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お迎えは賑やかに(1)

  明鏡高校の最寄りの駅から随分離れた山の廃屋。

 都内の中心にある高校と違い、人気がなく、まだ慣れぬ静寂に包まれる。外観は薄汚れ錆びてるが、中は意外と整っている。机と簡易キッチンと椅子、無数に存在する暮らしの基点としては最低レベルだが、隠密するに当たっては有効な場所である。


「聞いてくれよ姉貴」

「何でも聞いてあげる弟」

「りんりん、発症しちまったんだよ。ついさっき」

「それは大変。もう平気、りんりん?」


 アホ毛をぴょこぴょことさせ、シンクロして私へと振り返る姉弟に頭を抱えながら、ツッコむ。


「悪巫山戯も大概にして、白姉。そういうの嫌い…いいえ、大嫌い」

「私は燐廻のそうゆうところ、好ましく…いえ、大変好ましく思っている」


 廃敷と同じような返しをするあたり、廃敷の姉だなとか思う。


 靡く白髪と意思なき虚構の真紅の瞳。

 整った綺麗な顔立ち、造り物みたいに美しい。 

 紺と赤い紐で筒がれる特殊構造のドレスを纏う。

 弟とは真反対なタイプ。

 感情なき(家族以外)殺人鬼。

 人呼んで『傀儡殺人鬼』であり、

 私を救った恩人で、家族。


 苦綯白羅だ。


「それよりも本当に大丈夫、燐廻?」

「平気よ。不覚にも廃敷に助けられたわ。精神安定剤を口渡ししてくれたわ」


 濃厚に絡め取られた舌から渡されたのは錠剤だった。市販のもので、家族皆が私の万が一、千が一の為に常備してくれているのだ。私自身もそうだが、発症すれば自分が見えなくなり、殺人衝動に駆られるのでコントロールができないのだ。


「弟はああ見えて毛はとても優しいでのです」

「日常茶飯事のように殺人してヘラヘラ笑ってる奴だけど?」


 何故か誇らしげな白姉に釘を刺す。


 事実、何度かともに下校し寄り道した際にただ肩がぶつかっただけの他校の中学生に無意識に首を遊んでいた飴の包装紙のギザギザの部分で切りつけた。気づかぬほどの些細な傷でも、人間にとっては致命傷で、次の瞬間。通り過ぎた瞬間に中学生は首から血を吹いて倒れたのだ。 


 その後も悪びれもなく楽しげに笑いながら私に話しかけていた。廃敷にとって、殺人は生きをするも同然なのだ。


「さつじん?なんだそれ?」

「人を殺すことよ」

「あっそ」


 興味なさげにそっぽ向く廃敷。こうゆうとき決まって廃敷は話題を急変させる。これも無意識、癖だ。


「そうやぁりんりんのはなんちゃらしょーがい?」

「適応障害、もしくは不安障害」

「そうそう、それだぜ!」


 適応障害ーーーーーー特定のある状況、出来事がその人にとってとても耐え難く感じられ、その為気分、行動面において症状をきたす障害。

 不安障害ーーーーーー不安、恐怖の感情が普段以上に過剰に付き纏い、日常生活に支障をきたす障害。


 5ヶ月前のとある出来事から発症した障害だ。

 元々薄々勘付いて、悪化して………殺人鬼になった。


「私の場合は………気持ち悪いの感情よ」


 気持ち悪いを感じれば、胸底から湧き上がるどす黒いなにかが私の主導権を奪うのだ。本性がどちらかは知らないが、あの私は私ではない。殺人に飢えた卑しい獣だ。


 家族もいないし鬼でもない。

 そんな私が気持ち悪くて耐えられないのだ。 


「高校でなにかあった?」

「別に」

「本当?」

「ええ」

「本当の本当?」

「ええ」

「嘘」

「……」

「言いなさい」

「嫌」

「………もしかしてこれが、思春期?」


 本当にこの人は面倒臭くて、良い人だ。思わずため息をついても、白姉は首を傾げるだけだった。感情に疎いのが欠点であり、殺人鬼である理由。


「でも本当に大丈夫よ…………大丈夫じゃなくなったら、ちゃんと……言うわ」

「……………うん、そうして。待ってる」


 首を傾げるままだったが、そっぽ向いて安心させようと発した言葉に優しい笑みを浮かべてくれた。


「姉貴、そろそろでねぇと」

「わかってる。そのことに関してなんだけど一つ訂正」


 ボロボロのソファを立ち上がる。横目にやると、大人しくしく話を聞き待つ廃敷に呆れる。私と一緒のときはうるさいのに………。 


「私と燐廻の義務を一日限り入れ替える。決定事項、はいそれじゃあ、弟」

「へいへーい」


 なんの説明もないままの場面の急加速についていけず、既に扉に手をかける白姉に訴えかけるも虚しく終わる。 


「え?待ちなさい、理由は」

「発症したとなればストレスがあるはず。私の義務は今日のは簡単だから、早く終わらせて休んで」


 なにより弟の面倒見るのは大変だしストレスになる、と付け加えて、嫌な軋み音とともに取り残された。


 イライラするし、嬉しいし、ムカつく。


 白姉の言うことはたしかに一理ある。私を心配してのことだから。だが、問題があった。私は白姉の義務内容のことを詳細には知らない。小説のタイトルがうろ覚えなほどに全くだ。


「………」


 スマホをポケットからすぐに取り出し、メールを白姉に向けて打った。嫌味とともに送信してやろうと思って文字を打ち込んでいると、送信音が鳴った。私はまだ送っていない。となれば、白姉からだった。


『詳細 《天女》を再起不能にすること

     ・鹿蚤尋とのチーム

     ・制限時間90分

     ・怪我、自傷もなし       』


 尋と………?よりにもよって?

 廃敷の面倒みるよりも、尋の御目付のほうが疲れるのだが。よし、交渉して単独に…


『以上、内容の変更は聞かない。決定事項。よろしく、りんお姉ちゃん』


 心を読まれた?嫌でも関係無くして、不肖で愛する弟2号と共に義務に当たるしかなかった。まず、お迎えに行かないと。だって尋は小学三年生だから。 




 

 鹿蚤尋は小学三年生、四ヶ月前に家族になったばかりの憎たらしい弟だ。両親、教師、友達を殺し、山に籠もっていたところを、名も知れぬうちに家族総出で迎えに行ったのだ。 

 その時とは相変わらず、子供っぽく殺人衝動を抑えられない節があるので同い年の妹を関しにつけて学校に通わせている。元々、自分にも他人にも鈍く短気ではない。


 私が苦手……嫌だというのにはその変態発言だ。何が質が悪いって、私以上に表情筋がなく、真顔で声の濃淡なく発言するので不愉快極まりないのだ。だからこその、迎えに来てからの一言も。

 

「わー、DかっぷのツンデレドSお姉ちゃんだ」


 その背後を離れて歩く現実を見ぬ優秀な妹を見る。


「……螢、知らないもん。あんなセクハラ最低野郎なんて」

「そのセクハラ最低野郎は、尋は螢の弟よ」


 鹿蚤尋と立華螢。私の愛すべき弟と妹だ。

 九歳と十歳、年が近く螢は尋の姉ということで面倒係となっている。丁度、私が廃敷の面倒を見ている様にだ。

 私と違い、同校にいる為螢の負担は大きいはずだが、螢は優秀なので任せている。本音を言えば面倒なだけだが、実際、尋の扱いを心得ているのは螢だけなのだ。


「冗談冗談、りんお姉ちゃん。ただ、ピチピチのかわいいお姉ちゃん達に囲まれてハーレム最高って思ってるだけ」


「「……………」」


 私と螢、二人だけの暗黙の了解があり次の瞬間には尋が地面にうずくまっていた。私と螢、共に腹へと拳を軽く入れてやったのだ。


「わ、わーい。美女あんど美少女に殴られてうっ嬉しいな」

「体震えてるし涙目じゃない尋」


 黙っておけば可愛いものをこんな時思う。小さく体を縮め、震える姿は子犬のように愛らしいのに口を開けば………残念なのだ。

 

 今日学校どうだった、給食は美味しかったか、尋は悪事を働かなかったか、良いことがあったか、螢は勉強大丈夫かとか。

 そんなくだらない会話を小学校から離れ歩いている間にした。そして適当なコンビニに入り、軽食を購入して一息つく。すると、螢が話題を切り替えた。  


「それで燐廻姉様は何用でこちらに?」

「白姉と私の義務を変わったの。だから尋、この後着替えてすぐに出発するわよ」

「………燐廻姉様は、大丈夫ですか?」

「なにがよ」

「いえその……」


 螢は察しがいい子だ。白姉と私が義務を交代することなんて想定外のことがあったと予測してのことだろう。心配そうにするのを後ろで組んだ腕で拳を握りしめることで隠す螢。尋に察せさせない為なのだろう。

 私は螢の頭を撫でてやった。


「大丈夫よ。螢は一人で帰れるわよね」


 小さく頷いたのを確認し、尋の手を取った。その際に、「りんお姉ちゃんが手を繋いでくれた…もしかしなくても好きなんだ。絶対そうなんだ」とボヤいていたのをあっさりと拒否し、愛していることだけ伝えておいた。


「行ってくるわね」


 珍しく尋は足取り早く、燐廻を先導していた。尋なりの気遣いなのだろう。無意識に頬を上げ、螢に背を向けるとーーーーーースカートの裾を掴まれた。


「情報収集なら任せてください」

「だから」  


 いい、と口を進めようにも螢の早口な急ぎ文句に押されてしまう。目がまじのやつ。


「任せてください。ないよりマシでしょうし、万一の自体があるでしょうし、マイナスになりませんし、むしろプラスになる可能性も高いですから。燐廻お姉様はベテランですから緊急事態が起きても早急に対処してくれますけど、備えあれば憂い無しですから!それでは先に洞窟に向かっててください」


 早口の次は早足に。あっという間にその背は見えなくなってしまった。基地に愛用する機器でも取りに行ったのだろうか。

 棒立ちする私の制服の袖を掴み、意識を戻したのはもちろん尋。


「急ご、りんお姉ちゃん。ほたるお姉ちゃんは天才だから短時間でも十分な情報収集ができるって自称してたから検証。すごーい急かして焦らせよーよ。出来てなかったらねぇ、罰ゲーム。負けたらひろの宿題やってもらって、勝ったら一緒にお風呂に入ってあげてもいい」

「………尋」


 多分螢にとってはどちらも損しかないのではと思いながら、変わらぬマイペースに呆れ、私と尋は先程まで居た山の廃屋へと向かった。

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