魔法使いは女神を憎む
広大な荒れ地のど真ん中で俺がまず考えたのは、これからどうしようかということだ。皆そうする、きっとそうする。金ナシ水ナシ食料ナシ、俺は水と食料に関しては無くても生きていける設定だったはずだが、持ち合わせがないのはゆくゆく困ることになるかもしれない。
「そういえば、ジェペットに改造された後も”能力”はちゃんと使えるんだよな……?」
俺は気息を整えると、右腕に軽く力を入れた。右腕は思い通りに、肘から先を数百本の針金に分裂させた。続いて針金と化した右腕を硬化させて、散弾ように一瞬で数メートル伸ばす……成功。次は伸ばしたままの右腕を軟化させ、鞭のように振るう。針金は乾いた音を立てて地面を打ち、軽く抉った。これも成功だ。最後に右腕を人の腕の形に戻し、軽く握った。
「よし……ちゃんと動くな。痛覚も無いままだ」
既存の設定は忠実に再現した、ジェペットのその言葉に間違いはなかったらしい。ならば水や食事は取らなくても本当に大丈夫そうだ。何て言ったって俺には3ヶ月間飲まず食わずで過ごした経験がある訳だからな。つまり時間には余裕がある。町を探して、収入源を作るために焦る必要もない。
「収入はなー……誰か養ってくれないかな……」
転生前は親の脛をかじっていたから生きていられた。異世界転生して0歳から再スタートする系のやつだったら第2の両親を手に入れることもできただろうが、俺は元の姿で異世界におっぽり出されたので親がいなくなってしまった。仮にいたとしても、この箱庭に転移してきた時点で別れているはずだ。この世界の住人の10割は、どこかの名も知らない異世界転生小説の主役キャラクターで占められているのだから。結局、俺のための稼ぎ手は俺自身しかいない……憂鬱だ。
「そういえば、さっき人が見えたんだよな。ついて行ったら町か何かあるかも? そうとも限らないか」
俺が存在しない森から出たあと、遠くの方で歩いているやつがいたはずだ。全力疾走で追いついて話を聞くか? いや、よく考えろ俺。相手は都合の良いNPCでも、作者にお膳立てされた仲間でもない、他人だ。敵だと断定されて攻撃が飛んでくるかもしれないし、それ以前に不審者認定を受けるのは必至。
「………………よし、決めた」
不審者認定がなんだ、どうせ2度と会わない相手だ。なけなしのコミュ力を振り絞れ、俺。
それにどんな攻撃が飛んできても、(ジェペットが正確な仕事をしたのならば)俺の体には傷1つ付かないはずだから。
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「何だ、ありゃ!?」
七海 恭弥の目に入ってきたのは、背後に忽然と現れてこちらへ迫ってくる怪しい男の姿だった。彼の足は違和感を感じるほど長く、大股でこちらに走ってくる様子はさながらダチョウだった。
男は恭弥の視線に気付くと、大声でこう叫んできた。
「あの、すみませーん! 道を教えて欲しいんですけど!」
奇怪な外見とは裏腹な、何とも普通の呼びかけだった。
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脚を物理的に伸ばした上での全力疾走で、俺はようやく先行する男に追いついた。彼には案の定警戒の眼差しで見られてしまったが、何とか足を止めてもらうことには成功した。男は俺よりもいくつか年上のようで、右手にはごつい杖を持っていた。言われなくても分かる魔法使いだ。
「突然すみません、手近な町を教えてもらいたいんですけど……」
「えーっと、いいけど……その足はどうしたんだ? 頭身がおもしろいことになってるけど」
「あ、すみません。すぐ戻します」
俺は伸ばしていた脚を元に戻す。視線が一気に低くなって、数秒前まで鼻の下までしかなかった男の身長が、実は結構高かったことに気付いた。
「驚いたな、そんな芸当ができるのか。お前はどんな……っと、失礼。人の”能力”を尋ねるのはマナー違反だったな」
「え? そんなマナーがあるんすか?」
「結構早いうちに普及したろ? 小説の中で手に入れた能力は転生者の生命線だから、無闇に聞き出すのは控えようっていうやつ。ちゃんと覚えとけよ? 俺も忘れてたけどさ」
「そうだったんですか。数分前にこっちに来たばかりで、右も左も分からないんですよ」
「え、数分前? この世界の50万人は1ヶ月前に同時に飛ばされたんだと思い込んでたよ。だったらこんなところでフラフラしてるのも納得だ。お前、名前は?」
「八幡 鋼輝、”製鉄所の八幡に鋼が輝く”です」
「すごい字面だな。まあこの世界では苗字から面白いやつも結構いるんだけどな。俺は七海恭弥だ」
「キョウヤ、鏡に也ですか?」
「恭しいに弥生だよ、一緒にするな」
七海さんが慣れてきたのか、それとも俺がキョドらずにコミュニケーションを成功させているのか、とにかく俺たちはまともに喋れるようになってきた。
正直こうも順調にいくとは思っていなかったぞ。この人が狂人じゃなくて良かった。
「コウキは町を探してるんだったな。ちょっと距離はあるけど、歩いて行ける場所にデカい街がある。仕事も、好き嫌いが酷くなければ十分見つかるはずだ」
「良かった……。どっちの方向です?」
「そうだな……。俺が出す条件を飲むなら教えてやる。どうする?」
「条件?」
「俺がこんな寂れた場所を歩いていたのにもワケがある。それはな、ここを抜けた先で開かれる、大事な闘技大会に出ることだ。そこで勝ち抜くために、2つお前に頼みたいことがある」
「2つですか?」
「1つ、俺は異世界転生者の”能力”のタイプを1つでも多く知っておきたい。だからこの場で俺と、”能力”を使って戦え。2つ目、それが終わったら俺はお前に街の方向を教える。それでお別れだ、絶対に後をついてくるな。いいな?」
七海さんが闘技大会とやらに出たいと言った時点で、1つ目の条件の中身は何となく予想できていた。だが、2つ目に出してきた条件が少し引っかかる。あの言葉は、箱庭にやってきて間もない俺を案じているのではなく、七海さん自身の利益を守るために発せられたように聞こえた。
「条件を2つとも飲みます。その上で、教えてくれませんか? その闘技大会の勝者は何を得られるんですか? 大量の賞金か、それとも一点物の賞品か……。俺が七海さんについて行って、後に障害になる可能性を丁寧に潰すだけの理由があるはずです」
「賞金でも賞品でもない、権利さ。数多の言霊たちを打ち倒して勝ち上がった唯一の勝者だけは、その場で元の世界に返す。あのクソ女がそう宣言したんだ」
「ジェペットが……?」
「俺は今すぐにでも小説の世界に帰らなくちゃいけない。俺の「世界」は悪魔たちに攻め込まれて滅びかけているんだ。だから俺の存在が皆に忘れ去られていたとしても関係ない。俺はあの世界の人たちに受けた恩を返すために、戻って戦いたいんだ」
七海さんは熱く語った。この人は、ジェペットに強制的に転移させられた人だったんだな。喜んでこっちに来た俺とは正反対の人種。
俺はこの世界で暮らしていく土台を作りたい。七海さんは一刻も早くこの世界から出ていくために知識を付けたい。俺たちの利害は一致していた。
「じゃあ行くぞ、コウキ。本気で来い」
「ええ。俺も試したいことがいくつもありますから」
七海さんの作者が彼に求めた役割が”魔法使い”ならば、斎藤健太が小説の中で俺に求めた役割は、特撮に出てくるような”ヒーロー”だ。体の形状や硬度を自在に変えられる設定を使って、全身が戦いに最適な形に「変わる」のだ。だから斎藤は、俺にこんなセリフを用意していた。
「変身ッ!」
瞬きよりも速く、俺は変わった。関節を除いた全身は最大まで硬化した。俺の肌は人間らしい色を失い、銀と黒で統一されて硬質な光を放つ。顔も別物になった。毛や鼻が消え失せ、大きく鋭い青色の両目が爛々と光る金属質な顔は、さながら仮面だ。
「起動、”コロナウェーブ”!」
「始めましょう、七海さん!」
魔法使いが火を放つのと同時に、俺は地面を蹴った。
ヘシンッ! ターンアップ




