迷惑しかかけてこないくそ勇者の剣をドロドロに溶かしてキーホルダーにしてやった!
「おい親父、来てやったぞ! 今日も頼むわ!」
今日もまた、あのくそ勇者がやってきました。
深夜だというのにお構いなしの大音量で、寝ている僕たちを起こして来ます。
「またですか勇者様、一体何時だと思っているんですか」
「ああ、なんだ。またてめえか、クソガキ」
「クソガキじゃないです。ドワーフさんの弟子のエミルです。それより、なんでこんな深夜にやって来るんですか?」
「うるせえな、クソガキ。お前らは俺専属の鍛冶屋だろ? それだったら俺がいつ何時やってこようが剣を打ち直せるように準備しておくのが礼儀ってものだろうがよ!」
くそ勇者は酒臭い息を吐きながら暴論を言い放ちます。
僕の師匠のドワーフ様は、この国最高の技術を持つ鍛冶職人です。
多彩に火を操り、どんな武器だろうと最高の出来にしてくれる。
その腕を認められて、代々勇者が持つ勇者の聖剣の手入れを任されていました。
国の中でたった1人、彼にしか認められていない誇りあるお仕事です。
だがしかし、それはあくまで勇者様が素晴らしい人物であればの話です。
いま、僕の目のまえに酔っ払いながら立っているのは、今代の勇者にして過去最低の評価を持つくそ勇者。
勇者の力を持って生まれてきたのをいいことに、やりたい放題。
毎日酒を飲んで女の子たちを侍らせて遊び歩いている。
たまにダンジョンに潜るが、絶対に自分より格下の相手としか戦わないチキンぷり。
魔王を倒せる力を持っているのは彼だけだから、周りも何も言えていないものの、こいつは勇者の力なんてなければ誰も相手にしてくれないくそ野郎です。
そんな奴の専属になってしまったばかりに、僕と親父さんはあまりにもひどい扱いを強いられています。
「騒がしくして、何ごとだ」
「師匠……」
ドワーフ師匠が眠い目をこすりながら玄関まで降りてきてしまいました。
本当は師匠が起きてしまう前に、このくそ勇者を帰らせたかったのに。
「おお、遅いじゃねえか親父。今日もこいつの手入れを頼むぜ」
そう言って勇者は剣を師匠に投げわたします。
「こりゃまた随分とボロボロにしたな……しかし、これは、魔物との戦闘でできた傷ではないように見えるが?」
「さすが親父だな。それくらいはお見通しってわけだ。
……実はよ、酒を飲んでる最中にオリハルコンの鎧とこの剣ってどっちが耐久あるのかなって戦わせてみたんだよ。そしたら、ギリギリ鎧は貫けたんだけど、剣も傷を負っちまったという訳さ」
勇者は悪びれる様子もなく笑います。
僕はこの発言を聞いただけで頭が痛くなりそうでしたが、師匠はぐっとこらえて剣を見つめていました。
「そりゃまた、無茶なことをしたな」
「頼むぜ、親父。もっと頑丈になるように打ってくれないと、大事な魔王との戦いで本領発揮できなくなっちまうからな」
(魔王と戦う度胸なんてないくせに)
「なんだよクソガキ、その目は? まあいい。というわけだから頼むわ。明日の朝にはダンジョン潜るからそれまでによろしくな」
「明日の朝ですか?!」
「なんだよ。文句あるのか?」
「大ありですよ! 今何時だと思ってるんですか。いくら何でもそんな無茶な」
「その無茶を何とかするのがお前らの仕事だろうが。頼むぜ、親父」
「……ああ」
「話が早くて助かるわ。じゃあ、あとは頼むな…………言っとくけど、明日の朝できていませんでしたなんて言ったら、ただじゃ置かねえからな」
それだけ言い残すと、くそ勇者はフラフラした足取りで帰っていってしまいました。
まだ部屋の中には酒の匂いが残っています。
「師匠、いいんですか? あんな奴の言うことを聞き続けて?!」
「あれでも、勇者様であることには変わりない。いつの日か、心を入れ替えてくれる日が来るだろう」
「でも、だからって!!」
「……この剣には何の罪もない。こんな痛んだままの剣を放置していたら、先代に顔向けできないからな」
師匠はそういうと、だまって加工場へと入っていきます。
師匠が受け持つ勇者は、もうアイツで三人目。
それまで、素晴らしい勇者様を相手にしてきた師匠だからでしょう。
師匠は大きすぎる懐で、グッとくそ勇者のことを堪えている。
怒る僕のことをなだめながら。
そんな師匠の背中が僕の何より尊敬するところでした。
ーー
「もう許しておけんわ! あのくそ野郎!!」
「落ち着いてください、師匠! こんなことしてもいいことなんてありませんから」
「これが黙っておけるか! あの野郎め。自分が勇者だからって調子に乗りやがって! もう我慢の限界だ!!」
えー、……前言撤回です。
ドワーフ師匠が切れました。
もちろん、勇者相手に。
それはもう、すさまじい剣幕です。
「こんな剣ドロドロに溶かして、跡形もなくしてやるわ!」
「それだけはいけません! 師匠、どうか思いとどまってください!!」
「ええい、離せ!」
これまで我慢していたものがすべてあふれかえったように、師匠は怒り狂っています。
僕が何となだめようと聞く耳を持っちゃくれません。
ーー発端は、やはりくそ勇者の言動でした。
「おい親父、今日も頼むぜ!!」
いつも通り突拍子もなくやってきては、剣の修理を依頼するくそ勇者。
「また来たのか。昨日打ち直してやったばかりだろう?」
「そうなんだけどさ、今日も頼むぜ。今日はちゃんと、魔物と戦って傷つけて来てやったからさ」
修理を頼む側としては全くもってあり得ない態度ですが、こんなのはもう慣れたものです、
あまりに痛んだ剣を目の前にして、師匠も思わずため息をこぼします。
しかし、今日の師匠はそれだけです。
「わかった。修理しておこう」
「お、さすが。それじゃあ、頼んだぜ」
相変わらずうざい口ぶりですが、ここで終わればまた僕が愚痴を言うだけで済んだのです。
しかし、事件はこの後に起こりました。
修理を一方的に押し付けて、帰ろうとするくそ勇者。
しかし、彼はその途中であるものを見つけてしまうのです。
「お、コブラ酒じゃないか!」
「な、それは!」
くそ勇者は、机の上に置いてあった1本の酒瓶を見つけてしまいます。
中に入っているのはコブラ酒。
魔物のコブラの皮を漬けた酒で、なかなか市場に出回らない一点物のお酒です。
大のお酒好きである師匠が、今日の朝、ウキウキで市場から買って帰って来たものでした。
『こんな酒、10年に1度出会えるかどうかだぞ!!』
そう言ってご機嫌になっている師匠の顔が思い浮かばれます。
どんな嫌なことがあっても、今日、師匠は仕事終わりにこの酒を飲むことを楽しみに吹き飛ばすことができていました。
それがよりにもよって、くそ野郎の目に見つかってしまいました。
「コブラ酒な。俺も飲んでみたかったんだよな。まさかこんなところでお目にかかれるなんて、ラッキーだぜ」
「お前、待て、その酒は……」
突然の出来事に取り乱してしまった師匠。
くそ勇者はそんなことお構いなしに、瓶の蓋を開けてしまいます。
「俺のためにこんな酒を用意してくれるなんて、冴えない鍛冶屋だと思っていたけど気が利くじゃねえか。それじゃあ、いただきます」
くそ勇者は僕らが止めるのも待たずに、一口、また一口と酒を流し込みます。
師匠がずっと楽しみにしていた酒が、勢いよくくそ勇者の口の中へ取り込まれてしまいます。
「ぷっはあああ!! なんだこの酒は! 珍しいだけあってめちゃくちゃうまいじゃねえか。普段飲む樽酒とはわけが違うな」
くそ勇者はキラキラした目で味の感想を聞かせてきます。
それを聞かされている師匠の目と言ったら、言いようがありません。
「この酒は俺が記念にもらってやる。うまい酒はやはり、勇者の手に渡るのが一番幸せだからな」
「お、おい待て」
「それじゃあ、あとは頼んだぞ~」
くそ勇者は「今夜は宴会だ」なんて言いながら上機嫌で帰っていってしまいました。
「師匠……?」
彼が帰っていってしまった加工場を見ると、師匠は体をぴくぴく震わせています。
こんな怒っているのを見るのは初めてです。
そして、ついに師匠の堪忍袋の緒が切れてしまいました。
「許してたまるか! あのくそ勇者め!!!!!!」
師匠の咆哮が響き渡ります。
ーー
「もうわしは許せん。あのくそ勇者め、痛い目を見せてやる」
「痛い目を見せるって言ったって、一体どうするんですか?」
すっかり頭に血を上らせてしまった師匠。
こうなっては僕の手では止められません。
酒の恨みとはなんとも恐ろしいものなのです。
「この剣をドロドロに溶かして、原形をなくしてやるんだよ。あいつめ、俺たちのことなめやがって。鍛冶屋なめたらどんな痛い目に会うか思い知らせてやる」
グへへへへと不気味に笑う師匠。
ボロボロになってしまっている剣を手に、炉へと向かいます。
「さあて、この剣をどんな形にしてやろうか。包丁にするか? それだとまだ原形を残してしまっているな。ここはもっと戦闘に向いていない物……そうだ、キーホルダーにでもしてみてやるか」
不気味に笑う師匠ですが、なんだか楽しそうです。
いつもはただ黙々と剣と向き合っている師匠ですが、ここからどんなインスピレーションが生まれるのでしょう。
「……あれ、でも師匠? うちの炎で勇者の剣をドロドロに溶かすことなんてできるのですか?」
1つ気になってしまいます。
それは火力の問題です。
勇者の剣は、その名に恥じることのないくらい頑丈に作られています。
普通の剣を熱する炎程度では変形すらしてくれません。
「いくらうちの炎が勇者の剣のための特別な力があるとは言っても、そんな原型もなくせるほど火力が出るなんて思えないんですけど?」
「出ないなら、出せるようにすればいいだけだ」
「どうやって? そんなの火の神に頼むくらいしないと……」
師匠はにやりと笑った。
「そうだな。じゃあ、火の神を呼んでしまえばいい」
「はい?」
急に何を言い出すのかと思えば。
師匠は怒りで頭がおかしくなってしまったのでしょうか。
火の神は、僕たち鍛冶屋にとっての信仰の対象ですが、それはあくまで架空の存在。
そんな、呼びたくて呼べるような神様じゃない訳で……
「おい、フレイヤ! 出てこい!!」
「ちょ、ちょっと、何やってるですか、師匠?」
急に炉の中をガンガンと叩き始めた師匠。
呼んでいるのは火の神フレイヤ様。
あまりにも無茶苦茶過ぎる光景です。
「なに、ぼさっとしてるんだ! 早く出てこんか!!」
いやいや、そんな原始的な方法で火の神様が出てきてくれるわけ……
「ちょっとうるさいわね!! いったい今何時だと思っているのよ!!」
で、でてきたーーーーーーー!!!
師匠がずっと呼びかけていた炉の中から、突如として赤髪の少女が飛び出してきました。
まだ幼さが残って良そうな顔立ちに、真っ赤な髪の毛。
それは、神話に残されているフレイヤ様そのものの姿でした。
「おお、やっと出てきたか。遅いわい」
「遅いじゃないわよ! こっちは二日酔いで頭が痛いっていうのに、なんでこんな真っ昼間から起こされないといけないのよ」
師匠がフレイヤ様と普通に会話をしている。
もう、何から突っ込んだらいいのかわからないです。
「ちょ、ちょっと師匠。フレイヤ様とどういう関係なのですか?」
「どういうって、飲み仲間だよ」
飲み仲間?
師匠と、火の神様が?
混乱するが、妙に納得できるところはあります。
確かに、師匠が1人で酒を飲んでいる時なぜか爆笑している時があった。
1人で何がそんなに楽しいのだろうとおもっていましたが、まさか火の神と酒を交わしていたなんて。
しかし、目の前に現れたフレイヤ様の顔色は、まさに二日酔いそのものです。
かなり重症の。
おそらく、昨晩も師匠と酒を酌み交わしていたのでしょう。
「私は頭ぐらぐらしてて今すぐにでも寝たいの? いったい何の用なの?」
「この勇者の剣を溶かしたいから、火力を上げてくれ」
「……はい?」
フレイヤ様の思考が止まる。
その気持ちは十分にわかります。
僕も、いまだに何をしようとしているのかよくわかっていません。
「なに言っているのよ、ドワーフ。あんた、ついに頭狂ったの?」
「俺は本気だぞ」
「……そんなことできるわけないでしょ」
フレイヤ様もさすがにまじめな表情に戻ります。
「どうせ、あのくそ勇者に何かされたんでしょうけど、それでも奴が勇者なことには変わりないの」
「そんなことはわかっている。だが、俺たちは本気だ!」
「本気だから、どうにかなる問題じゃないのよ! そんなこと許したら、私が天界から怒られちゃうじゃない! それで降格にでもなったらどうしてくれるのよ」
「そうしたら、ここでずっと酒を飲み明かせばいいじゃないか」
「そ、それは確かに魅力的ね……ってそう言うことじゃないのよ! とにかくダメなものはダメなのよ」
「ケチめ」
「ケチで結構よ。それに、あんたらのわがままで跡形もなくされてしまう聖剣の気持ちも考えなさい」
勇者の剣に気持ちがあるのかはよくわかりませんが、確かに、フレイヤ様の言う通りこの剣はやはり罪はありません。
それを、勝手に変形するのはやはりよくないことです……
「おいらは別にかまわないっすよ」
「……え?」
「え?」
「「「え?」」」
突如として聞こえてきた謎の声。
その声は、師匠の手もとの剣の方から聞こえてきました。
「あ、ども。おいら、勇者の剣っす」
しゃ、しゃべったあああああああ!!!
あまりにも突然の出来事に、みなが言葉を失います。
神様であるはずのフレイヤ様も、この事実が信じられていないようです。
「勇者の剣って……あ、あなた喋れたの?」
「うす。おいら、もう何百年と生きているからか、気が付いたらしゃべれるようになってたんすよね。これも勇者の加護っていうんですかね。まじぱないっす。でもって、いつもは黙ってたんですけど、口を開くなら今しかないかなって思って、堅い口をついに開いちゃいました」
「あなた、そんなに軽いのね」
おいら口調のあまりに軽すぎる聖剣さん。
火の神ですらキャパオーバーなのに、こんなの出てきたら、僕の手にはもう負えません。
もうすべて成すがままに任せることにしました。
勇者の剣さんはそれからくそ勇者に対する愚痴に対してペラペラしゃべり始めました。
「いやあ、もう実際限界なんすよね。あのくそ勇者。おいら、今までいろんな勇者たちと一緒に世界を救ってきたりもしたけど、あんなの初めてっすよ。むしろ、あいつの方が世界の膿というか? 何回魔物に食われちまえって思ったかわかんないっす」
「確かに、あの勇者は歴代最悪かもしれないけど……でも、あなただって使命があるでしょ?」
「なんか、いろいろ雑に扱われ過ぎて、おいらも疲れちゃいましたわ。正直、我慢の限界っていうか? 勇者に対して何回も有給申請出そうとしているのに、絶対に聞く耳持とうとしてくれないし。こんなやりがいのない勇者だったら、もう離れちゃっても別にどうでもいいかなって」
驚きです。
武器たちの間にも有給なんて制度があったんですね。
世界を救うというのも近頃はシステム化されているみたいです。
「世界を救うのは大事だと思うんすけど、何百年もやっているんだからもう少しは敬ってほしいっすよね。体力はもう限界っす。
ーーそりゃまあ、フレイヤ様の炎に包まれるおかげで少しは体力も回復はしてましたけど、でも、傷が治るといつも鬱になるんすよ。
ああ、またあのくそ勇者のもとでこき使われないといけないのかって」
「伝説の聖剣様よ。そんなにつらい思いをされていたなんて……フレイヤよ。これは彼の意思を尊重するためにも一思いに溶かしてやるのが誠意というものではないか?」
「お願いするっす! 新しく生まれ変われるなら、かわいい幼女のもとで一日中チヤホヤされたいっす!」
「よし来た! その願い必ずやかなえてやろう!」
どんどん意気投合していく師匠と勇者の剣さん。
「フレイヤよ、もういいだろう。世界を救ってくれているのは勇者だけじゃない。その裏で苦しんでいるものの声も聴き遂げてあげるのが真の神ではないのか?」
師匠がそれっぽい言葉で言いくるめにかかります。
勇者の剣さんがあまりにもブラックな過去を抱えていたせいで、フレイヤ様も思わず心が揺さぶられているみたいです。
しかし、ここでぶれないのが神というものです。
「だめよーだめだめ!」
「ここまで来ても、まだ意地を張るのか」
「意地じゃないわよ。危なく言いくるめられるところだったわ」
「そんなこと言わないでくださいよ~フレイヤさまぁ」
「だめって言ったらだめよ! 私は何にも被害受けていないもの。それなのに情で掟に背くわけにはいかないわよ」
「被害を受けていないか……」
「そうよ。彼はあくまで勇者。私たち神々は彼をサポートする立場に居るんだからね!」
あーなるほど。
これは勝負あったかもしれないですね。
「そういえばの、フレイヤ。今日一緒に飲む予定だった酒があっただろう?」
「ああ、そうね。私たちにはコブラ酒が待っているじゃない!
私、あれ飲みたくて一所懸命二日酔い治してたんだから。ちょっと早くなっちゃうけど、さっさと仕事終わらせて、嫌なことなんてコブラ酒飲んで忘れましょうよ!」
「あのコブラ酒なんだがな……今さっき勇者が全部持って行ってしまったわ」
「え?」
「だから、今日飲むはずだったコブラ酒は勇者が全部持って行ってしまったから、もう当分は飲めないぞ」
フレイヤ様の顔がどんどん青ざめていきます。
師匠たちの話を聞く限り、彼女は大のお酒好き。
師匠がコブラ酒を持っていかれてブちぎれたのと同様、この様子だとフレイヤ様もきっと。
「おい、ドワーフ。それは本当なのね?」
「ああ、まぎれもなく真実だ」
「………………」
周りの空気がどんどん熱に包まれていきます。
フレイヤ様の怒りです。
師匠と一緒です。酒の怒りとは大きいのです。
「くそ勇者がああ!! 許してやるかああああああ!!」
「おお、フレイヤが怒ったぞ!」
「炎の温度もどんどん上昇してるっす! これなら俺もドロッと溶けられそうっす!」
「燃やせ燃やせ! 地獄の炎で勇者の未来を燃やし尽くせええええ!!」
吠えるフレイヤ様。
興奮冷めやらない師匠と勇者の剣さん。
フレイヤ様があらゆるしがらみを振り払ったお陰で、ここは完全に無法地帯となりました。
「おい、エミル。なに、1人で突っ立ってみてるんだ。こっちに来て一緒にキーホルダーを作らないか」
「もちろん! こんな楽しそうなこと、やらないわけないじゃないですか」
それから僕たちは笑いながら1日中キーホルダーを作成していました。
後から聞いた話だと、この日は1日中鍛冶屋の中から不気味な笑い声が聞こえてきて、誰も近づこうとしていなかったみたいです。
それもそのはずです。
怒り狂うフレイヤ様、新しい幼女との生活を夢見る聖剣さん、それに便乗して楽しむ僕と師匠。
こんな楽しい空間、他にあるわけないんですから。
こうして、あっという間に、勇者の剣は跡形もなく溶けてしまいました。
ーー
翌日。
勇者が剣を受け取りにやってきました。
昨日、ずいぶんとコブラ酒を飲んだのか、二日酔いではあっても満足げな様子です。
「よーお。親父、来てやったぞ……って、なんだ、この人だかりは」
「あ、勇者様。おはようございます。実は、ついさっきまで街の人々に特製のキーホルダーを販売していたんですよ」
「はっ、変な商売始めやがって。ただのキーホルダーなんて販売してどうなるんだよ」
「それが、ただのキーホルダーじゃないんですよ。なんでも、装備すると誰でも力が増幅する付与効果があって、みんなダンジョンに潜れるって大盛況です」
「へっ、それで魔王が倒せるならだれも苦労しないな」
「いやいやすごいんですって、これ。装備さえすれば勇者様と同格かそれ以上の力を得られるんですよ?
ーーなんたって、勇者の剣を素材にしてキーホルダー作りましたから」
「そうかそうか……って、え?」
戸惑うくそ勇者。
物分かりが悪そうなので、もう一押し。
「だから、キーホルダーは勇者様が預けてくれた聖剣を全部溶かして作ったものなので、装備した人みんなが勇者の加護を受けられるようになったんですよ」
「…………」
勇者の顔が真っ青になります。
ようやく何が起こっているのかが理解できたみたいです。
「ふざけんなよおおおおおおおお!!」
「な、ちょっと、やめてくださいよ」
「やめろじゃねえだろ! おまえ、勇者の剣溶かしたのか?」
「はい。溶かしてキーホルダーにして見ちゃいました。かっこいいですよね〜」
僕の胸ぐらをつかんできたくそ勇者。
でも、僕ももうただやられるだけの鍛冶見習いじゃありません。
「やめてくださいよ」
そのまま、軽くくそ勇者の手を振り払います。
僕もキーホルダーを装備して力を付与された1人なので、これくらいの力なら簡単に振り払えてしまいます。
「な、おい」
突然手を振り払われた勇者は戸惑いを隠しきれていません。
「これまでさんざん僕たちを好き勝手やって来たんですから、これくらいは我慢してください」
「おい、やめろ。俺は勇者だぞ? 俺がいなくなったら魔王が……」
「あ、それなら大丈夫です。このキーホルダーで付与される力は勇者様と同じだけの力ですので、あなたがいなくても、同格の力を持つ人たちがもう100人近くは居ますので」
「嘘だ!嘘だ!」
やられっぱなしのくそ勇者。
でも、もう彼には聖剣はありません。
これから、彼が元勇者と呼ばれ始めるのは別の話です。
さらに、100人に増えた勇者たちが魔王城に押し込んだことで、魔王様が即殺されたのも別の話です。
(なんでもフレイヤ様は、その行動が賞賛に値するものとして、神々からめちゃくちゃ褒められたらしいです)
あとは……勇者の剣さんは、何とかして幼女のもとにたどり着けたみたいです。
まあ、一番関係ないですね。
そして、僕たちはこれから顧客が100倍に増えるので忙しくなりそうです。
なんでも、鍛冶屋を怒らせたらやばいって噂が広まってるみたいですけど、勇者様とは友好な関係を築いていきたいですね!
お読みいただきありがとうございました。
異世界でドッキリとかやったらこういう過激なものになるのかなって思って書いてみました。
酒の怒りとは何よりも恐ろしいものなのです。
(幼女の元にいけた聖剣さんのお話も書いてみたいと思っているので近々また投稿します!)
追記
幼女のもとにたどり着いた聖剣さんのその後のお話を書きました!
「オイラは幼女大好きヘンタイ聖剣! キモイと罵られようがソフィーちゃんがかわいいならそれでOKっす!!」
下のリンクから飛べるので、良ければ一緒にご覧ください!!