母と四季
山奥にある小さな剣道場に、暖かな日差しが込む暑い夏の日。
二人の親子が、竹刀を向けあっていた。
二人ともしっかりと武具を着ており、母親の方は身長は155㎝程度で顔は防具で見えないが防具では隠し切れない部分が少し目立っている。
一方母親に竹刀を向けている息子の身長は140㎝程度で母親より少し低くく母親と同じく顔は防具で見えないが、防具の上からでも細見ならではの体のラインが見えている。
しばらくの間、黙って竹刀を向けあっていた二人だが、不意に母親が口を開いた。
「春は、出会いの季節だ。夏は、紡ぐ季節だ。秋は、知る季節だ。冬は、確かめる季節だ。人間は、何回もこれを繰り返して経験と知識を積み、思想や思考などを創り上げていく。それ以外の、性格などは幼いころの他者からの影響で創られるので、自分では手の施しようがない。だが、思考や思想などはそれとは違う。自身の憧れた人物像にそぐわない性格を嫌うことがあるように、自分の性格などが形成された後に、他者の影響を受けてその中で自分が積んだ経験や知識を材料に自分自身で創り上げるものは、自分そのものといえる。また、感情などから反射的に出てしまう、言動などは自分そのものとは言い難い。だから、誤解や言い合い喧嘩などが生まれてしまう。つまり、何においても一番大事なのは想像することである。どんな時でも、自分が想い描く未来になるように想像して、物事に取り組めば自ずと自分がとるべき言動が見えてくる。」
そういうと母親は、いいこと言ったわ…私。と言わんばかりに竹刀を握る力を緩め、身体が左右にゆらゆらと動いていた。
「え、ちょっと待って。なに急に。」
突発的な母の発言に、息子の手も緩んだとたん。
それを見逃さなかった母親は、「えーい!」と優しくどこか腑抜けた大聞く柔らかな声で息子に綺麗な面を決めた。
「いった!え!?ずる!ちょーずる!今のなしだろ!」
顔和見えないが、竹刀をぶんぶん振り回しどんどんと足踏みをしている様子は明らかに怒っているようだった。
「ずるくありませーん!お母さんの、得意技ですー。」
「技とか言って、ふつーにふせい誤魔化してるだけだろ!」
「でもさ、さっき言った事は本当なんだぞ?」
「んなもん、知るかー!もういっかい!もういっかいー!」
「えー仕方ないなー。」
小窓から差し込む日差しや、忙しなく鳴き続ける蝉が、防具を着ている二人にさらなる暑さを感じさせる。そんな暑い日だった。