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15:目覚めたアルド2

 黙り込むルルドを不思議な物を見るように覗き込むアルドは、ルルドが落ち着くまで、どうにも暇そうにあくびをして待つ。

 しばらくし、ようやく頭が働いたルルドは、ゆっくりと上掛けを捲りアルドの右足に触れる。

 

「痛い、のか?」

「だから、感覚が無いって言ってるだろ。他はまだ雷に打たれた時みたいに痺れる痛みが少しあるけど、右足だけその感覚が遠いな。触られてるんだなって分かる程度だ」

 

 確かめるように何度も右足と左足の感覚の違いを確かめるため、ルルドはアルドの足を持ち上げ、強く押してみる。

 しかし、そんな事をしていると、婆様が鮭を手に戻って来てしまった。

 ルルドはアルドに言われたことを思い出し、はっと息を飲むと、ただ足のマッサージをしていた風を装う。

 

「アルド様、どれ位食べれますかな? 胃がビックリしないよう、なるべく脂を落として作りましょうね」

「うーん。腹が減ったなって目が覚めたから、それなりに食べれそうだけど、戻したく無いし腹も壊したく無いからなぁ。仕方ないか」

 

 元気そうなアルドの様子に、婆様の目尻は下がりっぱなし。

 鍋の準備をし始めた婆様を手伝うべく、ルルドはアルドに上掛けをしっかりと掛け直し囲炉裏へと向かう。

 

 弱り切ったアルドの胃が拒否反応を起こさないよう、具は野菜クズで取った出汁で煮込んだ鮭のみ。

 ほろほろと柔らかく砕いた鮭を、アルドは婆様に止められるまで食べた。

 食後寝かせておくと胃に負担がかかると、まだ痛みが残るアルドの体を少し起こし座らせる。

 しばらくすると、座ったままアルドは再び眠りに落ちていった。

 規則的に安定したアルドの呼吸を今一度確かめた婆様は、顔を覆いアルドの布団に顔を押し付け、声を殺して泣く。

 その様子に、ルルドは何も言わず天幕を後にすると、アルドの家に着替えを取りに行った。

 

 目が覚めたら食事をし、再び眠りに落ちしばらくするとまた腹が減ったと起きる。

 赤子のような生活を三日程繰り返し、アルドはようやく自力で体を起こせるようになった。

 アルドはまだ痛むからと言って、ルルドの持って来た、羊毛を織り上げた布を右足に巻き、室内を歩き始める。

 まだ体調が万全で無いだけだと思っている婆様は、赤子のようだと笑いながら、アルドの歩行訓練を見守っている。

 風の流れが読めるルルドの目には、足に巻いた羊毛が上手く歩行の補助をしてくれている様子がはっきりと分かる。

 そして、反対に上手く足を動かすのが難しい事も同時に分かってしまった。

 アルド本人から聞いてはいたが、実際に見るとやはりショックは大きい。

 唯一の救いは、痛みが残らなかった事だけだ。

 アルドの歩行訓練を手伝いながら、ルルドは何もしてやれない自分が歯痒く、アルドを支える手に力が入る。

 

「ルルド、有り難いけどそんなにしっかり支えたら練習にならないだろ」

「あ、ああ。ごめん……。そうだ。今日は風が穏やかだから、気晴らしにこのまま外に出てみるか?」

 

 ルルドの申し出に、婆様はまだ早いと止めたが、アルド本人がその気になった。

 ルルドが居れば寝てても飛ばされる心配は無いと笑い飛ばすと、アルドは催促するようにルルドの肩を叩く。

 ではほんの少しだけ、家の周りに居るからと婆様に告げると、二人は天幕を後にした。

 

 アルドの手を引き婆様の家の更に上の雲海まで舞い上がる。

 集落を見渡す高さまで登り、どこまでも遠くまで広がる空に、アルドは思い切り伸びをし寝転がる。

 

「あー。ひっさしぶりに思い切り寝転んだ気がする」

「ずっと寝てた癖に、良く言うよ」

 

 アルドはゆっくりと手足を伸ばし、堪能するように敷き布団代わりにしている雲に顔を埋める。

 そんな無邪気なアルドに呆れたように笑うと、ルルドは懐から彫りかけの角を取りだし、細かな模様を刻んでいく。

 

「随分気合いの入ったお守りだな。なんだ、俺にくれるのか?」

 

 ルルドの手元を覗き込んだアルドは、意外そうに目を丸めたかと思うと、悪戯っ子の様に口角を上げ軽口を叩く。

 勿論アルド用ではなく、アルド本人もそれは分かっている。

 ルルドは適当な返事で受け流すと、もう一つ懐から取りだし、寝そべるアルドの胸の上に置く。

 自身の胸の上に置かれた、滑らかな短な円柱状に整えられた角に視線を落としたアルドは、すぐに訝しそうに片方の眉を上げた。

 

「随分無骨、いや、可愛らしい絵を彫ったな。蟹か」

「あぁ、ニマ達第二大貝族は蟹を育ててるから。その蟹の近くに小波と縄模様、裏にタツノオトシゴと小波と縄模様を彫って繋げてくれ」

 

 空にかざすように角を眺めるアルドは、端的に指示を出すルルドを一度仰ぎ見る。

 今のルルドの言葉で、これがニマに贈る物だと理解はしたが、女性に贈るにしては些か不思議な模様の組み合わせだった。

 ルルドもそんなアルドの疑問に気付いてか、ナイフをもう一本取り出しながら、ため息交じりに口を開く。

 

「ニマの姉さんが嫁ぐらしくて、何か空の物を持たせてやりたいってニマのところの族長に依頼されたんだよ。小波は穏やかに良い事が続くように、縄模様は良縁で結ばれますようにって、嫁ぎ先のタツノオトシゴと蟹を繋ごうかと思って」

 

 でも、と一度口をつぐんだルルドは、どうにもバツが悪そうにアルドを見つめると、ふっと視線を手元の角に戻す。

 

「でも、見ての通り、思ってた以上に俺って彫刻の才能が無かったと言うかさ」

「おお。説明されるまで、裏に仮彫りしてある蛇がのたくった模様は何だろうって思ってたよ。そうか、タツノオトシゴか……」

 

 体を起こしたアルドは、ルルドからナイフを受け取ると、角の裏を眺めながら乾いた笑い声を上げる。

 自他共に認める少々残念な彫刻に、ルルドは思い切りため息をつくと、その場に寝そべってしまった。

 

「いや、俺の腕が悪いんじゃ無い。竜の角が固すぎるのがいけないんだ」

「竜の角は固いから彫りやすいって人気なんだけどなぁ。ほら、直してやるからそっちも貸してみろよ」

 

 完全に自棄になったルルドの頭を無造作に撫でると、アルドは慣れた手付きで彫り直していく。

 彫った削りカスが鼻先をかすめ、風に乗り雲海の脇を滑り降りる。

 あれほどルルドが苦労し彫り上げた蟹は、アルドの手により瞬く間に形が整えられ、本物と見間違う程の蟹へと姿を変えた。

 鼻歌交じりに角を彫るアルドの様子に、足以外はすっかり生活に支障が無いほど回復したのだと、ルルドはひっそりと微笑む。

 形を整え彫り上げていくアルドは、ここに矢を足してみてはどうか、こっそりあれやこれを彫っては駄目かと、徐々に楽しくなって来たのか、意見を出し始めた。

 意味合いとしてはお守りに良いからと、ルルドは殆どの意見を聞き入れた。

 

「そうだ兄さん。豚も鶏も、全部無事だよ」

 

 突然思い出したようにルルドがそう伝えると、休み無く彫っていたアルドの手が止まった。

 顔を上げたアルドは、小さくそうかと頷くと、体を伸ばし足元にある集落に視線を這わせる。

 よくよく目を凝らせば、相変わらず鶏はキビを狙い大陸亀の尻を追い回し、子豚は囲いの屋根の上で、ひなたぼっこをしながら仔羊を枕代わりに暖を取っているのが見える。

 無事だと伝えたルルドも、その何とも変わらぬ気の抜けるような日常に、思わず鼻で笑ってしまった。

 

「確かに豚も鶏も無事だけど、キビはいくつか食われてるなありゃ。で、親父は? 捜索隊を組んで行っちまったか?」

 

 ナイフを持ったまま頬杖をつくアルドの膝を小突くと、ルルドは大袈裟にため息をついてみせる。

 

「皆に散々怒られて、頭を冷やしなさいって未だに外出禁止。交代で見張ってくれてるけど、今のところ暴れたりはしてない。兄さんも起きたし、そろそろ会いに行こうかと思ってる。話したいこともあるし」

 

 ルルドの言葉に再びアルドは集落に視線を落とす。

 ヘラルドの家の前には二人、監視と思われる人影が見えるが、監視と言うよりは井戸端会議の様な、どうにものんびりとした様子。

 疑うようにアルドはヘラルドの家を指差しルルドを見上げるも、昨日の見張りは家の前でプロフを作り出した挙げく、外出禁止のヘラルド本人をプロフ作りに駆り出したと言う。

 怪我をしたアルド本人も、その話には面白おかしく笑い、ほっと肩を撫で下ろしていた。

 

「会いに行ったら、これでもかって位嫌味を言っておいてくれな。酒用意して待ってるから、羊肉持って見舞いに来いってさ」

「意外だな。もっとしばらく怒って……絶縁するんじゃないかって思ってた」

 

 アルドの言葉に、ルルドは意外そうに眉を上げる。

 

「そりゃ、な。でも、俺も意地張って勝手に行動して暴言吐いて喧嘩して、酷く親に逆らったわけだしな。今回の件に限らず、もっともっと上手いやり方があったかなとは思うよ」

 

 頭が冷えたのはヘラルドだけでは無かったのだと、ルルドは言わないと決め心に留めていた事を、アルド本人が口にした事に、酷く驚いてしまった。

 そんなルルドの様子に気付いたアルドは、声を上げ笑うと、ルルドの肩を叩き、再び角を彫り始めた。

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