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童話、昔話風のお話

竜のたまご洗い 〜世界一美しいお姫様と羊飼いのお話〜

作者: 久藤ナツメ

 昔々、遠くて近いどこかの国に、世界で一番美しいお姫様がおりました。


 お姫様は年頃になり、そろそろ結婚相手を探すことになりました。

 父親である王様は、どんな人を婿(むこ)に欲しいか、お姫様に聞きました。


「お父様、わたくし、世界で一番ステキな方が欲しいのです。星より美しい人がよいのです」


 そこで王様は、大舞踏会をひらきました。

 世界中から我こそはと美貌(びぼう)の主がかけつけて、列をなして求婚します。

 けれども、その場で一番美しいのはやっぱりお姫様だったので、姫は誰とも踊りませんでした。


「お父様、わたくし、世界で一番ステキな方が欲しいのです。月よりひっそり賢い人がよいのです」


 そこで王様は、たくさんのむずかしい問題を用意しました。

 大勢の学者や賢者がかけつけて、あっという間に問題をときました。

 けれども、一番早く問題を解いたのはお姫様だったので、みな気まずそうにうつむきました。


「お父様、わたくし、世界で一番ステキな方が欲しいのです。太陽よりも強い人がよいのです」


 そこで王様は、武術大会をひらきました。

 たくさんの力自慢がかけつけて、一位を争い大混乱の大乱闘。

 互いにののしり合って、だれがだれやら、勝った負けたも分からない。

 お姫様はすっかりあきれてため息をつきました。



 王様は、いよいよ困ってしまいました。


「お前は一体、どんな人ならいいのかね?」


 お姫様は、よく通る声でこう言いました。


「それでは、ひとつお願いをいたしましょう。竜のたまご洗いができた者と、私は結婚いたしましょう」


 なるほどこれは確かに、美しく賢く強い者でなければ成しとげられない試練です。


 集まった王子様たちは、さてこまったと互いに顔を見合わせました。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ところで皆さんは、「竜のたまご洗い」についてご存じでしょうか。


 今ではもう、あまり聞くことのない言葉かもしれません。

 

 竜はとても気高い生き物ですが、いくつか人にやってもらってうれしいことがありました。そう、猫が首の下をなでられるのが好き、とかそういうことです。


 「竜のたまご洗い」はそういったことの一つです。


 竜のたまごを妖精の泉で、一日一晩洗ってやると、竜はとてもよろこびました。そうして、たまご洗いをしてくれた人に、竜は大きな幸運を授けてくれたものでした。


 このお話よりもずっと前、人と竜は今より仲が良かったので、村にひとりやふたりくらいは、竜のたまご洗いをやったことのある者がいたようです。


 けれど、残念ながら今はそうでもありません。


 いつの間にか人と竜は住む場所を分けてしまい、どちらが先かわかりませんが、互いのことがあまり好きではなくなりました。


 けれど今でも竜は、たまごを洗ってくれる人が現れると、きちんと幸運を返してくれると言われています。




 さて、この大きな幸運を手に入れることのできる「竜のたまご洗い」ですが、大きなほうびというものは、簡単に手に入るものではありません。


 竜のたまごを手に入れるには、とびきり美しい者でないといけません。

 竜は美しいものが好きですから、そうでなければ近寄ることもできません。


 竜のたまごは大きなたまご。大人の男が両腕いっぱい広げて、やっと持てる大きさです。

 たまごを割らずに妖精の泉に運ぶには、賢さと慎重さだって必要です。


 それに一昼夜とおして竜のたまごを洗い続けるには、体力と忍耐力が必要です。


 これら全てがそろってようやく、竜のたまご洗いが成功するのです。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 何人もの王子や学者や力自慢たちが、竜のたまご洗いに挑戦しました。


 けれど、誰も成功しません。


 たいていの人は、竜にたまごを渡してもらえませんでした。見た目に自信のあった者たちも、すっかりスゴスゴ引き上げました。


 なんとかたまごを預かった人もいましたが、大きなたまごを運んでいる途中、転んでしまうことがありました。


 そんな時、竜はひどく怒ってかけつけて、たまごをサッとうばいかえしました。人間なんかにたまごを割らせるわけにはいきません。


 転んでしまった人ですか? さあ、どうでしょう。この世の終わりを見たような青い顔した王子様を助けたという娘がたくさんいましたが、それはまた、別のお話になるでしょう。


 ようやく妖精の泉へたどり着き、たまご洗いを始めても、それまでの疲れでみんなすっかり眠ってしまいます。

 

 そうそう、言い忘れていましたが、妖精の泉はとてもあたたかいお湯が湧き出ているのです……温泉ですね。


 疲れた体で、あたたかいお湯につかったら、きっと天国のような気分になるでしょう。目が覚めた時、地獄の門のような竜の口が見えたとしても、きっとそれも夢でしょう。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 竜のたまご洗いは、だれも成功しませんでした。お姫様の結婚相手は、一向に決まる気配がありません。

 

 王様はこまって言いました。


「なあ、姫よ。ほかの方法で、婿(むこ)を選んでくれないか。見目うるわしく、賢く、強い者たちが、こんなに集まっているではないか。一人くらい、気に入った者はいないのかね」


 王の広間に集まった王子様たちは、皆ソワソワと身だしなみを整えて、それぞれが考えるとびきりカッコいいポーズをして見せました。


 お姫様は、首を横にふりました。


「竜のたまご洗いができないなんて、そんな人と結婚なんかごめんです」


 集まった大勢の王子様たちは、がっかりして、また互いに顔を見合わせました。


 竜のたまご洗いだなんて、無理難題もいいところ。

 結局、お姫様はだれとも結婚したくないのだな、とちょっとうんざりし始めました。



 広間はシンと静まりかえってしまいました。


 そこへやってきた一人の羊飼いが、ひょいと手をあげ言いました。


「俺がやってみせましょう」


 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 手をあげた羊飼いの男は、とても平凡な顔をしていました。お世辞にも美しいとは言えません。そもそも羊飼いにお世辞を言う者もいないでしょう。


 これでは竜のたまごを手に入れることすら無理に違いない。


 誰もがバカにして笑いました。


 羊飼いの男は、そんな笑い声など気にも止めず、ただお姫様だけを見て言いました。


「王子じゃないと参加できないもんですか?」

「いいえ、そんなことはないわ」


 羊飼いは、今度は王様を見て言いました。


「それじゃあ、やります」


 羊飼いがあんまりハッキリ言ったので、王様もつられて「よし」と言いました。


 羊飼いは、もう一度お姫様に言いました。


「さて、お姫様。少しお手伝いいただけますかね?」


「あら、なにを?」


「たまご洗いは俺に任せてもらうとしても、見てくれだけはどうにもなりはしないんで。だから、竜のところにはあなたも一緒に来てもらいたいんですよ」


 それを聞いて、王様がムッとして言いました。


「それでは試練にならん。姫が求めているのは、星より美しい人でもあるのだぞ」


 羊飼いは、ふうむと首をひねって言いました。


「どうですかねぇ、お姫様。一つくらい、条件はずしても構わないんじゃないですか。あなたが本当にしたいこと、俺はかなえてあげますよ」


 お姫様は初めて興味を持ったように、ちゃんと羊飼いを見下ろしました。


「ただまあ、さっきも言いましたけど、見てくれはホラご覧の通り。でも、一等かがやく極光星じゃありませんが、ようく見たらかすかに見える、幸運星ほどの小さな光くらいはあるんじゃありませんかねえ。俺が星に見えたなら、きっと良いことありますよ」


(ちなみに幸運星というのは、今の言葉で言えば十等星くらいの小さな星のことです。見えるかどうかギリギリの星なので、見えたら幸運があると言われていました)


 ずいぶんと口の達者な羊飼い。お姫様はクスッと笑って言いました。


「それなら竜も、あなたの光に気付くんじゃないかしら。あなた一人で行けばいいわ」


「いやいや、ほんとに、竜なんかには見えないくらいのかすかな光ですからねぇ。そう、あなたのように、真実を見ぬく目を持った、やさしくて賢いお姫様じゃないと見えないくらいの」


 羊飼いがわざとらしく大袈裟に言うものですから、お姫様はおかしくなって笑いました。


「いいわ。一緒に行きましょう」


 そうしてお姫様と羊飼いは、ふたりそろって竜のところへ行きました。


 まわりからは、ズルいぞ卑怯だという声も聞こえましたが、羊飼いは気にしませんでした。

 お姫様がいいというのなら、別にいいじゃないかと思いました。だって、お姫様の結婚相手を決めるのですから。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 

 竜のすみかは、山のてっぺんにありました。

 羊飼いはいつもの歩きで平気でしたが、お姫様も案外平気な顔で羊飼いについて行きました。

 

 山の(いただき)には、大きく立派な竜が住んでいました。今年初めてたまごを産んだ、若くて美しい竜でした。

 

 世界で一番美しいお姫様を見て、竜は上機嫌でたまごを見せてくれました。

 大きなたまごが3つ、しっかり巣の中に入っています。


 けれど、たまごを受け取るのが羊飼いだとわかると、竜はとたんに渋い顔をしてプイッとたまごを隠しました。


「あらまあ、これはこまったわね。これから一体どうするの?」


 いたずらっぽく笑うお姫様を見て、羊飼いは肩をすくめました。


「さあて、どうしたものかなあ。さすがにお姫様にたまごを運んでもらうわけにはいかないし」


 羊飼いは、そうだと思いついて、ポケットから羊の毛を取り出しました。


「ほら、竜のおじょうさん。ちょっとこいつを見てくれないか。あんたの大事なたまごをつつむのに、とびきりの羊の毛を刈ってきたんだ」


 羊飼いはそう言って、ふわふわの羊の毛をどっさり見せてやりました。


 竜は、フンフンと匂いをかいでいましたが、確かにすごく良さそうです。ちょっとむしって、自分の巣に入れてみると、たまごのクッションにぴったりです。竜はうれしくなって、グオウと一声うなりました。


「気に入ったなら、そいつはやるよ。元気でいい子が産まれますようにって、羊飼いのお守りさ。こんなふうに、大事に運んでやるからさ、ちょっとたまごを預けてみてはどうですかい?」


 竜はジロリと羊飼いの男をひとにらみして、もう一度羊の毛をさわってみました。


 男はあんまり美しくないけれど、この羊の毛はとてもよいなと竜は思いました。それに一緒にやってきた美しいお姫様も、なんだかすっかりおもしろそうにしています。


 竜は、たまごをひとつ、羊飼いに預けました。


 羊飼いは大事にたまごを受け取ると、ふわふわの羊の毛にしっかりくるんで、ていねいに両手で抱えました。

 上質な羊の毛はどんな衝撃からもたまごを守ってくれそうで、竜はますます上機嫌でグオウグオウとうなりました。


「やあ、竜のおじょうさんもずいぶんご機嫌だ」

「ええ、良かったわ。ところでそのたまご、重くはないの?」

「重いですよ。でも、俺は羊飼いをやってますから。別にどうってことはありません。ただ」


 羊飼いは、申し訳なさそうにお姫様を見やりました。


「ただ、なあに?」


「見ての通り、このたまごは大きくて、俺の両手はふさがってます。もしあなたが転んでしまっても、俺は助けられません。だから転ばないでくださいね」


「まあ、ここまであなたが連れてきたのに。そんなことをおっしゃるの」


「ええ、まあ、すみません。あの竜みてたら、このたまごがとても大事なものだとわかったので。割ってしまうわけにはいかないでしょう」


 お姫様は、それもそうねと思いました。

 自分が転んだところで、ドレスを汚してちょっとすりむくくらいでしょう。たまごを大事にしてくれるなら、その方がいいなと思ったのです。


「いいわ。気をつけて歩きましょう」


 ふたりは、羊の話をしながら山を降り、妖精の泉へと向かいました。


「あなたの羊の毛、私もさわってみてもいいかしら」

「ええ、どうぞ」

「ふわふわで、とてもいい羊の毛ね」


 お姫様がそう言うと、羊飼いは「そうでしょう」と笑いました。

 それまでのおどけたような笑顔とちがって、それは本当にうれしそうでした。


 その顔を見て、お姫様はこっそりと、羊飼いに聞こえないようつぶきました。


「あらまあ、わたくし、幸運星が見えてしまったかもしれないわ」


 羊飼いはそのつぶやきに気付かないまま、大好きな羊たちを思い出しておりました。


「心を込めて育ててますからねえ。みんな自慢の羊です。今度うちの放牧場へ、羊たちを見にきませんか?」

「ええ、行くわ」


 羊飼いはしっかり次のデートの約束を取り付けて、心の中でバンザイしました。

 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 妖精の泉に着くと、羊飼いはさっそくたまご洗いを始めました。

 お姫様は、近くの切り株にこしかけて、その様子をながめています。


 泉の水は、とてもあたたかくって気持ちよく、羊飼いはウトウトしそうになりました。


「なるほど、こいつはとてもいい泉ってわけだ」


 そこで羊飼いは、竜のたまご洗いを続けながら、羊の毛刈り歌をうたい始めました。


 ご存知の方も多いでしょうが、たくさんの羊を見ていると、なぜか眠たくなるものです。


 そんな羊たちを相手に一日中仕事をしている羊飼いは、眠くならないための歌をいくつも持っているのです。




 フリースフリース チョッキチョッキ

 春の陽射しに ハサミの音をひびかせる

 なあに 心配ご無用さ

 去年の冬から じゅんびは万端

 今日はいちにち 羊の毛刈り

 

 フリースフリース チョッキチョッキ

 一番大きな大将が 一番おびえてかくれてる

 なあに 心配ご無用さ

 オレのハサミは ご覧のとおり

 春風のような 軽やかさ


 フリースフリース チョッキチョッキ

 大きな羊も子羊も あっと言う間にまるはだか

 なあに 心配ご無用さ

 古い毛 綿毛と飛んでいけ

 自由のすがたで 春の野原をかけまわれ





 羊飼いは、ていねいに、根気よく、竜のたまごを一日一晩ずっと洗い続けました。


 羊飼いの歌はとても楽しく心地良く、お姫様は一日一晩ずっと聴いていましたが、飽きることはありません。


 羊の毛刈り歌は、途中から竜のたまご洗いに替え歌されて、お姫様はそれもおもしろくって笑いました。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 しっかり洗った竜のたまごを持って、ふたりはまた山を上りました。


 竜の巣へ戻ってピカピカのたまごを返してやると、竜はグオオォグオオォンと大声を出してよろこびました。


 それから竜は、世界で一番美しいお姫様に大きな鼻をこすりつけました。それはまるで、親しい人に向けたありがとうの仕草です。


 お姫様も、うれしそうに竜の鼻をなでました。それは前からすっかり仲良しの、友だち同士の仕草です。


 羊飼いはそんなふたりを見ても、おどろくそぶりもありません。ただニコニコと、満足そうに見ています。


 お姫様は、羊飼いに聞きました。


「あなた、わたくしが竜と友だちだって知ってたの?」

「ええ、まあ、羊たちがずいぶんうわさをしてましたんで」


 羊飼いは頭をかきかき、答えます。


「竜のたまごが(かえ)らないのを心配して、世界一美しいお姫様が、毎日竜の巣へ通ってるっていううわさ。たしかに本当だったんですねえ」


 お姫様は竜をなでながら、うなずきました。


「この子は初めての産卵だったから、たまごが(かえ)らないとき、どうすればいいか分からなかった。調べてみたら、竜のたまご洗いがいいって話を見つけたの。でもわたくしでは、たまごを持っておろせない。だから、竜のたまご洗いができる人を見つけたかったの」


「だけど、人を集めたいからって、それを自分の結婚の条件にするのはどうかと思いますがねえ」


「ダメかしら?」


「うーん、見た目が良くて賢く強い男でも、ロクでもない奴もいるんですよ?」


 お姫様が何か言い返そうとしたその時、洗ってきたばかりのたまごが、ピシリと音をたてました。


 お姫様も羊飼いもそれから竜も、急いでヒビの入ったたまごの周りにあつまりました。


 パシリ

 コツコツ

 パリ、パリ、パリッ


 三人がかたずをのんで見守る中、たまごは少しずつカラを落とし、ようやく無事にパカッと割れて、中から小さな小さな竜が現れました。


 大きな竜はうれしくって、何度も何度も小さな竜に顔をこすりつけました。

 お姫様もうれしくって、笑って少し泣きました。

 羊飼いもうれしくなって、それならあと2つのたまごも洗ってやろうと腰を上げました。


 それから二日二晩かけて、羊飼いは残った2つのたまごも、大事にていねいに洗ってやりました。


 ごきげんな歌をうたいながら、当たり前のように竜のたまごを洗い続ける羊飼いを、お姫様はずっとずっと見ていました。



 あたたかな妖精の泉でていねいに洗われたあと、それぞれのたまごから、元気でかわいい小さな竜が生まれました。


 羊飼いは、誕生祝いになったなあと言いながら、残ったふわふわの羊の毛をぜんぶ竜に贈ってあげました。


 小さな三匹の竜たちも、ふわふわの羊の毛がすっかりお気に入り。

 互いにひっぱり合って羊の毛を取り合っていましたが、大丈夫。とびきりの羊の毛は、どんなによくばったって、小さな竜たちをみんなちゃんと包んでくれるほど、しっかりたっぷりありました。




 帰りぎわ、竜は羊飼いへのお礼にと、金のたまごをくれました。

 割った時に願ったことがなんでも叶う、魔法の金のたまごです。


「これを割って、あなたと結婚したいと願ってもいいですかね?」


 羊飼いが本気でそう言ったので、お姫様はあわてて止めました。


「魔法のたまごを使わなくても、わたくし、約束通りあなたと結婚しますわよ。竜のたまご洗い、ちゃんとしてくださったでしょう」


「それなら、見目うるわしい王子様にでもなりましょうか? その方が釣り合いが取れそうだ」


 お姫様は笑って首を横にふりました。


「いいえ、見ているうちに、あなたのお顔もステキだなって思いましたの。

 わたくしが欲しいのは、世界で一番ステキな方なんです。別に、美しい人が好きなわけじゃないみたい」


 それに、とお姫様は付け足しました。


「今度、羊を見せてくれるって約束してくれたでしょう。

 あなたが王子になってしまったら、その約束がなくなってしまう」


 羊飼いがお姫様を見ると、まっ白な雪のような肌が、今はまっ赤にそまっておりましたので、なるほどそうかと金のたまごはしまっておきました。

 


◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 お姫様と羊飼いは、ふたりそろってお城に戻り、結婚式を挙げました。

 

 最初の条件とずいぶん違うぞと文句を言うものもいましたが、王様もお姫様も、もちろん羊飼いも気にしませんでした。


 誰が誰を選んだって、文句を言われることなど何もありはしないのです。



 それに、本当の願いというものは、案外言葉の外にあるものです。


 そのことに気付いてくれた羊飼いに、世界で一番美しいお姫様は、とても感謝しておりました。


 世界で一番ステキな人を見つけられたのは、本当に幸運なことだと思い、竜のたまご洗いによって大きな幸運を得たのは、きっと自分なのだと生涯思っておりました。



 羊飼いは羊飼いで、自分は本当に運がいいなと思って、毎日過ごしておりました。なにしろ、世界で一番美しいお姫様と結婚することができたのです。


 しかも彼女はとてもやさしく賢くて、強い人でもありました。調子のいいことばかり言う羊飼いの言葉にも、いつも笑ってくれました。


 ふたりは金のたまごをいつか必要な時に使おうと、大事に取っておきました。

 

 けれど、いろんなこまったことや願いごとも、ふたりでいれば案外なんとかなりました。ふたりが生きている間、金のたまごを使う機会はついぞ訪れませんでした。




 今でもこの国のどこかには、そのときの金の魔法のたまごがあるそうです。


 もしも見つけたとしても、すぐに割らない方がいいかもしれません。


 自分の本当の願いがなんなのか、それがしっかりわかるまで、大事にあたためてあげた方がいいでしょう。


 あるいは何も気にせずに、その場で割ってもいいでしょう。使わないのももったいない。自分自身も気付かない、思わぬ願いが叶うかもしれません。私はそういうものも、見てみたいと思うのです。




 お話はこれでおしまいです。


 さあ、今日はとてもいい天気。

 外ではもう、小さな羊と小さな竜がかけまわっているでしょう。

 私もそろそろ、羊の番に出かける時間になりました。


 古い毛も、古いカラもぬぎすてた、あたらしい春のはじまりです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして 自作の童話にポイントが入ったので、のこのこ日間ランキングを見に行って、こちらの作品を見つけた、幸運な竜好きです。 とてもステキなお話! お姫様と羊飼いは金の卵を使わないけど、…
[一言] とても素敵なお話だと思いました。 羊飼いの言葉は調子良くても、お姫様を大切にしているのが分かりました。宝物なのでしょうね。 最後の締め方も素敵です。 読ませていただきありがとうございました。…
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