その5-1
『ちょっと出かけてくる』
そんな他愛のない言葉が兄の最期の言葉だった。
兄は知らない誰かに殺されてしまった。
しかも。
『詐欺をした』という汚名まで付いて。
知らない誰かに殺されて。
挙句に人々の『そんなことするから当然だろ』みたいな酷い言葉で兄は皆から汚された。
山科美沙はぱたりと教科書を閉じて溜息を零した。
10月に入って気温も落ちて少し涼しくなってきた。
自室の窓を開ければそこから青く高い空と鰯雲が見えた。
「私、諦めないからね」
兄さんの汚名を雪ぐから
「皆が二度と酷いことを言わないようにするからね」
美沙は唇を噛みしめると視線を机へと移した。
そこに笑顔で優しく微笑む彼女の兄…山科徹の写真が飾られていた。
うらどりポリス
RMTの裏取りのアルバイトを始めて半年が近付いていた。
同時に土曜日の有料配信を始めて二ヵ月。
暑かった夏もすっかり過ぎ去り、心地よい風が流れる10月になっていた。
類は授業を終えて何時もの無料配信を終えると
「中間終わったら次は期末だよな」
と呟いた。
「大学どうするか考えないとだめだよな」
高校2年の夏休みを過ぎると話題は大学の話になる。
同じように帰宅の準備をしていた桜守伸も松浦完もふぅと同時に息を吐き出した。
高校生には頭の痛い話なのである。
伸は鞄を持って
「俺は横大と東都大の工学部を受ける予定」
だから理系してる
「俺の希望としてはゲームプランナーとかゲームに携わる仕事をしたいけど分からないな」
親父は大学で院生になって大学教授とかに進んで欲しいみたいだからな
「言語開発とかAI理論とかの方になるかもなぁ」
まあ嫌いじゃないから良いけど
「迷ってるのは迷ってる」
と肩を竦めた。
完は機材を直しながら
「桜守の親父さんは大学教授だからそう考えているんだろうな」
俺はディレクターって決めてる
「両親は放任主義だから自由にして良いって言ってるから」
映像系の専門学校行くつもり
「それと現場のアルバイトあったらするかなぁ」
でも二人が神の櫻続けるなら勿論手伝う
「経験になるからな」
と答えた。
元々、完はその腕と実績を磨くために類と伸がしているゲームチャンネルの神の櫻を配信しているのだ。
類にしても伸にしても完がいたお陰で配信出来ているので大助かりであった。
類はさっぱりと答える二人を見て
「凄いな、もう先を決めてるんだ」
と呟いた。
「俺も進もうと思っている道あるけど…まだ…」
伸はそれに
「今、和さんとしているアルバイトだろ?」
と告げた。
類は頷いた。
「…うん」
一応、葉月さんのお兄さんと話しする機会があると思うから詳しく聞こうと思ってるけど
「大学の学部とか分からないからなぁ」
伸も足を踏み出しながら
「考えたら、そうだよなぁ」
ちょっと特殊だからな
「俺も分からない」
と答えた。
完も肩を竦めながら
「俺なんか想像もつかない」
とさっぱり答えた。
類は2人と共に足を踏み出し、教室を後にした。
10月にもなると夕暮れは早く既に空は夜の色を滲ませている。
類は和と暮らしているアパートに戻ると靴が三足並んでいるのに首を傾げた。
「アレ?葉月さん?じゃないのか?」
和が葉月友厚以外の来客を迎えるのは珍しい。
だが、来客は2人である。
類は靴を脱いで玄関を上がると
「ただいまー」
と声をかけてダイニングを横切るように自室へ向かいながら来客をそれとなく見た。
テーブルには和と友厚ともう一人座っていた。
和は類を見ると
「類、お帰り」
と声をかけて
「あ、荷物おいたらすぐ来てくれ」
葉月のお兄さんが来てる
と告げた。
友厚は肩越しに類を見て
「お帰り、類くん」
と頷いた。
もう一人、葉月友厚の兄である葉月美則が振り向き
「君が和君の弟君か」
初めまして何時もお世話になっているね
と笑みを浮かべた。
類は軽く会釈して
「いえ、こ、こ、ちらこそ」
と答え、慌てて部屋に入って荷物を置いて服を着替えるとダイニングへと戻った。
絶好のチャンスである。
和は類が戻ると
「こっち座れ」
と椅子を勧めて
「話があって来られたんだ」
と告げた。
類は頷いて
「は、はい」
と緊張して応え
「あの、その後で俺も話が」
と告げた。
美則はそれに頷いて
「ああ、友厚から聞いてる」
この仕事のことだろ?
と笑みを浮かべた。
類は「はい!」と答え
「それで、話しっていうのは」
と聞いた。
美則は胸元から紙を一枚出して
「実はこのゲームのこの二つのIDを調べてもらいたい」
一つはアバターネームがボンタ001
もう一つはアバターネームがアベン
「君のIDもグレープで取得している」
と告げた。
類はそれを見て
「グリーンフロントファンタジーか」
IDがA981156のボンタ001と
IDがA910342のアベンか
と言い目を細めた。
「もしかして、ボンタ001はあれだけどアベンってアベンジャーかな」
和はそれに
「アベンジャーって報復者とかの?」
と聞いた。
類は「いや、何となく」と言い
「前にアベルってあったから同じ系統ポイ気がして」
と苦く笑った。
友厚はちらりと美則を見た。
美則はそれを一瞥し
「なるほど」
と小さく呟くと
「和君が送ってくれたログで類くんが相手と話をして辞めさせていっていることは把握してる」
と告げた。
類はハッとすると
「あ、不味かったですか?」
と答えた。
美則は首を振り
「いや、このアベンにもそうして貰いたい」
と告げ
「君はグリーンフロントファンタジーをしたことは?」
と聞いた。
類は少し考えて
「ないです、一応概略だけは知ってますけど」
それってチャットが特殊なんですよね
と呟いた。
和は類を見ると
「チャットが特殊って?」
と聞いた。
類は頷いて
「チャットが音声なんだ」
だからマイク機能とスピーカ機能が必須
「て言っても今のタブレットも携帯も元々付いてるから問題ない」
まあ人によっては外付けしてる人いるけど
「声で性別知られたくない人は基本的にオフしてると思う」
と答えた。
そして美則を見ると
「もしかして、それで?」
と聞いた。
「音声だから態々」
美則は「まあ」と答え
「大丈夫だろうか?」
と聞いた。
類は頷くと
「大丈夫です」
今までみたいに会話しないかもしれないけど
と答えた。
美則は「そうか、わかった。取り敢えずお願いする」と答えた。
「それで、この仕事に付きたいという話を聞いたんだが」
類はハッとすると
「あ、え」
まあ…ゲームを普通に楽しむ人が阻害されない環境づくりに携われたらなぁと思って
と答えた。
美則は微笑み
「そうか」
と言い
「ただ今はRMTに特化した仕事を請け負っているが、いずれはこのRMTも激減して来ると思っている」
ゲーム会社がチートやBotなどを取り締まるセキュリティをどんどん取り入れて強化していく方向になっているから
「そうなると売るためのキャラクターを育成する労力がね」
と告げた。
類は腕を組むと
「なるほど」
と呟いた。
「チートやBotが使えなくなってくると労力が半端ないから割にあわなくなってくるってことか」
美則は小さく笑むと
「そう整備されていくだろうと俺は思っている」
今はRMTがバンされる数が多いが
「次第に減って反対にチートやBotの数が鰻登りに増えると考えている」
と答えた。
類はう~んと考えた。
「そうかぁ」
美則は類を見て
「だから俺にできるアドバイスは」
ゲームのセキュリティに拘るなら工学部でプログラムを勉強するほうが良いと思う
「その上でセキュリティプログラムの開発に携わるチートやBotを取り締まるための勉強を+αするという形だろうか」
反対に君がゲームに固執することなく幅広く不正や犯罪などをと考えるなら
「法学部で法を勉強して検事や弁護士や探偵などを目指すための勉強をした方がいいかもしれない」
と告げた。
「君がしたいと思っていることの根幹を考えて決めればいいと思う」
類は頷いて
「はい!」
凄く勉強になりました
と答えた。
そして不意に
「でも、そうなったら葉月さんのお兄さんは今の会社をどうしようと思っているんですか?」
と告げた。
「RMTが減ったら仕事が無くなるかも」
和は類を見ると
「類!」
と慌てて止めた。
類はハッとすると
「あ!すみません」
と答えた。
言外に会社潰れるじゃんと言っていることに気付いたのである。
美則はプっと噴き出すとハハハと笑って
「なるほど」
友厚の言っていた通りだ
というと類を見て
「類くん、君は鋭い子だな」
と告げた。
「ある事情があって立ち上げ当初はRMTメインでしているが」
決着がつけば幅広く不正などを防止したり摘発したりする会社にしていくつもりだ
「知り合いにそちら側の人間もいるからね」
だから『裏取りポリス』という名前にしたんだけどね
類は少し考えて
「あー、確かに裏取りはゲームのRMTの裏取りだけじゃなくて他でも使うし」
警察が事件を調べるのも裏取りっていうし
「そっかー」
と答えた。
美則は立ち上がると
「じゃあ、君がもしゲームに拘らないのであれば」
法学部を出て我が社に来て欲しいと思う気持ちが湧いたよ
と告げた。
「君は基本的に厳しくも優しい」
それはクサンテッペを説得した時にも
「先のカーミラの時にも感じた」
正論正義だけでは人の心は説得できない
「優しいだけでは相手の足を返させることはできない」
君は良いバランスを持ってる
「まあ、君が納得できる道をゆっくり考えると俺は良いと思う」
友厚も立ち上がり
「じゃあ、和」
頼むな
と告げた。
「類くんも、先の依頼の件頼む」
和は立ち上がり
「凄く大切なことを弟に話していただきありがとうございます」
と頭を下げた。
類も立ち上がり
「あの、今」
俺迷ってるけど
「その、凄く大切な話をありがとうございます」
三年も目の前だし落ち着かないけど考えて決めようと思ってます
と頭を下げた。
「お話聞けて良かったです」
美則は首を振ると
「いや、俺の方が助かっているから」
どの道を選んでも頑張りなさい
と言い、友厚と共に和と類のマンションを後にした。
友厚はマンションを出ると兄の美則を見て
「彼女のこと…類くんに任せる気になったんだ」
と呟いた。
「ボンタと接触したアカウントの中にあったアベンを作ったユーザー情報を見て」
美則は頷いた。
「彼が我が社に来てくれると嬉しいというのは本音だ」
会って話をして感じた
「彼なら彼女も…あいつも救ってくれるかもしれないと思ってな」
友厚は兄の美則に視線を向け
「…兄貴が会社を作った遠因の事件に関わるからな」
と答え、肩越しに振り向き類と和の部屋の窓を見つめた。
和は美則の話を思い出しながら考えている類を見て
「類、良かったな」
と呼びかけた。
類はそれに頷くと
「ん、ありがとう」
兄貴
と笑顔を見せた。
「文系と理系と違うから…早く決めないとだめだと思うけど」
和はそれに
「そうだな」
と答え
「でもな、一つ俺から言わせてもらうと」
焦って決める必要はない
「決めて進んだ後に踵を返すのは大変だ」
だから自分が納得するように考えた方がいい
と告げた。
「別に文系に進んだからと言って理系受験が出来ないわけじゃない」
不利になるだけで後の追い込みでどうにかなる
「反対も同じだ」
類は笑顔で頷くと
「ありがとう、兄貴」
じっくり考える
と答え、タブレットを手にすると
「じゃあ、グリーンフロントファンタジーダウンロードする」
と告げた。
「それとゲーム動画を撮るアプリもいれないとな」
今回は音声だからスナップショットじゃダメだし
和は「そうか」と答えた。
類は動画撮影用のアプリもいれると早速立ち上げて、グリーンフロントファンタジーにログインした。
グリーンフロントファンタジーはチャットについては音声だが、画面構成やゲームの構成はMMORPGであった。
メインストーリーがあり、季節ごとのイベントもある。
内容的には冒険者となって緑の大陸にあるそれぞれの国のもめ事を解決しながらラスボスへ向かって行く王道ストーリーであった。
類はグレープでログインすると
「へー、動かすのは画面の何処で指をスライドさせても良いんだ」
なーるほど
「チャットはオンオフで切り替えられるし左上のマークからシャウトとグループと個別を選択できるのか」
イン時は流石にオフなんだ
「だよな」
と言い、サクサクとメニューを弄り
「キャラクターメニューからメインストーリーの攻略状態が分かるようになっているのが助かる」
と告げた。
隣で見ていた和は息を吐き出し
「いつもながら直ぐによくちゃんと動かせるな」
と呟いた。
類はあっさり
「慣れだよ慣れ」
でも色んなゲームしてると偶に他のゲームの動かし方をしてトンデモナイ方向に行くときある
と笑って答え
「じゃあ、何時ものように最新ストーリーに行くかな」
とメインストーリーの攻略済みの一番新しい部分を選んだ。
そこに関連の町とストーリーの再生があった。
類はそれを見ると
「イミル国の王都アウルゲルか」
と呟くと移動するボタンを押した。
空のない地下の国のようで建物は全て干しレンガ造りの入り組んだ城塞都市のようであった。
類はグレープがその入り口に立つのを見て
「複雑だったら迷路になりそうだけど作りは単純にしているんだ」
と言い、ストーリーを開けて
「で、ここの最終ボスは何処だ」
と内容を読んだ。
「…んー、城塞都市の東の封印の塔か」
なるほどなるほど
そう呟きグレープを東の封印の塔に向かって動かした。
和はそれを横で見ながら
「違うゲームでも直ぐに馴染めるのどんな感覚なんだ?」
俺は無理
と感心した。
類は「まあ…する気があるかないかだと思うけどなぁ」と答えつつ、封印の塔の前に来ると多くの冒険者の姿を見て
「じゃあ、兄貴」
声を出さないようにな
「入るから」
と告げた。
和は静かに頷いた。
類は塔へ入っていき冒険者の名前をチェックしながら進んだ。
「グリーンフロントファンタジーは名前しかわからないんだ」
そう心で呟いた。
ゲームによってはキャラクターをタップすると細かい情報が出るものもある。
だが、グリーンフロントファンタジーはそうではなくタップすると情報ではなく相手に対する動作メニューが出るようになっていた。
アイテムを送る。
話しかける。
パーティを組む。
ギルドに招待。
という感じである。
類は最上階に上がりボスの前に来ると依頼のあったアベンを探し始めた。
音声は今オフにしている。
喋っても問題はない。
「ボンタ、アベン、ボンタ、アベン…」
来るとき会わなかったからいると思うんだけどなぁ
そう言い、ボス前に立って消えていく冒険者の中の一団を見て
「いた」
先ずはボンタ001だ
と告げた。
そしてあっさり
「…こいつ真っ黒だ」
と呟いた。
「メインはボンタで恐らくBotがBonta1とBonta2だな」
すっげぇメインですら名前適当過ぎて
「RMTしかしてないのかも」
類はボンタのキャラクターをタップすると話しかけるを選びマイクをオンにした。
「こんにちは」
レベリングでしたらパーティ入れてください
ボンタはそれに動きを止めると
「パーティは一杯です」
と返した。
声は男である。
流れてくる声に和は
「大人の人だな」
と心で呟いた。
類はボンタに
「そうですか」
と返すと
「Bot使ってますよね?」
アカウント売り用のキャラクターを育てているんですか?
とズバンと告げた。
ボンタはそれに
「……」
と間を開けて
「そうです買います?」
それとも通報かな?
と返した。
類は息を吐き出すと
「RMTは禁止されてますよね?」
それに犯罪に巻き込まれることや詐欺にあったりするので
「やめた方がいいと思います」
と告げた。
ボンタは苦笑を零して
「んー、煩いなぁ君は」
正義の味方のつもり?
というと
「別に楽しむためにしてるわけじゃないし」
商売だから商売
と笑った。
類は「うへー、あるあるだ」と心で呟いた。
和は心配そうに類を見た。
ボンタはあっさり
「まぁ、いいか」
というと
「最近外部プログラムをチェックするセキュリティプログラムも定期的に流れるようになったからBotも直ぐバンされるし」
グリーンフロントファンタジーは失敗したなぁ
「面倒くさい奴も出て来たし」
と行き成りログアウトした。
類は息を吐き出すとマイクをオフにして和を見た。
「取り敢えずログアウトして動画を送る」
あの人真っ黒だし
「多分、他でもやってるしやり続けるな」
和は意外とショックを受けていない類に戸惑いながら
「あ、ああ」
お疲れ
と答えた。
類は和を見ると
「兄貴どうしたんだ?」
と聞いた。
和は「いや、ショックを意外と受けてないなぁと思って」と答えた。
類は苦笑すると
「ああ云う人いるし」
悪びれもしないで
「割り切っているから人に迷惑掛かっても気にしないし分かっててやってると思う」
取り敢えずバンしていくしかない
と告げた。
そして、類は録画を止めて動画を和に送った。
「じゃあ、次はアベンちゃんだな」
そう言いログインするとボス戦に挑む冒険者たちを見つめた。
「さて、見つかればいいんだけど」
と言い、冒険者の中に『アベン』という名前のキャラクターを見ると
「アレか」
と呟き様子を見つめた。
が、少しして
「んー」
と声を零した。
それに和は
「どうした?」
と聞き
「あ、悪い」
と言葉を止めた。
が、類は
「今は大丈夫」
音声オフにしてるから
と答え
「いや、Botいないなぁと思って」
でも周回しているからチートでもなさそうだし
「それに時間かかり過ぎてる」
多分何時も一緒に消えてる鳴山斗志夫がメインなんだろうけど
「普通くらいの強さっぽい」
パラメーター弄ってないと思う
「先のボンタの方が分かりやすかったけど…アベンは」
と告げた。
和は不思議そうに
「どういう事だ?」
と聞いた。
類は「効率が悪すぎるから」と前置きし
「なんかただのサブアカウントで通報されたんだとしたら」
もしかしたらリベンジ通報かなぁ
とぼやいた。
和は目を見開き
「リベンジ…通報??」
と聞いた。
類は頷いて
「そうそう、偶にあるんだけど」
例えば何かユーザー同士でもめ事があって
「その相手を別に違反していないのに通報して仕返しをするっていうのがあるんだ」
と告げた。
和は驚いて
「ハァ~、そんなのがあるのか」
と呟いた。
類は笑って
「あるよ」
だって画面はキャラクターだけどのその向こうには人がいるんだからな
「そういう人間関係のドロドロもあるから」
と告げた。
和は肩を竦めて
「凄いな」
と答えた。
類は和を見ると
「一応仕掛けるから此処からは」
と指を口の前に立てて黙るように告げた。
和は静かに頷いた。
類は鳴山斗志夫をクリックすると音声をオンにして話しかけるメニューを選んだ。
「こんにちは、レベリングですか?」
それに鳴山斗志夫が止まり、同時にアベンも止った。
類は心で「やっぱりな」と呟いた。
が、意外なことに女性の声が返った。
「ドロ狙いですけど、レベリングですか?」
類は「はい」と答えた。
「でもソロなのでパーティに空きがあれば」
お願いできますか?
鳴山斗志夫はあっさり
「良いですよ」
サブと一緒ですけど
と答えた。
類は目を見開き
「ありがとうございます」
と答え
「誘ってください」
と告げた。
すると鳴山斗志夫からのパーティ招待が飛んできたのである。
類は「むー」と心で声を零して
「マジでリベンジじゃないのか?」
と思いつつ
「宜しくお願いします」
と答えた。
斗志夫は
「いえいえ」
と返してきた。
声は若い女性である。
少女かも知れない。
キャラクターや名前は男だが保持者は女性のようである。
ゲームの中では女性が男性キャラクターを使ったり、男性が女性キャラクターを使ったりすることはよくあることである。
類の親友の桜守伸も同じである。
MMORPGあるあるである。
類はアベンと鳴山斗志夫の向こうにいる女性に興味を持ちつつ、ボスを回り始めた。
類の中では80%がリベンジ通報でアベンは唯のサブだと思っていた。
だが。
だが。
一つ気になるのが『アベン』という名前である。
類はグレープを操作しながら
「あの、サブの名前」
アベンジャーじゃないですよね?
と聞いた。
それに一瞬斗志夫の動きが止まり
「…アベンジャーよ」
と先と少し声色の違う声で返答があった。
和はちらりと類を見た。
類は目を細めて
「まさか、そんな名前のキャラクターを売買に使ったりしないよな」
アハハハ
と乾いた笑いを付け加えて告げた。
それに和は驚いて
「る…」
い、と呼びかけかけて声を飲み込んだ。
斗志夫は動きを完全に止めると
「売るつもりよ」
と答え
「どこかRMTのサイト知ってたら教えて」
幾つかは知ってるけど
「知らないサイトなら見てみたいから」
と返してきた。
斗志夫が類のグレープを見つめている。
類は心で
「こいつ黒じゃん!」
と呟いた。
そして
「RMTなんて止めた方がいい」
運営は禁止してるし
「まだしてないなら止めた方がいい」
と告げた。
それに斗志夫は
「多くの人がしてるわ」
色々なサイトだってSNSだってあるっていう噂があるわ
「貴方が知っているサイトがあるなら教えて」
と返した。
類は息を吐き出し
「あのさ、RMTしてると犯罪に巻き込まれることもあるし」
自分が犯罪に手を染めることもあるんだ
「絶対に辞めた方がいい」
前にRMTで詐欺をして殺された人もいる
「ロストアースジェネェレーションってゲームでRMT詐欺をしてた人」
と告げた。
瞬間に
「違うわよ!!」
と声が響いた。
「何も知らない癖に…最低!!」
類はそれに目を見開くと
「嘘じゃない!」
本当だって!
「5年くらい前の新聞や週刊誌を調べたらわかる」
一時凄く騒がれてたから
「それでそのゲーム配信終了になったんだからな」
とつげた。
斗志夫の音声に泣き声が混じりながら
「貴方って…本当に最低」
と声が零れた。
…。
…。
類は驚いて「何でだよー??」と心で突っ込みつつ暫く呆然としたものの
「ごめん、あのさ」
俺、その…本当なんだ
「そのゲームしてて配信中止になって結構ショックで覚えているんだ」
RMTって結局ゲームを楽しむより金儲けに走って
「チートやBotや使う奴も多いからサーバー落ちしたりして他の人の迷惑にもなるし」
本当にゲーム楽しめないだろ?
と告げた。
和は類を心配そうに
「類…」
大丈夫か?
と小さな声で呼びかけた。
類は小さく頷いた。
斗志夫は震える声で
「違う…違うわ」
あのニュースは嘘なんだから
と告げた。
類は大きく息を吸って吐き出すと
「だったら、何が違うのか教えて欲しい」
俺が知ってるニュースはそれだから
「俺は嘘を言ってるつもりはないから」
と告げた。
斗志夫はグレープを見たまま
「殺された山科徹はゲームをしたことが無い人なの」
RMTなんて言葉すら知らない
「ゲームに興味のない人だったから」
と返した。
類は目を見開くと
「え!?」
と声を零した。
5年前のニュースでも、週刊誌でも『RMT詐欺をした青年が殺害される。RMT詐欺の闇』という文字が飾っていた。
5年間信じてきたのだ。
嘘だとは思えなかった。
だが。
だが。
類は息を吸い込むと
「でも、ニュースでも週刊誌でもそう書いていたし流れていた」
君が違うというなら
「証明してもらいたい」
俺、君のいう事を本当に信じて良いか分からない
と告げた。
斗志夫はそれに長い沈黙を守り
「…良いわ」
明日正午丁度に東京駅の銀の鈴の前で待ってる
「本当に知るつもりがあるなら来て」
来ないなら二度とそんなこと言いふらさないで!
「最低くん!」
というとブチっと二体ともログアウトした。
パーティを解散せずにである。
類もログアウトすると大きく息を吐き出した。
和は心配して
「大丈夫か?」
と言い
「動画撮っているから、もう良いと思う」
いく必要ないからな
と告げた。
類は和を見て視線を伏せると
「あ、いや」
動画はまだ送らないで
「俺、すっげぇ気になるから」
と告げた。
和は怒るように
「ダメだ」
それこそお前が事件に巻き込まれたら
「俺、このバイトに関わらせたこと後悔する」
と告げた。
類は息を吐き出し
「…絶対に無茶しない」
遠くからみて怪しそうなら会わずに帰るから
と告げた。
和は大きく息を吐き出し
「類!」
と言い
「わかった、俺も一緒に行く」
と告げた。
類は困ったように
「兄貴は遠くから見てるだけにするようにな」
もっとも向こうが来ない可能性大だけどな
と告げた。
和は「え!?」と驚いた。
類は笑って
「そんなのアルアルだよ」
と言い
「ゲームで内でも待ち合わせ遅れたりすっぽかされたり」
リアルの待ち合わせして影から見てダメそうならスルーして待ちぼうけさせられることだって
「あるあるだからな」
と答えた。
和はふら~として
「マジか」
と呟いた。
類は頷いた。
だが、心の何処かで『鳴山斗志夫』は来るだろうと確信に近い予感が過っていたのである。
類は翌日、学校を休むと東京駅へと向かった。
「けど、東京駅で良かった」
これがとんでもなく遠いところだったら無理だったけど
正午前に東京駅内の銀の鈴待合所の銀の鈴が見える場所へとたどり着いた。
和も大学を休んで類に付き合った。
が、銀の鈴の近くに来ると
「何かあったら携帯入れるようにな」
と告げて、それとなく離れて様子を見るようにしたのである。
類は正午になると銀の鈴の前に足を進めた。
そこには数人の人々がいた。
待合所になるとそれこそさっと見ただけでも数十人の老若男女がいる。
「誰だろ」
そう類は思いタブレットの電源を入れるとグリーンフロントファンタジーを立ち上げた。
パーティ解散していないのでログインしているかどうかがすぐにわかるのだ。
アベンはいなかったが鳴山斗志夫は居た。
類はハッとした。
「そうか」
瞬間に銀の鈴の前に立っていた少女が類を見た。
「本当に、来たのね」
類はタブレットを持ったまま彼女の前に進むと
「山科さん?」
と呟いた。
まさかである。
だが。
だが。
彼女は類を見ると頷いた。
メインキャラクターの鳴山斗志夫はアナグラム。
彼女は類を前に唇を開いた。
…そうよ、殺された山科徹は私の兄よ…
類は固唾を飲み込み山科徹の妹の山科美沙を見つめた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。