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“刻宮矢車”という人間


「刻宮さん、課題の数学のノート出せる?」

「刻宮まだ終わってないのかよ?見せてやろーか?」

「刻宮!プリントもだせー、放課後までだぞ?」


 刻宮さん、刻宮。私の呼称はだいたいそうである。だって私のフルネームは刻宮矢車と名前が言いにくく珍しいのだ。

 それと親しい友もいないのも一つの理由である。


 別にボッチというわけではないけれども、私自身が他のクラスメイトと比べて浮いているのは分かる。

 地毛の栗毛の髪も染めているみたいにきれいに発色しているし、私が好み愛着している赤色ニット帽はよく目立つし、口調もどうしても嫌味ばかり言ってしまう。

 かと言って口を紡げば無口でまたか寄り難くなってしまう。また学校にサボりがちで遅刻魔なところで、噂での印象だと変わり者の風来坊らしい。


 そんな変わり者でも話しかけてくる物好き入るものだ。8割がた男子だが。


「一時間と十一分遅刻」

「……………………」


 午前九時11分に教室の扉を開け、先生の呆れた顔に見送られて席に座るなり、隣のそのもの好きに話しかけられる。挑発口調でうざい。黒の短髪でクラスに一人はいそうなおちゃらけた、いるだけでその場が空気がなごむ人物。


 出席番号5番歩澄鈴。 


 私が毎回遅刻するたびに挑発口調で煽ってくる。またか、と思いながらガン無視する。


「今日は何をして遅れたんだ?」

「……………………」

「おーい、聞いてんのかぁ?」

「……………………」

「とーきーみーやー?時宮ー?……………………矢車ちゃいてぇぇ!???」


 歩澄の大きな悲鳴により教室中の意識が私と歩澄へと向く。私が左足を勢いよく踏みつけたからだ。痛い目見ないとわからないのか、こいつ?

 そして冷酷な目で低いトーンで軽蔑する。


「あんたに答える義務無い」

「けっちぃな。教えてくれたっていいのに」


 私は再び窓の外を何となく眺める。変わらないいつもの風景に。ここの席はお気に入りだからいつも見てて飽きない。

 私が通う明鏡高校は都心の標高の高い場所に属するので、窓から見える景色は圧巻なのだ。凹凸がある無数のビルやマンション、その中で緑彩る公園、そして車が行き交う。なんとなくだが落ち着く。


 大勢の人に認識されないーーーーーーそんなことが好きだ。大勢に囲まれて、同じ空間にいるだけでも吐き気がする。


 その顔をカッターナイフでぐちゃぐちゃにして壊してやりたいと思う。


 それほど私は人間嫌いだ。


 だから人を避けるすべとして見つけた興がある。例えば都心は数百万人もくだらない人々が働きに来たりする。その中でも学生が多数だろう。

 なんてったって少子高齢化の社会、若者の集い場であるのだから学生も多いはずだ。そんな多数の中で全員を知っている人なんていないはずだ。


 ほとんどの人が他人に興味がない。


 共通の趣味を持つ友達だとかクラスメイトだとか他人だとか。その程度の認識でしかない。その中で人々が興味を持つものは流行りものだとか面白いとか変人だとか。


 私はその中に含まれる変人だ。

 変人ならば妙に目立つが物好きでないと関わる人がない。

 そうだからこそ私はこの立場を自分の意思で立っているのだが…………


 隣の席の歩澄はそれを理解していないというか、わかるはずもないんだけど関わってくる理由がわからなかった。今日の出来事が登校するたびに日常となっている。


 長々しい七面倒な授業も終わりを告げる。チャイムが鳴り、机に伏せていた顔をゆったりと上げた。私の席は窓際の一番後ろの端っこで右に歩澄となっていて(最悪の席順だ)…………まあつまり、ここでムカつくことがあったわけだ。顔を上げた視線の先、机に頬杖つく歩澄と目が合った。そして無邪気に笑った。


「おはよ」

「…………………………なんで見てんの。気持ち悪い」


 私は嫌悪感むき出しの顔を返すわけだが、歩澄は気にした様子もなく変わらずの笑顔だ。こいつには聞く耳がないのか。


「授業聞いてたんですかー?あれあれー、もしかして寝てたんですか?」


 しかもなぜか煽る。本当に思考が読めない。単なる馬鹿か、気持ち悪いだけか。


「………………………問題出してみなさい」

「おっ。やんのか?やんのか?いいぜー、だしてやる」


 と言いながら、自身のノートと黒板を交互に見ていたと思えば、小声でよしっと聞こえた。


「えーと、細胞内での………たいしゃ?によるエネルギーのやり取りの仲立ちとして行われる分子はなんだ?」


 授業は生物、エネルギーと代謝の内容だ。眼鏡と白衣を着用した先生が熱弁していた。確か…………それでもこの問題は簡単である。


「ATP、アデノシン三リン酸」

「………じゃあ、次行くな!」

「………どうぞ」


 顔をしかめ困る歩澄はノートをめくる手が進む。面倒だけど気が済むままにやらせてやろうか。


「ATP、アデノシン三リン酸は何という物質から作られている?」

リボース塩基アデニンとリン酸✕3」

「酸素は高温や極端なpH条件で反応速度が低下する、なぜ?」

「酸素はタンパク質からなるため、変性・失活を失ってしまうから」

「ミトコンドリアの起源の共生説についての説明は?」

「原核細胞に好気性細胞やシアノバクテリアが共生し、現在のミトコンドリアや葉緑体が生じたとされる説」

「………………くそぉっ!」


 一言一句全問正解してみせると、ますます悔しそうにする歩澄。それを横目になんとなく時間がすぎるのを待っていた。やがて、ネタが尽きたのか歩澄は机に突っ伏した。確認し、荷物を持って席を立ち上がる。


「あれ?どこいくんだ…………」

「屋上」

「もうすぐ授業始まるんですけどー」

「サボるから大丈夫よ」

「良かねぇよっと………さすがにそれは傷つくぜ矢車ちゃん」


 引き止めようと歩澄の伸ばしたてを払いのける。相変わらずの罵倒を言い放つ。


「気持ち悪いからやめて」

「へいへーい、分かりましたよ矢車ちゃん?」

「それも辞めなさい。不愉快よ」


 が、歩澄も変わらず軽く返した。


「いってらっしゃーい」


 そのヘラヘラとした笑顔と声に胸に拭いきれない気持ちを抱いた。不愉快とか気持ち悪いとかとは別物の、気持ちを。


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