02
光が簡単に止まぬことを悟った肉塊は、その場を這う這うの体で逃げ出した。
幸運にもすぐ側にあった洞窟に身を潜ませて、奥に溜まった汚水に身を浸す。
色々混ざった異臭だらけの水溜まりの中に沈む大きな肉塊。
焼け爛れて今にも崩れそうな程弱々しい肉体は、先程よりも、そこはかとなく元気を取り戻したように見えた。
暗い洞窟の奥で、身を休め始めてから数刻経って肉塊は再び活動を始めた。
洞窟に入り込む風が日中よりも冷たくなった事を感じ取りながら、触腕を少しだけ外に覗かせる。
痛みがないことを確認して少し躊躇った後、更に多くの本数を外気に曝す。
それから暫し、何かが起こるのを待つように触腕を外気に曝し続けた。
所変わって洞窟の中で、汚水に浸かった部分でも幾つかの作業を行っていた。
汚水に浮かぶたんぱく質、動物の骨、ふやけた木片。
そういった物を集めていた。
しばらくして肉塊は蠢く。
「鬩搾隴鯉鬩搾」
音の羅列に意味を載せて、歓喜に身体を震わせた。
外気に曝していた触腕を引き寄せて、身体を急速に収束させる。
泡立つようにうねる肉塊は小さく縮んで姿を消し、代わりに小さな狐擬きが行儀良く座り込んでいた。
「コーン、コーン」
狐擬きは胡散臭い鳴き声を洞窟に響かせる。
そのクリクリとした可愛らしい目玉は、「ボクと契約して****になってよ!」と今にも言い出しそうな輝きを秘めていた。
「ΛΞΘΗΛΝΛΔΛΚΡΠΩΩαβΤΩΦ」
高らかに獣が吠える。
人の身で、深夜であるにも関わらず森に立ち入り、疾走する集団がいた。
夜狼の狩りが活発に成る時間帯をわざわざ選んで森を越える。
まるで気違いの様な企ては、先頭を走る男の身に纏われた武装の数々が決して無謀な事ではないと保証していた。
「レーデン、六ッ!!」
『『『Λ₪₪₪₪₪₪₪』』』
歩みを妨げる様に立ち塞がった三つ足の獣達を瞬く間に切り殺して、彼等は森の中を疾走する。
彼等は爆ぜた頭部も舞い散る骨片すらも置き去りにして走り去った。
月が雲間から森の深奥を覗き込む。
数十の獣達を無惨な塊に変えた彼等の快進撃は、たった一匹の怪しげな獣を前に終わりを迎えた。
「レーデン、六ッ!!」
六匹の獣の接近を隣を大声で知らせる。
腰に提げた鐘の一つに静かに手を添える。
背後から聞こえる獣の断末魔を聞き流しながら、目の前を走るリーダーの背中を注視する。
幸い、彼はまだ平気そうだ。
周りを走る仲間達は小まめに立ち位置を変えながら、リーダーと私を中心に移動する。
三つ足蜥蜴や夜狼程度でさえ掠り傷一つ追わせることの出来ない私達でも、疲労ばかりはどうしようもない。
そろそろか。隣を疾走する仲間達を横目に流して回復の短杖を握りしめた瞬間、鈍い音と共に視界がくるくると宙を舞った。
任務の遂行に支障はない。
そう告げたのは誰だったか。
上司の頬を思いっきり殴り飛ばしたい気持ちに駈られながら、レーデンは現状から離脱するための手段を懸命に探していた。
公国の中でも指折りの精鋭である自分達を此処まで追い詰める程の化け物が存在すること事態が異常だと言うのに、相手にはまだ余裕があるようだ。
或いは取り繕っているだけかもしれないが、何れにせよ場の優劣は差程揺るがない。
手元の魔法薬は粗方使ってしまったし、頼みの綱の短杖は使い手が消えて役に立たない。
少し整理をしよう。
まず一つ、回復手段が尽きた。
泣きそう。
二つ目、盾持ちが肩を砕かれた。
どうしたら良いシェーデ!
自分の武器が折られた。
誰か代わって!
三つ目、人員不足。
三名戦線離脱。
神の国に召されましたとさ。
もう、諦めて良いかな?
いや、まあ?そう言う訳には行かないけれど、他にどう仕様もないのも事実だ。
少なくとも、この命は置いて行くしかないだろう。
「散開!!」
撤退、と手で命じながら自分はやけっぱちに突進する。
冥土の土産に傷くらい与えてやる!!
「うぉぉぉあぁぁぁぁあぁ!!」
化鳥のごとき叫びに合わせて、折れた刀を横に振り払う。当然のように後ろに跳んで避けられるが、同時に繰り出した蹴りに重い手応えを感じる。
足なのに手応えって、と少し面白く感じながら大木に手を添えて、崩れた姿勢を立て直す。
すぐに触腕によるなぎ払いを警戒するが、相手は追撃してくる様子がない。
案外、結構削れていたのかもしれん。と思った後、即座に油断大敵と自分に戒める。それが伝わったのか、怪物の纏う空気も一層重苦しいモノへと変わった。
あーあーあ、やっぱ勝てんわ。
濃厚な敗北の気配を感じる。
武器は折れ、仲間はおらず、万全の状態で挑んでも倒しきれなかった敵が目の前に佇んでいる。
随分弱っている可能性もあるが、今の自分一人を殺す位の力は残っているだろう。
ちなみに自分は二人もいない。
木に寄りかかって震える身体を必死に支える。
そして最後の抵抗とばかりに、怪物のつぶらな瞳を睨み付けた。
少し後、怪物の背中から生えた触腕に腹を貫かれる光景を最後に視界が暗転した。
仲間が無事に逃げ延びられたのかが心残りだ。




