序章 7「皇帝」
第七章「皇帝」
「周徠!」
何人かの見廻り組の兵士を連れながら、珀埜は周徠ともう一人の人物を見つけた。
足早に駆け付ける。
「随分と探したぞ…。それと、そこにいるのは…?」
ふと、珀埜は周徠にくっついている人物を見るが周徠がつい先ほどまで使っていた羽織を頭から被っているため、顔を見ることはできない。
しかし、印象的な紫色の髪は羽織の隙間から見えている。
「…。」
珀埜はじっとその人物の様子を見ていたが、周徠と視線を合わせる。
周徠の瞳は美しい深緑色の目をしており、そこには珀埜にしか分からない意思の疎通があるように伺える。
珀埜は、周徠が自分に何を伝えたいのか大体分かったのか溜息をついて、肩に手を置く。
「…少し落ち着いたら、すぐに王宮に連れて行くんだぞ」
「あぁ、分かった。」
たったそれだけの言葉を残して、珀埜は他の兵士と共に周徠とは間逆の道を進んでいった。
周徠は、保護をした万華を連れてそのまま真っ直ぐに歩く。
周徠は一端兵舎に向かったが、他の兵士たちがまだいるため自分の部屋に万華を案内することはできなかった。
他の兵士たちもいる場所へわざわざ彼女を連れていくわけにはいかない。
(…仕方ない、裏道を使って馬小屋に連れて行くしか…)
周徠は万華を落ち着かせるように優しく手を握りながら、兵舎にある裏道を使って馬小屋に連れて行くことにした。
女性…しかも妃候補を馬小屋に連れて行くのには少し気が引けるがする周徠ではあるが、今はとにかく何故このようなことが起きてしまったのかと言うことを知る必要がある。
そして彼女が自らの命を絶とうとするまで追い詰めていたものは何なのか…。
周徠は彼女の口から聞かなくてはいけない。
馬小屋の中に入り、周徠は万華を出来る限り汚れない場所に座らせて、対面するように座る。
万華は周徠の言うことが分かっているのか、小さく頷いて周徠が自分の頭に被せていた羽織をとって彼と面を合わせようとするが何故か俯いてしまう。
そんな中、一頭の馬が二人に近づいてくる。
茶色の毛並みで優し気な瞳。
周徠に甘えるように、鼻息を鳴らしながら顔を近づけてくる。
「…おい…來嘉…やめろ」
今構っている暇ではないと言わんばかりに周徠は、手で來嘉と呼ばれた馬の鼻を抑える。
機嫌を損ねているのか、周徠の尻尾のような後ろ髪を口に含もうとする。
「だから…今はお前を構っている場合じゃ…!」
周徠が抵抗していることなどお構いなしに、口に髪をもしゃもしゃと含み始める。
その様子があまりにもおかしかったのか、万華はきょとんとした顔で一人と一頭を見つめている。
ほんの少しだけ心が安らいだのか、笑みが溢れた。
「…ふふっ…!」
「…あ…?」
その笑顔に周徠と來嘉も思わず動きを止める。
先ほどまでとは表情が変わり、ほんの少しだけでも笑顔を見せてくれた。
「馬…好きですか?」
「…はい…。その…少し、落ち着きます…」
「そう、ですか。それはよかった。」
ほんの少し、たどたどしい様子ではあるが。
先ほどよりかは幾分か声色が落ち着いているようだった。
その様子に周徠も安心し、そっと木で出来上がった椅子に万華を座らせる。
「今、話せることだけで構いません。どうして、奴隷であったはずの貴女が妃候補となって、後宮に…?」
「私は…」
少し震えた声を出しながら、万華は肩を震わせる。
頭の奥底にある忌々しい記憶を思い出すために、頭を抱えながら言葉を紡ぐ。
「…貴方に助けてもらったあの日…黒のいる場所に戻ろうと…していたときです…。突然、誰かに気を失わされて…気が付いたら服や髪型が変わっていて…それで…!!」
万華は、必死に自分の身に何が起きたのか周徠に伝えようとするが突然、頭を抑え始めた。
周徠は彼女の手を優しく握る。
「落ち着いて…。ゆっくりでいいから…」
万華の手を強く握りながら、周徠は彼女を落ち着かせる。
何かに酷くおびえるようにしていたが、ある程度落ち着けば万華はまたゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…大師集の余禍と言う男が、私を身請けしたのです。妃候補になれと命令してきて…」
(大師集…の、余禍…)
万華の言葉に周徠は少し目を細める。
聞き覚えのある名前。
大師集と言えば、この国の政治を行う存在で周徠達…見廻り組とは決定的な権力差がある存在である。
そんな大師集に属する余禍が、何故万華を妃候補にしたのか…。
「…私は、反対したのですが…弟の黒が人質であるということを言われ、命令を従わざるを得ませんでした…」
(…弟を人質に…!?)
周徠の心の中は黒い靄の様なものが掛かる。
万華の弟の黒と言えば、自分に母親を救うことが出来たはずだ!と食いついてきたあの少年だ。
忘れることなど出来るはずがない。
「そして…私は妃候補となり、今まで日々を送りました…。けれど、私にとってはどうしようもないほど辛くて…それで…」
ポロリと涙が落ちる。
万華の目には大粒の涙が滴っている。
そこから先のことを聞くことはひどく酷なことなのだろう。
周徠は優しく彼女の背中を摩る。
「…そう、でしたか。」
何度も何度も涙を拭おうとするが、彼女の口からはそれ以上言葉というものは発せられることはなかった。
呼吸も酷く乱れて、落ち着く様子が見られない。
彼女の様子を見て、無理やり問いただすことは難しい。
そう思っていた矢先に、一匹の馬が万華の頬にすり寄ってくる。
「…らいか(らいか)?」
らいかと呼ばれた馬は、大きな瞳を細めている。
万華も一瞬驚いた顔をしながらも、どこか溢れる感情を溢しながら優しく馬を撫でる。
泣いている彼女を少しでも勇気づけようとしているのだろう。
遊牧民であった万華にとってはとても嬉しい出来事ではあるだろう。
自然と涙も収まる。
「…大丈夫ですか?」
優しい声色で話しかける。
「はい…大分落ち着いてきました…」
馬の首筋を優しく撫でながら、ほんの少しだけ笑みがあふれている。
その様子を見て、周徠も安心することができた。
「この子…とても優しい目をしていますね」
目を細めてらいかと呼ばれた馬を見つめる万華。
らいかも彼女を元気づけるように何度も何度も頬にすり寄ってくる。
「その馬は…甘えん坊で、少しいたずら好きですが、子どもの頃からずっと一緒なんです」
「そうですか…。」
短い返事ではありながらも、遊ほんの少しでも心安らぐ存在であることには間違いない。
首元を優しくなでるとらいかはぶるると鳴いて見せる。
ある程度触れ合った後、万華は周徠の方を見つめる。
「ごめんなさい…上手く説明が出来なくて」
「いえ。貴方の心中を考えると何か深い理由があったことはわかります。…けれど、どうか…どうして奴隷だったあなたが妃候補として後宮にいるのですか…?何故、あの小刀をどこで…?」
周徠からの質問に万華は一瞬言葉が詰まってしまう。
しかし、彼女の目の前にいる彼の目は優しいものでかつての後宮にいる女たちとはまるで違う。
かつて、彼には母親の件で世話にもなっている。
そのことを思い出して、重い口を開く。
「私は…余禍という人に皇帝の妃として後宮に入れられた後、他の人たちに毎日毎日蔑まれてきました。遊牧民である私には教養がなく、字を書くことが出来ない。だから、彼女たちにとって私は邪魔な存在だったと思うのです…」
声を震わせながら、万華は周徠を見つめ返す。
その言葉に周徠は一瞬眉を潜める。
後宮というのは皇帝の跡継ぎを作るために存在する場所。
そこには男には理解しがたい女だけの醜い争いがこだまする場所でもある。
皇帝のために立派な子を産むことで国の実権を手に入れようとする権力者も存在している。
そんな中に遊牧民である万華が、後宮という場に入り込んだとなるとまるで庭に咲く花を蝕む害虫のように思われてしまうのだ。
「同じ人なのに、遊牧民出身と言うことだけで野蛮だ、毛皮らしいと囁かれて…私は妃候補の人たちからは蔑まれました…。そして今日私はあるものをその人たちに贈られました…」
「…あるもの?」
「…はい、私はようやく同居している方が筒に包まれた箱を開けてみたんですが…そこには…」
「この小刀だったと…」
万華は俯いて、周徠の懐から出てきた小刀を見つめる。
周徠は彼女が何を伝えたいのか…すぐに理解することが出来てしまった。
「…その小刀を渡して、彼女たちは死を選ばせようとした…」
周徠の言葉に万華は静かに頷いた。
小刀には周徠の血がまだ残っている。
大きさはおよそ四寸程度。女性にも持ち運ぶことは出来る。
「手渡されたときに、後宮では危険物を持ち込むことは禁止されていることは知っていました。
ですが、この贈り物をはねのけるようなことをすれば…どうなるかわからない…。彼女たちに逆らえば自分がどうなるかわからない…。
口からは言われることはなくとも、自分はここにいることは許されない…だから、逃げたんです」
「…。」
「でもそれは大きな過ちでした。弟のことを忘れて、自分のことばかり考えて…。でも、あの時はあの人たちの目を見たくなかった…!」
声を荒げて身を震わせる。
その様はまるで、野獣に目を付けられた野兎のようだ。
あまりにも痛々しい彼女を周徠は見るに絶えず、そのまま強く強く抱きしめたのだった。
かつて、遊牧民として平和に暮らしていたのにどうしてこんな仕打ちを受けなくてはならないのか。
誰一人として彼女のことを、本来の彼女を認めることなどできない。
家族を失った悲しみ、その原因である国に居続けなければならない苦痛。
それは本人にしかわからない苦しみだ。
ただただ万華を強く周徠は抱きしめる。
「話は分かりました。ありがとうございます…。この件については、俺たちが必ずなんとかします。あなたは誰も傷つけてはいない…。許されるはずです。だから、どうか落ち着いて…」
本当ならば彼女を一番苦しみから救うことが出来るのは、この国から追放することなのかもしれない。
しかし背後には大師集という大きな権力者がいるのだ。
迂闊に行動を起こすことは出来ない。
もどかしい気持ちを周徠はぎゅっと耐えながら、万華を抱きしめ続けたのであった。
*******
場所は変わり、王宮。
美しい装飾品に囲まれたこの場所は、絢爛豪華で黄金のように輝いて美しい。
部屋の中心には…代々鄭国の神『月ノ守』の血を継ぐものだけが座れることが出来る玉座。
この玉座に座る人物は、新皇帝として着任した者。
「申光陛下」
彼こそが鄭国第15代目皇帝。
名は…“申光”
その容姿は鄭国の皇帝のみが持つと云われている…金色の髪と、誇り高い獅子のように立派な目つきで朱色の瞳を持っている。
そしてそれを称えるかのように身に纏う服はとても豪華であり、まさに皇帝の名に相応しいように見える。
「逃げ出した妃候補者を、見廻り組の者が無事に捕獲したようでございます…」
そして、彼の目の前で跪いている5人の老人達。
その中には周徠と万華の話からも出てきていた余禍の姿も伺えることから、この老人達は大師集であることは間違いない。
彼らは老人でありながらも、皇帝が政を行う時に援助を行うのが仕事であるためこの王宮にはどんなときにでも身を置くことが出来る立場の人間である。
「余が君臨するこの領土の中で、逃げ出そうとする者がいるとは、な…。愚かな奴だ」
「全く左様です。陛下のご意思に逆らうことなど、万死に値することでございます」
申光は玉座に膝をついて、大師集を見下ろす。
その彼の姿は皇帝ではあるものの、まだはっきりと善悪の区別がついていないようにも見える。
そこの辺りはまだ、皇帝としての威厳はないのか大師集に頼っているのだ。
「さて陛下、逃走した妃候補者ですがどのような罰をお与えになさいますか?」
「そうだな…ますはその者の顔を見て、余にどんな反応を取るのか見てみたいものだ…。この場に連れてくるように、見廻り組の者に伝えよ」
「へ…陛下!お待ちください!」
突然の大師集の中の一人が声を出した。余禍である。
彼は冷や汗をかいて、申光を見上げる。
「い…いくら妃候補者であったとしても、仮にも罪人でございますぞ!?そんな者を陛下とお顔を合わせると言うのは賛同できません!」
余禍の言葉に申光は朱色の目を細めて、見下ろす。
「余禍…何故、陛下を罪人であるものと顔を合わせていかんと申す?」
「…それに、仮にもその者は妃候補者であり、陛下の妻となるべき者であるぞ?」
余禍が反対の意見を出すと…それをまるで黙らせるように他の大師集の者達が容赦ない。
その様子を見て、申光は言葉を紡ぐ。
「何だ?その妃候補者はお前が推薦した者であると申すのか?」
申光の言葉を聞いた瞬間に余禍はまるで洪水のように冷や汗をかいて、俯いてしまう。
(…もし、あの女を妃候補に推薦したのが私だと分かってしまえば私はこの地位を下げられてしまうではないか…!)
余禍は申光の威圧感を感じ取りながら、冷や汗が止まらなくなっている。
万華を妃候補者と推薦したのは間違いもなく自分であり、更に彼女の弟と人質としてとっていることが他のものの耳に入ってしまえば自分が大師集としての立場を剥奪されてしまうのは目に見えている。
(何とかしなくては…!)
「余禍、聞いているのか?」
ハッと余禍は、申光の言葉に我を取り戻す。
その姿を見て、うっすらと他の大師集達は薄く笑みを浮かばせているのが分かってしまう。
余禍はぐっと自分の身に降りかかる屈辱に耐えながら…。
「いえ…、私はその妃候補者とは何の関係もございません…。私は陛下のご意思に従うだけであります」
申光に対して頭を深く下げ、余禍は謝罪の言葉を述べる。
彼の姿を見て、他の大師集のものはクスクスと笑う。
しかし、彼らのその声は申光に聞こえはしない。
「…ならば、早速その妃候補者をここに。」
*************
馬小屋で万華の話を聞いた周徠は、彼女を宥めてからゆっくりとした足取りで王宮に向かって歩き出す。
一応顔は見えないように、羽織を顔に被せて手を握りしめながら歩く。
「…」
言葉をかけようにも、彼女の境遇を知っている周徠からすればなんと声をかければいいかまるでわからない。
ただ手を握りしめてそのまま王宮に向かって行くことしかできなかった。
「あの…」
ポツリと万華のか細い声が周徠の耳に届く。
「?」
短い返事をし、振り返る。
羽織で顔は少ししか見えないが、わずかでは紫色の目が見えた。
「助けてくださって…ありがとうございます…」
本当に小さい声ではあったが、周徠の耳にはしっかりと聞こえた。
その声に周徠は何とも言えない気持ちになったがそっと手を握る力を強くする。
短い会話が終わってしまった。
そうしてまた沈黙が始まってしまうが、その空気を断つようにある男が現れる。
「遅かったな。周徠。」
白髪の髪を靡かせながら、振り返る男…珀埜がいた。
「待たせた。」
珀埜は羽織で顔を隠されている万華を見る。
「彼女が今回の騒動の犯人か」
「…あぁ」
「…」
ふと万華は周徠の手を強く握りしめる。
彼女の手の力に気が付き、周徠は両手で手を握りしめる。
「ずいぶんと訳ありのようだな…」
そう言い放ち、珀埜は背を向ける。
「王宮に行くぞ。陛下がお待ちだ」
「陛下が…?」
「あぁ、彼女と会いたいようだ」
思わずその場で立ち尽くしてしまう。
何故、彼女を会いたいのか。
いったい何が目的なのか…?
「…陛下のご命令だからな…彼女には申し訳ないが」
珀埜が万華に視線を向ける。
少し青色に混ざった瞳が動く。
その視線から何か恐怖を感じたのか、肩に力が入る万華。
周徠は安心させるように彼女の背中をそっと摩る。
「…ま、お前が惚れちまうのも分からなくはないか」
先ほどの雰囲気とはまるで異なり、平然な表情をしながら珀埜は周徠に話しかける。
「え?」
突然のことで唖然とする。
「その子なんだろ?お前が話をするときによく出てくる女の子って」
「え…えーっと…」
万華の手を握りしめたまま、少しだけ赤面する周徠。
先ほどとはまるで違う周徠の様子を見て、目をぱちくりさせる万華。
(嗚呼、そうか…私とこの人は…初対面じゃなかった…)
ふと、万華の頭の中で周徠と出会ったことを思い返す。
まず一番初めに出会ったのは、母親を助けようとしたときに大男を倒してくれた。
結果はどうであれ、黒と自分を助けてくれた。
そのあとは、母親の遺体を最後までちゃんと埋葬をしてくれた。
そして、つい先ほど自分のことを助けてくれた。
こうして思い返すと彼は自分にとって命の恩人なのだ。
うっすらと溢れる涙を感じながら、自分の手を握りしめてくれている手を見つめる。
「私の名前は…万華です…」
「え」
突然名乗った万華に驚き、周徠は万華を見る。
「…え、あっと…その…お名前を教えていただいてもいいでしょうか?」
目に涙を溜めながらも、にっこりとほほ笑んで見せる。
優しくとても穏やかで、万華はようやくこの鄭の国で初めて笑った。
その顔を見て、周徠と珀埜は安心したように笑みを浮かべる。
「周徠です。それでこっちにいる白髪の男が珀埜」
「よろしく、万華さん」
先ほどの視線とは打って変わり、穏やかで優しい瞳で珀埜は万華を見る。
わずかではあるが、万華は自分の安心できる居場所を見つけることが出来たような気がした。
もしあの時、自分が死んでいたらこうして人と話が出来ることが出来ただろうか。
それは無かっただろう。
涙を流すが、先ほどの涙とはまるで別の涙。
(ほんとに、よかった…)
そうして三人は、他愛のない話をする。
話の大概は珀埜が周徠をからかう内容で、周徠が万華のことをとても心配していたという内容だった。
「こいつ、本当にお人よしだからな」
「う、うるさいな…!だって、あんな状況だと誰だって気になるだろ…!」
「うふふ…ありがとうございます。兵士の中でもこんなに優しい人がいたなんて…」
気づけば三人は絢爛豪華に飾られた王宮の目の前に立っていた。
「ここが、申光皇帝陛下がいらっしゃる王宮だ。まぁ、正式には旧王宮なんだけどな…」
美しい模様と柄に囲まれ着飾れた建物はそれは歴史に残るほど立派なものである。
しかし、万華はそれを見ても特に反応がない。当然といえば当然のことなのだが…。
「ここで、私は何を…?」
周徠と珀埜を見つめ、万華は尋ねる。
二人は一度顔を見合わせ、珀埜が言葉を紡ぐ。
「…俺達には貴女が何をされるかは聞いていないです」
「そうですか…」
「恐らく、君の処罰だと思う。妃候補者の身でありながら今回の騒ぎを起こしたことは、問題で陛下の顔に泥を塗ったとも同然なんだ」
どんな理由があったとしても、万華はこの国の皇帝の妃候補者として選ばれた。その地位は国の後継者を担う者としては今回の行動はあまりにも無責任なものとも言える。
今の万華にはこれから何が起こるか分からない不安と、自分の無責任な行動への後悔が入り乱れている。
それを知ってか知らずか、珀埜は王宮の前に立っている見廻り組の同僚に万華を連れてきたことを報告する。
兵士は万華の顔を見つめ、眉間にしわを寄せながら珀埜と顔を合わせる。
「ようやく連れてきたのか、時間がかかり過ぎて俺達が咎められてしまったぞ」
「悪かったな。まぁ、多目に見てくれ」
「今回だけだからな?さぁ、彼女をこちらへ」
周徠は万華の腕を優しく掴み、そのまま同僚の兵士に手渡す。
瞳が僅かに震える姿を周徠は見逃さず、手渡すその一瞬…
「大丈夫」
そう呟き、ゆっくりと離れた。
その言葉の意味はきっと不安と恐怖に駆られてる万華を安心させるものなのだろうか…。
去っていく二人の後ろ姿を見つめながら、万華は王宮の中へ連れていかれた。
王宮の中は無駄に広く、静かである。
万華をつれている兵士は全く万華に興味がないのか一言も発せず、ただ真っ直ぐに道を歩く。
万華も目を伏せたまま、ただ付いていく。
ただ、真っ直ぐ…進んでいく道には美しい黒曜石の壁があり、漆黒ながらも光に反射している。
黒曜石など万華にとっては無縁の鉱石であるが、特に何も診るものが無い万華にとっては唯一目を惹いた物であった。
(この石…どこかで見たことがあるような…?)
何故この石に惹かれたのか…万華は記憶の中を深く探っていると、ふとあることを思い出した。
(そうだわ…この石は、奴隷の皆で運んだ石だわ…)
「おい、壁ばっかり見ていないで、早く歩け!」
後ろにいる兵士が万華の背中を強く押し、無理やり前に押し出す。
万華は、仕方なしに兵士が指示した通り渋々歩き始めた。
ブツブツと何か呟く兵士、その声を何も言わずに聞き耳を立てる万華。
「ったく、なんで俺がお前みたいな奴をいちいち案内しないといけないんだ…面倒だな…」
愚痴を溢す兵士。そんな彼の声を聞きながら、万華はつい先ほど王宮に連れてきてくれた周徠と珀埜のことを思い出す。
(やっぱり…あの人たちみたいに、優しい人はここにはあまりいないのね…)
小さな溜息をついて、万華は兵士の命令どおりに長く無駄に広い王宮の廊下を歩いた。
「止まれ」
兵士は万華に制止をかける。
万華はその場に止まり、ふと顔を上げるとそこにはなんとも豪華な金で出来た獅子の銅像があった。
そして、その先には他の部屋とは比べ物にならないほどの大きい扉が聳え立っている。
「ここが、玉座の間だ」
「玉座の間…」
玉座の間と言われた場所は、その名の通りこの国の王「皇帝」のための部屋である。
玉座の間には、数人の宦官が左右に並びその場に座っている。
「陛下!ご命令の通り、例の妃候補者をお連れいたしました!」
第8章へ