第1話 始まり
「…ゼ…ローゼ!!」
どこからか声が聞こえてくる。
次の瞬間、頬に激痛が走った。
「イテテ!!?」
あまりの痛さに、少年はベッドから飛び起きる。
「もう!今日は私と風の丘に行くって約束してたじゃない!早く起きなさい!!」
プイッと顔を背けたのはローゼの幼馴染のメイという少女。長い茶髪に、赤いカチューシャがトレードマークの女の子だ。
「ごめんごめん…今から準備するから待ってて!」
ローゼはベッドから降りると、駆け足で一階へと降りていく。
「あっ…」
ローゼの体が勢いよく宙を舞う。
そのまま、大きな音を立てローゼは階段から落下した。
「イッテー…」
「はぁ、何やってんだか…」
メイはやれやれと呆れた顔を浮かべ、階段を降りた。
ーーーーーーーー
「よし、準備完了!」
ローゼは赤いマントを羽織り、頭にオレンジ色のヘアーバンドをつけた。そして、玄関に立てかけてあった両刃の剣を背中にかけメイの前に立つ。
「剣なんて持ってくの?」
「うん、最近村の近くに魔物が増えてるって村長が言ってたからさ…念のためね!」
「そうなの…ちょっと怖いわね…」
「平気さ!魔物がでたら俺が倒しててやるから!」
「ならいいけど。さ、行きましょ!」
二人は玄関を出た。
ーーーーーーーー
二人の住むサイの村はアルトシア大陸の中央にあるアリア王国の山間にある村で、人口は少なく余り栄えてはいない村だった。
「風の丘はあの洞窟を抜けた先よ!行きましょ!」
メイの指差す方には大きな洞窟があった。
この洞窟は風の洞窟と呼ばれ、風の丘へと続く唯一の道だ。
洞窟の近くまで歩いていくと、洞窟の前に誰か立っているのが見えた。
「おやおや、おデートですかい?お二人さん」
洞窟の前にいたのは、ガタイのよい茶色い短髪の男だった。
「ダスター、また貴方なの?そろそろ鬱陶しいんだけど」
「へ、小娘は黙ってな。用があるのはローゼ、お前だからなぁ」
「誰が小娘よ!もう、こんな奴ほっといて行きましょう?ローゼ」
「おうおう、俺様が簡単に通らせると思うか?ローゼ、ここで会ったが100年目だ!俺と勝負しろ!」
ダスターは手に持っていた木刀をローゼに向ける。
「ローゼ、無視しましょう?こんな下らないことで怪我したら元も子もないわよ」
「へっ、逃げるのか?」
「いや、大丈夫だよメイ。そろそろ俺もダスターと決着をつけたいと思ってたしね」
「ローゼ…分かったわ、あんな奴コテンパンにしてやって!」
「任せとけ!」
「へ、ほざいてろ!ほらよ!」
ダスターは背中に差していた木刀を抜き、ローゼに投げつける。
ローゼは木刀を受け取り、前に構えた。
「行くぜ!!」
ダスターはローゼ目掛けて走って行く。
ローゼはさらに動じることなく冷静にダスターの動きを見ていた。
「くらえ!!」
ダスターの木刀が向かってくる。
ローゼはそれに合わせて木刀を振り、ダスターの木刀を弾き飛ばした。
「何!?」
「これで終わりだ!ダスター!」
ローゼは前にジャンプし、ダスターの頭に木刀を叩きつける。
「イッテー!!」
ダスターの叫び声は、村中に響き渡った。
ーーーーーーーー
「ふん、これに懲りたらもうローゼに勝つのは諦めることね」
「くそ、覚えてやがれ!」
ダスターは頭を抑えながら走り去って行った。
「全く…。それにしてもローゼ、強くなったのね」
「あぁ、毎日剣の練習してた甲斐があったよ」
「そーね、毎日一人で練習してたものね…明日のために」
「うん…」
「…とりあえず風の丘に行きましょう?話はそれからよ!」
「そーだね」
二人は洞窟を抜け、風の丘へ向かった。
ーーーーーーーー
風の丘は村が一望できる見晴らしの良い場所で、村のさらに奥には大きな壁に囲まれた城、アリア城がうっすらと見える。
「いつ来てもいい場所ね…」
メイは大きく深呼吸し、丘の先に座り込んだ。
「そうだね…風が気持ちいいよ」
ローゼも深呼吸し、メイの隣に座った。
「…いよいよ明日ね」
「うん…緊張するなぁ」
「そりゃそうよね…直々にアリア王に会いに行くんだもん。その手の紋章のこと、何か分かるといいわね」
「うん、そーだね…」
ローゼは左手の甲を見つめる。
ローゼの左手の甲には、体を丸めた竜のような模様が描かれた丸い紋章が刻まれていた。
「うーん…なんなんだろう、これ…。どこかで見た事ある様な気がするんだけど…」
ローゼは左手を上に向け、その場に寝転んだ。
「…こうしてローゼと話すのもしばらくお預けね」
「そーだね…アリア城までは片道半日以上かかるらしいから。ま、でもすぐに帰ってくるよ」
「…ならいいけど」
風が二人を包み込む。
ローゼは起き上がり、遠くのアリア城を見つめた。
「ねぇ?ローゼ。ずっと言えなかったんだけどさ…私、私ね…」
メイが何か言おうとした時、村の方から大きな爆発音が聞こえてきた。
「なんだ!?」
二人は丘の下を覗き込む。
すると、村の家から黒煙が上がっているのが見えた。
「なに?あれ…早く戻りましょう!ローゼ!」
「あぁ!」
二人は急ぎ足で村へ戻った。
ーーーーーーーー
洞窟を抜け、村の広場へ向かうと、そこには棍棒を持った緑色の肌で二足歩行、そして豚のような鼻を持った小柄の魔物が村人を襲っていた。
「あれは…ボアリン!」
「ロ、ローゼお兄ちゃん!助けて!!」
魔物に襲われている女の子が声を上げる。
その声に反応し、ボアリンはローゼの方を見た。
「メイ、ちょっとまっててくれ!」
「う、うん。気をつけなさいよ!」
ローゼは背中にかけた剣を抜き、ボアリンの前に立った。
「ブガァァ!!」
ボアリンがローゼに向かい走ってくる。
ローゼはその場から動かず、ボアリンの動きを冷静に目で追っていた。
「ガァァ!」
ボアリンの棍棒がローゼに向かってくる。
ローゼは棍棒に向かい剣を振り、棍棒を弾き飛ばした。
「くらえ!」
隙のできたボアリンを、ローゼは素早く斬りつけた。
「グガァ…」
ボアリンはその場に倒れ、黒い煙となってその場から消え去った。
「ふぅ…」
「ありがとう、ローゼお兄ちゃん!いきなり魔物が村に入ってきて…他のみんなも大変なの!」
「あぁ、他のみんなは俺が助けに行くよ!だから君は家の中に隠れてるんだ!」
「わ、分かったよ!ありがとうね!」
そう言うと、女の子は自分の家へと走って行った。
「凄いわ!あんな魔物を一撃で倒しちゃうなんて!他の人たちも襲われてるかもしれないわ、行きましょう!」
「あぁ!」
二人は村の奥へと向かった。
ーーーーーーーー
村の広場の奥に向かうと、村長の家の前に人影が見えた。
長い金髪に鋭く尖った耳。黒と金で彩られた派手なロングコート。
あの人影が只者でないことは、一目見ただけで分かった。
「全く、どうして人間という生き物はこんなに脆いのか…」
男の手の先を見ると、村長が首を絞められ持ち上げられていた。
村長は必死に逃げようともがいている。
しかし、男の手はピクリとも動かず村長の首を絞めていく。
「さぁ、もう一度だけ聞きますよ。ローゼという少年はどこにいるのですか?」
「お、お前みたいな魔物に…教える義理など…ない!!」
「そうですか…なら、あなたは用済みです」
男はさらに手の力を強めた。
「ぐぅぅ…」
村長は先ほどよりも激しく体を動かす。
「ローゼ、村長が危ないわ!」
「あぁ、任せてくれ!」
ローゼは剣を抜き、男の前まで走り出した。
男の前に立つと、ローゼは剣を男に向けた。
「やめろ!村長を離せ!!」
「ん?誰ですか?あなたは…!!まさか、あなたその手の紋章…!!あなたがローゼ…!!」
男はローゼの紋章を見た途端村長を離し、ローゼの方へ近づいた。
「ゴホゴホ…」
「村長!」
メイは村長に駆け寄り、ローゼ達の方を見た。
「ローゼは俺だ!だったら何なんだ!?」
「そうですか、貴方がローゼ…ならばあなたには少し寝ていてもらいましょう…!」
「一体どういう…」
ローゼの腹に激痛が走る。
視線を下に下げると、男の腕がローゼの腹にめり込んでいた。
「ぐっ…」
「ローゼ!!」
ローゼはその場に倒れ込む。
倒れ込んだローゼを男は肩に担ぎ上げた。
「ローゼ君は少しお借りしますよ…ま、返す保証はありませんけどね…フフフ…」
「ま、まて!ローゼをどうするつもりじゃ!!」
「少し力を貸してもらうだけですよ。それでは…あなたがたは魔物のエサにでもなって下さい」
そう言うと、男はその場からフッと消え去った。
「ローゼ…ローゼ!!」
メイの虚しい叫び声が、崩壊した村に響き渡った。
ーーーーーーーー
先ほどまで太陽が照らしていたアリア城周辺の空は、大きな黒雲に覆われていた。
アリア城下町の中央に聳えるアリア城の玉座の間に、先程の男の姿があった。
「ザグリフ様、例の男を連れてまいりました」
先程の男は玉座の前に跪いた。
「そうか…よくやった、ロメウスよ」
黒いローブを纏い、フードで顔を覆うその男は玉座に腰掛けロメウスを見下ろしている。
フードの中には、鋭く光る赤い瞳だけが見えていた。
「はっ、ありがたきお言葉…今は地下牢へと投獄しております」
「あぁ、あとはこれで奴の力を奪えば…我に敵うものはいなくなり再度世界は闇に覆われるだろう。ロメウスよ、準備が整い次第儀式を始める。よいな?」
「はい、もちろんでございます…」
ザグリフはゆっくりと立ち上がり、両手を上に掲げた。
「忌まわしき勇者の末裔よ…この私が直々に力を頂いてやろう。そうすれば…世界は私の物だ…!」
魔王ザグリフの大きな笑い声と共に、大きな雷が大地に降り注いだ、
ーーーーーーーー
「…ん」
瞼の奥に広がる光。
その光のあまりの眩しさに、ローゼは目を覚ました。
「…あれ?ここ…どこだ?」
ローゼが目を覚ましたの、四方八方全てが白に包まれた不思議な空間だった。
ローゼはゆっくりと立ち上がり、辺りを見回す。
しかし、あるのは白い世界だけだ。
「なんなんだ?ここ…」
ローゼは疑問を浮かべた時、どこからか声が聞こえてくるのがわかった。
『ローゼ…ローゼ、聞こえますか…?』
その声は、とても美しい女性の声だった。
ローゼは慌てて辺りを見渡すが、人の姿は見当たらなかった。
「あ、あなたは…?」
『私の名は…草の賢者ミレーユ…あなたに頼みがあるのです』
「頼み…?俺に?」
『あなたにしか頼めないのです…。頼みを伝える前に、まずはあなた本人について話をしましょう…』
「俺本人の話?」
『はい…どうやらあなた本人は気づいていないようですが…あなたの手にある紋章…。それは"アルフの紋章"と呼ばれる、勇者の意志を継ぐ者のみに与えられる紋章なのです…』
「ゆ、勇者!?俺が!?あの絵本で見た?そんなわけ…」
そう反論した時、ローゼは自分の手の甲で光る紋章が目に入った。
(でも、この紋章…確かに昔絵本で見たのと似てる気がする…)
「………」
『その紋章を見たことがあるでしょう…?彼…"勇者ロイゼの伝説"は未だに語り継がれているはずです…』
「…ってことは、ミレーユさんは勇者と一緒に戦ったていうあの賢者の一人ってこと?」
『えぇ、その通りです…。私は過去にあなたの"先祖"…勇者ロイゼと共に魔王ザグリフを封印しました…』
それを聞いた時、ローゼの前身にゾワゾワと鳥肌立った。
(あの憧れていた勇者が俺の先祖…!それで、今話してるのは勇者と共に戦った賢者…。いきなりすぎて全く実感湧かないけど、なんかワクワクして来た…!)
「…ミレーユさん、疑ったりしてごめん!俺、信じるよ!自分が勇者の末裔だってこと…。確かにこの紋章は絵本で見たのと一緒だし!」
『それは良かった…。それでは、あなたにお願いです…。魔王ザグリフにより封印された私達賢者を…目覚めさせて欲しいのです…』
「封印された…?魔王ザグリフ…?」
『今…この世界は…封印より復活した魔王ザグリフにより…危機が迫っています…。我々賢者も…ザグリフの魔力により…封印されてしまいました…。今…世界に残された希望は勇者ロイゼの意思を継ぐあなただけなのです…。どうか、協力して頂けませんか…?』
ミレーユのその問いに、ローゼはニコッと笑い口を開く。
「もちろん!世界を魔王なんかに奪われたくないし、俺がその役目なら役割を果たすだけだよ!」
『そう…ですか…。ありがとう…。ではあなたの元に…妖精を送ります…。その子に話を聞いて…どうか賢者の封印を…』
ミレーユの声はそこで途切れ、ローゼの意識も同時にプツンと途切れた。
ーーーーーーーー
「…きて!…起きて!」
どこからか、女の子の声が聞こえて来る。
ローゼはゆっくりと目を開き、体を起こした。
「なんだ…?」
ローゼは目を擦り、大きく伸びをする。
そんな時、目の前に突然小さな女の子が現れた。
「うわぁ!?」
ローズは突然の事に驚き、その場から飛び起きた。
「もう、失礼しちゃうわね!私の顔見て驚くなんて!」
そこにいたのは、緑色のワンピースに身を包んだ長いピンク髪の小さな女の子だった。少女は掌ほどの大きさで、よく見ると美しい蝶々のようなはねが生えていた。
「き、君は!?」
「さっきミレーユ様から聞いたでしょ!?私がミレーユ様の命であなたの元に来た妖精、フローラよ」
「あ、あぁ、そんな事言ってたな…」
(あれは夢じゃなかったんだ…)
「ったく、しっかりしてよね!この世界の命運は貴方にかかってるのよ!」
「そんなこと言われても…」
「さ、まずはこの牢屋を出て私達妖精の住む"暗黒の森"に行くわよ」
「あ、暗黒の森!?」
「そう。木の密度が濃すぎて光があまり入ってこないからそう呼ばれてるの。本来は"聖なる森"っていう名前がしっかりあるんだけどね…」
「そ、そっか…そこにミレーユさんは封印されてるのか?」
「えぇ、そう。本来ミレーユ様は私達妖精族の長として森を守っていたんだけど、数日前に突然ロメウスとか言う奴に襲われて…」
「ロメウス?ロメウスだって!?」
「何?知ってるの?」
「俺の村もそいつに襲われたんだ…そうだ!なぁ、暗黒の森に行く前に俺の村に寄ってもいいか?村の人たちが無事なのか確認したいんだ!」
「…まぁいいわよ。でも、時間がないのを忘れないでね」
「あぁ、分かった。それで…どうやってここから抜け出すんだ?ていうかここはどこだ?」
「ここはあなたの住んでるアリア王国の城…アリア城の地下よ」
「アリア城の!?」
「…残念だけど、アリア王は殺されてしまったわ。王妃や王子、姫なんかも行方は分からないみたい」
「なんだって?アリア王が!?…くそ」
「くよくよしてる暇はないわ!行くわよ!」
そう言うとフローラは腰から木の杖を抜き取り、牢獄の鍵穴に向ける。
「"蔓の舞"!!」
フローラがそう声を上げると、コンクリートのはずの地面から植物の蔓が生え、鍵穴に入っていく。
少しの間動いていると、カチャンと鍵の開く音が聞こえた。
「す、凄い…何したんだ!?」
「私達妖精族だけが使える"植物魔法"よ!なかなか身につけるの大変なんだから!」
「凄いな…さすがはミレーユさんに指名されるだけはある…」
「さ、行きましょう!城から脱出よ!!」
こうして、ローゼは世界を救うための冒険へと出発するのだった。
続く。
投稿は不定期で行います。