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ガールズ・ハートビート! ~相棒は魔王様!? 引っ張り回され冒険ライフ~  作者: 十六夜@肉球
第三章 過去に蠢くもの

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第一話 勇者は辛いよ#2

 ついに激突する『勇者』と『元魔王(自称)』その戦いの行く末は?

 そして接触を図ってくる領主の娘。様々な思惑が、アイカさん達を巻き込んでゆく!

挿絵(By みてみん)




 長きに渡った魔族との戦いが終結──それは皆の予想とはだいぶ違う形であったが──した後、国王は勇者を称え、その偉業に対して褒美を取らせると宣言した。

 確かに勇者は功労者ではあったが、結局は魔族を打ち倒したわけでもなく、正式な許可もなく勝手に魔王と和解した事から、戦後の利権を夢見ていた貴族達の心証は悪く、魔族をこの世界から消し去るまで戦い続けると宣言した教会からの反応はなお悪かった。

 しかし魔族との戦いに力を入れるということは、すなわち魔獣や魔物に対する備えが疎かになることを意味する。

 特に貴族達は大した儲けにならない魔獣・魔物対策よりも大きな見返りが期待できる対魔族戦に力をいれていたため、重税を課せられ安全保障をおざなりにされた平民の生活は極端に悪化していた。つまり、もう限界だったのだ。

 そう。いくら貴族や教会が戦争継続だと騒ぎ立てても、現実はそれどころではなかった。この状況で勇者に報奨を出す――即ち終戦を肯定する――と決定した国王は、なるほど常人ではない。

 だが貴族達と教会上層部はそれを理解せず、飽くまでも魔族との戦争続行を望んだ。特にこの戦いに威信を賭けていた教会は魔族の完全屈服を目論んでおり、戦いを終わらせようとする勇者を激しく非難した。

 しかしいくら重臣達が進言しようとも国王は魔族との戦いを続ける意思はなく、貴族達の主張は全て退けられる。

 国王の説得に失敗し、かくなる上はと貴族達は正攻法を諦め、ある意味彼らがもっとも得意とする手段を取ることにする――即ち謀略に。

 それは国王の挿げ替えすら視野に入った陰謀であり、自分たちの利益を守るための計画。

 彼らは理解していなかった。とっくに自分達の考えが主流では無くなっているということを。

 そして、暗部の秘密を守り続けられるだけの力を、既に失っているということを。

 その愚かしい計画は準備すら儘ならぬ内に露見し、しかも彼らはそのことを知ることすらなかった。


 その結果、歴史上もっとも稀な異常事態が発生する。


 魔族との戦いに疲れ、好戦派貴族の言い分に飽き飽きしていた初代辺境伯ドリストロ・バン=ジェスト・メディア卿は、戦争終結を訴える『勇者』に同意し王都の貴族達と教会に対して挙兵――そして教会寄りだと思われていたカテナティーオ=イゾロ騎士団(現カテナティーオ騎士団)までもがその動きに同調。瞬く間に大規模な反乱へと発展する。

 慌てふためいた貴族と教会は王都に立て籠もり、王族の権威でもって相手の行動を掣肘しようと図る。


 だが、それは全く無駄な足掻きだった。


 辺境で発生した反乱に有効な手も打てず混乱する王都で、国王自らによる貴族らに対する逆クーデターとも言うべき武力行使が発生。

 国王本人が近衛軍を率いて貴族院と貴族議会を制圧し、混乱する貴族達を捕らえることでこの騒乱はあっけなく終結する。

 これにより多くの貴族が投獄または処刑され、また背後で繋がっていた教会関係者の多数が逮捕されることになった。それに対して教会は、神聖不可侵の原則と信者を煽って圧力を掛けたが、国王はそれを歯牙にも掛けない。それどころか逆に貴族達との暗い繋がりを王宮より公表され、瞬く間に立場と信者を失う結果に終わる。

 この状態で魔族との戦争を続行するなど到底無理であり、ここに和平は完全成立したのである。


 一連の出来事の主役である『勇者』は、国王からの褒美に対し多くを望まなかった。

 辺境の土地と屋敷、その功績から見れば細やかな財貨である。またカテナティーオ=イゾロ騎士団から、剣姫と名高い第三姫を妻へと迎えた。

 国王は王都に屋敷を用意する意向であったが、自分が中央に居てもろくなことにならないと確信しており、また教会からの干渉も少なくてすむことから『勇者』は敢えて辺境を選び、そこを終の棲家と定めたのだ。


 あるいは友情を交わした魔王の近くに居を構えることで、両者の仲が改善されていることを周囲に訴えたかったのかもしれない。

 真意はともかくこれ以降『勇者』の血筋は辺境の地に根を下ろし、地方名士としてひっそりと歴史を紡ぐことになる――良い意味でも悪い意味でも。



   ・・・ ・・・ ・・・



 慎重にお互いの距離を計りつつ、ジリジリと有利な場所取りを狙うアイカさんとウェイトレスさん。

 殺気とは違う張り詰めた雰囲気が立ち込め、凍てつくような空気が周囲を支配している。

 え? ここ街中にある一般食堂ですよね? 戦場だったりコロッセウムだったりしないよね?

「ふむ……余はお主のことなど全く見覚えは無いし、突如として襲われる覚えもないのだが……」

 夕凪を正眼に構えたまま、アイカさんが静かに口を開く。

「それは、お主も同じようだな?」

 一方ウェイトレスさんの方は、周囲から見ても明らかに狼狽していた。まるで自分の行動が理解できないかのように。それでもアイカさんから目を離さず隙を見せようとはしないのは流石。

「おい……これはマズイんじゃ?」

「街中で抜剣って、衛士達に見つかったらマズイぞ」

「にしてもクリスちゃん、どうしたんだ? いきなり斬りかかるなんて穏やかじゃないぞ」

 それまで騒然としていた店内が今では静かになり、僅かな囁き声と息を呑む音ぐらいしか聞こえない。突如として始まった大立ち回りに、お客さんたちも戸惑いを隠せずにいるみたいだ。

「なんだが知らないけど、『勇者』がウェイトレスって……よほどの理由でもあるのかしら?」

 一方、わたしの横ではレティシアさんが首を傾げている。その口調とは裏腹に表情は思い切り笑っていた。

「えーっと、『勇者』さん、なんですよね……彼女?」

 レティシアさんにわたしはそっと耳打ちする。

「『魔王』と戦い、和平への道筋を付けたあの『勇者』さんで間違いないんですよね?」

 話でしか知らない『勇者』。華やかな活躍に彩られたその物語はよく知っていたけど、そう言えば今を生きる『勇者』が何をやっているのかは知らなかった。

 魔族との戦いが終わってから百年も経てば、人族から見ればその記憶も『伝説』や『物語』。当事者なんて殆ど残ってないし、記録すら伝言ゲームの果てにヒッチャカメッチャカになってる。

「えぇ、まぁ。彼女は間違いなく『勇者』です」

 わたしの問いに、レティシアさんも軽く頷く。

「その『勇者』が、なぜこんな場所でウェイトレスをやっているのかはさっぱりわかりませんけど」

 『賢者』さんでもわからないことってあるんだなぁ。って、いやいや。いくらなんでもこんな事態がわからないのは当然か。

「それよりも気になるのは……」

 レティシアさんが僅かに眉を顰める。

「『聖剣』は、相応の相手でなければ『勇者』が呼びかけても反応しない筈。反応があったということは……」

 そこまで言ってから、レティシアさんはわたしの目を覗き込んできた。

「つまりアイカさんは『聖剣』が反応するだけの何者かであるワケですが」

 う……痛いところを突かれた。レティシアさんがアイカさんの正体について気にしているのは知っていたし、目立たない範囲で色々と調べていることも見て見ぬ振りをしていた。

「………」

 なんと答えて良いのかわからない。アイカさんに口止めしているわたしが、本人の許可無く答えるワケにもゆかないし。

「まぁ、今はそれはおいておきましょう」

 わたしの内心を見透かしたかのようなレティシアさんの言葉。

「話はいずれじっくり聞かせてもらうとして、取り敢えず今は、衛士や警士がやってくる前に騒ぎを収めませんと」

 確かにその通り。探索者は仕事柄街中での帯剣を認められているけれど、だからといって抜剣まで認められているわけじゃない。衛士などに見つかれば一発で逮捕されるし、実刑も免れない。

「収める……と言いましてもですね」

 言うは易く行うは難し、とはまさにこのこと。尋常じゃない雰囲気を醸し出している二人の間に割って入るのは勇気がいるというか、無謀が過ぎるというか。

「クロエさんの時みたいに、レティシアさんがバーンとカッコよく二人を止めてくださいよー」

 いや、アレは本当にカッコよかった。剣が交差する中に割って入り、両者の剣先を受け止める。一端の戦士や剣士でも難易度高そうな荒業を、彼女はいとも簡単にやってのけた。本職の前衛もかたなしである。

「そう、簡単に言いますけど……」

 やや引き気味になるレティシアさん。

「クロエさんに悪いですけど、あの二人とは格が違い過ぎます。勇者の一撃なんて受け止めたら、私の身体なんて杖ごと真っ二つですよ」

 あー、うん……。言われてみれば、アイカさん何時になく本気のオーラを醸し出しているし、相手は『勇者』。

 どのぐらいの実力なのか具体的には知らないけれど、『魔王』と戦ったぐらいなんだから相当な腕前のハズ。

 つまりはアイカさんと同レベルという可能性もあるわけで……うん、いくら強いと言っても後衛職であるレティシアさんにも限界というモノはあるわけで。

(……だからと言って、どうすることもできないワケだけど)

 今この場所で、レティシアさん以外に状況をなんとかできる可能性がある人はいない。わたしの実力はお察しくださいのレベルだし。

 お客さんの中に伝説級の強さを持つ人が混じっている可能性は……まぁ、ないか。

 幸いお互いの実力が拮抗しているのか、どちらも積極的に動こうとはしない。二人が暴れたらこの辺一帯が廃墟になっても不思議はないからこれは助かる。

「止めるなら今のうち、というのはそのとおりです」

 うーん、とさらに眉を寄せるレティシアさん。

「『勇者』はまだ本気じゃないですから、これ以上悪化しないうちになんとかしたいですね」

「へ?」

 聞き捨てならない一言。『勇者』が本気じゃないって、それは――。

「今代の『勇者』は『盾の勇者』なんです」

 レティシアさんが説明してくれる。

「つまり防御に特化した『勇者』なのです。『聖盾』が無いということは、彼女が本気ではないという証拠です」

「……つまり、本気でもなければ得意というワケでもない剣技で、アイカさんと互角に立ち回れていると」

 化け物――そうとしか表現しようがない。アイカさんは一人でゴブリンの一群を殲滅することが出来るほどの実力者で、それに匹敵するなんて人族としては最高峰の強さってことになる。

「もちろん、アイカさんも実力を出し切っているワケではないでしょうけど……」

 あぁ、そう言えばそうか。『勇者』に『聖剣』があるように、アイカさんには『焔月』がある。それを持ち出していないということは、アイカさんも完全に本気を出しているとは言えないワケで。

 もっとも、この状況でそれがなんの慰めになるかと言えば……。

「どうした? 不意打ち以外では余に手出し出来ぬのか?」

 よせばいいのに、アイカさんが挑発の言葉を口にする。

「っ、アナタ一体何者よ……」

 ウェイトレスさんの方は戸惑いの表情を浮かべつつも、剣を構えたまま口を開く。

「魔族ってのは見ればわかるけど、只者じゃないわよね」

 多分、あの『勇者』なウェイトレスさん、アイカさんの『魔王』としてのオーラに反応したのだと思う。ただ彼女は『魔王』と直接対峙した経験がないから、はっきりとわからないのだろう。

「はてさて、どうであろうな?」

 クククッと喉で低く笑うアイカさん。相変わらず強者を前にすると生き生きしてくる。

「いずれにせよ、剣士は技と武でもって語るべきであろう?」

「なんだかよくわかりませんけど、ここで引いては駄目ですよね」

 二人の気合が高まりつつある。これが限界まで膨れ上がった時、決着をつける一撃をお互いが放たれ、そしてどちらかが倒れることに――。


 ならなかった。


 二人の気が高まりきろうとした瞬間、調理場らしき扉が開け放たれ、飛び出してきた黒い影が連続して二人の背後を取ったから。

「うぉっ?!」

「あ痛!」

 わずかに遅れてウェイトレスの子とアイカさん、二人して頭を押さえてしゃがみ込んでいた。そしてその背後で怒りのオーラを全身から発しつつ仁王立ちしている髭面の男性。身につけたヒヨコのアップリケの付いたエプロンがミスマッチで不思議と似合っている。

「なにやら妙な気配がすると思えば……お前ら、人の店でなにを騒いでやがってる!」

 でも見た目に騙されてはいけない。信じられないことにこの男性、いとも簡単に二人の背後を取ったのみならず、その頭にゲンコツを落としてみせたのだから。そう、反応する隙すら与えずに。

「余、余の頭にゲンコツを落とすなど……何者だ、お主!」

 よっぽど痛かったのか、涙目になったアイカさんが声を上げる。

「酷いですよぉ、ヴォルガンさん」

 ウェイトレスさんの方も同じく涙目。確かににこの男性。見ただけでわかる筋肉ダルマさんっぷりだし、あの腕でゴツンとやられたら痛いなんてもんじゃないと思う。

「酷いもクソもあるか!」

 エプロンの男性――ヴォルガンさんが、ドンとテーブルを叩く。

「ちょっとやそっとの喧嘩なら大目に見てやったが、得物を抜いての騒ぎとなったら、こちらも黙ってはおれんだろうが!」

「余は客だぞ!」

 アイカさんも抗議の声を上げる。

「しかもどちらかと言えば被害者の方だぞ!」

「うるせぇ! 剣を抜いて反撃した以上、テメェも同罪だろうが!」

 あぁ、うん。まったくもっておっしゃるとおり。反論の余地もございません。

「怪我しようが死のうがテメエらの勝手にすりゃいいが、巻き添えで営業停止でも食らったらどう落とし前付けてくれるんだ?」

 うん。抜剣騒ぎぐらいなら店も被害者で済むだろうけど、流石に怪我人や死人がでたら巻き添えは確実。下手をしたら営業停止からの免状取り上げまであり得る。

 店の主人だと思われるヴォルガンさんが怒るのも無理はない。

「ともかく、今日はもう店じまいだ! 衛士共が来る前にさっさと帰れ!」

 その言葉に他の客からもブーイングが上がるものの、ヴォルガンさんが一睨みしただけで全員が黙り込む。

 ウェイトレスさんはともかく、アイカさんですら黙り込んでしまう凄まじい迫力だ。エプロンが台無しにしてる気はするけど、ツッコミを入れる勇気はもてないかな。

「あとクリス! お前は説教だ! 覚悟しとけよ!」

 そのまま店を後にする羽目になったわたし達の耳に、ヴォルガンさんの怒鳴り声が聞こえてくる。

「なにがあったか知らねぇが、客相手に剣を持ち出すたぁ何事だ!」

「そ、そんな~」

 ゴメンなさい、『勇者』のウェイトレスさん。めぐり合わせの運が悪かったということで。

 次に来た時は一番高いメニューとチップを弾むので許してね。

 だけどわたしは、周りの騒々しさが原因で見落としていたのだ。アイカさんの唇の端が大きく上方向につり上がっていたことを。



   *   *   *



 レディ・エミリア・メディア姫殿下との面会は、クーリッツ氏が来訪してから二日目のことだった。

「ふむ……わざわざ迎えを寄越すとは、随分と重要人物待遇だな」

 ツヴァイヘルド商会から送られてきた馬車に揺られながらアイカさんが口を開く。

「なんであれば、我らが新居にご案内しても良かったのだがな」

「いや、勘弁してください」

 屋敷の方はまだまだ掃除が済んでいない(とライラさんが主張している)ため、使える部屋は応接室と大広間のみ。住人であるわたし達ですら大広間にベッドだけ置いて押し込まれている有り様。

 とてもじゃないけど、地位のあるお客様を迎えられる状況じゃないし。

 いや、仮に準備ができていたとしても貴族のお姫様を、平民の家にご招待なんてワケにはゆかないでしょ。

 元の身分が身分だったせいか、アイカさんはどうもこの辺の感覚がズレているというかなんというか……いや、本当はわかってて言ってる可能性もあるからタチが悪いというかなんというか。少しで良いから振り回される方のことも考えて欲しいような……あぁ、いやでも。それだとアイカさんの魅力が半減してしまうかも?

「到着しました」

 そんなことを考えている間に馬車が動きを止め、御者が目的地についたこと告げる。

(……ついに来てしまった)

 自慢じゃないけど生まれてこの方ずっと小市民だったわたし。ちょっとした貴族様の仕事を受けたことはあるけど、大抵は使いの人を挟むから直接顔をあわせることなんて殆ど無かったし。わずかばかりの実際に対面した経験でも、精々騎士位や男爵位ぐらいの人しか会ったことはない。

 それに対して今回の相手は領主――それも辺境伯という極めて高い地位のお姫様。

 お姫様ですよ、お姫様。生お姫様! 一生縁があるとは思えなかった高嶺の花ですよ!

(いや、ホントに無理だって……)

 あ、鼻血でそう。

 幸いにしてドレスコードは不問にしてくれるって話だけど、礼儀作法なんて最低限すら知らないし上品な言葉遣いだって出来ないし。

「~~~♪」

 なんとも気楽に口笛を吹いてるアイカさん。全く気負った様子もないけど、この人は必要であれば幾らでも礼儀正しく振る舞えるんだろうなぁ……。

 レティシアさんについては言うに及ばず。完璧な礼儀作法を見せてくれるだろうし。

「はぁ……」

 馬車を降りると目前に大きな建物と、それに比例するこれまた大きな扉がドンと立っていた。

 その扉には『銀仮面の淑女』というプレートが掲げられていたけど、多分この店の名前なのだろう。

(これが尊きセンスって奴なのかしら?)

 う~む。建物自体は派手過ぎず地味過ぎずそれでいて確かな存在感を醸し出している、素人のわたしから見ても素晴らしい出来なのだけど、どうにもその、ネーミングが……貴族の人達のセンスって一体。

「ほぅ。教育は行き届いておるようだな」

 鼻歌をやめたアイカさんが、感心したように口を開く。扉の前では店員らしき男性が、こちらに向けて恭しく頭を下げていた。

 ある程度は身だしなみを整えたと言っても、こちらはいかにも探索者といわんばかりの格好。場違いなのは言われるまでもないことで、この人も内心あまり良い感想は持っていないだろうに。

「アイカ様と、その御一行様ですね?」

 恭しい態度はそのままで、男性がこちらに話しかけてくる。

「お待ち合わせの方は既に到着しております。ご案内しますのでこちらへ……」

「一つ尋ねたいのだが」

 わたし達を案内しようとする男性に、アイカさんが一声掛けて動きを止める。

「余らはこうして帯刀しておるのだが、それは構わぬのか?」

 まるで挑発するかのように夕凪の柄をトントンと叩くアイカさん。

「なにか不手際が起きては、そう、お主達が困るのではないのか?」

 そう言えばそうだった。緊張していた上にいつもの格好で良いと言われたからうっかり剣を挿したままここまで来ちゃったけど、確かにこれは保安上マズイんじゃ……?

 そりゃ、わたし達に姫様を害するつもりなんて全くないけど。

「先方からは、普段の格好のままで良いと伺っております」

 アイカさんの言葉に、案内役の男性は簡潔に答える。

「我々は普段の格好で案内せよと申し使ったのです。勝手は許されません」

 それだけを言うと、これ以上問答するつもりはないとでも言いたげに再び会釈する。

「よかろう。では、案内するが良い」

 こんな時でもアイカさんはアイカさんなんだなぁ……。



   *   *   *



 案内された部屋では、二人の女性がわたし達を待っていた。

 机の上座に座っているドレス姿の縦ロール付き金髪女性。そしてその脇に立っているサーコートを纏った榛色のショートカットの女性。

 金髪の女性がレディ・エミリア・メディア姫で、その脇にいるのは護衛騎士だろう。

「お待ちしていましたわ」

 こちらの姿を見るや、金髪の女性が立ち上がって軽く挨拶をする。それに合わせて護衛騎士の女性も軽く頭を下げた。

「……えーっと」

 とっさに返事はできなかった。

 高位貴族が平民相手に先に挨拶をしてくるという異常事態もさることながら、エミリア姫とその護衛もマスカレードマスクで顔の上半分を隠していたから。

「あ、その……今回はお招き頂きまして――!」

 それでもなんとか気を取り直し挨拶をしようとしたけど、エミリア姫が軽く手を上げて制してくる。

「堅苦しい挨拶は抜きで構いませんよ。無礼講――とはゆきませんが、ここでは私の立場など気にしない方向でどうぞ」

 正直助かるし、こちらの事情も理解して貰えている。高位の貴族相手に無礼講なんて言われたら、そっちの方がよっぽど難しい。

「では、なんだ? 余らは仮装大会にでも招待されたのか?」

 思ったことをズバリ直球真っ直ぐに口にするアイカさん。あの、流石に空気を読んでもらえないでしょうか?

「貴様……!」

 護衛騎士の人が怒りのオーラを発するものの、アイカさんはどこ吹く風。

「落ち着きなさい」

 エミリア姫が護衛騎士さんを嗜める。

「私達が着けている仮面は、この場に限りお互いの立場の差を埋めるという意思表示……失礼とは承知していますが、ご容赦を」

 前半は護衛騎士さんに、後半はわたし達に向けての言葉。

「姫……!」

 いかにも納得ゆかないと言いたげな護衛騎士さん。身分で言えば遥かに上であるエミリア姫が、平民探索者に対して取る態度としては一言言いたい気持ちもわかる。

「落ち着きなさいと言ったでしょう?」

 だけど、エミリア姫はそれを扇子の動き一つで遮った。

「そもそも願いごとがあり、お呼び出したのはこちらなのです。少しは礼儀を弁えなさい」

「……申し訳ございません」

 どうやらエミリア姫は、仕事に関しては身分の上下を誇示しないタイプみたい。心の中で何を思っているか、相手に悟らせず、上手く交渉を進めるタイプ。これは手強そう。

 そしてエミリア姫の言葉に、納得ゆかないという雰囲気を醸しつつも護衛騎士さんが一礼する。自分の意思に反しても、主人に対しては忠実に仕える人みたい。

「さて。私の部下が失礼をしましたが、お話を続けさせて貰っても?」

「はぁ……」

 なんというか、こうも下手に出られると調子が狂う。

「ふん。余は魔族故にこちらの言葉を流暢に扱うことはできぬ。無礼な物言いもあるかと思うが、それで良ければ話してみよ」

 重ね重ね空気を読んで欲しい。ほら、護衛騎士の人。握りしめた拳がプルプルしてるし……。相手が相手だから無礼討ちされても文句を言えないよ? ま、アイカさんのことだから、ギリギリのラインを見極めているんだろうけど。

「構いませんよ。ここは舞踏会の場でも茶会の場でもありませんし」

 一方、エミリア姫はとても大容でした。にこやかに答えてからテーブルに用意されていたお茶を一口飲む。

「貴女方は回りくどいやり取りは好まないと伺っていますから、単刀直入に申しましょう」

 ソーサーの上に、物音一つ立てずに戻されるカップ。流石はお貴族様。

「領土内で騒ぎを起こしているオーク達、その目的を調べて欲しいのです」

「オークとな」

 オークは、エルフやドワーフといった所謂亜人族の一つ。ゴブリンやコボルトといった魔物とは違い、独自の文明と政治・経済を持った知的種族だ。

 人族とも魔族とも関わることを嫌っており、『ザラニド』と呼ばれる独自の王国を築いていることはわかっていたけど、その正確な場所や規模は知られていない。

 ただオーク達とは正式な国交が無いとはいえ、交流そのものがゼロというわけじゃなかった。

 辺境には幾つかオークによる隠し村が存在し、そこを拠点として僅かながら商売のやり取りがある。領都内にも細々とだがオークの商店が存在しているぐらいだ。

 オークは身長は人族より一回り大きく、緑色の肌に灰色の髪。下顎から飛び出す牙など外見上の特徴は多いものの、全体的には人と似通った外見を持つため、珍しいならがらも人族の生活に馴染んでいる者もいる。

 そして人族と同じようにオークにも跳ねっ返りは存在し、辺境で騒ぎを起こすのはこの手の連中だ。

「オークのならず者が暴れているのは耳にしておるが、そのような不届き者など兵でもって討伐すればよかろう」

 アイカさんが腕を組んで難しい顔をする。

「幸い『ザラニド』の連中は、人族の領域に手を出したオークがどのような報いを受けても気にするつもりはないようだしな」

 人族の領域で暴れたオークは、見つかれば探索者や衛士などに討伐・逮捕される。そこに一切の手加減はなくそれなりのオークが殺害されているのが現状。

 だけど、それに対してオーク族の支配者がなにか言ってきたことはないし、報復行動をおこしたこともない。

 つまり黙認状態だ。たとえ同族でも、騒ぎを起こした者を助ける気はないという意思表示なんだろう。

「そう簡単な話であれば、こちらも困りません」

 アイカさんの言葉に、エミリア姫がため息を漏らす。

「問題は、相当数のオークを討伐しているにも関わらず、被害は減るどころか増加傾向にあるということです」

 確かにここしばらくギルドの依頼はオーク絡みが多かったような気がするけど、まさかそんな事になっていたなんて。アイカさんは大型魔獣討伐以外にはあまり興味を示さないので、気にもとめていなかった。

 うん。色々あったとはいえ、ちょっと情報収集を怠り過ぎたかな。気合を入れなきゃ。

「辺境で何かが起きつつあるのは確か。では、それがなんであるのかを私は知りたい」

「なるほど。お主の希望はわかった」

 エミリア姫の言葉に、アイカさんが初めて笑みを浮かべる。

「では他にも適任者がおるであろうに、わざわざ余らを直接指名した理由。それを聞かせてもらえるのであろうな?」

 下手な言い訳は許さない――アイカさんの瞳はそう無言のまま語っていた。


※次回投稿は、1/30の予定です。本業多忙のため、当面の間二週間毎更新となります。

 誠に申し訳ございません。


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