その6
極々普通の家庭だった。
父親は小さな工場を営んでいる下町の工場主で母親も一緒に働いていた。
小学生の弟がいて将来は自分と弟がその工場を盛り立てていくんだなぁと思いながら勉強と同時にプログラムなどの情報処理の勉強もしていた。
弟は無邪気で明るくゲームが好きだった。
だがうまく動かせなくて自分が代わりにやっていた。
それを見て喜ぶ弟の姿が嬉しくて気付けばゲーマーになっていた。
だが高校生の時に工場は親戚に乗っ取られて、多額の借金を背負わされて放り出された。
両親は自分たちを置いて『少し出掛けてくる』と車で出掛けたまま帰ってくることはなかった。
事故でこの世を去ったのだ。
本当の事故だったのか。
それとも自殺だったのか。
それは今でも分からない。
弟と二人残されて高校生だった自分は父親の知り合いから声をかけられて、その人の会社に入社して早く弟を迎えに行くために寝る間も惜しんで仕事をしながら夜学の高校と大学を出た。
色々大変だったが親切に気にかけてもらって食べることに困ることはなかった。
しかし、親戚に引き取られた弟は自分が漸く大学に入って迎えに行く前に病気でこの世を去った。
まだ小学5年生だった。
離れて1年ほどしか経っていなかったのに。
信じられないほどやせ細った身体が痛々しかった。
栄養失調だった。
そこに風邪にかかりあっけなく命を落とした。
弟と別れる時に弟が言った言葉が今も脳裏に残っている。
『また一緒に暮らせるようになるまでゲーム消さないでね』
『消したらキャラクターが可哀想だもん』
やせ細って弱っていく弟の横でおやつを食べながらゲームを楽しんでいた従弟が憎かった。
両親から工場を奪い、弟を虐待死させた親戚が許せなかった。
だから。
『ゲームしているんだ。俺、良いお小遣い稼ぎの仕方知っているよ』
そう言ってRMTに誘った。
『まあ、IDとPWを渡して直ぐにPWを変えて取り返すことは出来るけどそれじゃあ詐欺になるからやっちゃだめだからな』
そう言って注意した。
そして、一体目のRMT用アカウントがカンストするまで自作Botを貸して、その後は自力でやるように告げたのだ。
2年後に従弟はRMT詐欺で訴えられた。
従弟から詐欺をされ相談してきた相手に
『そうなんだ、それは酷いね。弁護士で民事訴訟は出来ると思うし、してくれると思うからそうしてみるのもいいかもしれないな』
と助言した。
従弟は訴えられて両親に責められ大学受験も失敗してバイクで事故を起こしてこの世を去った。
事故の前に従弟が
『弁護士で裁判できるって…お前が教えたんだろ!お前がRMTを教えた癖に!!』
と怒鳴り込んできたが
『俺は詐欺をしてはダメだと言ったはずだろ?金に汚いお前が悪いんじゃないのか?自分で責任を取るんだな。お金に困っていない癖に欲を出すからだろ』
と追い返した。
『弟は金があったお前の家で食べることすら満足にできていなかったみたいだけどな』
弟を殺した癖に前科はつかなかったが
『代わりに詐欺という前科がつくことになるな』
『前科持ちという事にな』
そう言って蒼ざめた従弟を追い返したのが最後だった。
一人息子を失った親戚がその後どうなったのかは知らない。
工場はもう跡形も無くなっていたが自業自得だと跡地に立って心の中で罵ってやった。
西野圭一は高層高級マンションの部屋から外を見つめ
「RMTで小遣い稼ぎか」
お前のようなやつばかりが引っ掛かってるんだろうな
「孝介…俺のサイトに来る奴は全員お前と重なるよ」
弟の優二が弱まっていくのをゲームをしながら見ていたお前にな
と呟いた。
不幸になればいい。
欲に溺れて不幸になればいい。
…それで許してくれるよな、優二…
「お前を早く迎えに行ってやれなくて…すまなかった」
圭一は目を閉じると
「俺も…孝介や他の奴らと同じ罪の泥に嵌って不幸になるから」
それで許してくれ
と笑みを浮かべた。
目の前には地上と空の闇が交じり合いカオスを作っていた。
うらどりポリス
平日の無料配信が終わって神戸類は自宅に帰った。
11月に入ると吐く息は白く鉛色の空が雪の季節の到来を無言で教えていた。
類は「さむ~」と言いながらマンションの戸を開けると
「ただいまー、さみー」
と言いながら玄関を上がってダイニングの椅子に座る来客に目を向けた。
「こんにちはー、葉月さん」
もしかして依頼?
そう聞いた。
椅子に座っていた葉月友厚は肩越しに振り向くと
「お帰り、ご察しの通り依頼だ」
と笑みを浮かべて告げた。
和は紅茶を入れて友厚の前に置き
「類、鞄を置いて服を着替えたらこっちで一緒に聞いてくれ」
と告げた。
類は自室に入りながら
「勿論、りょうかーい」
と鞄を机の上に置いて、急いで服を着替えた。
和は類の分の紅茶もいれて座って待っており、類が隣に座ると友厚が唇を開いた。
「今回は天上伝説のIDがF911321のヴィランだ」
メロンをいつものようにカンスト一歩手前で作成している
そう言ってメモを2人の前に置いた。
類はメモを手に
「天上伝説か」
と呟いた。
和は類を見ると
「知っているか?」
と聞いた。
類は頷いて
「やったことはないけど知ってる」
ストーリーは王道で面白いらしいけど
「武器とか装備の強化が特殊なんだ」
無課金でもストーリー楽しめるしある程度まで強くなれるけど
「絶対に課金勢には勝てない仕組みになってる」
確か武器と装備の強化パラメータを3つ以上増やすのは課金以外にできなかったと思う
と答えた。
和は不思議そうに
「強化パラメータ??」
と聞いた。
類は頷いて
「そう、例えば基本の攻撃力が100だとして強化パラメータに攻撃力+50を付けると強くなるだろ?」
そうやって防御とか火力とかの色々な強化パラメータを付けていくんだけど
「基本は2つ」
それ以上は課金
「だから課金者には敵わないってこと」
と説明した。
和はあっさり
「まあ…そりゃ、お金かけているんだから当たり前の気がするな」
と答えた。
「でないとお金かける意味がないと思うけど違うのか?」
類はう~んと腕を組んで悩み
「いや、兄貴のいう事はある意味正論だけど」
無課金でもやり込めば課金者と変わらないくらい強くなれるゲームも多いからなぁ
と言い
「マギも無課金と課金の強さの差は基本的にはないんだ」
ただ強くなりやすいか時間とか工夫して強くなるかの違いかなぁ
と告げた。
和は「そういうモノなのか」と呟いた。
課金して強くなるのは当たり前だと考えるのが通常だ。
だがそれではユーザーが逃げてしまうし微課金者も逃げてしまって過疎化すると廃課金者もいなくなる。
そうなると運営が成り立たなくなる。
だから無課金でも出来るけれどかなり時間と努力が必要だということだ。
類は苦笑して
「兄貴にはピンと来ないんだろうなぁ」
と心で言って、友厚を見ると
「あ、そうだ」
これから山科さんも一緒にするから彼女のアカウントも
と言いかけた。
それに友厚はあっさり
「あ、それは少し待ってほしい」
と言い
「兄も俺も少し考えるところがあるから」
と答えた。
類と和は同時に頭を傾げた。
だが、そこは雇い主に任せるしかないのだ。
類は「わかった」と答え
「でも、じゃあ山科さんどうしよう」
一応呼んで一緒にしていこうと思っているけど
と告げた。
友厚は頷いて
「ああ、それはそれで構わないしお願いする」
と答えた。
「今回はいつも通りに頑張ってくれ」
類は笑顔で
「わかった」
と頷いた。
友厚が帰ると類はタブレットに天上伝説をダウンロードしてログインした。
メロンは何時も通りにカンスト一歩手前であった。
類は和を見ると
「じゃあ、山科さんに声を掛けるけどいいかな」
と告げた。
つまり家に呼ぶよという事である。
和は頷いて
「ああ、わかった」
と答えた。
類は山科美沙にLINEを入れた。
『アルバイトの依頼が入ったけど平日大丈夫?』
美沙はLINEの通知にアプリを立ち上げると直ぐに返答した。
『大丈夫(*‘∀‘)明日授業終わったらいくわ』
類は少し考えて
「俺が終わるのが5時なんだよなぁ」
と呟いた。
和は「確かにそれからとなると」と言い
「ちょっと夜が遅くなるな」
と告げた。
類は頷いた。
和は類に
「だったら、彼女の家の近くでしたらどうだ?」
ネカフェとかあるんだったら
「俺は画面のスナップショットとかURLとかもらえれば大丈夫だから」
と告げた。
類は頷いて
「わかった、ちょっと聞いてみる」
と告げた。
そしてLINEで
『山科さんの家の近くにネカフェある?夜の5時以降になるから山科さんの家の近くの方がいいと思うんだけど』
と送った。
美沙はそれを見て
「気を使ってくれているんだ」
と言い、部屋を出るとリビングで夕食の準備をしている母親に
「お母さん、明日…えーと、その」
男の子来るけど大丈夫?
と聞いた。
母親は目を見開くと暫く硬直した。
「…上條くん…じゃないのね??」
美沙が家に誰かを呼ぶという事がなかった。
それが行き成り男の子???と母親は心で突っ込むと意を決したように笑みを浮かべ
「良いわよ」
是非連れて来て頂戴
と答えた。
美沙は母親の力の入り具合に首を傾げながらも
「そう、よかった」
と言い部屋に戻るとLINEを返した。
『私の家でお願いします。お母さんも良いと言ってくれました(*´ω`)』
類はそれに
『分った、ありがとう。明日お邪魔します』
と返した。
和は類を見ると
「どうした?ネカフェなかったのか?」
と聞いた。
類はLINEを閉じながら
「ううん、明日、山科さんの家でしてくる」
彼女のお母さんも良いって言ってくれたみたい
と告げた。
和は「そうか」と言い財布からお金を出すと
「一応、何か持って行った方がいいから、これ」
と渡しかけた。
が、類は笑うと
「いいよ、俺もお小遣い持ってるし」
兄貴は家とか食費とか全部出してくれているんだから
と告げた。
和はう~んと唸って
「けど、類もアルバイト代入れてくれてるからな」
と告げた。
類は手を振ると
「明日はいらない」
これから先どうなるかでその時に
と言って用意された夕食を前に両手を合わせた。
翌日、授業が終わって無料配信を終えると山科美沙の家へと向かった。
彼女の家は東都電鉄の入谷駅の近くなのでそれほど遠いわけではない。
類のマンションも東都電鉄の文京駅近くなので入谷駅まで20分足らずで到着する。
そこで待ち合わせをして彼女の家へと到着した。
大きなマンションの一室で彼女の母親が待っていたように直ぐに現れた。
「いらっしゃい」
ようこそ
そう笑顔で出迎えられた。
類は頭を下げると
「お邪魔します」
と文京駅近くのショッピングセンターの洋菓子屋で買ったクッキーの詰め合わせを出して
「あのこれ…」
と手渡した。
母親は驚いて笑むと
「あらあら」
次からは気を遣わないでちょうだい
「美沙をよろしくね」
と告げた。
美沙は目を見開くと
「おかーさん」
と困ったように言った。
類は緊張しながら
「あ、はい」
俺こそお世話になります
と何を言っているのか分からない状態で靴を脱ぐと彼女の部屋に案内された。
母親は美沙に
「後でお茶を持って行くわ」
夕飯はどうするの?
と聞いた。
美沙はそれに類を見ると
「神くん、夜ご飯どうする?」
と聞いた。
類は慌てて
「あ、お気遣いなく」
と答えて
「すみません、お気持ちありがとうございます」
兄がきっと作ってくれているので
と答えた。
母親は静かに微笑んで
「そうなの」
ご兄弟仲がいいのね
と告げた。
類は笑むと
「はい」
と答え、美沙の部屋へと入った。
彼女の机には山科徹の写真があり穏やかに笑みを浮かべている。
その姿はどこか和に通じるものがあった。
類はそれを見ると
「兄ってこういう感じなのかな」
兄貴に似てる
と呟いた。
美沙は笑むと
「かもね」
と答え
「私もパタパタ動き回る方だったけど兄は物静かだったわ」
良く私は落ち着きがないって怒られてた
と告げた。
類は「俺も」と答えた。
美沙は笑って
「同じね」
と告げた。
類は頷いて
「だな」
と答え、タブレットを出すと
「じゃあ、始めようか」
と告げた。
美沙は頷いて用意していた椅子に座った。
類はメモを机の上に置いて
「昨日の内に天上伝説はダウンロードしておいた」
IDはF911321で名前がヴィランな
と告げた。
美沙は横から見ながら
「F911321のヴィランね」
と言い、類のキャラクターであるメロンのメニューを見ながら
「でも天上伝説で他のアカウントの情報を見れるのキャラクターネームとレベルとHPとMPの本当の基本だけみたいだけど」
と呟いた。
類は頷いて
「だな」
と答え
「でも天上伝説もキャラクターネームの重複を禁止してるから名前さえ見つけられれば判断はつく」
こう言うゲームって重複OKが少ないのが救いだよな
と告げた。
美沙は「そうね」と答えた。
類は最新ストーリーの状態を見て
「最新ボスは…天上の天宮城の手前の町ルモールに封印されているパルピュイアみたいだな」
と告げた。
「取り敢えずルモールの近くの村にいくか」
フォオールの村だな
美沙は頷いて
「うん」
と答えた。
そこへ母親がノックをして姿を見せると
「…飲み物と頂いたものだけどクッキーを持ってきたわ」
と二人の横手においた。
類は顔を向けて
「すみません、ありがとうございます」
と答えた。
母親は笑顔で
「いえいえ」
と答え
「ごゆっくり」
とそのままそっと立ち去った。
戸を閉めて息を吐き出すと
「…ゲーム仲間なのかしら?」
恋人かと思ったけれど
と困ったようにリビングの棚に飾られている家族写真を見て
「徹、早くあの子に恋人作れるように見守っていて頂戴ね」
と告げた。
美沙は真っ赤になりながら
「偵察に来たんだわ」
と小さく呟いた。
類は「え?」と顔を向けて
「偵察?」
と言い
「何が?」
と聞いた。
美沙は慌てて
「あ、ううん、何でもない」
と言い、直ぐに
「あ!そこ」
と画面を指差した。
類は顔を向けて行き交うキャラクターの中で立っている剣士の装備をしているキャラクターを見た。
キャラクターの上に出ている名前はヴィラン。
そう今回の依頼の対象キャラクターである。
類はヴィランを見ると目を細めてキャラクターをタップした。
「…まさか」
美沙は類の言葉に画面を見て
「え?」
と目を見開いた。
「ヴィランってレベルが」
類は息を吐き出すと
「山科さん、ちょっと」
とシッと指を立てた。
美沙は頷いて固唾を飲み込んだ。
ヴィランの基本的なデータが画面に出てきたのだが、レベルが1だったのである。
最大HPにしても最大MPにしても数百程度で恐らくは全く弄ってない。
正真正銘のレベル1である。
どう考えてもおかしい案件である。
RMT用のキャラクターとは思えなかった。
まさか、と類は考えヴィランの方へとメロンを向かわせた。
ヴィランは動くこともせず立っている。
類は額に汗を浮かべると
「まるで、待っていたみたいだよな」
と呟いた。
美沙は驚いて
「何故?」
だってメロンって今回用に作ったキャラクターでしょ?
「どうして?」
と聞いた。
類は息を吐き出すと
「もしかしたらだけど、自分で通報したのかも」
と言いヴィランをタップしてメニューを出すと個チャを入れた。
『もしかして、自分で通報して俺を待っていたんですか?』
そのチャットを目に高層高級マンションでタブレットを手に画面を見ていた西野圭一は笑みを浮かべた。
そう、ヴィランの持ち主である。
圭一は「なるほど」と言うと
「メロン君は頭の良い人物のようだな」
しかも若いな
と呟いた。
そして
『つまり君が摘発者か』
と返した。
返事を見て類はニヤリと笑うと
「やっぱり」
と呟いた。
美沙は類を見て
「もしかして、神くんを呼び寄せるために自分で通報したってことなの?」
と聞いた。
類は頷いて
「間違いなく」
と言い
「この人、多分RMTサイトを運用している人だと思う」
一つだけじゃなくてね
と告げた。
美沙は目を見開いた。
類は息を吐き出し
「一つだけならその摘発を受けたゲームで新しいアカウントを使って呼び寄せると思うんだ」
通報を受けて動いている人間がそのゲームをしている事は分かっても他のゲームをしているかどうかわからないし
「それこそゲームの会社の人間の可能性もあるからな」
と告げた。
美沙は頷いて
「確かにそうね」
と呟いた。
類は「けど」と言うと
「もし違うRMTサイトを複数持っていて急に幾つかのサイトが摘発されて…その切っ掛けとなったゲームが多岐にわたっていたら」
外部でRMTを調べて摘発している存在がいる可能性がデカいと想像できる
「だったら、特定のゲームでなくても通報をすればその外部の摘発者が現れる可能性があるって考えるだろ?」
と説明した。
「この人は正にそれをやってのけたんだ」
…俺はそれに引っ掛かったってこと…
美沙は心配そうに
「大丈夫なの?」
と聞いた。
類は頷くと
「悪いことをしている訳じゃない」
問題なし
と答えた。
そして
『貴方はRMTサイトの運営者ですよね?だったら運営を止めてもらえたらと思います』
と打ち込んだ。
『RMTは運営が禁止しているし結局は売買されたIDはバンされて意味がなくなる』
『俺はRMTは同じゲームをしている人にもサーバーの負荷で迷惑を掛けることになるし買った方もバンされたら使えなくて損をする』
『売った人もそれでトラブルに巻き込まれたり犯罪に手を染めてしまう事になる可能性がある』
…最終的に破滅するだけで誰もゲームを楽しむことなんてできない…
『せっかく作ったキャラクターも可哀想だ』
圭一はそれを読みフムフムと小さく頷いた。
『君がアカバンに収まらずRMTサイトの摘発まで行く理由が分かる気がする』
『君は人の心を動かす熱量を持っている』
『しかも誠実だ』
『バカで強欲な人間以外は踵を返してしまう可能性があるね』
『踵を返す人間はまだ救いがある』
美沙はそれを見て
「褒めてるの?それとも嘲ってるの?」
どちらなのかしら
と呟いた。
類は美沙を見て
「多分、両方だと思う」
と答えた。
「でも嘲っているのは俺に対してじゃない」
美沙は「え?」と類を見た。
類は文面を見つめ
『RMTをしている人間はバカで強欲な人間だと思っているんですか?』
と返した。
圭一は静かに笑むと
『そうだね。売る方は強欲だろ?彼らにとってゲームを楽しむよりも金儲けの場』
『金さえ儲けることが出来れば他のユーザーに迷惑を掛けてもズルをしても規約に反しても買った相手が損をすることになると分かっていてもどんな手を使っても良いと思っているんだ』
『買う方はバカだろ。利用規約に反しているものがバンされないなんてどうしたら考えられるのか』
と打ち込み
「俺にはどちらもくだらない奴らにしか見えないね」
そう言う奴らはみんな泥沼に嵌ればいいのさ
と小さく笑った。
「孝介と同じように…俺のように…」
類は腕を組むと
「…この人って変だ」
と呟いた。
美沙は類を見つめた。
類はじっと見つめて
「どうしてRMTサイトの正論化をしてこないんだろ」
普通はボンタみたいに
「俺を鬱陶しいとか偽善者とか罵ってくると思うけど」
最終的には商売だからね~とか言ってくると思うのに
と呟いた。
『悲しい男がいてね。お金で家族を失ってお金を憎みながらお金しか愛せなくなった男がいたの』
もしそうじゃなかったら。
お金しか愛せないんじゃなかったら。
『彼は今もRMTをやってる。きっとやりながら過去の復讐を繰り返しているんだと思う。弟さんを死なせた従弟に対する復讐をしつづけているのかも』
もしこちらだけの理由だったら。
先の言葉の意味が分かるかもしれない。
…このヴィランの向こうにいる人は…
類は目を見開くと
「まさか…」
と固唾を飲み込んだ。
少し震えそうな指先を動かした。
『貴方の従弟はもうこの世にいないのではないんですか?他の人を貴方の消えない復讐心の犠牲にしているんじゃないんですか?』
美沙は首を傾げた。
「神くん?」
類は息を吸い込み吐き出すと
『それに巻き込まれて…哀しみ苦しんでいる人がいる』
『5年間ずっと泣き続けている人がいる』
『俺は貴方のRMTサイトを許すことは出来ない』
と打ち込んだ。
圭一は目を見開くと息を飲み込んだ。
「君は…誰だ?」
何故知っているんだ?
圭一は思考を巡らせて画面を見続けた。
恐らくメロンは自分が西野圭一だと知っているのだと確信したのである。
だが、自分はメロンが誰か分からない。
ただ正論だけを振り回すRMT摘発者だったら潰してやろうと思っていた。
しかし、彼の言葉から『ゲームが大好きでゲームの楽しみ方を知っている』そういう人物だと理解したのだ。
そう、ゲームを好きで一生懸命楽しんでいた弟の優二に似ていると感じたのである。
『せっかく作ったキャラクターも可哀想だ』
…消したらキャラクターが可哀想だもん…
弟の言葉が重なって聞こえた。
けれど。
相手は自分を知らないただのRMT摘発者だと思っていたのに。
類はヴィランの長い間で向こう側にいる人物が西野圭一だと確信したのである。
そして美沙を見ると
「この人…ニシノって人だ」
と告げた。
美沙は目を見開くと
「本当に!?ニシノ…あのニシノって人!?」
とタブレットに手を伸ばした。
「教えて!」
貴方を探していたの
「兄さんを嵌めたのは誰なの!?」
教えて!
類は驚いて
「山科さん!!」
とバタンと倒れたタブレットを慌てて起こした。
そして
『5年前のこと』
と打ちかけて目を見開いた。
ヴィランがログアウトしたのである。
類は「あ…」と声を零すとタブレットを前に泣いている美沙を見た。
「ごめん」
その…ごめん
美沙は首を振りながら暫く泣き続け窓から零れてくる闇の中で泣き声だけが静かに響いていた。
時計の針が6時半を示したころ、美沙は涙を拭いながら顔を上げると
「ごめんね、私…取り乱しちゃって」
と笑みを作った。
類は首を振ると
「俺の方こそ…その…確信掴むの遅くて…結局…」
ごめん
と頭を下げた。
美沙は慌てて
「そんなことない!」
と言うとにっこり微笑み
「だって、私と上條さんは5年探してても全然出会えなかったんだもの」
と両手を組み合わせて
「ニシノって人本当に居たんだ」
この人をちゃんと掴まえることが出来たら
「お兄さんがRMT詐欺なんてしていないことが証明できる」
と告げた。
そして、類の手を握りしめると
「ありがとう、神くん」
すっごく嬉しい
「希望が見えたわ」
と告げた。
類は微笑むと
「山科さん」
と手を握り返した。
「今は逃がしたけど」
絶対に掴まえる
「それで5年前の真実を掴んでみせる」
美沙は頷き
「うん、私も一緒に頑張るわ」
と告げた。
類はチャットの内容をスナップショットで撮影し
「自作自演通報だからRMTと言うのとは違うけどニシノって人は多分もうヴィランを使わないと思う」
と告げた。
「この事は帰ってから兄貴にスナップショットを見せて報告する」
美沙は頷いて立ち上がり少し考えながら
「でも、今日初めて神くんの仕事しているところ見たけど」
私には無理そうな気がするわ
と告げた。
類は蒼ざめ
「ええ!?」
と声を零した。
美沙は笑みを浮かべながら
「多分、探しに行ったり見つけたりするのは出来ると思うけど」
神くんって不思議だよね
と答えた。
類は驚いて
「は?」
俺の何が不思議なの?
と聞いた。
美沙は「ヴィランの向こうにいるのがニシノって人だとわかったところとか」と告げた。
自分には全く分からなかった。
そもそも、ヴィランがRMTサイトの経営者で罠に嵌めたという事自体気付かなかったのだ。
恐らく着眼点が自分とは違うのだと美沙は気付いたのである。
類は腕を組み
「う~ん、それはクサンティッペとかカーミラさんとかの話を聞いていたからわかったので話を聞いていなかったら分かっていなかったので」
情報量の問題だと思う
と一人で懸命に説明をしていた。
美沙はそんな類を見つめ
「でも、アルバイトは頑張るわ」
と告げた。
類は笑むと大きく頷いた。
「うん、宜しく」
その後、山科家を後に自宅へと帰り、今回の案件について和に画面の映像と説明をした。
それを和はメールで葉月友厚に知らせたのである。
友厚は兄の美則に印刷して渡し
「まさか、西野圭一が仕掛けてくるなんて思っていなかった」
と呟いた。
美則は受け取りながら
「ああ、俺もだ」
と答え
「だが途中でログアウトしたってことは…類くんの言葉がアイツの心の何処かに触れてくれたんだろう」
と告げた。
頑なに傾いた心。
復讐心と贖罪と。
美則は西野圭一の姿を思い出しながら
「西野…これ以上自分から不幸になるな」
お前が不幸になっても弟さんは幸せになんてならない
「お前が幸せになってこそ弟さんは喜ぶに違いない」
だから…俺はお前が不幸の道から踵を返すまで手を緩めることはしないからな
と渡された紙を見つめた。
類はベッドに身体を横にすると目を閉じた。
今日の遣り取りが脳裏を過っていく。
類は息を吐き出し
「RMTって誰も幸せにならないよな」
本当に誰得の世界だよな
「それが分かっているのに…ニシノって人はやってるんだ」
それを止めることがきっと5年前の真実を明らかにすることに繋がるのかもしれない
と呟き、暫くすると小さな寝息を零し始めた。
しかし、数日後。
類も和も…そして、友厚も美則も誰もが想像していない出来事が起きたのである。
本来ならばRMTの裏取りは友厚からの仕事つまり案件以外にすることはなかった。
いや、そもそもそういう話題になることはなかった。
だが、12月初旬の期末テスト最終日に思わぬ話が思わぬ場所から舞い込んでくることになったのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。