第四話 迷宮狂想曲 #5
一連の騒動を解決し、待望のランクアップを果たした二人。
ただそれだけで話が終る筈もなく。
目立つということは、それだけ面倒の種も増えるということ。
まぁ、それはそれとして、人のリーブラで食べるご飯はとても美味しいアイカさんでした。
「アナタ達、ホントこちらの期待以上の成果を上げてくれたわね」
へんた――ギルドマスター・クリフさんは、それは楽しそうに身体をクネラせながら口を開いた。
「本当に、アナタ達に任せて良かったワ」
あれから数日後わたし達は改めてギルドに呼ばれ、事情聴取を求められていた。
もちろんダンジョンからの帰還時にトーマスさんに報告はしているので、色々理由をつけて断ることもできたけど、ここは素直に受けておいた方が面倒が無い。
そりゃ建前上は断れるけど、その場合は了承するまで延々とせっつかれて、こっちが折れるまで圧力かけられるだけだもんね。
こういう面倒事はさっさと片付けてしまうに限る。
「トーマスの奴にはネチネチと絡まれたがな」
ブスっとした表情のアイカさん。
「確かに戦いは極力避けるよう言われていたことは認める。だが、この世界には不可抗力というモノがあるだろうが」
「トーマスちゃん、真面目だからねぇ」
アイカさんの言葉にしみじみと答えるクリフさん。
「アテクシもよく説教されるし……あら? ギルドマスターはアテクシよね?」
「真面目の一言で済ませられるのか、あの石頭」
うん。アイカさんがげんなりしているのはわかる。
一番最初に報告した時、それを受けたトーマスさんはアイカさんにそれはもう凄い勢いで説教を始めたもの。散々控えるように念を押された戦闘をやらかした挙げ句、その原因を消滅させてしまったのだから、トーマスさんから見れば文句の一つも言いたくなるだろうけど。
とはいえ、あの状況では戦うしかなかったワケで、それについては理解して頂きたいと思う。
「取り敢えず、アナタ達の報告については裏付けが取れたワヨ」
ギルドの対応は本当に早いモノだった。
わたし達が提供した情報を元に、再び調査隊を編成して派遣。未完成ながらもわたしの作った地図を元に五層への道を発見、ホブドがいた広間をくまなく調査。
その結果、部屋からあちこちの隠し扉に続いていると思われる通路が伸びているのが発見され、またゴブリンが掘ったトンネルがそれらの通路と接続されていることを発見した。
トンネルの一部は明らかに大型生物が通行可能なサイズで、ホブドはゴブリンを使役するだけでなく自らあちこちに移動して探索者を襲撃していたことを示唆している……というのが大筋。
なお、同時に他にオリジン種が発生していないかと『魔力壺』の捜索も行われたものの、こちらは案の定なにも成果なしって結果らしい。
まぁ、オリジン種の発生は完全にランダムだし、発生箇所の予測すらできないってのが現状なので、それも仕方ないけれど。
「報告のあったケイブ・オーガは死体の一部も残っていないから確証は取れなかったけど、ゴブリン・キングの死体と『魔力壺』の規模から見てまず間違いないだろうってブラニットちゃんも言ってたからネ」
アイカさんの黒い炎に焼かれたホブドは結局その痕跡を何一つ残さなかったから、本当にケイブ・オーガがいたとを証明することはできない。
「それにぃ、エリザが仕事の結果を誤魔化すワケ、ないしネ」
魔力壺の大きさからそれなりに説得力はあっただろうけど、最後に物を言うのは、これまで地道に稼いできたギルドに対する信用度。
割が悪いのを承知の上で、せっせとギルドで売り捌いてきた甲斐があったというもの。
「オリジン種を倒したのなら、せめてオリジン・コアがあれば良かったのだけどネ」
そこまで言ってから、ちらりとこちらを見る。
「オリジン・コアを出して貰えたらー、ボーナスも上乗せできちゃうんだけどネー」
突然室内に立ち込めるどこか張り詰めたような空気。ここが正念場。
「あー、それは残念です」
できるだけ白々しくならないよう、慎重に。
アイカさんは無言のまま素知らぬ顔をしている――つまりわたしに一任するということ。
「ズバッとやっちゃったせいで、コアも一緒に消えちゃったみたいでー」
あははは。と笑って答える。心の中では汗ダラダラだけど……ううぅ、お腹が痛くなってきた。
「ホント、勿体ないことしちゃいました」
「ふーん……」
しばらく意味深な視線をこちらに向けていたクリフさんだったけど、やがてため息を一つついてから言葉を続けた。
「マ、いいわ……無いものは仕方ないものネ」
「………」
信じた……ワケないよねー。絶対にバレてる。だけどこの態度は、それを問題にするつもりは無いってこと。
ふふん。こういう時の為に信用を稼いでおいたのだから。えっと……効果、あったのよね? あったよね??
「んで、アナタ達にはこちらが本命だと思うけれド」
話題を変えるようにそう言いつつ、内心焦りまくっているわたしを横目に机をゴソゴソして何かを取り出す。
「今回の仕事と、納品された高純度魔力結晶。この二つの功績を認め、『鉄』ランクへの昇進が決まったワ」
目の前に出されたのは、真新しく光沢を放つ二枚の金属製プレート。
「おめでとう。今日からアナタ達は『鉄』クラス探索者よ」
ホブドが産まれた魔力壺、その残骸から回収した魔力結晶。
オリジン・コアを隠した代わりに、その拾えるだけ拾い集めた魔力結晶は全てギルドに納めておいた。
そうすることによって、わたし達は特別なギルド・クエストを達成したことになる。即ち、
『同ランクメンバーのパーティでダンジョンに潜り、Aランク以上の魔力結晶を持ち帰る』
そう、ランクアップに必要なギルド・クエストを。
アイカさんとわたしは同じく『銅』ランク。そして魔力壺から得られる魔力結晶は最低でもAランク。それが複数あるのだから、ギルド側に文句などあろう筈もない。
未確定とはいえケイブ・オーガを討伐した功績も合わせれば、多少の問題などなかったことにされるだろうし。
「わたしが『鉄』……」
このわたしが、『鉄』ランクに……望んでも無理だと思っていたその場所に、ついに手が届いたんだ。
言葉に尽くせない感動で手が震えてくる。そうなるように考え、行動したとはいえ、実際にその成果を手にすると夢でも見たんじゃないかという気になってくる。
正直言えば、もう諦めていた夢。このままずっと――それこそあだ名のように――ずっと変わらないだろうと思っていた現実。
アイカさんと出会うことで、わたしはその現実を塗り替えることができたのだ。今までコツコツと積み上げてきた全てが、決して無駄ではなかったんだ……。
「……これは?」
よく見ると、プレートの右上に意匠化された天秤の模様が彫り込まれている。普通プレートにこんな模様が彫り込まれることは無い。
そもそも天秤を意匠化するなんて、この街ではただ一人――。
「あー、今回の仕事はあくまでもギルドが発行したモノだけどね」
わたしの疑問を察したのか、クリフさんがすかさず説明を入れてくる。
「『ダンジョン』のトラブルは、その資源交易を収入源にしている領主にとっても他人事じゃなかったワケ」
この街の主な作業は交易で、その主要交易品はダンジョンから得られる『資源』。それらを一番もたらすのは中堅クラスの探索者パーティーであり、その活動が阻害されれば、それはそのまま資源入手量の減少に直結し、街全体の経済に悪影響を与えてしまう。
「領地経済の危機を救った二人に、領主としても多少は報いたい……とまぁ、そういう事なのよ……表向きはね」
そう表向きは。
領主が有効な手段を取れない間にギルドがこれを解決してしまった――これでは明らかに問題。まるで領主側が無能みたいに見えるから。
これに対する解決方法は一つ。領主がギルドに仕事として依頼したという形を取ること。
ギルドから見れば功績を半分横取りされるような形になるけれど、その分色々と譲歩を引き出すことができるし、トータルで見ればWin-Winの結果になるってことなのだろう。
そして、その譲歩の一つが、この『天秤の紋章』というわけだ。
この紋章は、わたし達が辺境伯に少なからぬ貢献をしたことを意味すると同時に、領主とギルドの仲が良好であることもアピールできるワケで。
「なんなら盛大に授与式を行うなんて話もあったみたいだけド、流石に魔族の実力者を領主館に入れるのは抵抗があったみたいネ」
魔族との戦いが終わって随分たつけれど、それでもかつての敵を公館に上げるのは反対が多いってことなのだろう。特にこの街は対魔族の最前線だった歴史もあり、上層部にそう考える人が多くても仕方ない。
というか、それ以前にやめてください。お偉いさん面々の前で晒し者にされるのは、心臓に良くない。
「くっくっくっ……余はギルドの紐付きである上に、領主の紐付きでもあるということか」
渡された『鉄』プレートを面白そうに弄びながらアイカさんが笑う。
「これはまた……余は随分と人気者になったようだな」
「マ。アテクシも含めて、扱いに困ってるのは事実でしょうネ」
アイカさんの言葉に、クリフさんがフンと鼻を鳴らす。
「領内での問題をよりによって魔族に解決されたとなると、メンツが立たないと感じる武官連中も多そうだし、逆に紋章一つで安上がりだと考える文官連中も同じぐらい多そうだから」
うん。魔物一匹の話を、ここまで大仰な問題にしないでください。
問題にするのはいいけど、アイカさんはともかくわたしを巻き込まないで欲しい。
アイカさんなら上手くあしらえるだろうけど、自他共に認める小市民なわたしには荷が重すぎるってば。
「ま、どちらも精々苦労するが良いさ」
アイカさんが鼻で笑う。
「それが責任者の仕事というモノであろう。この程度の騒動も抑えられずして、首座など務まるまい」
お主も同じだぞ。アイカさんの目がそう言っている。
「ホント、気楽にいってくれるわネ!」
腹立たしそうなクリフさんの答え。
「必要以上に面倒かけてくれる人も、それなりに大勢いるのだけどね!」
「手綱を取るのも上司の仕事であろう?」
しれっと答えるアイカさんに、クリフさんはうんざりしたように右手で自分の顔を覆っていた。
なんというか、その……お疲れ様?
* * *
ギルドから宿に帰るなり、今度はツヴァイヘルド商会の使者と名乗る人物が、一枚の招待状を持ってやって来た。
「クーリック代表から招待状をお預かりしております」
恭しく会釈しつつ上等そうな封書をわたし達の方に差し出した。
わたしがそれを受け取るよりも早く、アイカさんがその封書を横からひょいっと受け取る。
いささか失礼な態度だったと思うけど、使者の方は眉一つ動かさない。プロの仕事だと感心する反面、探索者ごときに礼儀なんて期待してないとでも言いたげな雰囲気も感じるけど。
「詳しくはその書面に記されておりますが、代表はあなた方をディナーにお誘いしたいと申しております」
「急な話だな」
封書を開いて中身を見ていたアイカさんが口を開く。
「ディナーと言えば、もう二時間ほどしか残っておらぬ。これではドレスの一つも仕立てられぬし、おめかしの時間すらもないではないか」
「飽くまでもプライベートでして公的な会食ではありませんので、形式に拘らないとのことです」
「それにしても招待するレディの都合を考慮せぬとは、随分と不躾な誘いではあるな?」
恭しく答える使者に、アイカさんが不満げな言葉をぶつける。
「それとも、田舎商会とはこの程度なのか?」
「誠に申し訳ござません。代表は多忙故にこの時間しか用意できなかったとのことでして」
態度こそ丁寧だけど、飽くまでもこちらの方が下だと言わんばかりの内容。まぁ、一々反論する気もしないけど。
大商会のお偉いさんのスケジュールと比べれば、探索者のそれなど大したモノではないと思われても仕方ないし……。
それでも大商会とのコネができると思えば、大抵の探索者は断ったりはしないだろうしね。
「急なことでもありますし、またあなた方もあまり高級店は慣れておらぬだろうとの配慮もありまして、比較的カジュアルな店を選んでおります。普段のお召のままでお受けいただければ結構だと言付かっております」
「……まぁ、よかろう」
アイカさんが重々しく答える。
「せっかく時間を割いて頂いたのだ。その招待、謹んで受けようではないか」
「誠に恐縮です。それでは、お時間前にもう一度お出迎えに参ります」
アイカさんの返事に、使者の人は一礼し、宿の外へと退出する。
「まぁ、少なくとも余らの損にはなるまいよ」
いかにもそれっぽい表情でアイカさんが言う。
でも、わたしにはわかっていた。アイカさんがコネやツテを求めてこの招待を受けたのではなく、単に人のお金で御馳走にありつける機会を逃したくなかっただけだということを。
付き合いが長くなると、察したくないことも察せるようになるのは良し悪しだなぁ……。
きっかり二時間後。
わたし達は先程の使者が用意した馬車で、指定の店の前へと運ばれていた。
浴場に行っている暇は無いから清浄化の魔法で身体を綺麗にし、手持ちの僅かな化粧品で身だしなみを整えている。
それでも、やっぱりその店に比べるとわたし達はいかにも場違いな感が拭えない。
大手商家からみれば大した店じゃないのかもしれないけれど、わたしから見れば立派な一流店。やっぱり上の世界に住んでる人は、価値観が根本的に違うのだと思い知らされる。
不思議と羨ましいとは思わないけど。
「エリザ様、アイカ様ですね」
入り口でぼんやりそんな事を考えていると、案内係と思われるナイスミドルが近づいて来た。
「クーリッツ様は既にご到着なされております。お部屋に案内させて頂いても?」
「ひゃ、ひゃい!」
あ。噛んだ。こんなシチュエーション、全く慣れてないんだから仕方ないじゃない!
アイカさんが肩を震わせながら顔を背けている。あれは絶対に笑いをこらえているに違いない。
「それでは、こちらへ」
ナイスなオジサマは揺るぎもせず、わたし達を奥の部屋へと案内する。流石はプロ。
「どうも急なお招きにお応え頂き、誠にありがとうございます」
案内された部屋に入るなり、隙の無いスーツ姿なクーリッツさんが立ち上がって挨拶してくる。
「失礼とは思いましたが、私もなかなか時間を作ることができませんでしてね」
「はぁ……」
そういうクーリッツさんの横には、これまた見事にドレスを着こなした見知らぬ女性が一緒に立っている。
「あぁっと、失礼。紹介がまだでしたね」
わたしの視線に気がついたのか、クーリッツさんが女性の方に向き、言葉を続ける。
「私の妹、クーデリアです」
見事な金髪を持つクーリッツさんと同じく、綺麗な金髪を持った女性。ただなんともその、存在感が薄いというか希薄というか……無言で壁の端にでも立ってたら、存在に気が付かないかもしれない。
イケメン兄に対して美人さんの妹。うぎぎぎ。なんだか負けた気分になるのはなぜだろう?
だけど、兄妹というわりには……なんというか、あまり似てないような? ひょっとして義妹って奴なのかな?
うーむ。名家とかではこの手の家族構成も珍しいことでもないって話だし、こちらから尋ねるのもなんか躊躇われるし……。
「……はじめまして」
じっとこちらを見つめながら、辛うじて聞き取れるレベルの声量での挨拶。
な、なんだろう。すごく値踏みされているような気分になってしまう。
「さて、料理の方は今準備させていますが、まだ少々時間がかかるとのことでして」
さぁ、どうぞ。と全員が椅子に腰を下ろしている所にクーリッツさんが言葉を続ける。
「それまでは歓談時間ということにしましょう」
「勿体ぶるのも交渉手段の一つだというのは誰もが認めることであろうが、余は回りくどいことは好まぬ」
そんな言葉をアイカさんが遮った。
「余らがギルドに呼ばれたその日に面会を求めてくるとは、差し迫った要件がありますと自ら喧伝しているようなモノであろう……余の国には『慌てる乞食は儲けが少ない』という諺があるが、今のそなたはまさに慌てる乞食の有様であるな」
「いやはや……我ながら稚拙なことで、汗顔の至りです」
アイカさんの言葉にクーリッツさんは苦笑いを浮かべる。
「確かに急ぎ過ぎた感があるのは否定できません。とは言え、こちらにも急ぐべき理由がありましてね」
「ならばさっさと申せ。腹の探り合いなどやったところで、腹の虫しか出せぬぞ」
アイカさん……そんなに食事が楽しみだったの?
ちらりとクーデリアさんの方を見たけど、特になにも言うことはない様子だ。
「それでは端的に申し上げましょう……あなた方がお持ちのオリジン・コア。それを是非とも当商会に売却して欲しいのですよ」
アイカさんの言いようにも眉一つ動かさないクーリッツさん。以前に会った時も思ったけど、イケメンってホントどんな表情を作っても様になるのだなぁ。
「あなた達はギルドにそれを売却しなかった。であれば、我々にチャンスがあるのではないかと、ご招待させて頂いたわけです」
「どうやってそれを知ったのかは敢えて聞かぬが……」
クーリッツさんの言葉に、アイカさんがギロリと視線を向ける。
「余らはそれほど金に困っているワケではない故、ちょっとやそっとの金額では頷けんぞ……それが、相当な価値モノであるのは承知している故にな」
「リーブラがお望みとあらば、それこそ何万枚でも積み上げてご覧にいれますが……」
アイカさんの言葉に軽く肩をすくめながらクーリッツさんが続けた。
「それよりもっと良いモノをご提供できる、そう考えております」
「ほぅ?」
アイカさんの視線がそれまでとは明らかに変わり、興味を引かれたようなものになる。
「お主、余らが欲しがるモノを、この場で当てて見せると――そう言うのだな?」
アイカさんの目がスッと細くなる。
「その言葉、戯れと取り消すことはできぬぞ?」
身体全体から強い圧迫感を発しながらクーリッツさんに言うアイカさん。
「もう一度問う。お主は余らが欲するモノを、この場で提示出来ると言うのだな?」
「勿論です」
その圧迫感を物ともせず、涼しい顔で答えるクーリッツさん。
「適切な人物に適切な商品を、適切な価格でご提供するのが商売人なれば」
この人ちょっと肝が据わり過ぎというか、なんというか。少なくとも常人のそれではないということだけは確かだと思う。これぐらい心臓強くないと大商店には勤められないってことなのかも。
「つまり、物の価値も知らぬ阿呆には、それに相応しいゴミを過大な価格で売りつけるということだな」
「それが適切な商いというものですから」
アイカさんの皮肉に、涼しい顔で答える。
「お客様のご要望に応えてこそです。それが良いモノであったとしても、望まれぬモノを売りつけるのは押し売りと変わりませんので」
「それはそうであろうが……」
いくぶん呆れたようなアイカさん。うん。流石にそこまで徹底されると逆に怖くなってきちゃう。
探索者って仕事柄、商人とはよく会ったけど、大抵はこちらを丸め込むのに全力だった……これが一流と三流の違いってやつ?
「はてさて。余らがお主らに阿呆と見られていないと、どうやって判断したものかの……」
探るようなアイカさんの目。確かにさっきのクーリッツさんの言いようでは、こちらが一方的に判断されるってことなワケで。アイカさんじゃなくても不愉快だと感じる人は多いと思う。
「それこそご自身の行動を思い返してご判断されれば宜しいかと」
しかしクーリッツさんの返事は素気ない。
「その判断までこちらに投げられるのであれば、口幅ったいことながら、それまでのお相手だとするしかありませんが」
うわ……すっごい挑発。無礼な言葉も、口にするのがイケメンだと嫌味成分が全く感じられないのねぇ。
「クックックッ……」
不意にアイカさんが笑い出す。
え? 今までのどこに、アイカさんのツボに入るようなやり取りあったのだろう?
「良い良い。余はそなたを気に入ったぞ。いつぞやの無礼は忘れてやろう」
わたしの疑問を横に、アイカさんは笑いながら言葉を続ける。
「それで、そなたは余らになにを商品として提示するのだ?」
「まずは鍛冶屋、ですね」
クーリッツさんが人差し指を立てた。
「アイカ様は手持ちの武器を失ってしまったと思いますが、新しい物を提供できるかと思いますよ」
「余は人族の剣類は上手く扱えぬ故、どんな名剣を得たとしても宝の持ち腐れにしかならぬ」
まぁ、魔族の人は一般的に刀を使っているし、使用方法が全く違う武器を使うのは上手く行かないのは当然よね。逆にわたしが刀を渡されてもまともに使えるとは思えないし。
「それにここいらで売っておる『刀』は、装飾用なまくら刀ばかりで話にならぬ。吊るしの売り物だったとはいえ、余の刀は名匠が打った一品だぞ。それに匹敵するモノが手に入るのか?」
そう。この辺でも『刀』そのものは売っているのは見かける。人族にとって使いづらい武器である『刀』だけど、その珍しさと入手性の困難さもあって金持ちの間では装飾品としての人気があるから。
もちろん装飾品なので、武器としての実用性には乏しいのが当たり前。
「当商会が抱えている職人の中には」
そんなアイカさんの答えに、クーリッツはにこやかに続ける。
「わざわざ魔族領まで赴いて『刀鍛冶師』とやらに弟子入りした一族がおります。元のそれと同様とまでは申しませんが、お眼鏡に叶う『刀』を提供できると自負しております」
……流石は大商店。品揃えが違う。
「あとエリザ様は弓の威力にお困りのようでしたから、当商会職人が製作しましたミスリル合金を軸としたフォールディング・ボウをご紹介できるかと」
まさかのわたしにまで営業が掛かってくる。
「それ以外にも、探索道具や魔道具についても価格や調達で便宜を図ることが出来るかと――まぁ、いずれも無償というわけにはゆきませんが。もちろんお値段の方は勉強させて頂きます」
おおぅ。なんという至せり尽くせり。『鉄』ランクになったばかりの探索者には、ちょっとどころじゃない過剰サービス。
「また当商会からの仕事があれば優先的に紹介させて頂きます。お互いトラブルは好まないでしょうから、ギルドを介してという形になりますが」
うん、普通なら直接取り引きを提案してくる所でしょ、ここは。
わたし達がギルドとの関係維持を優先していることを知った上で、わざわざ『ギルドを介する』と言っているのだ、この人は。
「先程『鉄』ランクに上がったばかりの探索者に、随分と気前の良い話を持ってきたものだ」
アイカさんが疑問を口にする。確かにオリジン・コアは貴重な素材だが、わたし達はまだまだ駆け出し探索者パーティーに過ぎない。
多少のアイテムと引き換えにするならともかく、サービス込みというのは確かに大げさだと思う。
「先物買いの一種だとでも思ってくだされば結構です。あなた方はこのまま自由に探索者を続ける、私達はその将来に投資する、そういう関係だと考えてください」
「ほう? こちらに何かを強制するつもりはないと?」
「商人は利益の最大化を目指すものですが、それもお得意様あってのこと。あなた方は間違いなく上お得意様になると踏んでおりますので」
クーリッツの言葉にアイカさんが疑問を挟み、その返事が速やかに返される。
「そもそも、あなた方をこちらに都合の良い型に嵌めようとしたところで、デメリットはあれどメリットなど全く思いつきませんからね」
「クックックッ……なるほど、大言を吐いただけのことはあるな」
アイカさんが笑いながら続けた。
「エリザよ、此奴にコアを譲ってやるが良い。このまま持っていても、これ以上の条件はそうそうあるまいて」
それは間違いない。
アイカさんの刀については良くわからないけれど、ミスリル合金を使った武具なんて、リーブラをどれだけ積み上げても、そうそう手に入れる機会は無いものだし。
「それでは……」
慎重に包んでポーチに仕舞っていたオリジン・コアをゆっくりとテーブルの上に載せる。
「これがオリジン・コアになります……鑑定は必要ですか?」
「このままで構いませんよ」
わたしの問に、クーリッツさんはにこやかに答える。
「商売とはまず、お互いの信用から始まります。あなた方は私を騙すようには見えませんので、このまま頂きます」
そう言いながら、包みをそのままクーデリアさんの方に渡す。そう言えばこの人、紹介されてから一言も喋らずにいるなぁ……もしかして、極端な人見知りだったりとかするのかしら? そのわりにはずっとアイカさんの方を見てたような気もするし。
……もしかして、『探索者みたいな身分の低い相手とは口も聞きたくない』とかだったり? いえ、それだったら最初からこの場に来なければ良いだけだし……むむむ。
「さて、商売っ気のある話はここまでにしましょう。食事はビュッフェ・サービス形式としましたので、一つ今回の探索話でも聞かせてくださいませんか?」
パチンという指合図と同時に、ウェイター・ウェイトレスが食事を運び込んでくる。
ま。折角だし、今は食事に集中しておこう。こんな高級料理、そうそう食べられる機会なんてないしね。
なお数十分後、とどまるところを知らないアイカさんの食欲を前に、クーリッツさんは顔を引きつらせることになったりする。
* * *
「それで、何か見えたか?」
エリザとアイカが去った後、クーリッツはネクタイを緩めながらクーデリアに尋ねた。
「新たなことは何一つも」
クーデリアが静かに答える。
「アイカ様は恐らく探知に対する妨害系の魔道具――あちらでは呪具と言いましたか、を身に着けているのかもしれません。それも極めて強力な物を」
「お前の『千里眼』をこの距離で使っても看破できないとなると、これはもう魔族領からの情報待ちとするしかないな」
はぁっ……と大きなため息が漏れる。
「これだけ派手に経費を使った挙げ句、得るものが無いとなると、俺の手腕もいよいよ錆びついたかと疑うしかないな」
「申し訳ございません」
クーリッツの言葉にクーデリアが頭を下げた。その態度は、とても妹のそれだとは思えない。
「あぁ、いや。お前に落ち度があると言いたいわけではない」
クーデリアに頭を上げるように促す。
「何事も思ったとおりに行くものではないと思い知っただけだ」
甘い所は全くない男ではあるが、無為に部下を萎縮させるのはクーリッツにとって不本意な行動だ。明らかな落ち度が無い限り、責任は追求するべきではない。でなければ、後々別の大きな問題を呼び込みかねないからだ。
「お前を直接眼前に晒すという危険を冒した割に、得られた情報は無し……まぁ、予想どおりだが」
『千里眼』スキルを本人の間近で使うのは、一種の賭けだ。もし看破されればその場で決裂しても文句は言えない。
それでも、クーリッツはアイカが持っているレアスキルの正体を知りたかったのだ。それは恐らく彼女の正体に一番近づける手掛かりになるだろうと、彼は確信している。
もっとも、それは不発に終わり、とんでもない食事代金を請求されるだけの結果に終わってしまったのだが。
まぁ、これぐらいは経費のうちだ。何もかもが上手くゆくなんて話があるわけもなく、最終的に突き止めることができれば全ては報われる。どんな小さなことでも努力は怠るべきではない。
それに少なくとも今回は友好的な関係を築くという目標は果たされているのだ。あれもこれもと望むのは贅沢が過ぎるというものだろう。
「ただ、一つだけ言えることは」
顎をさすりながら考えごとを始めたクーリッツに、クーデリアが声をかける。
「アイカ様は魔族領においても、貴族かそれに類する高い地位に居る方だと思われます」
呪具は決して安い物ではない。それを持っているというだけで金持ちであることは容易に想像がつく。
それに、アイカは食事のマナーを知っていた。それも付け焼き刃ではない、長年躾けられてきたことが明らかなマナーを。
一方のエリザは控えめに言ってもマナーは最低であって、彼女から教えられた可能性はない。
「魔族領の良家の娘、か……」
いやはや。なんとも面白い話になってきた。これだけでも、まったく成果がなかったワケではないだろう。
状況はまだまだ五分と五分。慌てる時間じゃない。
(幸い新しいスポンサーも彼女らに興味を示しているし、全くの無駄投資に終わることもないだろう)
クーリッツは独り言ちりながら、次の手に思いを馳せ始めた。
* * *
「一言で言えば」
湯船に肩まで浸かりながらアイカさんが言葉を漏らす。
「あのクーリッツとかいう男、全く信頼は出来ぬが信用はしても良いだろう」
時刻は夜半過ぎ。大衆浴場はとっくに閉まっている時間。本来なら風呂に入れる時間じゃないのだけど……わたし達にはもう一つの方法がある。
そう、『鉄』ランクから使えるギルド・ハウスの設備。その中の一つ、探索者用浴室。
探索者の仕事に定時は存在しない。そのため街の商業施設とは時間が合わず色々と不都合が多い。それに対してギルドが用意したのが探索者用設備。
ただし探索者なら誰でも使えるというワケではなく、食堂兼居酒屋や医務室、ギルド窓口以外の設備は『鉄』ランク以上でないと利用できない。
つまり、今日『鉄』ランクになったばかりのわたし達でも、これらの設備を使うことができる――もちろん有償で――ってワケ。
探索者浴室は、トラブルを避けるためにパーティー単位で使えるように区切られ、複数の部屋で構成されている。風呂に浸かりながら打ち合わせをするもよし、儲けの配分をするもよし。それぞれの部屋には防音の魔法が掛けてあるので、内部の音が外に漏れる心配はない。
故に他人の悪口が含まれる会話も、この場所なら平気でできるのだ。
「まったく顔の良い輩が陰湿なのは、魔族でも人族でも変わらぬ真理であるな!」
「……そうなんですか?」
小首を傾げたわたしに、アイカさんがここぞとばかりに言葉を並べる。
「クーデリアとか言ったか、あの小娘。懲りもせず余を覗き込もうとしていた故にな。どう考えても、あの男の指示であろうよ」
あぁ、クーデリアさんって一言も喋らずにアイカさんの方を見ていると思ったけれど、アイカさんの能力か何かでも読み取ろうとしていたのか。
そりゃ確かに印象は悪いなぁ……なるほど、アイカさんがやたらクーリッツさんに厳しいなァと思ってたけど、そういう事情があったのか。
「レディの秘密に二度までも踏み込もうとする男より、ゴブリン共を信頼する方がまだマシと言えよう」
いくらなんでもそこまで言うのは気の毒な気がしなくもない。
「でも人族のクーリッツさんが、魔族のアイカさんをそこまで気にする理由ってなんなのでしょう?」
「さてなぁ……こう見えて余は美人だし、胸も大きいしなぁ。お近づきにでもなりたいのではないか?」
いや、それは絶対に無い。とは敢えて答えなかった。
「……冗談に決まっておろう」
わたしが無言だったせいか、アイカさんが肩を竦める。
「それよりもエリザ、余の髪を洗うが良い」
ザバァっと湯船から上がり、わたしに洗髪を要求してくる。
「はぁ……仕方ないですねぇ」
うん、身体を洗うことまで求められなくなったことで良しとしよう。アイカさんの長髪、自分で洗うのは大変そうだし。
「ところで、お主のことだが……」
わたしに髪の毛をワシャワシャされながらアイカさんが口を開く。
「詳しくは問わぬが、あのダンジョンでお主が見せたモノ。あれは危険なモノではないのだな?」
どこか心配そうな声。興味からではなく、わたしの身体を案じての言葉だ。
「あの急加速、人族の身体で発揮できるようなモノとは思えぬ故な。せめて安全なのかどうかだけでも教えて欲しい」
「……別に大したことじゃないです」
すぅっと深呼吸してから、わたしは次の言葉を口にする。
「こう言うのが正確なのかどうかはわかりませんけど、わたしの中にもう一人のわたしが居るってだけの話ですよ」
「『もう一人のわたし』とな?」
「ええ、そうです。そして彼女は時々わたしの為に力を貸してくれることがあります。あの時もそうでした」
そう。わたしの中にはよくわからないもう一人のわたしがいる。それがいつからなのかはわからない。なぜならわたしは幼い頃の記憶が無いから。両親がいたことだけは確かなのだけど、はっきりと記憶があるのは自分の中に誰かが居ると自覚してからだから。
怖くない、気持ち悪くないと言えば嘘になる。だって自分の中に、はっきりとわからない自分が存在しているなんて。
しかもその『もう一人の自分』は普段ずっと眠りについていて、いざ何かあった時、わたしが助けを必要とする瞬間にだけ目覚めて干渉してくるのだから。
まぁ、開き直ってしまえば火事場のクソ力みたなものだし、便利には違いないので今ではそこまで忌避感を覚えることはないけれど。嫌おうが拒否しようが、現実が変わるわけじゃないんだし。
「………」
アイカさんがじっとわたしを見ている。
この事を口にするのは、正直言えば相当な勇気が必要だった。普通の人なら、こんな話を聞けば薄気味悪く感じるだろうから。
口にしなくとも、なんとなく察して離れていった人も多い。
「……なるほどな」
暫くわたしを見つめていた後、アイカさんはにっこりと笑った。
「ときどきお主から妙な気配があると思っておったが、そういう事であったか」
うんうん。と納得するアイカさん。なんというかその反応は、逆にわたしの気が抜けてしまった。
「あの……こう言うとなんですけど、気持ち悪くないんですか?」
「あぁ?」
何を言っているんだ此奴は、みたいな顔でわたしの方を見る。
「ふむ。ちょいと違うが余の領域では、他者の意識を持つ者は何人かおる。突然凶暴化して襲いかかってきたりせぬ限り、忌諱するほどのことでもないだろう」
そんなもの個性の内だ、と笑うアイカさん。
「あはははははは」
なんだか可笑しくなってわたしも笑い出す。
「こ、個性って……そんな言葉で終わらせていいことなんですか、コレ」
「そうは言ってもエリザはエリザであろう? 中に居るのが誰であったとしても、今、この瞬間この場所にいるのがお主である以上、何が問題になるか」
あぁ。きっとこの人と出会えたのは、わたしにとって最大の幸運なんだ。
「あ、いや。問題はあるかも知れぬな……お主のレベルが上がらぬのも、その『もう一人のわたし』のせいではないか?」
それはアイカさんが指摘した通り。もうひとりのわたしは存在を維持する為にわたしの経験値を吸っている。そのため、結果としてわたしはレベルが上がらない。
「まぁ……問題と言えば問題ですけど、彼女に助けられたこともあるので、一慨に悪いとも言えないかなぁって」
「ふむ……まぁ、お主がそれで良いというのであれば別に構わぬ。余としても別段構わぬしな」
自分の胸をドンと叩きながらアイカさんが言う。
「なに、お主のレベルが上がらず危険だと言うならば、余がその危険を斬り捨てれば良いだけのことだしな」
「………」
運命なんて単語を信じる気はないけれど、きっとわたしは、この人と出会うために探索者となったに違いない。
レベルが上がらずまともにパーティーが組めなかったのも、きっとアイカさんを待つためなんだろう。
苦難を耐えた先に、報われる話があっても良い。世の中は奇跡と不思議に満ちているのだから。
わたしは多分、今日という日を一生忘れないと思う。
※次回投稿は7/3の予定です。第一章最終話となります。
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