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10:三度海へ

 買い付けから一週間が経った。

 鶏と二匹の仔羊は元気に村の中を走り回り、村の至る所で悪さをしては皆に首根っこを掴まれている。

 問題だった子豚だが、今のところはアルドの天幕ですくすくと成長している。

 この様子だと、子豚用の囲いはしっかりとした天幕を付け、藁を敷き詰めてやれば死んでしまうことは無さそうだ。

 しかし、風が通らないとなると、定期的に風に変わる餌を入れてやらなくてはならない。

 代々風を食べる羊を扱って来た為、風以外の餌を定期的に用意してやるという事があまりにも新鮮で、子豚の世話をするアルドは男衆に子どもでも出来たみたいだなと囃し立てられている。

 きびの種も、婆様が芋用の大陸亀を一匹きび用にし、毎日貯水雲海まで連れ水を与えている。

 そのうちルルド達の背を追い越すだろうと、婆様は亀の背を撫でていた。

 しかし、亀の背に蒔いたきびの種を、鶏が突かぬように見張るのに苦労している。

 蒔いた日は、婆様も良い運動になると言っていたが、一週間も経てば嫌気がさしてくるらしい。

 つい先日、何故鶏など買って来たのかと、笑いながらアルドに八つ当たりしている姿を、村の皆が見ていた。

 

 ようやく一週間が経ち、村の皆も新しい家畜に慣れ始めた頃、ルルドは久し振りに海に降りる準備をしていた。

 荷物に詰め込んだのはチーズと脂。それと市で買ったお土産をいくつか。

 持ち上げてみれば思っていたより重く、お土産にしては多過ぎかと、もう一度荷を降ろし、中身と睨めっこをする。

 

「なんだ、行商にでも行くつもりか?」

「やっぱりそう見えるか」

 

 見送りに来たアルドは、天幕を覗き込むやいなや、そのあまりの荷物の多さにさすがに呆れる。

 チーズの固まりを取り出しながら、ルルドはどうしたものかとアルドを見上げるも、荷物を覗き込んだアルドもどうしたものかと小首を傾げる。

 

「大瓶で渡すより、小分けにした方が各所に渡せるかと思ったんだけど、やっぱり大瓶の脂にした方が良いかな」

 

 ルルドは、折角ならニマ以外の人にも渡せるよう、チーズも脂も小分けにして詰めていた。

 そのせいか、荷物はぼこぼこと不規則に膨らみ、アルドの言う通り行商にでも行くかのような見た目になっていた。

 荷物を前にルルドがため息をつくと、頭上から何かが荷物の中に降り注ぐ。

 見上げれば、今減らそうかと悩んでいる荷物の中に、アルドが何やら色々追加していた。

 

「この際だ、しっかり行商して来いよ。何か買って来て欲しいもんだが、こっちの金で買えるか分からないし、無理そうなら物々交換してもらえ」

 

 頭の切り替えが早いアルドは、ルルドが入れるのを躊躇ったであろう部屋に散乱していた土産物を荷物に詰め込むと、更に自分の頭飾りを外し、適当な布で包み詰め込んでしまった。

 

「……何か欲しいものは?」

「海の物はわからん。好きに遊んでこい」

 

 倍ほどに膨らんだ荷物にため息をつきつつ、一応アルドに訪ねてみれば案の定、答えはルルドが予想していたようなものだった。

 行商して来いと言った口で遊べと言い、何か買って来いと言いながら要望は無い。

 子ども扱いしているわけでは無く、本心からそう思っているのだと知ってはいるが、時折アルドの飄々としたつかみ所の無い性格に、兄弟ながら目が回る思いだ。

 

 荷物を背負うと、アルドは丸々としたルルドの姿に声を上げ笑いながら、その背を押し見送った。

 元々海に降りるつもりで準備をしていたが、何か良いように使われている気がして、ルルドはどこか腑に落ちないと頬を膨らませ振り返る。

 遠ざかる景色の中、天幕の入り口で、仔羊と鶏がアルドの服の裾を引っ張り悪さをしているのが見える。

 今日は比較的風が強い。

 まだ風に乗り慣れない仔羊は流されてしまう可能性があり、鶏も同じ事。

 仔羊と鶏を慣れない仕草で囲いへと誘導していくアルドの姿に、ルルドは自然と笑みが零れる。

 村の中、アルドはあの程度の風で流される事は無いはずだが、念には念を入れ、ルルドは羊毛小物をありったけアルドの上衣に縫い付けてきた。

 仔羊達を誘導していく、白い毛玉と化したアルドの後ろ姿を遠目に見送ったルルドは、満足したように一気に海へと降りていく。

 

 三度目ともなると慣れたもので、息を止め真っ直ぐに環礁を目指し下る。

 何も気にする必要が無い為、降りると言うより落ちると言った速度で降下するルルドは、はたと気付き、直ぐさま風を掴み止まろうとする。

 もう肉眼で環礁に居る人の表情も分かる。

 環礁で市を広げていた人達は、空を見上げ徐々に目をまん丸に見開き、口もぽっかりと開けていく。

 足の裏が海面に着くか着かないかの瀬戸際でようやく止まることの出来たルルドは、自分の巻き起こした風で不規則に揺れる海面に、息を整える間しばし視線を落としていた。

 息を整えながらゆっくりと顔を上げていくと、市に居た人達もゆっくりと顔を上げる。

 

「と、止まれないかと思った」


 荒い息づかいの合間に、絞り出すようにそうこぼすと、市に居た人達も揃って首を縦に振る。

 のろのろと水面を滑り環礁に上がると、店もそのままに周囲の人が集まりルルドに手を差し伸べる。

 

「何が落ちてくるのかと思ったら。おい、誰かニマ呼んで来い」

 

 真っ先に駆け付けた男がルルドの顔を覗き込みながら、どうにも呆れたように顔を上げると、少し遅れていくつか笑い声が上がり、何人か海に飛び込んで行った。

 

「本当にお騒がせを……。ニマにも用は、用って事でも無いけど、今日は皆にも見て貰いたい物があるんだけど、良いだろうか」

 

 ルルドの周りに集まり口々に驚いたと笑う人達に、ルルドは申し訳なさそうに眉を下げながら、荷物を降ろし中身を取り出していく。

 皆先程まで笑っていたが、直ぐさま真剣な表情でルルドの荷物を覗き込み、一つずつ手に取る。

 物珍しいルルドの土産は、次々に人の手を移動しあちこちに広がって行く。

 広がった先々では大小様々な驚きの声が上がり、興奮した人がぐいぐいと周りの人を押し、入れ替わり立ち替わりルルドの周りに押し寄せる。

 

「海の物を少し買いたいのだけど、空の金を貰ってもそちらが困るだろう。出来ればで良いんだが、物々交換がしたいと思ってるんだ」

 

 ルルドは脂の小瓶を取り出しながら、伺うように周囲を見渡す。

 すると、先程まで目を輝かせていた人達は、急に顔を曇らせ何やら小声で話し始めてしまった。

 さすがに物々交換は難しいかと、広げた荷物をまとめていると、目をまん丸にした子どもがルルドの真正面に座り込み、脂の小瓶を眺めていた。

 どうにも大人達はまだ話が終わりそうも無い為、ルルドは荷物の底から市で買ったバター飴を取り出すと、子どもに小さく手招きする。

 素直に寄って来た子どもの口にバター飴を一粒放り込み、他の人には内緒だと顔の前で人差し指を立てれば、子どもの目は今にも落ちそうに輝き、何度も何度も頷いた。

 末っ子のルルドだが、村には幼い子どもが多く居る。

 遊牧から戻ると、子ども達はあまり村に居ないルルドと遊ぶ為、朝から晩までルルドにしがみついたまま離れない。

 その為、ルルドは子どもの扱いに慣れており、また、ルルドも子どもを好ましく思っていた。

 バター飴を頬張った子どもは、いつの間にかルルドの膝の上に座り、羊毛をあしらった腰布を引っ張り遊び始めていた。

 膝の上に座られるのは苦では無い。しかし、荷物を片付けられなくなってしまった。

 子どもが食べ終わるまでこのまま待とうと、ルルドが顔を上げると、先程まで話し合っていた大人達がずらりと並び、ルルドを見つめていた。

 

「物々交換なんだけどよ、その、こんな貴重な物、うちの商品全部渡しても足りなくて……」

 

 代表して口を開いたのは、ニマを呼んで来いと指示を出した男。

 ルルドはその言葉に素っ頓狂な声を上げると、膝に子どもが乗っているのも忘れ立ち上がる。

 何を言ってるのかと思ったが、よくよく考えれば理解出来る。

 空のルルド達に海の物が貴重な様に、海の人達にも空の物は貴重であり、価格こそ分からないが、手持ちの商品全てを引き払っても手に入らない物に変わりは無い。

 気楽に考えていたルルドは、言われるまでそんな当たり前の事を失念していた。

 

「いや、そちらでは貴重かも知れないけど、うちではありふれた物で……。うちも海の物は全て貴重で、その気持ちは分かる。だから、そんな考え抜きにして、お互いの生活で同じ様な価値として使われてる物、例えばそちらの蟹の乳と、こちらのチーズみたいな、純粋な等価交換と言うか……違うか、その」

「また皆でルルドを困らせて!」

 

 上手く考えが纏まらず口ごもっていると、ルルドのすぐ後ろから聞いた事のある声が聞こえて来た。

 その場にいた全員が声のした方に視線を移すと、そこには眉をつり上げたニマが、海面を大股で歩いていた。

 

「困らせてって……。いやな、兄さんが空の物と海の物を物々交換しようってんだけど、そんな高価なもんと交換する物がこっちには――」

「話し合えば良いじゃ無い。これ一つでどれと交換出来る? って。ルルドだって、売れるか分からないから、そんなに高価な物持って来てないだろうし、話し合いをする気だったはずよ。頭ごなしに決め付けないの。はい、欲しい人は話し合い!」

 

 最後まで説明を聞かず、即場をまとめ動き出すニマの姿に何処か既視感を覚えながら、ルルドは言われた通りもう一度荷物を綺麗に並べていく。

 

「なんか、会う度に逞しくなっていくなニマ。兄さんみたいだ。人をまとめるのが上手い」

「やだ、それはアルドさんに失礼よ。私はただ皆より少し、少ーしだけルルドと空の事を知ってるだけ」

 

 皆の前だからか、ニマは気恥ずかしそうに笑いつつも、はきはきとした口調で次々持ち寄られる商品を説明してくれた。

 程なくして、持って来たチーズと脂、それと追加で入れた羊の角を削って作ったボタンなど、殆どが海の物と交換された。

 中でもキリムなどの織物が人気で、刺繍の多い派手な物は女性達が商品をいくつか持ち寄り、皆で一つの物を買っていくほどだった。

 今回は見本、しかも家にあった小さな物ばかりを持って来ていたが、次からはもう少し大きな物を持って来ても良さそうだ。

 しかし、やはり織物や刺繍が施された物となると、海の物もある程度手の込んだ物などと交換することになる。

 織物に限り、闇雲に商品を持ってくるより、事前にどんな物が欲しいか聞いておいた方が良さそうだ。

 ルルドは膨らみきった荷物を眺めながら、アルドに報告することが山ほどあると、一人満足していた。

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