14:目覚めたアルド1
目覚める気配の無いアルドの隣で、ルルドは婚姻用の贈り物をどうするか考えていた。
海中生活と考えると、水に強い程度では、いずれ腐食し使い物にならなくなってしまう。
初めて縁を結ぶ一族との特別な婚姻の、更にお守りも兼ねた贈り物で、使い物にならなくなるなど許されるはずも無い。
いや、空の物と言う事で許されるかも知れないが、贈る側のルルドが許せない。
ルルドは動けるようになると、真っ先に自宅とアルドの家に行き、めぼしい物を抱え戻って来るやいなや、アルドの隣に座り込んだまま唸り声を上げる。
細かな説明はしていないが、持ち寄った物や、ルルドが囲炉裏の灰に書いた設計図を見た婆様は、何も聞かず助言をしながら設計図に手を加えてくれた。
「ルルド様、穴など開けては、折角の避雷石が朽ちてしまいますよ」
「小さな穴とヒビ程度なら、竜の脂で防水出来るはずなんだけど……。脂をつけるなら、やっぱり削った角にはめ込んだ方が物持ちが良いかな?」
竜の角の欠片を削りながら、ルルドは再び設計図と睨めっこをする。
予定では、水に強いヤクの毛を主体に、色鮮やかに織り上げた紐に、いくつかの意味を込めた形の角を繋げ、真ん中に避雷石と飾りをいくつか配置する予定であった。
当初はもう少し立体的に、鈴などもつけようかと思ってはいたが、水流がどう影響するか分からない為、必要最低限の物になった。
形を整え磨き上げた避雷石を手に取ると、ルルドは角に当てがい、避雷石の形を角に転写していく。
「父さんがなぁ、意外にこう言うの得意なんだよな」
ぽつりと思い出したように呟きながら、ルルドは形を整え削り上げていく。
「そりゃ、ヘラルドも定住者ですもの。家畜の世話が無い代わり、工芸品や保存食は、嫌と言う程作って来たでしょう。まぁ、それを抜きにしてもあのお方は手先が器用でいらっしゃる」
紐を組み織りながら、婆様は当たり前だと笑う。
ルルドも多少工芸品や保存食作りは行うが、殆ど家に居る時だ。
時折遊牧先で夜、一人寝ずの番をしながら角や木を削ったりするがその程度。
毎日のようにやっている定住者が、工芸品作りに長けているなど、婆様からすればそれが当たり前だった。
なる程とナイフを持ったままルルドが頬杖を付くと、婆様はすかさずルルドの膝を叩き嗜める。
「今はまだ、会いに行かない方が良いですよ」
ナイフを床に置き、ぼんやりとしていたルルドは、婆様の意外な一言にゆっくりと顔を上げる。
集落の人間は今は落ち着いている、やれ今は少し参っているなど、常にヘラルドの様子を気にかけていてくれる。
アルドも目を覚まさない今、ルルドはヘラルドに会いに行く気などまだ無かったが、諭すように、どこか意を決したように手短に伝えた婆様に、素直に一つ頷き返した。
一週間が経ち、ようやくアルドが目を覚ました。
その時も、ルルドは婆様の家でお茶を頂きながら、角を削りそれぞれの大きさを整えていた。
すると部屋の端から子猫が鳴くようなか細い声が聞こえ、ルルドと婆様は手にしていた物全てを投げ出しアルドの元へ駆け寄った。
「あまり音を立てて歩くな。振動が辛い。婆様も、そんなに早く歩けるのな」
か細く枯れた声だが、確かにアルドの声で、アルドらしい言葉だ。
ルルドはどうして良いか何を言ったら良いか分からず、アルドの肩を起こし、座らせようとする。
しかし、少し体を起こしただけで、アルドは嫌そうに眉をしかめた。
「ルルド様、まだ動かしてはなりませぬよ!」
「そ、そうか。兄さん、何か、飲んだり食べたり出来るか?」
婆様に言われ、ルルドは再びアルドを寝かしつけると、そわそわとアルドの周りを飛び回る。
アルドが言う前に、婆様は湯呑みに匙を入れると、慎重に一掬いずつ、アルドの口元にお茶を運ぶ。
「胃に届く前に、体に全部染みこんでいくみたいだ」
二、三口お茶を飲み下すと、アルドは魂が抜ける程のため息をつく。
「今目が覚めたばかりなのに、意外に元気。……に見えるだけか」
「に見えるだけだろうな。話せるし食欲もあるけど、全く起きれそうに無い。……ルルド、悪いが右足を持ち上げてみてくれないか」
相変わらず軽い笑い方をするアルドに、ルルドはほんの少し顔を緩めると、言われた通り右足を持ち上げる。
アルドの指示に従い何度か右足を上げ下げし、同じように左足も上げ下げする。
何度か同じ事を繰り返すと、アルドは一人何故か納得したように頷いた。
「ありがとう、もう良いよ。なぁ婆様、干した鮭ってまだ残ってるかな。あれで何か汁物作ってよ」
「えぇ、えぇ。まだ裏に干してありますよ。じっくり煮込んで食べやすくこさえましょ」
普段通りのアルドの様子に、婆様は目に涙を浮かべ何度も頷くと、鮭を取りに行こうと腰を上げ歩き出す。
直ぐさまルルドが立ち上がり取りに行こうとするも、何故かアルドはルルドの腕を引きその場に座らせてしまった。
ルルドが少し戸惑っている間に、婆様は天幕を出て行ってしまった。
「どうし――」
「婆様にはまだ言うなよ。俺はもう自力で飛べそうにない。右足の感覚がどうにも無いみたいだ。いや、無いと言うか、どこか遠いような感覚って言った方が良いか」
普段通り饒舌に話すアルドだったが、その内容にルルドは言葉を失った。





