第四話 化け猫の琥露(くろ)
「おお、おおおおおおおお!」
惟前が驚き声を上げるのと同時に、琥露の体膨れ上がるように大きくなってゆき、大きくなる前から琥露にまったがっていた惟前は背中から落ちないようにするのに夢中で気が付くと目の前にあったにあったのは、ついさっき簡易結界を壊した陰鬱此たちではなく三つ並んだ円の一番右側が赤く光っているただに信号機だった。
「のわぁぁぁぁぁ!」
信号が見えたのもつかの間、琥露は体の巨大化が止まると勢いよく後ろにジャンプしてその場から下がった。そうすると琥露はおしりを突き出し前足を突き出し頭を引くい位置まで下げると毛を逆立て威嚇の体制をとり、先ほどの小さかった時のかわいらしい声とそんなに変わらないはずなのに、どうにも今の琥露には地を揺るがすほどただならぬ雰囲気を身にまとっていた。
「シャァァァァァ…!」
しかし、陰鬱此たちは琥露の威嚇にたじろぐ姿は一切なくその場にいた陰鬱此の半分が正面にいる琥露ではなく、その背中に乗っている惟前に向かってとびかかった。
その瞬間、巨大化した琥露の大きな右前足でとびかかった陰鬱此たちを薙ぎ払った。
陰鬱此たちは、琥露の右前足に触れた瞬間に全員、身にまとっていた黒く深い闇を飛び散らせながらふきとんだ。
するとすぐ隣の建物にぶつかった後には元の人間の姿でビルのそばに落ちていった。
「すげー…。琥露!あの人たちは大丈夫なのか!」
「ああ、ビルにぶつかった衝撃は影が受け止めてくれただろう。あとは、人間の姿に戻っちまえば、どうとでもなる。にしても…」
「にしても?なんだよ。」
ダンッ!っと音を立ててその場に残っていた陰鬱此たち全員が先ほど同じようにとびかかった。しかし、琥露は惟前との会話を続けながら先ほどと同じように薙ぎ払った。
「なんでもない!」
「いや、何でもないって…」
「よし。ここにいた陰鬱此たちは全員倒したぞ。問題はこれこらどうするかだ。」
これからどうするか。
なんだかんだ言っても、ここまでは今惟前が左手に持っている結の箱のおかげで助かった。
だがこの後も、こううまくいくとは限らない。
実際問題、一体目の陰鬱此から結に守ってもらった後、にげた先々で人が陰鬱此へと変わっていった。さらにそのすべてが惟前を狙っていることから、もしかすると自分が逃げることで、本来陰鬱此ならなくてもいい人間が陰鬱此になってしまうかもしれない。
その可能性があるのなら、この場から移動して逃げることを躊躇してしまうのも無理はない。しかしこの場に留まっていても近くに人がいる限り、惟前の見えないところで陰鬱此が増え続けるかもしれない。
ならば、せめて…
「逃げるのも、留まるのも、だめ。ならせめて…人がいない場所に急いで行こう。」
「人がいないところか…こんな街中にあんのか?」
最優先は、近くに人がいないこと。
次にどんなに激しいことが起きても、街や周りの人たちに被害がいかない安全なところ。そしてあわよくば、惟前が知り尽くしていて、惟前が敵に対して有利になれるところ、力がないなりに地の利が生かせれば、できる限り長く逃げることができる。
「そんなところあるか?…いや、ある!一つだけ。すぐ目の前にあるじゃんか!」
「?すぐ目の前…って、あの山か!」
「そうあの山…じゃなくて、どの山指してるかわかんないけど、たぶんその奥。」
「どれだよ…まぁいい。近づけばわかるか。」
「とりあえず。このまままっすぐ行けばいいから!頼む琥露!できる限り早く!」
自分の中での最適解にたどり着けた惟前は手遅れになるのを恐れて、琥露をせかした。
「はぁ…たく、猫使い荒いな~。」
そんな惟前の指示に少し文句をこぼしながらも、言われた通り急いでまっすぐ進み始めた。
惟前の住んでいる山は約百二十キロ未満ほどもあったが、琥露はモノの数十分ほどで約半分のところまで走って見せた。
「ちょっ…ちょっと待って……。」
ここまで早いと、背中に乗っている惟前にも負担がかかるらしく、限界が来たのか琥露に止まるよう言った。
「なんだよ。お前が急げって言ったんだろ?」
「いや、風がすごくて…捕まるための手がしびれてきちゃって…」
惟前はそう言いながら、やっとの思いでつかんでいた手を離した。
「なんだよ~。弱っちいなぁ~」
「すまんちょっと、休憩…。」
「すまないけど、どうやらそうはいかないみたいだぜ。」
琥露は、そういうと急に先ほどよりも早い速さで走り始めた。
その勢いに比例してさらに強くなった風に、吹き飛ばされそうになった惟前は死に物狂いで琥露の毛をつかんだ。
「おい!急にどうしたんだよ!新手の拷問か!?」
「ちげーから!迫ってきてんの!ものすげー勢いで!」
「何が!」
「でけー呪力を持った何かだよ!それ以上は、俺にもわかんない!」
「それって!陰鬱此よりも強いって意味!?」
「ああ、そうだよ!ッ!…やばい!もっと早くなりやがったあいつ!」
琥露がそういった瞬間、何か大きな力が惟前もろとも琥露を向かっていた山の方まで吹き飛ばした。