとつでも浮かべている所であった。しかし、彼にとって許容できぬ事をした人間の相手をしなくてはならない今は整った眉を吊り上げ、胸の内に燃え盛る怒りの炎を懸命に抑え冷静になれと自らを戒めながら少女を睨みつけていた。


「何を、と仰られても。ご覧になりましたでしょう?あるがまま、見るがままでございますわ。ことさら説明が必要とは思えませんわね。…それとも、説明がご入用でしょうか?」


 相手が今にも吹き上がる怒りを堪えている事など、頭の片隅にもないイリアはその苛立ちを煽る様に言葉を重ねる。紡がれ、歌劇のワンシーンを演じる演者の如きの上機嫌さを隠す事も無く、実に饒舌に問いかけに返答していく。


 彼女自身は苛立つ王子と近衛兵達から睨みつけられ、許しが無ければ外に出る事を許されない囚われている身である。だというのに、惨めさや悔いなどおくびにも出さず立場上爆発する事が許されない彼らを嘲わらう。


 傲慢に不遜に、挙句自分自身が何をしたのか最初から理解をした上で許されぬことをした、と自覚している事を示す。


 当然、そんな挑発的態度を隠しもせず紡がれる言葉すべてで王子と彼に同行している兵士達の敵愾心を煽り、一言で表現する事しかできない節々に悪意と見下す態度からは、彼女が善に寄った人間ではない事を演出する様に、強調するようですらあった。


 そんな、不遜な言葉と態度で挑発されれば、王子がどれだけの思いでここに至ったのかを知る近衛兵は少女の上機嫌さとは裏腹に急降下していき一斉に色めき立つ。


「殿下より預けられた物に火を放ち、焼き払うなど!」

「身内まで命令して嫌がらせに奔走させるなど、英雄の面汚しと知るべきだ!」

「あれがどれほど貴重なものなのか理解して――」


「この世界に残された、偉大なる者の奇跡が込められた…希少な代物、でしたわね?」


 本来、王子の護衛として控えているだけの近衛兵である彼らが、怒気を漲らせ伯爵令嬢の地位を持つ少女に対し罵倒するのは許される事ではない。


 だが彼女が、イリアと呼ばれた少女が行った事を考えればやむなしである。本来、イリアが関わる事ではないのだが、やむ負えない事情から王族より預けられた希少な代物に火をつけて焼き払ったのだ。


 挙句、燃え盛る畑の前で堂々と直立しつつ兵士を待ち、駆けつけてきた彼らに対して『自分が火を放ったから捕まえて』と言葉だけ見れば殊勝に聞こえる言葉を言うが、人を小馬鹿にした微笑みに加え侍女として連れてきた血族の少女からの『嫌がらせせよと命令された』という告発も相まって望み通りに牢獄に幽閉されているのだった。


 さらに理由を重ねるのであれば、紅蓮の炎にまかれ灰になっていく『代物』を見せられたエルングの心情を慮れば正当な裁きを与えるべきだろうと、理性がブレーキをかけていたというのもあった。場合によっては問答無用で銃殺もあり得る程の罪であったのだ。


「えぇ、えぇ。…アレが世界にもはや幾つも無い…もはや入手する事などどれだけの金を積もうとも不可能な、伝承の時代より昔の、偉大なる者の時代からの…奇跡の遺物!どれほどの幸運に恵まれようとも…それがこの時代に残った事がそもそも奇跡であった事でしょう!」

「分かっていて、なぜ…なぜ、ようやく発育に成功し、魔の五日目を乗り越えた若芽にあのような事をした?」


 そんな罪深さなど考慮の対象ではないと高をくくっているのか、遠慮なく己の『罪』を解説する言葉を重ねていくイリア。


 そんな彼女に対して牢獄越しに鉄格子を握るエルング。歯を噛みしめて目から血を流しかねない程に顔を紅潮させている彼の苛立ちを噴火させる寸前の激情の中で投げかけられた問いにイリアは即答しない。    

 一歩一歩踏みしめる様に部屋の中を勿体ぶりながら歩く。


 カツリ、カツリとブーツが硬質な床を叩き、反響がとても強い地下室の中に木霊する。


 鉄格子がはめ込まれた小さな明り取り窓からは、間もなく日の出なのか明るくなり青白む空が色を取り戻りつつある。そんな頼りないスポットライトを背後に背負いながらイリアはカツ、カツと小気味良い音を出しながらきっかり十三歩、くるりと憤怒の王子御一行へ振り返り


「だって、その方が楽しいでしょう?」


 薄暗い地下牢獄、背後の頼りない照明も相まってその笑みは笑っているというのに背筋に悪寒を走らせる気味の悪さを醸し出していた。

 そこには善性など欠片も無く、悪意と地に掘られた底の見えない大穴を覗きこんだ時の底知れない未知のナニカに対する嫌悪感と無だからこそ感じ取れる悪意が混在していた。


 おもわず怯んだ王子一行にクスッと口角を吊り上げ微笑めばイリアが満足すれば即座にそれは霧散する、だがまだサプライズは終わっていない事をで彼女はポンと手を打つ事で宣言する。


「そろそろ畑へお戻りになられては?殿下、王家にとって蔑ろにできない大事な方がいらっしゃいますわよ?」


 それが誰の事なのか即座に思い至った王子、エルングは心底嫌そうな顔をしてから騒々しい足音に視線を入り口のある階段側へと方に向ける。入ってきたのは畑に残していた近衛兵の一人であり、敬礼をしたのちに告げたのはイリアが言い、エルングが思い至った人物の来訪の報告であった。


「私は逃げも隠れもしませんわ。どうぞ、知者のお言葉を賜り下さいませ、殿下?」


 薄い唇は僅かな口角のカーブも目立つイリアの口元に笑みが浮かぶ。それは王族へ向けるにはあまりに明け透けな嘲笑を浮かべており、己が辺境の伯爵令嬢である事に僅かばかりの執着ものないようですらあった。

 ともあれ、そんな薄気味悪いイリアを二対六つの瞳が真っ直ぐ見つめ思い切り睨みつける。


 武装し大柄な大人、階級社会で最上位に位置する王族。双方からその様に睨みつけられれば普通の令嬢ならば腰を抜かすか、失神するだろう状況にありながらも彼女は己に向けられた敵意と殺意、そんな物騒で恐ろしい代物を真正面から受け止めて更に楽しそうに微笑む。


 ゆっくりとカテーシーを披露してみせる。その所作に隙は無く王族へ向けるに値する見事な仕上がりと言えた。だが、これまでの言動も相まってそれにこれっぽっちの敬意も込められていないのは誰の目にも明らかであった。


「沙汰は必ず下す。『知者』の言葉を待たずとも、お望みのままに」


 エルングは見事な所作のカテーシーを最後まで魅せた事に逆に苛立ち、踵を返し外套を靡かせながらイリアの牢獄の前から立ち去る。

 叫ぶ様に言い捨てた言葉に思い切り敵意を込めるも、ほとんど意味ないのだろう、と達観しつつイリアよりも数段扱いが面倒で厄介極まりない。そんな来訪者への対応に必死に頭を動かしながら地下牢獄から地上へ続く階段を昇って行く。


「えぇ、とてもとても楽しみにしておりますわよ。エルング殿下」


 王子と護衛が去り、静けさを取り戻した地下牢獄に残されたイリアは明り取りの窓へくるりと向けば、満面の笑みで呟く。そこに皮肉な響きは無く、心の底から楽しみにしている無垢な少女の表情を浮かべている。これから降りかかるだろう『己と一族への罰』を心待ちにしながら牢獄の中の少女はゆったりとした動作で粗末なベッドへ腰かける。


 腰をぐるりと一周している革ベルト付き腰袋に収納されている黒い書籍だけは、上機嫌なイリアの本心を聞いていた。

こんな話を見たい、というので書いてみます。

不定期更新になると思いますがよろしくお願いします。

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