第一話 異様なモノ
夏のある日、昼頃。
とあるカフェに、十三歳ほどの男の子と三十前半ぐらいの女性が向かい合って座っていた。
男の子の名前は「玉藻 惟前」小学一年生の頃に唯一の血縁関係であった母親「玉藻 柴雨」を亡くし、今は母が残してくれたお金をやりくりしながら、知らない間に母が買った山にある小屋に住んでいる。現在中学二年生の夏休み期間中。
一方、女性の名前は「織刀 結」惟前の母、柴雨と学生のころから友人であり、今はある中高一貫の学校で理事長という役職を担っている。ちなみに御前とは幼いころからの面識があり、柴雨がなくなってからは生活や進路の面でお世話になっている。
二人が頼んでいた飲み物がテーブルに運ばれたタイミングで女性の方が先に口を開いた。
「ねぇ、惟前君本当に私の高校に来る気ない?」
「ないですよ。僕にそんな才能なんてありませんから。」
惟前が乗り気ではないことが顔見ればすぐにわかる。
「ないわけないよ。あの玉藻柴雨の息子なんだから。ちゃんと柴雨ちゃんから修行も受けてたんだよね?」
「それは…でも、少しの期間しか教わってませんでしたし、もうずっと昔のことなので全然記憶が…」
それを聞き流すように結は頼んでいたカフェラテをゆっくりと口に運んだあと、やさしくとげのある言葉を発した。
「もうそろそろさ。柴雨ちゃんの死から逃げるのやめにしない?ほら、まだあの剣道場で暮らしてるんでしょ?」
二人の間にしんっとした空気が響き渡った。しかし、今更誤魔化しても仕方ないなと思ってしまったのもあったからだろう、惟前はすぐに自分の想いを口にした。
「……逃げてるわけじゃないんです。ただ…、忘れられないだけなんです。向き合ってるからこそ。」
そんなことを口にする惟前の目は、どこか寂しそうで悲しそうなのに、しっかりと結を見つめていた。
「向き合ってるからこそ忘れられない…か……。ならなおさら - 」
その瞬間カフェのガラス壁の一部が一瞬で割れた。
飛び散ったガラスの破片たちが日の光を乱反射させ、それと、物凄い音が店内に響き渡った。
惟前と結もその音に驚き、聞こえた方へと視線を向けた。
二人の視界に移ったその光景は、惟前が今までに見たことがない何とも言えないひどいものだった。ガラス壁に近かった人ほど多く割れたガラスが突き刺さり、その根元からは血液が流れ出し、周りの客はあまりの急なことに悲鳴を上げることすらも忘れて目を見開き口を抑えるものいれば、目をそらし顎や体を震わせる者やその場でひどい吐き気に見舞われるものもいた。
それも無理はない。
なぜなら、今この場にいる全員が見つめているモノは、物なのか、者なのかも、区別できず、ガラスの壁が割れることやその被害にあった痛々しい人達、この場の何よりもひどくて衝撃的なのだから。
変化が起きずにしばらくの静寂が続いていたが、スーツをしっかりと着た一人の男性が大声で叫んだ。
「怪物だ…首のない死体を握ってる怪物だ!」
【怪物】
いや、そんな一言で目の前にいるアレを言い表せてなるものか。
見る限り一面真っ黒で見つめれば見つめるほど飲み込まれてしまいそうな暗闇そのものを体としてを持ち、左右長さや大きさが違う手を持つアレは大きな左手に首を引きちぎられた痕のある死体を握りしめる。
皆が思わず言葉を失ってしまう異様なモノだった。