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それでも少女は、死体を連れて  作者: 笠緒
終章
3/22

< 弐 >

 頭上に並んだ三ツ星が輝き、天へと伸びる木々の葉が月光を浴びその影を地上に濃く落としていた。

 ときおり、風が上空を駆けるのかざわめくように葉が揺れ、その音と重なり合うようにホー、ホー、と梟の鳴く声が辺りに響き渡る。

 日頃より聞きなれているはずの、木々のざわめき。

 梟の、声。

 そのどちらもが、今夜はどうにも物悲しい侘しい気持ちにさせられるのは何故だろう。


「答え。夜食用に買っておいた(ピン)を、全て奪われたから」

「あァ?」


 (ユエ)は眼前でもしゃりもしゃりと咀嚼する少年へと恨めしそうな視線を投げかけながら、どこからともなく沸き起こった内なる疑問へと声を返した。彼の手の中にあるものは、肉と野菜を醤油と香辛料で味付けした餡を小麦で作った丸い生地――所謂、「餅」に挟んだ携帯食。

 昨日泊まった街を出る際に、今夜の夜食用として買ったもので、本来ならば数時間ほどのちに(ユエ)の胃袋に収まるはずだった。――過去形なのは、たったいまポイ、と彼の口の中に最後のひと欠片が放りこまれたからだが。


「は~~、ごっそさん。マジ生き返った。……って、なに恨めしそうなツラしてやがんだ、でこっぱち」

「そりゃ夜食全部奪われたら恨めしくもなるっての!! ってか、さっきからでこっぱちって呼ぶなっつってんでしょ! 世話になったくせに、アンタちょっと態度デカすぎんじゃないの!?」


 先ほど彼を発見したとき、なにも考えずに自然と「餓死者だろう」と思ったのだが、どうやらそれは見当外れだったわけでもないようで、実際、彼がここに倒れていた理由は空腹に耐えかねたことによる疲労が原因らしい。

 強烈な初対面を済ませたあと、ぎゅるるるる、と盛大に彼の腹が鳴り、再び目の前で倒れられたときは、あぁ今度こそ僵尸(キョンシー)作成に取り掛からなければと思ったものだが、その前に肩下げの中に入れておいた携帯食に気づかれた。


  ――肉……!


 息絶えたとばかり思っていた彼がそう呟きながらガバッと弾かれたように起き上がり、(ユエ)から餅を奪い取ったのは、つい先ほどの話である。


「態度デケェだぁ? 勝手に人を死体だと勘違いしくさった挙げ句、僵尸にしようとしてたヤツに態度がどうこういわれたかねぇわ」


 先ほど(ユエ)の額を弾いた指をぺろりと舐めながら、少年は眉間に皺を寄せたまま呆れたように視線を彼女へ向けてきた。


「う……、そ、それはこんなところに倒れてて、いくら突いても反応しないしそりゃもう死にたてほやほやの死体かなって思うの、当たり前じゃない!」

「腹減ったって、ずーっといっとったわ!」

「嘘っ」


 脊髄反射で叫んだ後、ふと先ほど空耳かと思った声を思い出す。


  ――腹、減った……。


 いわれてみれば、いま目の前でがなる彼の声に、よく似ている気もする。


「…………まぁ、人を見たら死体と思えっていうし?」

「いわねぇ。どこの世界の常識だ」

「だ、大体、なんでアンタこんな道からも外れたような草むらで行き倒れてたわけ?」


 そもそも自身がこの森の中にある道から少し外れた場所へ足を向けようと思ったのも、真白い一角獣を見かけたからに他ならない。その一角獣といえば、先ほど彼に訊ねたところ、「俺のだ」とただ一言、返された。

 一角獣は、相変わらずどこかに行こうとするわけでもなく、いまも彼の傍らで時折吹く風の音や、梟の声に耳を傾けるようにしながら、ぷるる、と首を軽く振っている。


(そもそも一角獣を飼う……、いや待って。飼ってるの?? 俺のっていってたけど、飼えるものなの??)


 彼の服装を見る限り、既に一般人が袖を通すことはなくなった古代服によく似た道袍に身を包んでいることからも道士に間違いはないのだろう。もしかして、古に人と交わることをやめた【(よう)】と、いまも関わりある宗派の道士なのだろうか。


(でも……まぁそんな場所があるなんて、大抵噂で終わる程度の話でしか聞いたことないけど)


 職業柄、大華(たいか)全土へと足を運ぶわけだが、都会など既に【妖】などの存在を完全に忘れ去ったような生活をしている者も多く、【妖】どころか僵尸にさえ耐性がない者も多い。まぁだからといって、(ユエ)としても国の全てを知るわけでもないので、ないと断言も出来ないわけだが。


「……別に、好き好んで行き倒れたわけじゃねェ」


 しばしの沈黙の後、喉の奥で潰された声が少年の口内でもぐもぐと食まれた。ふ、と視線を一角の白馬から彼へと向ければ、人相の悪いその(おもて)をぷいっ、と僅かに逸らす少年の姿。


「そりゃあそうでしょうよ。でも、行き倒れるにしたって、道から外れたとこで倒れてたらほんとにそのまま僵尸路線(ルート)一直線じゃない」

「あァ? 道で倒れたところでてめェに見つかった時点で僵尸路線(ルート)とやら一直線だろうがよ」

「あー、まぁ結果、僵尸にならなかったわけだし、アンタも私の夜食を奪うことで飢餓も免れたわけだし、万々歳ってことで!」

「……はっ、自分(てめェ)のしでかしたこと棚に上げるどころか、恨み事まで上乗せしてくるたァ、どういう了見だこのでこっぱちが」

「だから、でこっぱちっていうなっつってんでしょ! この悪人ヅラ!」

「あァ!? 誰が悪人ヅラだコラ!!」

「アンタのその顔で悪人じゃなかったら、世の中、菩薩しかいなくなるっての!」


 ふん、と鼻先で笑ってやって、そして不意に見上げた空に少女はギョ、と目を見開いた。先ほど南の空に差し掛かったばかりだったはずの三ツ星が、いまは明らかにその高度を上げている。

 街を出たのが酉時(ゆうじ)の正刻(午後六時)あたりだった。暦から三ツ星の位置を考えるに、きっといまは戌時(じゅつじ)の終わり(午後九時)くらいだろうか。


「あぁあ、もうこんな時間!? やっばい、早くしないと夜明けまでに着かなくなっちゃうっ!」

「あぁ、お前僵尸隊の引率者なのか……」

「……人の夜食奪うことまでしといて、いまさらそこ……?」

「るせ。つか、てめェも大概しつけーな」

「しつこくもなるっての! 夜食奪われたんだからね! こっちは!!」

「はっ、食い意地張ったでこっぱちとか、いいとこねーな」

「はぁあ!? 後半、そっくりそのまま返してやりたいんだけど!?」


 (ユエ)がやや大声でツッコミを入れると、「あァ!?」と眉の間に不機嫌な感情を刻んだ彼は一層悪くなった目つきで()めつけてきた。グヌヌ、と両者しばらくの間睨み合いが続いたが、不意にホー、と響いた梟の声に、はっと少女は我に返る。

 そして、「よいしょ」と立ち上がり、二、三度黄色の道袍(どうほう)をぽんぽんと叩き、汚れを払い落とすと、肩下げにしまっておいた鐘を取り出しながら、自身を仰ぎ見ている目つきの悪い(おもて)へと睫毛の先を向けた。


「っていうか、そういえば、アンタこれからどうする予定だったの? 行き倒れることが目的だったわけじゃないんでしょ?」

「たりめーだボケ。……つーか……、ここ、どこなんだ?」

「…………は?」


 (ユエ)へと貼り付けていた視線をス、と横に流しながら、少年は短い黒髪へと指を入れる。お世辞にも良いとはいえない目つきで、きょろきょろと探るように彼の瞳が左右へ動いた。


「どこって……西白省(せいはくしょう)から朱南省(しゅなんしょう)に抜けるための山道に続く森、だけど……。ほら、山肌切り崩して作った関所、あるじゃない? あそこに通じてんの。この先」


 この国は、玄北省(げんほくしょう)、朱南省、西白省、東青省(とうせいしょう)という大きな四つの省に行政区域が分割されており、それぞれ国から派遣された長官が治めている。大華という国の一地方という扱いではあるものの、故郷を離れる者の身元をなるべく把握するためにも、互いの行き来については関所で検問を受けなければならない。

 (ユエ)の場合、僵尸隊を引き連れていることから、特別に検問は受けずにそのまま通過が認められているが、如何に道士といえど彼もまた省跨ぎをしてきているのならば身分証明は必ずされているはずだが。


「……西白、省……?」

「え、知らないの!?」

「知っとるわっ! いや、でも……西白省ってあれだろ。地図でいうとこの、左」

「ひだり」

「あ? なんだよ。あってんだろ? 北が上、南が下だ。んで、東が右、西が左」

「……いや、うん……。まぁ、あっているけども」


 あっているか、間違っているかを訊かれたら、あっている。地図における上は北、南は下で、東は右、左は西だ。


(でも……いや、でもそういうんじゃなくて……)


 立ち上がり、前後左右を指さしながら呟く少年へと、頬を撫ぜる空気よりも冷えた視線を(ユエ)は投げつける。

 (ユエ)の家業は主に僵尸隊の引率ではあるが、道術の家でも勿論あるため、八卦など易経も扱う。易経とは、風水や方角を読み解き、気の流れに逆らわないよう物事を整えていく――古くは「卜占(うらない)」とも称されたものである。

 世界の成り立ち、「陽」と「陰」、そして「(こん)」と「(はく)」を識り、易経を通じそれを視る者が道士という生業であり、概ね道士ならばそれらは必須の技能とも呼べるものなのだが――。


「アンタ、もしかして……」

「……んだよ?」

「……迷子?」

「ッ!!」


 ビクッ、と大げさなほどに肩を大きく揺らした少年だったが、それでもその動揺を隠すようにキッ、と目つきの悪い視線を(ユエ)へと貼り付けてきた。


「迷子じゃねェ。ただ……、ちょっと、いまいる場所がわっかんねェだけだ」

「それを世間では迷子っていうんだけど」

「ぐ……っ!」

「なるほどね~。道理で、道から外れた草むらで倒れてると思ったら……そもそも、道を歩いていなかったってことね~」


 道士でありながらそれはかなり致命的だろうと思うが、(ユエ)とて特別道術の才能に秀でているというわけでもない。祖父は若い頃よりかなりの使い手だったらしいが、その孫である自身の才能はごくごく普通である。

 それにしても、流石に迷子になっていながら出会い頭に初対面の人間から食べ物を強奪し、かつ、助けを乞うわけでもなくここまで偉そうに出来るというのはある意味才能といっていいだろう。

 残念ながら、それは道士に必要な才能ではないが。


「まぁここで会ったのもなにかの縁だし? 迷子を送り届けるくらいはしてあげてもいいけど? どうせ、アンタひとりじゃどこにも行けないでしょ」

「……ぐッ!!」


 苛立たしそうに少年の唇の間から見える八重歯に、(ユエ)は先ほど奪われた夜食の恨みを昇華させるように、くふふと頬の位置を高くする。


「んだコラ。笑ってんじゃねェぞクソが」

「はいはい。もういまさらそんなイキがって凄まれても、迷子って時点でもう残念極まりない感じだから。で、結局アンタどっから来たの? どこに行こうとしてんの?」


 これから一旦家に帰り、その後向かう先は南方・朱南省だが、彼の行き先が北方だとしたら、しばらく自宅である廟で待っていてもらう他はない。


(まぁひとりで留守番させるわけでもないし、爷爷(じっ)ちゃんもいるし……適当になんか雑用でもさせときゃいいか)


 (ユエ)は道へ置いたままにしておいた僵尸の列へと足先を向けながら、肩越しに彼へと視線を贈ると、そこにはなにかを探るように、視線を宙へと向けている少年の姿があった。


「どうしたの?」

「……あー、いや。なんでもねぇ」

「なんでもなくはないでしょ。なに? もしかして、来た場所も向かう場所もわかんないとか?」

「わかっとるわっ! ……いや、わかってんのか? 俺は」

「えっ、知らないけど」

「テメーにゃ訊いてねぇわ」

「じゃあ誰に訊いたの? 自問自答?」

「あぁぁあうっせーな!」


 吠え付いたあと、ガシガシと黒髪へと指を入れながら、少年は不貞腐れたように言の葉を続けた。


「来た、のは……多分、北の方角だ。でも、そこが玄北省かって訊かれたら、それはわかんねぇ。ここより、大分寒い地方だったからそう思っただけだしな。で、行き先も、これもわかんねぇ」

「……ココデハナイドコカトオクヘイキタイ的な?」

「んなこっぱずかしい年齢はとっくに過ぎたわ」

「へぇ。いくつ?」

「…………十七」


 ふぅん、と無感動に呟きながら、ひとつ上だなぁと独りごちる。

 けれど、その事実に(ユエ)はハッと目を見開いた。


「って、年上だったのぉ!?」

「んだ、文句あんのかコラ」

「いいえー。年上には見えなかったものでー」


 そうはいいつつ、まぁ外見からしても同年代だろうとは思っていた。歳の差があったにせよ、前後一、二歳ほどのものだろうと。

 けれど、それが現実的に年上だと突きつけられると、どうにも腑に落ちない気がしてくる。日頃より、年上は敬えという教えで育ったせいかもしれない。


「で、行き先がわかんないってどういうこと? 長旅をしているようにも思えないけど……」


 ちら、と彼の周囲を見回しても、大した荷物は確認出来ない。むしろ、彼の傍近くにあるものは、あの一角獣だけではないだろうか。


「長旅のつもりもなかったっつーか……。世話んなってた廟の持ち主が、ある日いきなりいなくなりやがってな」

「いなくなって……って、この世から?」

「だから勝手に殺すな! まだ生きとるわ! ……まぁ、多分、だけどな」

「んん? どういうこと?」


 彼が語るところによると、いまから数年前に天涯孤独だった彼を拾ってくれたのがその廟の主であるという道士だったそうだ。その男も妻帯もせずに独り身であったことから、もしかしたら彼を後継者にするつもりもあったのかもしれないが、残念ながら生まれ持った方向音痴という特技のために、それは叶うことではなかったらしい。


「まぁその廟があった集落は大分前に人が住まなくなった廃墟だったし、本当に後継者がほしかったのかはわかんねェけどな」

「へぇ……って、じゃあ人もいない場所でどうやってふたり、生活してたの? 人がいないんじゃ、儀礼とかもなかったんでしょ?」

「は? んなもん、近隣から盗んでたに決まってんじゃねーか」

「…………は?」


 とりあえず、僵尸隊の待つ道まで戻りつつ話を進めようかとしていた(ユエ)の足音がぴたり、止まる。


「人が住みつかなくなったような集落だぞ。要するに、治安最悪。盗賊や犯罪者が辺りにゃわんさかいたんだよ。で、そいつらがどっからか盗んできたモンをさらにかっぱらって、大抵はそれで生きながらえてたな」

「……えっと、泥棒?」

「ちげーわ。盗賊が盗んだもん奪ってただけだ」

「だから、泥棒?」

「ちげぇ」

「いや、泥棒っていうんだけど。世間では」


 いままでの自分への態度からも、育ちがヨロシイとは思ってはいなかったが、流石に道袍を身に着けた同職だったこともあり、予想だにしていない回答だ。


「その、道士の方はなにもいわなかったの?」

「むしろそいつが当時、十かそこらの豎子(ガキ)だった俺にやらせてやがったからな」

「……えぇ……待って。ちょっと、色々、理解が追い付かないんだけど……」


 自身の一番身近な道士といえば祖父であり、彼は所謂「飲む・打つ・買う」をやらかす人間だが、その反面その手の躾には非常に厳しい人である。僵尸隊という人の死を生業として生活しているからこそ、人の死に直接繋がりかねない行為を許さない人だった。


「つまり、悪い人?」

「はっ、さっきまで悪人ヅラだなんだって吠えついといて、いまさらかよ」

「違う」


 嘲るように笑う彼へ、(ユエ)はくるり、踵を返すと、真っすぐに睫毛の先を少年へと向けた。


「アンタが、じゃなくて。その道士が、だよ」

「あ?」

「まだ十歳程度の子供だったアンタに、そういうことやらせてたんでしょ。悪い人じゃない」

「…………まぁ、詳しくは知らねぇが他にもなんだかんだやらかしてたみてぇだし、イイ人ってやつじゃねーこたァ確かだな」


 少年は、しばらくの沈黙の後、むず痒そうに顔を歪める。そして、居心地の悪いらしいそれを吹き飛ばすように鼻先で笑うと、ゆっくりと足音を草木へと落とし始めた。

 黒髪が冷えた宙へと流れる中、その後を追うように一角獣の蹄もまた持ち上がる。


「え、でもその人がいなくなって……結局、どうしたの?」

「あいつがいなくなったなら、俺がそこに留まる理屈もねぇだろうがよ」

「そりゃそうだけど……。あ、でも天涯孤独ってことは、故郷もわかんないってことか」


 十歳の子供が他所の地からひとり、そこに行くということも考えづらいし、普通に考えればきっと彼の故郷はその「北の方」なのだろう。けれど、彼を拾った道士の住まう周囲は盗賊だらけ、ということは、人攫いにあった可能性も十分あり得る。


「じゃあとりあえず、死んだときのために故郷探しはしとかなきゃいけないってことだね」

「てめぇは一度、安易に人を殺そうとする思考回路どうにかしろ」

「人聞き悪いこといわないでくんない!? まだ殺したことないんだから」

「予定はあるような口振りが逆に怖ェわ」


 これほど捻くれた人格なのだから、着いてくるか疑問だったが、そこは意外に素直に(ユエ)に従うつもりがあるらしい。立ち止まったままだった少女の背を追いこすと、少年は一角獣を従えそのまま僵尸隊の待つ道へと歩を落とし進んでいく。


「でも、よく盗賊から物を盗んで無事でいられたね」

「最初のころはよく報復に廟に押しかけてきてたけどな。その都度、返り討ちにしてボッコボコにしてたら、報復してこなくなったどころか俺が行くと物を置いて一旦逃げるようになった」

「……安易に人を殺そうとしてんの、アンタの方じゃない……」


 先ほど踏みつけた背や触れた身体からしても、彼が鍛えていることはほぼ間違いない身体の作りだった。す、と視線を落とした先で宙を掻く腕から伸びる手も、筋張っており腱も太そうだ。

 身長も、恐らく六尺(百八十センチメートル)ほどはありそうだ。


(道士の後継者として養われてたってより、もしかしたら用心棒変わりだったのかな)


 道士の大半は、自身も武術の手練れであることが多いが、それでも人には得手不得手があり、苦手な者も稀にいる。そういう治安の悪い場所で暮らすのならば、腕っぷしの強い者を子飼いとして育てようという気持ちにもなるのかもしれない。

 それにしたところで、十歳程度の子供だった彼をそう扱うのはやはりどうかと思ってしまうが。

 僵尸隊の待つ道まで戻ると、(ユエ)は目視でその数を数え、不足がないことを確認する。同時にザ、と空を駆けたらしい風がガサガサと木々を揺らし、ふたりの声ばかりが響いていたはずの森が、俄かに騒ぎ出す。

 少女は周囲を探るように視線を流していき、少年の傍で待つ一角獣でその動きを止めた。


(でも……あれ?)


 (ユエ)はふ、と脳裏に過った疑問に、睫毛を一度上下させた。


「ねぇ、アンタ」

「んだよ、まだなにかあんのかよ、でこっぱち」

「……アンタほんと、これからしばらく世話になる予定の人間のくせに態度デカすぎじゃない!? ってか、でこっぱちって呼ぶなっつってんでしょ!」

「んで、なんだよ」

「……この一角獣、さっきアンタ『俺のだ』っていってたけど、これも盗賊から盗んだものだったってこと?」

「あ? なんでだよ。(シン)……、こいつは元から俺のもんだ」

「あれ? そうなの?」


 どうやら(シン)という名前らしいこの一角獣は、ぷる、ぷる、と耳を小刻みに揺らしながら、カツ、と一度蹄を地面へと刻みつける。そして、ザワザワ、と騒ぐ森を威嚇するかのように、ブルン、と鼻を一度鳴らした。

 

「てっきり盗んだものだと思ったんだけどなぁ」

「あ?」

「じゃなかったらさぁ……」


 ザアァア……! と、再び風が強く、木々を揺する。(ユエ)は乱れる髪を手で抑えつつ、焦りから僵尸への命が解けないよう再度鐘を鳴らし「止まれ」を継続させた。


「こんな風に、団体さんに囲まれる可能性って、ないじゃない?」


 チリン、と響いた鐘の音の余韻が消え、ふ、と見回した周囲には、二十名ほどの大男たちの影。月明りが落ちる夜といえども、こんな夜半に火を持たず歩き回る集団など、基本的に火が御法度である僵尸隊か、人目に触れたくない人種――盗賊くらいなものである。

 (ユエ)は鐘を肩下げへとしまい込むと、そのまま内部を漁り桃木剣(とうぼくけん)を取り出し、構える。


「はっ、そりゃ考えが足りねぇわ、でこっぱち」


 鼻先で笑う少年は、傍らにいる一角獣の鼻面を指の腹で舐めながら、凶悪な角度へと唇の端を持ち上げた。


「あれァどう見ても、半日前に忍び込んで食いモン漁ってトンズラこいた場所の盗賊どもだろ」

「って知るかァ!! ってか、どの道アンタのせいじゃないのッ!!」

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