村の祠
Xにて流行っている祠ネタに捧げる
早良の村には祠があった。
正確に祠であるのかどうかはわからないが、少なくとも父や母からは祠だと教えられてきた。
「お父さん、あれ何?」
「あれはね、祠だよ」
「祠って何?」
「さぁ、お父さんも分かんないや」
または、
「お母さん、あれ何?」
「あれはね、祠だよ」
「祠って何?」
「何って、祠は祠だよ」
といった具合である。
その小さい岩の洞穴は、早良にとってはとにかく「祠」で、また祠以外の意味を全く持たなかった。
しかし早良には、あれは祠であるということの他にも、たった一つだけ丹念に教え続けられてきたことがあった。
絶対に祠には近づくな。ただそれだけである。
その祠には近づくな、という教えは早良だけに課されたものではない。村民全員がこの教えを常識としているのだ。その為村民の暮らす土地(家)と祠とは四十メートル程の距離があり、しかも祠が村の真ん中にある都合上、まるで祠をコンパスの軸としてくるりと円を描きその円上に家々を設置したような奇っ怪な状態となっている。
祠の半径四十メートル以内には人工物が無いため祠を村人の視線から遮るものは存在せず、常に傍らにあるかのような存在感を放っていた。
祠はドームのような形状であり、中に何があるのかは暗くて見えなかった。なので幼い早良は非常に心惹かれたのだが、年を経るに連れて、好奇心も消えていった。
好奇心と反比例に増したのは、反抗心だった。
「うるせえな」
人生で初めてだった。こんな言葉を口に出したのは。
「もう俺を縛らないでくれ、村の外に出てみたいんだよ」
彼は木造の壁に向かって本心を曝け出した。父母に対面にて言うことはなかった。
壁のシミを人の顔に見立てた。
「おれを自由にしてくれよ!」
大きく溜息を吐き、目を瞑った。
父や母の気持ちはわかる。だが、子を束縛しないのが親なのではないのか?早良は自由を渇望していた。生まれてこの方村から出たことは一度もない。気持ちは塞ぎきっていた。まるで…
そうだ、まるで…
早良の中で重なった。自分とあの祠の姿が重なったのだ。
家に囲まれ、一切を祠から離している。この村が俺にやっていることは祠にやっていることと同じではないか。早良にとってこの村とはあの祠だった。この村の象徴があの祠なのだ。
その瞬間、早良の頭にある破壊的な発想が閃いた。
祠に立ち入ってみよう。
決行はその日の深夜だった。父と母が眠りについたのを見計らい、こっそり家を抜け出した。
祠は、しかし相変わらず奇妙な光景だった。まるで結界でもあるかのように、村と祠とは空間一つ分隔てられている。
早良はこの際、一気に行ってやろうと思い、祠に向かって走り出した。
早良には思いもよらなかったが、祠との距離はとても簡単に縮まったし、結界なんて無かった。
そして気づけば祠の中に入っていた。
祠の中は想像より断然広く、どうやら地下にも広がっていたらしい、早良の家の一部屋分の広さはあった。
その中央に何かが見えた。
全身で息をしながらそれに近づくと、それは小石を積み上げてできた塔だった。
塔を構成する小石の数は三つや四つどころではない。何しろその塔は早良の頭上以上まで高く伸び上がり、奇跡のようなバランスで、そこに存在しているのだ。
「なんだこれ」
早良に好奇心が走った。
塔を指で軽くつつくと、塔はたちまち崩壊してしまった。
なんだ。
こんなものだったのか、祠は。
「早良」
早良は驚いて、振り向いた。十人ほどの村人と、先頭に父がいた。
その目はしっかりと早良を見つめていた。
「早良」
しかし早良は既に勘づいていた。
俺は禁忌を犯したのだ。
「祠には絶対に近づくな」
気持ちの良い朝だ。
しかし早良はもういなかった。
祠の中の小石の塔は以前よりうず高く積み上がっている。