ダイダロスの不在
少し時間こそかかったものの、洞窟にはもう間もなくたどり着くことができそうだ。道中にはたまに野生のモンスターがうろついていたのだが、ハルカが二挺の拳銃を乱射して攻撃を貰う前に制圧していた。
「このモンスターはバイ・バッファローって名前で、ツノと革が高く売れるんだ。入居の予算になってもらおうか」
ハルカはそう言うと、倒したばかりのバッファローに触れた。すると不思議なことに、巨大な死体は一瞬だけ光った後にこの場から掻き消えた。
「今なにをやったんだ?」
「ボクの出身はVRMMOだよ。こっちの世界に来た時にゲーム機能の“設定”から引き継いだ、アイテムボックスに放り込んだのさ。大きさ関係なしに、どんな物でも90個まで入れられるんだ」
「アイテムボックス……そういうのもあるのか。こういうのって無限に入れられるわけじゃないんだな」
「課金で増やせるのがここまでだったんだよねー」
「……課金?」
ハルカはログアウト不可なVRMMOの中で唯一の、なぜか課金ができるプレイヤーだったのだと言う。元の小説ではお金の力で手に入れた最強クラスの武器や便利な機能を使って無双していたらしい。クソゲーじゃねえか。
「確かこの辺の木陰に……あった。洞窟の入口だよ」
「ここか……思ったより静かだな」
「明かりはボクが用意できるから、心配しないで。確かこの辺に……あった」
そう言って、ハルカは虚空から黒いカンテラを掴みだした。カンテラは彼女(彼)の手を離れて宙に浮かび、内部にひとりでに火が灯った。暗所であっても主人公の二挺拳銃スタイルを崩さないために無理やり飛ばしたんだろうな、あっち側の作者。
「コウキはこの転生者世界での冒険は初めて?」
「うん、初めてだ」
「ここのモンスターは強いよ。気を抜かないでね」
「参考までに、どれくらい?」
「……さっきのバイ・バッファローに、この1ヶ月で10人以上の転生者が殺されてる」
「……マジかよ」
洒落になっていない危険度だ。強さはピンキリだが、この世界の住人は全て簡単には死なないはずの異世界もの主人公のはずなのに。思わず表情が強張った。
「コウキ、防御力に自信はある?」
おい、その流れでその質問はやめてくれ……。責任感が……俺の3番目に苦手な言葉が……。
怖気づいてハルカの顔を見ると、彼女(彼)は童顔にいつになく真面目な表情を浮かべて俺の目を見ていた。
くそっ! 男は度胸だ!
「……ある」
「モンスターが出たら、ボクが全力で叩く。だから足止めは、任せたからね」
「ああ、行こう……“変身”!」
俺は戦闘形態に変わった。
洞窟に踏み込んですぐに辺りは暗闇に包まれ、光源はハルカのカンテラだけになった。俺が先頭を歩き、後方を警戒しながらハルカが続く形の行軍だ。
入口とは変わって、俺たちは無言になった。とにかく耳を澄まさなければならないからだ。どんな異常が起きたとしても、まずは触覚か聴覚に伝わるはず。そうして狭い洞窟を歩き続けること2分くらい、ついに異常は起きた。
「ハルカ、何か来た……!」
「みたいだね。構えて、コウキ」
そう言うと、ハルカは前方の暗闇に向けて1発だけ発砲した。オートマチック拳銃の咆哮に応えたのは、動物の低い唸り声だ。この声は……牛? バイ・バッファローか……? いや、あれよりもデカい。
荒い鼻息とともに俺たちに突っ込んできたそれを、俺は左腕を盾に変形させて受け止めた。
「ぐ……!? 重ッ!」
踏ん張っていたのに体ごと持っていかれそうになった。同時に、宙に浮かぶカンテラが化け物の3メートル超えの巨躯を赤々と照らし出す。この短いツノや金色の目が特徴的な牛頭と、筋骨隆々の人間の体を持つこの怪物を牛と呼んでも良いものなのか。いいや、違う。こいつは――
「ミノタウロスだと……!」
「ナイス足止め!」
すかさずハルカの二挺拳銃が連続で火を噴いた。ミノタウロスの胸に1、2発命中したが、この怪物は思ったよりもずっと逞しく、そして俊敏に動いた。奴は銃弾に怯むことなく右手に持っていた分厚い斧で攻撃を防ぎ、大きく飛び退く。
「くそ……! そこら辺の洞窟でこんなのが出てくるのか、箱庭は!」
「この世界はどこまでも異世界転生者用なんだよ。雑魚モンスターの出番はないってこと!」
「俺たちは“異世界主人公規格”の凡人ってとこかな! どうするよ……!」
「想定外に強いけど、ボクの銃弾はダメージにはなってる。受けて撃ってを繰り返すよ!」
そう言いながら、ハルカは虚空から弾倉を出して素早くリロードした。
彼女は同じ行動を繰り返すと言うが、正直俺はあの怪物の攻撃をこのまま何度も受けられるとは思っていない。
先の突進を受けてダメージを負ったわけではないが、俺の体が吹き飛ばされる寸前になったことに問題があるのだ。あの時のミノタウロスはまだ全力じゃなかった。それが今はどうだ。
「Brrr……VrrmmmmmOOOOOO!!!!」
「キレたな……」
俺には、ミノタウロスの筋肉が一回り膨らんだように見えた。怪物は全身に力を漲らせ、恐ろしい雄叫びをあげている。咆哮は洞窟の涼やかな空気をビリビリと震わせ、ハルカは思わず肩を縮めて耳を塞いでいた。直前の凛々しい表情はどこへやら、若干涙目になっている。
「あの……これ、止められる……? 大丈夫?」
「キツい!」
「だよね!?」
次の一撃は確実にさっきよりも重い。そうなれば、俺はミノタウロスを受け止められずに撥ね飛ばされてハルカも攻撃を食らってしまう。そうなればハルカの矮躯が悪趣味な挽き肉にされる未来は免れない。こいつに勝つためにはハルカを守らなくてはいけないし、そのためにはミノタウロスの攻撃を防がなければならない。だが次の攻撃を止められる可能性は低い。堂々巡りだ。
「くそ……この狭い洞窟の中じゃなければ、避ける選択肢もあるってのに……」
俺たちの逃げ道は後ろにしかないし、全力で走ってもハルカは多分追いつかれる。ミノタウロスは自分の体ギリギリの狭い通路をただ前進すれば良いだけ。
「逃げ道…………いや、待てよ……!」
俺1人でならば、こいつの攻撃を避けられるのだ。そして俺が1度ミノタウロスの攻撃を避けることができれば、怪物はハルカの目の前でデカすぎる隙を晒すことになる。
しかし失敗したら――
「ハルカ! 小学生並みの下らない作戦を思い付いた。リスクがバカ高いけど、乗るか!?」
「乗るよ! ボクだって男だ!」
「忘れてたっ!」
「おい! で、何をするの!?」
斧を構えたミノタウロスが前傾姿勢になる。逞しい脚の筋肉が怒張した、もう時間がない!
「俺が突っ込む! ハルカは下がってくれ!」
「そんなの――」
「逃げろって言ってるんじゃない、勝つためにやるんだ! 来るぞ!」
地響きとともにミノタウロスが突進してきた。今度こそ怪物は全力だ。当たればハルカは確実に死に、俺は勝ち筋を失って逃げるしかなくなり……彼女を殺したことを死ぬほど後悔することになる。
だから絶対に失敗できない。小学生の思い付きでもだ。
「Brrrrrrraaaaaaaaaaaaa!!!!」
「“形状変化”ッ!!」
俺は縮んだ。人間大から小型犬ほどの大きさに。
同時に両腕を思い切り伸ばして、洞窟の左右の壁に深く突き刺した。
ミノタウロスの柱のような両足が、恐ろしい風切り音を立てて俺のすぐ横を通り過ぎる。今だ!
「“形状変化”ッ!!」
俺は一瞬で元の大きさに戻ると、力の限り踏ん張った。そして――
「おわあああああああああああっ!」
俺の体は凄まじい衝撃に襲われて、飛ばされた。
錐揉み状に回ってどっちが上なのかも分からない視界の中、それでも確かに俺の目に入ってきたのは
「Vmoooooooooaaaaa!!?」
壁から壁に張られた俺の両腕に蹴つまずいて、満身の力を込めて転倒するミノタウロス。
「ッシャオラアアア!!」
大回転の末、俺は洞窟の床に叩きつけられた。ワイヤートラップと言えば聞こえは良いが、やったことは子供の悪戯と遜色ない。こんな阿呆な手段に人の命を預けるのは懲り懲りだ。
ハルカがミノタウロスの頭に全弾ぶち込む音を聞きながら、俺は大きく息を吐いた。
それでも、勝ちは勝ちだ。
これを書いて気付いた。一人称の戦闘って滅茶苦茶書きにくい。
誤字修正、感想などをお待ちしています。




