第四話 スールズ・カプリッチョ#3
問題の魔族の少女をギルドに突き出し一件落着……と思えば今度は引っ越しを迫られ……。
中々落ち着く暇もないようです。
「んまぁ! 思いの外可愛いお嬢ちゃんじゃないの!」
ギルドまで戻り、事の顛末を説明すべくギルドマスターの部屋まで行くなり、クリフさんが身体をくねらせながらすごいスピードでこちらまで走り寄って来た。
「衛士達をきりきり舞いさせた剛の者って聞いてたから、どんなイカツイ子が出てくるのかと思ってたのに」
そのままアカリさんを抱きしめ思いっきり頬ずりする。
「うわ、え、なになに?」
あまりにも予想外かつ素早い動きに反応が遅れてしまい、アカリさんは見事クリフさんに捕まってしまっていた。
「やーん可愛いじゃなーい。こんな子に後れを取る気持ちはわかるけどぉ、この街の衛士ももうちょっとしっかりしてくれないとぉ」
中年男性がまだ若い女性に抱きついて絶賛頬ずり中……どう見ても衛士か警士を呼んでくるべき案件にしか見えない。
「えーっと……この変態、斬り捨てても?」
めちゃくちゃ頬ずりされながら、アカリさんが腰の刀に手を掛ける。
「というか、アカリに触って良いのはおねえさまだけですよ!」
「お主の主張はどうでも良いが、そんなのでもギルドマスターなので、斬るのはやめておけ」
「うぅ……おねえさまがそういうなら……」
半泣きで刀から手を話すアカリさん。気持ちはわかるよ、気持ちは! わたしだって一番最初に会った時には似たようなこと思ったし。
「それと、ギルドマスターよ。話が進まないので、戯れはその辺にしておくがよい」
「え~……」
頬ずりこそやめたものの、アカリさんをがっちり抱きしめたまま、クリフさんが唇を尖らせる。
「ここしばらく神経をすり減らす案件ばかり抱えてたのよぉ。少しぐらい癒やしがあっても罰は当たらないと思うのよー」
「それがお主の仕事であろう。泣き言を申すでない」
相変わらずクリフさんに容赦ないアイカさん。
「そなた組織の長としての自覚が、少々足らんのではないか?」
……アイカさんだけには、その台詞を言われたくないんじゃないかなー。
「自覚は足らなくても仕事は足りてるから問題ないのヨ」
ようやくクリフさんがアカリさんから手を離す。
「さぁて、それではご希望通りお仕事の話をしましょうか」
そう言いつつ、机の上に広げていた書類の一枚を取り上げる。
「衛士隊の方は、この子を実刑に問うつもりは無いって言ってるわね……わかるわぁ。可愛い女の子は世界の宝ですもの」
「………」
アイカさんにジロリと睨まれ、クリフさんは軽く咳払いをする。
「まぁ、実刑に問うとなれば、この子が何をしたのかを公にしないといけないし、そうなると衛士隊の不始末が知れ渡ることになる……と」
実情はともかくアカリさんみたいな女の子に衛士が振り回されたなんて知られると、与し易い相手と勘違いした盗賊や山賊が出現しかねない。
それを考えれば、話は内々に収めたいのは当然。
「とは言っても、お咎めなし……ってわけにもゆかないのよねぇ」
こちらもごもっとも。衛士を襲撃しておいてお咎めなしなんてことになれば、勘違いした腕試しが流行ったりして目も当てられなくなる。
「なんだったら、腕の一本でも斬り落とすか? どうせすぐ生えてくるが、一月ぐいなら生えないように抑え込むことも可能だぞ?」
にこやかな笑顔で怖いことを言わないで欲しい。斬り落とすってだけでも相当アレなのに、生えてこないように抑え込むって!
「片腕無いのはちょっと不便かなぁ」
言われた方のアカリさんも呑気に答える。
「利き腕がないとおねえさまに夜這いかけるのも――」
「やっぱり両腕両脚を斬り落としておくか」
「はい、ごめんなさい。反省しています」
全く反省している表情には見えないけど、絶対に突っ込まない。
「魔族ってぇ……」
クリフさんが心底疲れたように口を開く。
「アテクシ達の常識では計れないって知ってたつもりだったけど、なんというか……見た目が似てるだけで中身はベツモノって話も本当なのかも」
それについては、わたしもあまり否定できる思い出がありません……。
「まぁ、そんなことよりもだ。お主が考えなしなのは今にはじまったことではないが、なぜに人族の衛士を襲った?」
アイカさんがアカリさんに言う。
「事が事だけに場合によっては魔族と人族の間で大きな問題になったやも知れぬ。冗談だった……ではすまぬことぐらい、お主の緩い頭でも理解はできよう?」
「うーん……衛士さん、でしたっけ? ともかくあの人達が頑張ってるお陰で、街付近の治安が凄く良いワケですよ」
アイカさんの問いに、アカリさんが小首を傾げる。
「お陰でアカリが最初に立てていた計画が台無し! 盗賊とか野盗の類を蹴散らして修練と糧を得ようと思ってたのに……」
魔族らしい、のだろうか? まぁ、商隊や一般人を襲って金品をせしめようというのよりはだいぶマシかもしれないけど。その場合は、もうごまかしようもなく大問題になってただろうし。
「そこでアカリは考えたんですよ。盗賊の類が出ないほど番兵がしっかりとしているなら、そっちを狙った方が腕試しになるって!」
周囲全員の表情が微妙になってゆくのに気づいてるのか気づいてないのか、どこか得意げに続ける。
「地元なら看板貰って帰るところですけど、人族ってそういう習慣は無いみたいじゃないですか。だから代わりにご飯貰って帰ることにしたんです!」
エッヘンと言わんばかりに胸を張るアカリさん。
「我ながら良いアイデアだと思うんですけど、スゴイでしょ!」
うん。意味がわからない。もしかして、魔族なら理解できるのだろうか?
「うむ、スゴイな」
表情が全く動かない棒読みなアイカさん。幸いにして、魔族基準でもよくわからない行動だったみたい。
「その頭の悪さ。少しはわけて欲しいと思うぞ。割と真面目に」
アイカさんがこめかみを押さえている。
「そうすれば人生悩みなしで生きてゆけそうだからな」
「おねえさまを悩ませることがあれば、このアカリ。断じてそれを許しません!」
「ここで切腹を申し付けない余の自制心に、自ら感動しておるわ」
はぁーっとため息を漏らす。
「まぁよい。お主の言い分はわかった。で、ギルドマスターよ。この者、どう落とし前をつければ良い?」
「大事にしたくないのはこちらも同じだからネ」
アイカさんに話を振られたクリフさんが、僅かな思案顔の後、言葉を続ける。
「そうね……特別に『青銅』級の期間限定探索者として登録したげる。そしてギルドからの仕事を、強制的にこなして貰うわ」
『青銅』――それは一般の探索者とは違う、特別なランクを示すモノ。その殆どが犯罪者かそれに類する者によって占められていて、どちらかと言えばあまり良いイメージはない。
基本的には『銅』級に準じる価値を持っているけれど、受けられる仕事は唯一つ――討伐任務のみ。仕事の依頼がない場合は、野良魔物を狩るか、他パーティーの討伐仕事の手伝いでもして稼ぐしかない。
そして最大の問題は、『青銅』からランクの上昇は無いということ。『青銅』に認定されたら、一生『青銅』のまま。ようするに『死ぬまで戦え』と言われているランクだ。
「その上で最低半年、問題を起こさずに『青銅』級を勤め上げたら晴れて放免よ。頑張ってネ」
要するに半年間、ギルドの下でタダ働きをしろって話。重いといえば重いけど、穏当な処置なのもまた事実。
「断れる話じゃないんですよねー」
面倒くさいなぁという感想を隠そうともしないアカリさん。
「ご褒美におねえさまを一揉みさせくれるとかなら、やる気も上がるんだけどなー」
「お主は反省せねばならぬ立場なのだから、少しは殊勝にするが良い」
チラッチラッと視線を向けてるけど、アイカさんの方はまったく相手をするつもりがないようだった。
「まったく……自業自得というモノであろうが」
「はぁい」
流石にこれ以上はふざけてる場合じゃないと思ったのか、アカリさんがピシっと背を伸ばす。
「不肖、アカリ。お勤めを果たして参ります」
「うむ。誠心誠意働いて返せよ」
「なに他人事みたいに言ってるのヨ」
アカリさんがビシっと敬礼し、アイカさんが鷹揚に頷く。そこにクリフさんが言葉を挟む。
「ギルドは暇じゃないし、魔族の流儀なんて詳しくもないわけ。だから引受責任者はアナタ達よ」
このタイミングで気軽に爆弾を放り込んできちゃった。
「なぬっ!」
「住処や食事の問題もあるでしょ? その子、充分なリーブラの持ち合わせあるのかしら?」
クリフさんの問に、エヘッという表情でアカリさんが答えた。
「……串焼きぐらいなら買えますよ?」
「お主……手持ちもないままこんな所まできたのか?」
「うーんと、来るまでは商隊の護衛とかで稼いでました。ただ、人族の料理って、ワイルドだけど肉が多くて楽しいんですよねー」
わかる! 買い食いの楽しみは、種族を越えて共通する楽しみだから! そこに屋台があれば、行かずにいられようか!
「つまり、飲み食いで手持ちをスッたというワケか?」
呆れたようなアイカさんに、アカリさんがさらりと答える。
「稼ぐ当ては一応あったんですよ? ただ予想よりも平和だったから目論見が外れただけで」
「だとしても、少しぐらいは手持ちを残したりだな」
アイカさんが呆れたように言う。継続した収入の確証もないのに、いきなり全財産を使い込んでしまうのは――あぁ、いや。探索者なら珍しい話でもないか。
「やだなー」
アイカさんの言葉に、アカリさんがニッコリと答える。
「宵越しの銭は持たないって教えてくれたのは、おねえさまじゃないですか!」
「ぬ?」
「十年ぐらい前だったかな。ミスマル家の庭で傾く生き方についてよく話してくれたじゃないですか!」
アカリさんの言葉に、アイカさんが狼狽えたような表情を浮かべる。
「そ……そうであったか?」
「はいっ! アカリにとっての人生の指針です!」
つまりアカリさんの破天荒な行動の責任の一端は、アイカさんにあると……。
「というわけで、よろしく頼むわよ?」
ニッコリと微笑むクリフさん。
「もしなにか問題が起きたら連帯責任だから、そこのところヨロシクね」
バチンとウィンク。
うん……こんなに嬉しくないウィンクは初めてみたよ……。
「私もかつて魔族と戦った勇者パーティーの末裔ですが」
レティシアさんがなんとも言えない表情で言葉を続ける。
「よくもまぁ、ご先祖様はこんなのを相手に戦いを続ける気になったものです。私なら途中で投げ出してどこかに引きこもってそう」
そうだろうなぁ……もしわたしが勇者パーティーの一員だったとしても同じこと考えてそうだもん。
「正直な話、今ならご先祖様を純粋に尊敬できる気がします」
昔の人は凄かった。多分そういうことなんだろう。
* * *
――どうしてこうなった。
場所は中央通りのちょっと外れ。場所はちょっと良さげな喫茶店のテラス席。
目の前には美味しそうなケーキと淹れたての珈琲。
昼さがりという時間帯のせいか人通りも少なく、わりかしノンビリと時間が流れている。
優雅なひとときを堪能するには丁度良い――目前にいる人物が、彼女でさえなければ。
「アカリとエリザさん。きっと仲良くなれると思うんですよ!」
そう。なぜかわたしは、アカリさんと二人きりで喫茶店にいるのでした。
先程の用件が済んだあとレティシアさんはクリフさんに呼び止められてギルドの奥に、アイカさんはたまたま酒場エリアで出くわしたガルカさんにリベンジを挑まれて賭博中。
わたしとしては適当にぶらついてウィンドウショッピングでも楽しもうかと思っていたのだけど、ギルドハウスから数歩出たところを、ものすごい勢いで追いかけてきたアカリさんに捕まってしまったのである。
「アカリ、アイカおねえさまの魅力は、もっと世界中に広まるべきだと考えているんです!」
どこか遠い空を見つめているわたしの様子にもお構いなく、アカリさんが捲し立てる。
「おねえさまの魅力は魔族一どころか、世界一ですから!」
アイカさんが魅力的なのに異論はないけど、流石にそれは言いすぎな気も……。
「スタイルはもちろん、その強さも本当にスゴイんですよ!」
アカリさんの熱弁はおさまるどころかヒートアップする一方。あ、向こうでお茶飲んでいた人、なんだか慌てて帰ろうとしている。
「知ってます? おねえさまの一撃は、本当に痺れるんですよ! 感覚的な点でもそうですけど、物理的にも!」
いえ、アイカさんに斬られたことなんかないので知りません。というか知りたくないです。
「斬られてすぐにはわからないんです! 痛みなんか全然無くて、飛び散る血ですら他人のものに思えるぐらいに」
へ、へー。
「でも、数秒後にわかるんです。斬られた部分が痺れることで。見たら、そこにあるはずべきのものがなくて、あぁ、斬られたんだなって」
それが達人の技だということはわかるんだけど……。
「痛くないんですよ。ただ痺れるだけで。これって限られた名人にしかできないことなんです!」
力説されても……その、困る。
いや、本当に。そんな両目をキラキラさせて言われても、こちらとしても返答に困ってしまう。
少なくとも感じの良い喫茶店のテラスで嬉々として語る内容じゃない……ってか、女の子二人揃ってこんな血なまぐさい話って、どうなの? え、わたしが遅れてるだけで、今はこういうのが流行りだったりするの?! もしかして、わたし……流行に乗り遅れてる??
……そんなワケないか。仮に乗り遅れていたとしても魔族女子での流行りだろうから、人族女子のわたしには関係ない。
「その腕前に加えてあの美しい漆黒の髪。そして抜群のスタイル! ユリヅキ様も手放しで褒める、まさに神の選びし美女ですから!」
「エー、ハイ。ソーデスネー」
「おねえさまを想像するだけで、アカリ、ご飯三杯はいけちゃいます!」
ヘー、ソーナンダー。それはもう、好きとかそんなのを越えて変態の域なんじゃないかな?
「というかですね」
熱弁を奮っていたアカリさんが、不意にわたしにズイっと顔を近づける。
「おねえさまって基本的に他人を身近に置きたがらないんです。なのに、一緒のパーティーまで組んじゃうなんて、一体どんな魔法を使ったんです?」
「どんな魔法って……」
正直な話、わたしよりも先にアイカさんの方からグイグイ来てたワケで。むしろ、なぜわたしとパーティーを組んでるのか逆に聞きたいぐらい。
「わたしの感覚的には、アイカさんの方から迫ってきているので、逆に理由を知りたいというか……」
「えぇぇぇぇーーーーーーっ!」
アカリさんが大きな声で驚く。
「あのアイカおねえさまが他人、それも人族に興味を示すなんて……す、スゴイ……」
そ、そうなんだろうか? 国元のアイカさんは、今わたしが知っているアイカさんと随分イメージが違うっぽい。
「エリザさん!」
ガシっとアカリさんに両手を掴まれた。
「今日からアカリと親友ですね!」
「へ?」
「アイカおねえさまと仲良くなれる秘訣、ぜひとも教えてください! ここの支払いはアカリが……って、そう言えばお金持ってなかった!!」
……多分、断っても無駄なんだろうなぁ。
「一つ聞いてみたいんですけど」
向こうがグイグイ来るなら、わたしも聞いてみたいことがある。
「その……あんな目にあっても、アイカさんのことを怖いとか恐ろしいとか思わないですか?」
いくら再生できるとはいえ、アカリさんの腕や身体を躊躇なく斬り裂くアイカさん。憎しみがあるわけでも怒りがあるわけでもなく――それどころか楽しげに。
人族のわたしから見れば、それは常軌を逸した行為にしか見えない。
確かにあの時点でアカリさんは捕縛対象であり、その為には力づくで抑え込むが必要があった。
でも、相手は知人。わたし達なら手を止めることはないにしても、かなりやりづらい。なのにアイカさんとアカリさんはそんなことお構いなしとばかりに全力で斬り合い、終わってしまえば何もなかったかのように振る舞う。
アイカさんと付き合いもそれなりの期間になり、魔族のことはだいぶわかってきた気もするけど、やはりまだまだついていけないことも多い。
「怖いはともかく、恐ろしいはないかなぁ」
わたしの疑問にアカリさんはにっこりと答える。
「多分、先日のアレのことを言ってるんだと思うんだけど、完全にアカリのやらかしだからなぁ……折檻されるのは仕方ないってだけの話なんだよねー」
折檻……というレベルなんだろうか、アレは。人族と魔族のギャップは中々埋まらない。
「うん、まぁ……人族にはちょっと分かりづらい感覚かな? 説明もしづらいし。とにかく」
どうにもうまく言葉が思いつかないらしく、アカリさんが困ったような表情を浮かべる。
「おねえさまは決して理不尽な存在じゃないので、これぐらいのことで距離をとったりしないでくれると嬉しいかなぁ」
「……わかりました」
別にアカリさんを問い詰めたいワケでもないし、そもそもそれほど意味のある質問でもなかったし。
アカリさんとアイカさんの間で問題になっていないのなら、もうわたしが口を挟むようなことでもないだろう。
「でないと、またアカリが折檻されちゃうから」
ぺろりと舌を出してみせたアカリさんに、わたしはアハハハはと誤魔化すような笑みを浮かべるしかなかった。
* * *
「お前たちが今ねぐらにしている『銀翼の家鴨』亭だがな」
翌日。仕事はないかとギルドハウスを訪れたわたし達を呼び止め、トーマスさんが頭を掻きながら口を開く。
それはあまり良くない用件を告げるときの癖だ。
「そろそろ出ていってもらうぞ」
おぉう。なんとも直球ストレートな物言い。
「お前たち、もう十分以上稼いだだろ。あの宿は底辺探索者にとって最後の寝床だが、最近部屋数が不足しててな。他の宿なりいっそ家を買うなりして退去して欲しいワケだ」
「あー」
当の自分が最近まで底辺中の底辺だったのですっかり忘れていたけど、あの宿屋は本当に稼ぎの少ない探索者向けに用意されたものだ。
稼ぎが無いのも自己責任として放置するのは簡単だけど、住むところさえない探索者が犯罪者化しては困るし。
今のわたし達は平均以上の稼ぎがあるのだから、いつまでも『銀翼の家鴨』亭にお世話になっているのはよろしくない。
ちなみにレティシアさんはもっと高いホテルに泊まっている。
「ふむ。出てゆくのは別に構わぬが、代わりの住居は紹介してもらえるのか?」
アイカさんが尋ねる。さすがに突然言われて『はい、わかりました』とはゆかない。
「そこまで手厚いサービスはしてないな」
トーマスさん返事はにべもない。
「別にすぐに出てゆけって話ではないから、適当な引越し先を探してくれや」
「報酬から手数料を巻き上げているワリには、なんとも冷たい対応だの」
「いや、まぁ……うん」
トーマスさんが更に強く頭を掻く。もう髪の毛ないから抜け毛の心配はないけど、頭の皮が傷だらけになりそう。
「ここだけの話、ギルドとしてはあまり特定の宿や不動産に肩入れしているように見えることは出来ないんだよ」
わずかに声を落として言葉を続ける。
「探索者もピンからキリまで数えれば結構な数になるわけだが、そいつらの住処はちょっとした利権だ」
なるほど。領都は辺境近い場所にありギルドハウスもある。当然ここを拠点にしている探索者の数は最も多く、彼ら彼女らが宿泊し飲み食いする金額は、一つ一つは安くても数が集まれば相当なもの。
そんな中でギルドが特定の店を贔屓にすれば、様々な反発と軋轢を生むことになる。
「……この街にどれだけの宿があるかは知らぬが、動く金額を考えれば安々とどこかを紹介したりはできぬか」
その辺はアイカさんも理解しているのだろう。面白くなさそうにフンと鼻を鳴らす。
「そちらの事情は理解した。であれば、こちらの事情も理解して貰えような?」
「お、おう……」
別に威圧されているわけでもないのに、トーマスさんが若干引き気味になっている。
「なに、そう時間は取らせぬ。取り敢えず新居が定まるまでは『銀翼の家鴨』亭を利用させて貰うだけだ」
流石のトーマスさんも、首を左右に振ることはできないようだった。
「というわけで、早々にどこか新しい住処を探す必要があるんですよねー」
ちょっとした小物を買うために赴いたロベルトさんの店で、お高いカップでお高い珈琲を堪能しつつ、世間話を口にした。
「わたしとしては、ちょっとした宿に部屋を借りたら良いと思ったんですけどね」
簡単に見つかるだろうと思っていた引越し先探しは、思った以上に手こずっていた。
というのも領都は商業都市として大きな市場であり、各地から多くの商隊がやって来る大都市でもある。
そのため宿や旅館・ホテルは常に客で一杯で、特定の人物に長期間部屋を貸すのは難しい状況だった。
それでも素性の怪しい木賃宿なら空き部屋もあるけど、財産の保管場所も兼ねる場所としては心許ないにもほどがある。以前みたいに着の身着のままってレベルならそれでも良かったのだろうけど……。
「そもそもだ。ギルドも既存の宿に頼るばかりでなく、自ら運営する宿を増やせばよかろう」
例えば『銀翼の家鴨』亭みたいに。
珍しくわたしと一緒に来ていたアイカさんがやや乱暴にコーヒーカップをソーサーに戻す。ロベルトさんの右眉がピクリと動いたのが見えたけど、ここは気づかなかったフリをしておく。
「仰っしゃりたいことはわかりますが、探索者ギルドも街にお金を落とすという点で領主館との軋轢を避けている面もありますからなぁ……難しいところです」
アイカさんの愚痴にも律儀に答えるあたり、流石は紳士。
「であれば、せめて貸家の数を増やせばよかろう。宿もない家もないでは、立ち退きを要求するにしても道理が立つまいよ」
「いやはや、お嬢さんのおっしゃるとおりです」
ロベルトさんがアイカさんのカップにおかわりの珈琲を注ぐ。
「領主も新しい外壁の建造とそれにともなう居住区域の拡大を図られておりますが、色々と難しいでしょうからなぁ……」
「いっそ、外に小屋でも立てて住んでしまうか」
「そこまでの覚悟がおありでしたら」
ため息交じりに漏らしたアイカさんの言葉に、ロベルトさんが控えめに提案してくる。
「であれば、領都の郊外にご紹介できる丁度良い館がありますよ」
「領都郊外に?」
それはつまり外壁の外にあるという意味。確かに住人の中には、狭い領都内ではなく比較的安全な区域に自前で結界を用意して住居を建てている人もいる。
ただ言うまでもなく結界を張るのには高価な魔道具が必要で、メンテナンスコストも馬鹿にならないからあまり例が無いのだけど。
「えぇ。建物自身はちょっと古めですが作りはしっかりしておりますし、結界も定期的に魔力結晶を投入することで維持できます。お値段の方もお安くできると思いますよ」
「ふん」
ロベルトさんの提案に、アイカさんが薄く笑う。
「うまい話には裏がある――それは魔族でも人族でも変わらぬ真理であろう? どのような落とし穴があるのか正直に申してみよ」
「いやはや、ご慧眼ですな」
お茶請けのスコーンを差し出しながら、ロベルトさんが言葉を続ける。
「いわゆる一つの、訳あり物件なわけです。空き家なのをいいことにどこからかゴースト達が集まり、住み着いてしまったのです」
「……ゴーストとな」
もっとなにか違う内容を予想していたのか、虚を突かれたような表情を浮かべるアイカさん。
「退治を試みればよかろう。確かにゴーストは厄介な相手だが、お主らの財力なら腕利きを集めることもできようが」
実体を持たないゴーストは、確かに面倒な相手だけど、それなりの腕前がある探索者なら退治は不可能じゃないし、聖職者ならそれこそ簡単に払うこともできる相手。
「まぁ、そう思われるのは当然なのですが」
ロベルトさんが苦笑を浮かべる。
「どうも住み着いた中に、エルダーゴーストが混じっているようで……何度か依頼したことはあるのですが、尽く失敗に終わっております」
エルダーゴースト。それは何百年もの年月を経たゴーストが、より強い力を得て進化したものだと言われている。
実体が無いにも関わらず物体に干渉することができ、様々な特殊能力を発揮すると言われている。会ったことないので、あくまでも噂レベルのお話だけど。
「ほぉ」
アイカさんが目をキラリと光らせた。
「その話、詳しく聞かせてもらっても」
††† ††† †††
「というわけで、お望み通りお話は通しておきましたよ」
エリザとアイカが帰った後、彼には珍しい盛大なため息を付きながらロベルトは口を開いた。
「あまりお客様に厄介事を押し付けるのは、気が進まないのですが」
「別に一方的に厄介事を押し付けたわけではないだろう」
部屋の奥から青年――クーリッツが姿を現す。
「あの二人は新居を探していた。こちらは処分したい物件を持っている。それをちょっとしたお願いと引き換えに安く提供するのだから、Win-Winの関係だと言えるだろう?」
「クーデリア嬢の能力で、彼女らが引っ越しの必要に迫られていることを知った上での行動でしょう? フェアとは言えませんな」
「仕方ないだろ……」
ロベルトの指摘に、クーリッツが疲れたように答える。
「あの館は誰に売ってもいいという物ではない。だがこれ以上コストを掛けて維持するのも無意味だ」
少々値が張るものの、教会の中央に依頼すればエルダーゴーストと言えども祓うのは可能だ。
だが問題の館はとある理由から、教会に相場の数十倍近い値段を払う必要がある。そしてゴーストを祓わなければ売り物にならないが、祓ったところで売るには慎重を期す必要がある、実に手のかかる物件だった。
やむを得ない事情で買い取られた館ではあるが、本当に持て余している。これを買い取った総代表にはいくら文句をつけても言い足りないが、それで何かが解決するわけではない。
「あの連中なら、エルダーゴーストでもなんとかしてくれるだろう。それにパーティーには『賢者』が混じっている。売り手としては理想だ」
「まぁ、いいでしょう。確かに彼女達にも益のある話ですし」
そこまで言ってから、ロベルトはスッと目を細めた。それはかつてクーリッツの教育係をしていた時の目だ。
「ですが、彼女たちは私の顧客です。今回は貸し一つとして飲み込みますが、これ以上彼女たちを一方的に利用するとするなら――」
「わかっている」
慌ててクーリッツが手を振る。
「今回は小細工を弄しすぎた。次からはもっと堂々とやる」
何歳になっても、教育係の爺やには頭が上がらないクーリッツであった。
※次回投稿は11/28の予定です。ただし、仕事の都合で多少遅れる可能性はあります。
この所、年末が迫った為に予定が不安定になっております。
誠に申し訳ございません。
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