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役目を終えた魔女

 かくして王子一行に加わったルーシャは、精力的に動いた。


 魔物が襲撃してきたら一瞬で吹っ飛ばし、懲りずに国境を越えようとする敵国軍がいたらお尻が猛烈に痒くなる呪いを掛け、砦の壁からふるい落とす。味方の騎士が負傷したら回復魔法を施したし……泣いてばかりの魔女たちの指導もした。


「べそべそ泣いてるんじゃないよ! あんたたちはラント王国の王宮仕え魔女だろう! 自分の足で立って戦いなさい!」


 魔女たちに向かって叱責を飛ばすと、彼女らは涙でぐしゃぐしゃの顔をゆがめた。


「そ、そんなの、無理です! 私たち、戦いの方法なんて知らないんです!」

「私たちにできるのは、ちょっとした怪我を治すことや火をおこすことくらいで……」

「ああ、それがあんたたちにできる立派な役目(・・)だろう」


 ぽかんとする魔女たちを見下ろし、ルーシャは杖の先で彼女らの肩をとんとんと叩いた。


「騎士たちが怪我をしても、あんたたちが魔法を掛ければ傷は癒える。夜暗いところで見張りをする騎士のために、明かりを灯すことができる。誰か一人が氷魔法、もう一人が風魔法を使えば、蒸し暑い砦の中でも皆が快適に過ごせる」


 ルーシャの言葉を、魔女たちは静かに聞いていた。最初は泣いていた者たちも鼻をすすり、その言葉に聞き入っている。


「何も、最前線で戦闘を行うことが戦いの全てじゃない。あんたたちはあんたたちにできる方法で戦ってみせろ。あんたたちは誰かを傷つけるだけじゃなくて、守ることができる。自分にできる方法で、味方と協力して、知恵を出しあって、戦ってみせろ!」


 ……それは、ルーシャ自身に言っているようなものだ。


 かつての自分は、ずっと迷っていた。この魔女の力を持っていてもいいのか、魔力を捨てないのは自分のわがままで、家族を困らせるだけなのではないか、と。


 だがそのとき、両親や兄たちが叱咤してくれた。「やると決めたのなら、最後までやり遂げなさい」と。


 だからルーシャは自分にできることを必死で考え、試行錯誤してこの三年間、戦ってきた。

 敬愛するアルヴィンのために、魔女である自分ができることをやろう、と決めた。だからこそ、両親も最終的にこの国境戦行きを許してくれたのだ。








「魔女殿」


 憧れの人から名を呼ばれて、どきん、とルーシャの心臓が高鳴る。振り返った先にいるのは、アルヴィン。珍しくも、供を付けず一人きりだ。


「あら、ごきげんよう王子様。……いいのかい? あたくしみたいな性悪魔女の近くに一人で来るなんて」

「私はあなたのことを性悪な魔女だと思ったことはないからな」


 アルヴィンがしれっとして言うので、ついうっかりルーシャはときめき赤面してしまった――が、幻で作ったベアトリスの顔は動揺一つ見せずにアルヴィンを見つめていた。


「あはは、そりゃあどうも。……で? 何かご用事でも?」

「戦闘だけでなく、魔女たちにも指導してくれたこと、感謝する。……皆、ベアトリス様を見習って頑張りたい、と言っていた」

「……う、んん……?」


 一瞬何を言われているか分からず、変な声を上げてしまった。


(感謝……えええっ!? で、殿下が私に感謝!? う、嬉しい……!)


 ……と思ってルーシャの顔はだらしなく緩んでしまったが、魔女ベアトリスはそんなことでは喜んだりしない。


「……ああ、そうかい。でも、あたくしが好きでやったことだ。王子様が礼を言うことじゃないよ」

「そうか? だがあなたは指導中、必死になって皆を叱咤激励していた。とても素晴らしいことだと思う」

「……あんた、見ていたのかい?」

「まあな。私はこれでも、目がいいので」


 そう言って自分の目元を指先で押さえて、アルヴィンは笑った。そんな少し茶目っ気のある仕草に、ルーシャの心臓は飛び跳ねてしまう。


(……も、もう! さりげない所作の一つ一つが格好いいなんて……なんて罪深い方なの!)


「はは、そうかい。それじゃああたくしが空を飛んで戦っている様子も、あんたにはよく見えるんだね」

「ああ、もちろん。黒衣を翻して凜とした横顔で戦うあなたは……とても素敵だ」


(……んんんんん! も、もう、本当にこの方は!)


「そりゃ、どうも。……じゃ、あたくしはそろそろ行くよ」


 このままだとときめきで胸をやられそうだ。それにもうすぐ日没なので、魔法陣で自室に転移して休みたい。


「そういえば魔女殿は、夜になるといつもどこかへ消えて夕方になるとやってくるな。一応、あなた用の休憩テントもあるのだが……」

「気にしなさんな。あたくしは野宿なんてまっぴらごめんだから、自分の家に帰ってふかふかのベッドで寝ているんだよ」


 少し嫌みったらしいくらいがいいだろうと思ってそう言うと、アルヴィンはなぜか安心したように微笑んだ。


「そうなんだな。……必死に活動するあなたが疲れていないか、心配だったが……毎日休めているのならよかった。今日も、ありがとう。ゆっくり休んでくれ」

「……ええ」


 アルヴィンに背を向けたルーシャは地を蹴り、宙に飛び上がった。そして誰もいない木立の中で魔法陣を展開して、一瞬で自室に帰る。


(……殿下)


 黒いドレスのままカーペットに座り込み、視覚認知魔法だけ解除する。ふと横を見ると、鏡に映っているのは見慣れたルーシャの姿だった。


(……そう、そうよ。いくら殿下に褒められても……あの方が褒めているのは、ベアトリスの方じゃない)


 そう思うと、それまで興奮していた体がすっと冷えた。


 彼が信頼し、褒め、優しい声を掛けてくれているのは、ルーシャではなくてベアトリス。地味で冴えない子爵令嬢ではなくて、大人の色気ムンムンの魔女なのだ。


 それを忘れてはならない。














 ルーシャが魔女ベアトリスとしてアルヴィンに協力して、約半月。

 ラント王国軍は見事敵国軍を完全に追い払い国王同士の会談の場も取り付けることで、当初の予想よりずっと早く国境戦を勝利に収めた。


 アルヴィンが和平会議同意書――それも、ラント王国側に有利な内容だ――を携えて軍に戻ってきたときは、ルーシャも皆に交じって歓声を上げてしまった。


(ああ……! よかった!)


 すぐに王都に連絡も行き、その夜は任務成功記念でささやかながら砦で祝宴の場が設けられた。皆の輪の中央にいるのはもちろん、アルヴィンだ。


「……あれ? 行かないんですか、ベアトリス様?」


 賑やかな砦から出ようとしていたルーシャは、背後から名を呼ばれて振り返った。そこには、新しい酒の瓶を抱えた魔女の姿が。


 最初の頃は泣いてばかりだった彼女も最終的には衛生兵として立派に成長し、敵国軍との決戦では相変わらず泣きながらも必死に味方の傷を癒やしていた。


(……この子も、成長したわね)


「ええ、ちょっと風に当たってくるわ。あんたも、お手伝いするのはいいけれどちゃんとおいしいものを食べるんだよ」

「はいっ! 実はもう、お腹がペコペコなんです!」


 そう言って彼女は笑い、軽い足取りで砦に入っていった。


 少女の後ろ姿を見送ったルーシャは、歩き出した。時刻は夜で、どこからか虫の鳴き声が聞こえてくる。


(……やるべきことは、終わったわ)


 出発する際に、両親とも約束したのだ。「今日、全てを終わらせて帰ってくる」と。


(……私はもう、魔女としてやりたいことを全部やった。もう……魔力を捨てないといけない)


 ふわり、と宙に浮かび上がり、ルーシャは満天の星を眺める。王都は夜でも明るいので、あまり星が見えないのが欠点だ。だがここだと星がきれいに見えるし、澄んだ風が心地いい。


(……帰ろう)


 もう、魔女ベアトリスがやるべきことはない。

 そう思ってくるんと空中で方向転換し、森の方に向かおうとしたルーシャだが――


「っ……魔女殿!」


 聞こえてはならない声が、聞こえてきた。

 振り返るべきではないと分かっているのに……つい、振り返ってしまった。


(どうして)


 砦から出てきたアルヴィンが、ルーシャを見上げている。


「降りてきてくれ! まだ行かないでくれ!」


 ……そんな、必死な顔と声で言われたら、「やーよ」なんて言えなくなる。


 ルーシャはすっと高度を下げたが、地面には着地しなかった。魔女ベアトリスとしての矜持のようなものだ。

 アルヴィンはひとまず自分の視線の高さまで降りてきたルーシャを見て、ほっと息を吐き出した。


「ああ、よかった! 何も言わずに去っていくのかと思った……」

「……あはは、あんたにはお見通しだったね。あたくし、もう帰ろうかと思って」

「だが、まだあなたに報酬を渡していないだろう」

「……報酬?」


 一瞬驚いたルーシャだが、すぐにからりと笑ってみせた。


「いやいや、そんなものいらないよ」

「だが、今回はあなたの助力がなければここまでの早期決着は付かなかったし……そもそも勝利できるかも分からなかった」

「よく思い出してみなさい、王子様。……あたくし、あんたに何か報酬を求めた?」

「それは……」

「それにあたくしたち、契約書みたいなものも書いていないだろう? つまり、あたくしは雇用契約に則ってあんたたちに協力したわけではない。……あんたがあたくしに報酬を支払う義理は、ないんだよ」


 ルーシャの言うとおりだからか、アルヴィンは黙ってしまった。


「……それでも、礼を受け取ることもできないのか?」

「できないねぇ。……ああ、そうだ。代わりにいいことを教えてあげるよ」

「いいこと?」

「あたくしね、もうすぐ魔力を捨てるんだ」


 ざわり、と夜の風が二人の間を吹き抜けた。

 目を見開くアルヴィンに微笑みかけ、ルーシャは持っていた杖をくるんと回した。


「この戦いがラント王国軍にとっての勝利に終わったら、魔女を辞めることにしていたんだ。よって、魔力を失いただの女になったあたくしは、もう『魔女ベアトリス』ではなくなる。……あんたが礼を渡す相手は、もうどこにもいなくなるんだ」

「……。……それは、あなたが決めたことなのか?」

「そうだよ」

「……そうか」


 アルヴィンはどこか噛みしめるように言い、一つ深呼吸した。


「……ベアトリス殿」

「なんだい?」

「私と、結婚してくれないか」


 ――その言葉を聞いた瞬間、ルーシャの頭の中が真っ白になった。

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