虚無と労働の天秤
永遠の休みは幸福ですか?
俺はギルドにたどり着き、無事に身分証を発行してもらうことができた。手続きは無料で済んだ。身分証未発行の人間は仕事を受けられない。つまり皆お金を持っていないはずだから、らしい。
手に入れた身分証は案外シンプルな外見だ。顔写真、名前、ノーデルズの住民であることを証明云々という一文、あとは俺の“タイプ”が書いてある。俺の場合は“ディフェンスタイプ”、要はキャラクターごとの強みを大雑把に表した部分だ。ギルドで仕事を受ける時に、“アタックタイプ推奨”だとか“バランスタイプ急募”だとかいう注意書きを見て、最適なものを選びやすくするためのものらしい。
「仕事なあー……お金は無いと困りそうだし……。ディフェンスタイプ推奨の仕事は……」
結論から言うと、ディフェンスタイプ向けの仕事はあまり多くなかった。攻撃は最大の防御とはよく言ったもので、ディフェンスタイプの生存力の高さを活かせそうな“探索”のような仕事は粗方アタックかバランス推奨の枠に割り振られていたからだ。
「今日はもう疲れたし、明日探すか……」
困った時の“明日から本気出す”。今のところ、こう言って何かが上手くいったことはないけれど。ひとまず俺はギルドを出て街を歩いてみることにした。
既に太陽は沈んでいた。街ではランタンや蝋燭に火が灯され、電灯よりも一回り控えめな明かりを作り出している。その中でも特に明るい光を放つ数軒の建物を覗いてみると、どうやらそれらがこの世界の飲食店のようだった。どこも店内は異世界転生者でごった返しており、既に順番待ちの列ができていた。当然、俺は持ち合わせがないので入れない。
「死にはしないけどさ……お、ベンチだ」
椅子を見つけたところで、本格的にこれからのことを考えようと思う。これから……将来…………17歳元引きこもり的には聞きたくない言葉トップ2だな。でも、今は真面目にいこう。
何よりも今必要なのはお金だ。これがないと人並みの欲求すら満たせない。我ながら意外な話だが、全身が金属でできている俺にも食欲や睡眠欲は立派に存在している。取らなくても大丈夫なだけで、満たせるならば満たしたいものなのだ。
そしてもう1つ、お金がないと暇をろくに潰せない。
元の世界からテレビやらスマホやらを持ち込んだ連中は別かもしれないが、この世界の暇潰しの数は21世紀の日本に比べて圧倒的に少ないのだ。俺が思いつく限りでは食事、睡眠、読書、雑談、アナログゲームくらい。俺はボッチなので実質前の3つしか選択肢がない。そこに無一文という条件が加わると、いよいよ睡眠くらいしかなくなってしまうわけだ。そして快適な睡眠に必須の寝床がこれまた有料。これは由々しき事態だ。
「暇な生活はもう……ごめんだよな」
俺が一番嫌いなものは“暇”だ。3ヶ月かけて教え込まれた、地上で最も憎むべきもの。
とにかく明日は選り好みしないで1つ仕事を探そう。幸いこの世界の住人は異世界系の主人公ばかり。依頼人や客はみんな年齢が近いわけだから、少しはやりやすいはずだ。
「……早いけどここで寝るか。石畳の道路よりはマシだ」
住人登録した当日にホームレス紛いのことをするのもなんだが、俺は疲れているし、今日これ以上起きていることに意味を感じられない。なので寝る。
そういえば、身分証はどうしよう。恥も外聞もなく公衆の面前で寝るということは、数時間はずっとスリにあうリスクを背負い続けるということだ。偏見だけど、50万人も異世界主人公を集めたら1人くらいは盗賊が混じっていそうだし、そんなやつがここの街にいる可能性もある。考え過ぎかな?
結局身分証は腕の中に埋め込んだ。この体、本当に便利だな。
「黒い服着たやつ多いな……ノーデルズ」
ベンチに寝転がった俺を見て、周りの転生者たちがひそひそ話を始める気配があったが、俺はプライドが低いので構わずに目を閉じた。
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目を開けると、既に陽が上り始めていた。昨夜に比べれば半分くらいだが、既に往来は通行人で満ちている。俺が体を起こすと人の波が一斉にベンチから遠ざかった気がするが、まあ原因は自分で作ったので仕方ないと思っておく。
改めて人の流れを観察すると、この時間の通行人は“ギルドに向かう人”と“ギルドから出て来た人”ばかりのようだった。皆仕事にかかる時間みたいだな。
「よしっ!」
お金の大切さと暇への恐怖心は昨晩再確認した。数は少なくてもディフェンスタイプ向けの仕事が存在しているのは確認してあるので、とにかく何か受けよう。できるだけ簡単なやつから慣らしていければそれがベスト。
俺は人の流れに乗ってギルドに入った。ここでの仕事の引き受け方は実に簡単で、掲示板に貼られている依頼書を剥がして受付に持っていく2ステップだけで完結する。依頼書はアタックタイプ向けが赤色、バランスタイプ向けが黄色、ディフェンスタイプ向けは水色、その他は白に色分けされている親切設計。
「あ……昨日より増えてる」
選択肢が増えたのはありがたい。とりあえず目下の問題は……
「ちんたらすんなオラ!」
「おい、それは俺が先に掴んだやつ!」
「うるせえ、剥がしたのはオレだ!」
「今日もパーティーで行くか。報酬は3等分な」
「「うっす」」
「痛え! 誰だ足踏んだのは!」
問題は、あの荒々しい人垣だ。あんな昼時の男子校の購買みたいな場所に飛び込みたくない。俺が躊躇している間にも、依頼書はすごい勢いでなくなっていった。ただ幸いなことに、剥がされていたのは赤と黄色の紙がほとんどで、水色は1枚しか減っていない。供給が少なければ需要も少ないのがディフェンスタイプらしい。
「さて、どれにしようかなっと……」
俺はざっと水色の依頼書に目を通した。「採掘」「採掘」「魔法の実験台」……的に使う人間を募集するヤバいやつがいるのか……。えーと、あとは……
「あの、ちょっといい?」
その時、俺は後ろから声をかけられた。この世界に来てから久々に聞く高い声だ。
振り返ると、そこには1人の女子がいた。腰まで伸びるブロンドのツインテールを持つ彼女は、緑色の瞳でまっすぐ俺を見ていた。
「……俺になにか?」
思わず怪しむような声を出してしまった。というのも、俺にはこの箱庭世界の知り合いがほとんどいない。荒れ地の魔法使いくらいだ。門番は思い出したくない。ついでに俺の目測ではこの世界の男女比は8:2。数少ない女の子が、よりにもよって俺に話しかけてくる理由がまるで見つからない訳だ。
つまるところ俺には彼女が、秋葉原で絵の販売をやっている怪しいお姉さんにしか見えなかった。
そんな考えが声から伝わったのか、それとも顔に出してしまったのか。
「えっと、変な期待させちゃってたら悪いんだけど……」
ツインテールそう言って、身に着けていた上着の背中を見せてきた。彼女の服装はゲームに出てくるような革の上着とショートパンツだったのだが、上着だけは全く別物だった。
法被だ。
背中には達筆でデカデカと“漢”と書いてあった。
「ボク、中身は男だからね。VRMMOって知ってる?」
やはり、この世界の男女比は8:2だった。
僕は労働を辞めたいです。




