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魔女と恋の苦しみ

 ルーシャは、大混乱していた。


(……えっ? けっこ……結婚? 私が、殿下と?)


「なっ……へ……え? 今、なんて?」

「私と――いや、俺と結婚してほしい、ベアトリス殿」

「……」


 聞き間違いかと思ったが、彼は同じ言葉を――しかも「俺」という彼の素顔を見せながら言ってきた。

 その顔は真剣そのものだし、彼がこんな冗談を言う人ではないことはルーシャもよく知っている。


(……ええええええー!? 嘘でしょ!? あ、いや、でも……!)


「……お尻の青いボウヤが、いっちょ前なことを言うのねぇ」


 なんとかベアトリスのキャラを守ってそう皮肉ってやるが、アルヴィンは動じなかった。


「ああ、あなたからすると俺は未熟なおぼっちゃんかもしれない。だが、冗談でも何でもない。俺はあなたと結婚したいんだ、ベアトリス殿」

「……おやめよ。王子様が魔女なんかと結婚するなんて、いいことにならない」

「いいことになるかどうかは、俺が決める。それに……俺は、魔女であるあなたに恋をしたんだ。厳しくも優しくて正しい、あなたが……好きなんだ」


 なんという、熱の籠もった告白。もしここにいるのがサブリナだったら顔を真っ赤にして喜び、憧れの君からのプロポーズを受けるだろう。


 だが。


「……あたくし、そういうのは嫌だよ」


 ルーシャは震える声で言うと、宙に舞い上がった。「ベアトリス殿!」とアルヴィンが呼ぶ声が聞こえる。


(違う。私の名前は……ルーシャ)


「さようなら、王子様。もう二度と、あんたの前には現れないよ」

「っ……待ってくれ!」

「……」

「……一ヶ月後、王都郊外にあるポムラの丘に来てくれ! 俺はあなたが来るのを、一日中待っている!」


 何を言っているの、と笑いたくなった。

 ルーシャ――ベアトリスの方から「もう二度と現れない」と言っているのに、そんな誘いをしてやって来るわけないではないか。


 ルーシャはぐいっと目元を拭い、森の方へ飛んだ。そしてすぐに魔法陣を展開して自室に戻り――ベッドに突っ伏して、泣いた。


(私の、馬鹿! こんなの……分かっていたことなのに!)


 アルヴィンが褒めるのは、恋をしたのは、自分ではない。彼がプロポーズをしたのは、実在しない魔女ベアトリスなのだ。


 厳しくも優しくて正しいというのも、「ベアトリス」というキャラクターを作るためにルーシャが編み出した幻だ。実際のルーシャは目立たない地味令嬢で、公爵令嬢の取り巻きをすることしか能がないのに。


(……ああ、そうよ。もし殿下がベアトリスの幻を恋い慕っていたら……私はサブリナ様の恋の邪魔までしてしまったのよ)


 いくらベアトリスのキャラがアルヴィンにウケるとは思っていなかったとしても、自分はサブリナの恋も叶わないようにしてしまったかもしれないのだ。


(……魔力、捨ててしまった方がいいわよね)


 そうは思うのに。


『一ヶ月後、王都郊外にあるポムラの丘に来てくれ!』


 アルヴィンが必死に叫んだ言葉が、ルーシャの心を縛っていた。












 しばらくしてアルヴィン一行が凱旋し、王都は大いに盛り上がった。間もなく国王同士の会談も実施してその結果、強引に侵略戦争をふっかけようとした敵国に対して、ラント王国はかなり有利な停戦条約を取り付けることができた。


「さすがアルヴィン殿下だわ! わたくし、殿下ならきっとやり遂げてくださると思っていたのよ!」


 いつものお茶会の席で、サブリナは大喜びだった。アルヴィン不在の間は塞ぎ込んでいた彼女もすっかりご機嫌で、頬を赤らめて憧れの人の武勇伝を語っている。


「何でも殿下は現地にいたフリーの魔女をも従えて、貧弱だった王国軍所属の魔女たちも鍛え上げられたそうね! さすが殿下だわ!」


(……その辺、ちょっと事実とは違うけれど……私にとってはこっちの方が都合がいいわね)


 そう思って曖昧に笑いながらサブリナの話を聞いていたルーシャだが、ふいに取り巻き仲間の令嬢があっと声を上げた。


「サ、サブリナ様! あちらに殿下が!」

「えっ」


 うっかり、ルーシャも声を上げてしまった。だが幸運にもサブリナの声ときれいに一致したようで、動揺がばれずに済んだ。


(い、いや、でも殿下がここに……!?)


「まあ! 殿下がこちらにいらっしゃるわ!」


 サブリナは大喜びで立ち上がり、ガゼボから出た。他の取り巻きたちについて慌ててルーシャもガゼボを降りたが、冷や汗だくだくで足も震えていた。


(あああっ! ここにいるのがベアトリスだったら、視覚認知魔法でどうにでもなったのに!)


 いよいよ側近を連れたアルヴィンがやってきてサブリナがお辞儀をしたため、ルーシャたちもドレスをつまんで頭を下げる。


「ご機嫌麗しゅうございます、アルヴィン殿下。此度の国境戦におきまして、大変な戦績を挙げられたと伺っております」

「ごきげんよう、サブリナ嬢。こうして無事に王城に帰り、あなたたちの姿を見ることができて私自身安堵しているよ」


(……ああ。殿下が、しゃべられている……)


 だが今の彼は自分のことを、「私」と言っている。彼が「俺」の顔で話をするのは――ベアトリスの前だけなのだろう。


「顔を上げなさい」というアルヴィンの指示を受けて、ルーシャたちは顔を上げた。取り巻き三番手のルーシャの前にはちょうどサブリナがいるのでアルヴィンとは少し離れているが、今はこれくらいの距離感でよかったと思う。


(殿下……お変わりはないようね)


 戦に行く前と変わらない、穏やかそうな金髪の貴公子だ。こんな彼が必死になってプロポーズしてきたなんて、今でも信じられない。

 ……無論、プロポーズ相手は厳密に言うとルーシャではないのだが。


 アルヴィンが去った後も、サブリナたちは興奮している様子だった。


「ああ、殿下にご挨拶できたなんて……!」

「これは脈ありですよ、サブリナ様!」

「ええ! 殿下は先ほど、サブリナ様の方を熱い目で見られていました!」

「そうです! それにわざわざこちらまでお越しになるなんて、これまでなかったでしょう! 殿下がサブリナ様を気に掛けている証拠ではないですか!」

「ふふ……そう、そうよね! 殿下の心はわたくしが必ず、射止めてみせるわ!」


 取り巻きに持ち上げられたサブリナは嬉しそうだが……。


(言えない……! 殿下の好みがお色気ムンムンの年上魔女だなんて、言えない……!)


 胃を痛める問題がますます増えて、ルーシャは一人苦しむ羽目になった。








 ルーシャは国境戦が終わったら魔力を捨てるつもりでいたし、家族にもそのように話をしていた。

 両親は、娘がなかなか「魔力を捨てる」と言い出さないことにすぐに気づいた。だが「一生のことになるしまだ時間もあるのだから、ゆっくり考えなさい」と言ってくれた。


 魔力は、捨てた方がいい。

 だが、一度捨てたら二度と――ベアトリスにはなれない。


 そうして悩んだ末に、ルーシャは国境戦が終結して一ヶ月後の朝、ベアトリスの姿になって飛んでいった。

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