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足跡の栄冠 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふむふむ……このドラマも、密室殺人の手がかりはまず足跡からか。

 ミステリー慣れしていない人にはいいかもだけど、少し数をこなしてくると、あからさま過ぎて、フェイクなんじゃないかと疑ってかかっちゃうよ。

 実際、足跡から得られる情報は多い。大きさから靴のサイズ、深さから体重、道筋でたどったルートと、うまいこと分析すれば動きをトレースすることだって可能だ。


 その点、犯人も熟知しているだろうから、探偵バーサス犯人の知恵比べ、ラウンドワンといえる。

 今回のドラマの舞台もまたお約束の、雪が降り積もるペンション。料理の仕方はいくらでもあるね。さてさて、どうトリックを暴いていきますことやら……。


 あ、そういえば足跡というと、こーちゃんは自分の足跡とか、気にしたことある?

 雪も降りづらい地域だと、雨でぬかるんだ地面くらいしか、意識する場所ないかもしれないけどさ。ときたま、振り返って確かめてみることも、大事かもしんないよ?

 いや、正月に親戚で集まったとき、ちょろっと不思議な話を聞いてさ。こーちゃんも耳に入れてみない?



 いとこが小さかったころ。

 近くの空き地は、ほとんど花畑といっていい様相を呈していた。

 いちおう、ロープによる柵が渡され、敷地の隅には土管が数本転がっているが、残りの面積およそ8割に、雑多な花々が顔をのぞかせている。

 子供たちはもちろん、一部の大人にとっても家族とふれあう格好の場として重宝された。いとこはここで花輪の作り方なども学んだらしい。


 その空き地の花が、いっぺんに無くなってしまった時期があった。

 近年、まれなほどの荒天が続いた直後だという。吹きすさぶ風が、地上の花々をすっかり散らしてしまい、天気がよくなってから赴いたとき、そこには大きな水たまりができていた。

 それは広々とした楕円形にとどまらない。一方の縁からは、更に五つの溝が間隔を置きながら同じ方向に伸びていたんだ。

 まるで人の裸足の指を思わせるような、形状でさ。


 あそこは誰かの足跡だったんだ。

 そのインパクトは、幼いいとこの心に大きい影響を残した。

 結局、そのくぼみの足跡は、数日たつとほとんど埋まってしまい、細々とだが再び生え始めた花たちに、くぼみそのものも隠され出してしまう。

 しかし以前ほどの勢いはなく、やがて名も知らない雑草たちが、大半のシェアを残していく始末。やがては正式な建設予定も入り、1年半が経つころには、そこに背の高いマンションが建つようになっていたとか。



 件の空き地の花畑に対し、もはや口に出す人さえ少なくなったころ。

 小学校にあがったいとこは、晴れた日にも長靴を好んで履く子になっていた。

 雨の日に、車に水はねを思い切り飛ばされたのがこたえたらしい。特に靴下を盛大に汚されたことがね。

 以降、スニーカーなどは体育の授業はじめ、必要なときに履き替えるのみにとどめ、登下校はもちろん、遠足なども許される範囲で長靴を着用していたらしいのさ。

 

 そんなある日の、山登りを含めた遠足の帰り。

 家に帰ったいとこは、服を脱ぐや、ぽとぽとと足元へ落ちる無数の物体に、目を見張ってしまう。

 大小さまざまなミミズだった。まだ息のあるそれらは、カーペットの上であるいは這い、あるいはその場でうねうねと身をよじって、思い思いに動き始める。

 さっさとひとまとめにして始末したいとこは、すぐこのようないたずらをしたのが誰か、考えをめぐらせた。

 虫のたぐいに抵抗がなく、騒がれるくらいのちょっかいを出すことを好む子。心当たりはいくらか。

 着ていた服すべてを改めつつ、次の日に詰め寄るいとこだったけれど、当てが外れてしまったらしい。


 いとこの心当たりとした子たちは、いずれも自分がやったことを隠すような性格じゃなかった。むしろ、相手や周りが気づいたならば、それを手柄のごとく思い、嬉々として語るような人ばかりだったんだ。

 自分相手だからと、及び腰になるメンツでもない。おそらく、ウソはついていないんだ。

 首をかしげながらも、周囲を警戒しながら過ごすいとこ。やがて空は朝に受けた予報通り、午後には曇っておおいに雨を降らせ始める。

 先日、梅雨入りが報されたばかりだ。ここから長い、雨がちな時期が来ると想像できた。

 そのことを知ってか知らずか、ふとした拍子に近辺からは、カエルの鳴き声が響くようになっていた。



 いとこはそれから、できる限りひとりで下校するようにしたらしい。

 そばにいられては、また誰かがあのようないたずらをしてくるかもしれないと、恐れてのことだった。

 けれど、その日の帰りに家で服を脱ぎ、再び部屋にもたらされるミミズの雨を見て、いとこは改めて鳥肌を立てる。

 学校を出る時、確認した服の中にこいつらの姿はなかったはずだ。

 

 ――人のできることじゃない。


 原因を突き止めないと、もっと怖いことが起こるかもしれない。

 直感したいとこは、改めてカッパを着こみ、長靴を履いて外へ出たんだ。

 もう一度、学校へ向かう。自分をおとりにする覚悟で、意図を確かめるために。



 いとこの通る通学路は、アスファルトよりも未舗装の道の方が長い。

 先に話した、水はねのことが尾を引いていて、車通りをできる限り避けたいと思っていたためだ。親であるおじさんおばさんも、安全面から大歓迎の判断だった。

 まだちらほらと下校中とおぼしき、生徒のカラフルな傘が行き来している。それらを視界の端にとどめながら、自分の足跡を逆走していくいとこは、学校近くまで来て気がついた。


 長靴を履く、自分の足跡。

 それが学校へ近づくたび。つまり、できてから時間が経つものへなるたび。

 できたくぼみの中に、生える草の数が増えているんだ。それも真っすぐ伸びるものはほとんどなく、間近にある草同士が互いにおじぎしながらくっつき、橋のような形をいくつも作っていたんだ。

 それは、かつて昔の自分が作った花輪と同じ。いや、ここは草輪ともいうべきものだったんだ。



 カエルたちの鳴き声が大きくなる。それに合わせて、いとこの視界の端から一匹のカエルがぴょんと跳ねた。

 地面すれすれかつ、草の輪の根元ををかすめるような動きだ。輪はプチりと切れて、ほんの一瞬だけ宙を舞うも、そこへ再び跳ねたカエルの頭がひっつく。

 ちょうどいいサイズの、草の冠だ。カエルはそのまま道を横切り、わきの田んぼに飛び込んでいく。

 そこにはもう一匹、跳ねるカエルよりもひと回り大きいカエルが待ち受けていた。

 雨粒に濡れるその背中に、冠を乗っけたカエルが着地。そうしてくっつくと、二匹はもうのどと頬以外のどこも動かさず、じっと寄り添っていたんだ。

 

 ――つがいを見つけたんだ。


 それは自然における営みであり勝利者。そう考えると、あのカエルが頭に乗せる者も納得がいく。

 あれは栄冠なんだ。相手を見つけ、種としての大きな役割のひとつを果たせた、その証なのだと。そして、その冠が作られる環境を作ってくれたいとこは、その誉に一役買っている存在でもあると。



 そっと、いとこはカッパの背中へ手を入れ、丹念に探ってみた。

 服の生地とは違う、ぬめった感触が手のひらでうねる。掴んでみると、そこにあったのは一匹のミミズの姿。

 カエルにとってはごちそうのひとつだろう。それがひっそり、自分のもとへ届けられていた。おそらくはお礼として。

 

 もう、いまとなっては同じようなことをしても、足跡には草も生えず、ミミズも入り込むことはないらしい。

 幼い時だけ触れられるものがあると、世間ではよく話されるけど、あの時の自分は草を作る以外にも、カエルのキューピッド足り得る、不思議な力が宿っていたんじゃないかと、いとこは思っているそうなのさ。


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